バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第65話:『深海の怪物たちと、大騎士ネプチューン』
驚愕の道標を頼りに、オーロ・ジャクソン号が深海1万メートルを目指して下降を続けていた時のことだ。
光さえ届かない暗黒の深海。船を包むシャボンの頼りない光の向こうに、突如として巨大な影がいくつも蠢いた。
それは、青海の人間が一生に一度見るかどうかも怪しいレベルの、規格外の巨体を持つ深海魚や海王類どもだった。
「レイリー!! 聞こえたか!? 今の声」
船首で周囲を睨みつけていたロジャー船長が、真剣な顔で鋭く声を上げた。
だが、隣に立つレイリーさんは怪訝そうな顔で周囲を見渡す。
「何言ってる。静かな深海じゃないか……」
「誰だァ!! こんな海底で話をしてやがるのは!!」
“万物の声”を聞くことができるロジャー船長には、暗闇の奥から確かに「何か」が喋っている声が聞こえているらしい。
巨大な深海魚の不気味な視線がオーロ・ジャクソン号に注がれる中、船長はさらに声を張り上げた。
「……確かに聞こえる。お前もか、おでん」
「…………」
同じく異変を察知したおでんさんも、険しい表情のまま黙って深海の闇を見つめていた。
(海王類の声……。原作の知識通りなら、彼らはここで人魚姫の誕生を予言する声を拾っている。だが、俺には何も聞こえやしねェ)
俺は、手首のロザリオを軽く撫でながら甲板に立っていた。
自分が『シャーマンキング』の世界から力と記憶を引き継いで周回している『転生者』だということは、この船の誰にも明かしていない。
シャンクスのやらかしで誤飲した『ヤクヤクの実』の呪いを、魂の巫力で「調律(サポート)」に変質させ、裏で深海圧による船体の歪み(厄)を吸い取り続けていることも、俺だけの秘密だ。
俺のすぐ傍らに霊体として寄り添う持霊『サクヤ』が、俺にだけ聞こえる念話で静かに呟いた。
《クロウ様……。あの巨獣たちの魂から、非常に大きく、誠に美しい『約束』の念が響いています。ロジャー様たちが聞いているのは、おそらく彼らの未来の言葉ですね》
(ああ。……だけど、ロジャー船長たちがその答えに辿り着くには、まだ少し時間が早すぎるんだよな)
そんな奇妙な緊張感を切り裂くように、前方の暗闇から、光り輝く巨大なシャボン玉――『魚人島』の入り口が見えてきた。
「おい、クロウ! シャンクス! 前を見ろよ、すっげェ光だ!」
バギーが窓に張り付いて、目を皿のようにして叫んでいる。
「うわー……!!! 本当に海の底に国があるんだな!」
シャンクスも麦わら帽子を押さえながら、無邪気に歓声を上げた。
だが、オーロ・ジャクソン号が魚人島の大門へと近づいたその瞬間、島を守る巨大な魚人の兵士たちが、武器を構えて行く手を阻んだ。
「何をしにきた地上の者!!」
「うわーっ!!! 急に出てきやがった!」
バギーが情けなく飛び退き、シャンクスも身構える。
兵士たちが一斉に突きかかろうとしたその時、ロジャー船長が船首から身を乗り出し、満面の笑みで大声を張り上げた。
「おれだ!! ロジャーだ!! 大騎士ネプチューン!!」
「!!」
その堂々たる名乗りに、兵士たちの後ろから、ひときわ巨大なクジラに乗った、立派な髭を持つ人魚の巨漢が姿を現した。
魚人島の王――大騎士ネプチューンだ。
「ロジャー!!? 成程わかったぞ!!」
ネプチューンは驚きに目を見開いた後、すぐに旧友との再会を喜ぶように破顔した。
「わはははは! 久しぶりだなネプチューン! 最高の酒を用意して待っててくれたか!」
王のその一言で、緊迫していた周囲の兵士たちも武器を収め、船内には一気に安堵の空気が広がった。
オーロ・ジャクソン号を港へと滑り込ませると、そこには美しい人魚たちの泳ぐ、絵に描いたような竜宮城の城下町が広がっていた。
しかし、街の住人や兵士たちはどこか浮き足立ち、ビクビクとした様子でこちらを見ている。
「何も悪さはしねェよ!! 何だよお前程の男が予言なんかにビクビクしやがって」
ロジャー船長が呆れたようにそう言うと、ネプチューン王は巨大な体を縮めるようにして真剣な顔で返した。
「近々『魚人島の門が何者かに壊される』という予言!! そこへお前らが来りゃあ十中八九……」
「お前らがやるのか!!」と兵士たちに囲まれたのは、どうやらこの予言のせいだったらしい。
ロジャー船長は笑い飛ばそうとしたが、その直後――。
ズズゥゥン……!! と、魚人島の大門の方角から不気味な地響きが轟いた。
「「「!?」」」
「ネプチューン様、やられました!! 海王類に門を噛み砕かれ……」
慌てて駆け込んできた兵士の報告に、ネプチューン王は顎が外れんばかりに驚愕した。
「海王類に門を噛み砕かれ……え〜〜っ、大人しい海王類が!? あり得ん……!!!」
信じられない事態に頭を抱えるネプチューン王を他所に、ロジャー船長は顎をさすりながらおでんさんを見た。
「当たった……」
(シャーリーの予言……。いや、まだこの時の彼女は幼女のはずだ。ガキの段階でこの精度の未来予知は、世界のバグというか、もはや呪いの域だな)
「外のシャボンに穴が!! すぐに塞げ!! 応急処置を!!」
「結局おおごとに……。見ろ、おれ達じゃねェっ!!」
頭を抱えてガミガミと怒鳴るネプチューン王に、ロジャー船長は「だから言ったろ!」と言わんばかりに笑いながら、自分の無実をアピールしている。
そんな大騒ぎの最中、俺の傍らに佇むサクヤが、静かに魚人島の奥深くを見つめながら呟いた。
《クロウ様……。この島には、未来を視るあまりにも鋭利な『瞳』が存在します。そして、あの壊された門も、これから起こる世界のうねりの、ほんの始まりに過ぎないようです》
(ああ。これから俺たちは海の森へ向かって、ジョイボーイの謝罪文と、3つ目の『ロード・ポーネグリフ』の写しを取ることになる。未来のパズルが、どんどん組み上がっていくな)
「おいクロウ! 門が壊れたってよ! 宝を盗む悪い海賊でも来たんじゃねェだろうな!?」
バギーが早くも財宝の心配をしてギャーギャーと騒ぎ立てる。
「大丈夫だよバギー。海王類の仕業だって言ってるだろ。シャンクス、念のため船のコーティングに影響がないか確認しに行こう」
「おう、分かった!」
シャンクスと共にバギーを宥めつつ、俺たちは大騒ぎの魚人島での第一歩を踏み出した。
誰にも明かさない転生者の秘密と、ヤクヤクの調律を胸に、俺は時代の特等席からその伝説の瞬間を見届けるために、しっかりと前を見据えた。