バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第63話:『寂れた水神の都と、ドンと構える船大工』
海を走る幾つもの激しい潮流を乗り越え、オーロ・ジャクソン号の眼前にその姿を現したのは、水神の都――『ウォーターセブン』だった。
だが、街の至る所に水路が巡るその壮大な構造とは裏腹に、港に漂う空気はどこか冷え切っていて、物寂しい。
行き交う船の数はまばらで、立ち並ぶ造船所も活気を失い、まるで衰退していくのをただ待っているかのような、そんなうらぶれた気配が島全体を覆っていた。
「おいロジャー、なんだか随分と静かな島だな。もっと賑やかな場所かと思ってたでござるよ」
船べりから身を乗り出して、少し拍子抜けしたように街並みを眺めるおでんさんに、ロジャー船長はいつもと変わらぬ「ハハハハ!」という豪快な笑い声を返した。
「ハハハハ! 今は海賊の横行やら何やらで、貿易がすっかり廃れちまってるからな。だが心配すんなおでん、ここには俺たちのこの船を造ってくれた、最高の男が住んでる!」
船長が誇らしげに見上げるマストや船体――宝樹アダムによって造られたオーロ・ジャクソン号の故郷が、ここだった。
見習いである俺やシャンクス、バギーは、入港の手続きと船の係留のためにロープを掴んで持ち場につく。
(ウォーターセブン……。原作の知識通り、海列車が走る前のこの時代は、まさにゴーストタウン寸前まで寂れてる時期だな)
俺――クロウは、手首のロザリオを軽く撫でながら、静まり返ったドックを見つめていた。
自分が『シャーマンキング』の世界から力と記憶を引き継いで周回している『転生者』だということは、この船の誰にも明かしていない。
シャンクスのやらかしで誤飲した『ヤクヤクの実』の呪いを、魂の巫力で「調律(サポート)」に変質させ、裏で船の限界負荷(厄)を吸い取り続けていることも、俺だけの秘密だ。
前世から引き継いだ俺の魂の半身である持霊『サクヤ』は、俺のすぐ傍らに霊体として寄り添いながら、俺にだけ聞こえる念話で息吹を伝えてくる。
《クロウ様……。島全体の活気は衰えていますが、あの一角からだけは、非常に荒々しくも、一本の芯が通った“モノ造りの執念”のような強い念を感じます》
(ああ、トムさんの造船所だな。あそこの熱気だけは、この寂れた街の中でも消えちゃいない)
「おいクロウ! ボーッとしてねェで錨を下ろすぞ! こんな寂れた港、さっさと用事済ませて次の島に行こうぜ!」
バギーが早くもつまらなそうな顔で怒鳴ってくる。
「分かってるよバギー。シャンクス、そっちのロープ回してくれ」
「おう、任せろクロウ!」
シャンクスと連携して手際よく船を固定すると、ロジャー船長を先頭に、レイリーさんやおでんさんたち幹部組が次々とタラップを下りていく。
向かった先は、海岸沿いにある一風変わった造船会社『トムズ・ワーカーズ』。
寂れた周囲のドックとは違い、そこには一般的な人間を遥かに凌駕する巨体を持った、ハコフグの魚人が腕を組んでどっしりと待ち構えていた。
「わはははは! トム! 久しぶりだな!」
「たっはっは! ロジャーじゃねェか! 元気そうで何よりだ、良いツラしてやがる!」
地響きのような笑い声を上げるその男こそ、世界一の船大工、トムさんだった。
ロジャー船長とトムさんが豪快に肩を叩き合う姿を見て、おでんさんも「これが世界一の職人か! 面構えが違う!」と感心しきりだ。
「おいトム、最果てへの旅もいよいよ佳境だ。このオーロ・ジャクソン号の全体を、もう一度完璧にメンテナンスして欲しい」
ロジャー船長の頼みに、トムさんはドンと胸を叩いた。
「任せとけ! 男のロマンを乗せた船だ、俺が“ドン”と完璧に仕上げてやる!」
そんな大人たちのやり取りの少し後ろ。
工具箱の陰から、俺たち見習い組を鋭い目つきで睨みつけている二人のガキの姿があった。
一人は、生真面目そうに設計図を抱えた、十代半ばほどのアイスバーグ。
もう一人は、青い髪を逆立てて、怪しげなガラクタの大砲をいじっているカティ・フラム――のちのフランキーだ。
「……チッ、海賊が何の用だよ。トムさんに妙な気ぃ使うんじゃねェぞ」
悪態をつくカティ・フラムに、シャンクスが「なんだよお前、生意気だな!」と一歩前に出る。
バギーも「そうだぞガキ! 俺たちはあのロジャー海賊団だぞ!」と威張るが、俺は苦笑しながらその二人の肩を掴んで引き戻した。
「やめとけ二人とも。ここの職人たちのおかげで、俺たちの船は走れてるんだからな」
俺はカティ・フラムのいじっている手製の大砲を盗み見る。
この寂れた街で、トムさんの背中を見ながら、彼らは未来の海列車や自分たちの夢を紡ぎ出そうとしている。
(未来のサイボーグに、未来の市長か。この寂れた街からすべてが始まると思うと、なかなか感慨深いものがあるな)
俺の傍らで佇むサクヤが、慈しむような視線を少年たちに向けた。
《クロウ様、あの少年たちの未来は、決して平坦なものではありません。ですが、彼らの魂の輝きは本物です》
その念話に、俺は心の中で小さく頷く。
ロジャー船長たちの旅が終われば、世界は大海賊時代へと突入する。その激動の未来を創り出す歯車が、この静かなウォーターセブンでも、トムさんを中心に回り始めていた。
「わはははは! クロウ、お前たち見習いも職人の仕事を手伝え! 最高の船を間近で学ぶチャンスだぞ!」
ロジャー船長の豪快な声が響き、俺は「了解です」と短く応えて、工具を拾い上げる。
バグ魂(ソウル)が紡ぐ不確かな多世界周回。
世界の真実へと繋がる水神の都での滞在が、今、始まった。