バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第66話:『人魚姫の予言と、海の森に眠る言葉』
海王類が大門を噛み砕いたという騒動の渦中、竜宮城に一人の幼い少女が呼び出されていた。
まだたったの3歳だというそのガキの名は、シャーリー。黒いフードを深く被り、小さな手で水晶玉を覗き込む姿はどこか不気味な気迫を放っている。
「かい王るいがあばれるのは――にんぎょひめが生まれるのを待ってるからよ」
水晶玉に怪しい光を反射させながら、少女の口から淡々と告げられた言葉。
それは、あまりにも突飛で、しかし確実に未来を言い当てる「予言」だった。
「人魚姫!? また新しい予知だな」
「では国王にお子様が!? それはおめでたい~~~~っ!!」
周囲の兵士たちがわっと沸き立つ中、当のネプチューン王は顔を真っ赤にして大慌てで手を振った。
「待て待て、おれはまだ結婚もしていないじゃもん! 数か月前、即位して王になったばかり……」
「しかしネプチューン様! 彼女は先代国王の死期も予言していました!!」
「それに先日の色っぽい……いやいや、忌まわしき人魚オトヒメ率いる政治デモも見事的中!!」
「当たって嬉しいものではないわ!!」
(予言少女シャーリー。この段階でここまでの精度の予知を叩き出すとはな。だが、隣で熱弁されてるオトヒメ王妃のデモを『色っぽい』と評した兵士、後で絶対に怒られるだろ)
そんな大騒ぎの竜宮城を後にして、俺たちはネプチューン王の案内で、島外れの『海の森』へと向かっていた。
深海の底とは思えないほど穏やかなクジラたちの泳ぐ海。だが、ネプチューン王の顔はどこか冴えない。
「最近は国中があの子の予言に振り回されて……。お前の身の上話を聞きに来たんじゃねーよ、ネプチューン!!」
ロジャー船長が呆れたように笑い飛ばすが、隣のおでんさんは神妙な顔で2つの巨大な石碑――ポーネグリフを見上げていた。
「2つもあって大収穫かと思ったが、片方はさして重要じゃねェな。……ジョイボーイって奴からの謝罪文だ。何と本当にこの文字が読めるとは!!」
驚くネプチューン王を他所に、おでんさんは流れるように古代文字を読み解いていく。
「それよりロジャー、海王類を動かす『兵器』がここにないか!?」
おでんさんのその言葉に、ロジャー船長はハッと目を見開いた。
「……空島の石にはここにあると書いてあった」
「――さっきシャーリーが言っていた予言に、少し寒気がしたじゃもん。この国には数百年に一度、海王類達と対話できる『人魚』が生まれる……!! もしかしたら……」
ネプチューン王が冷や汗を流しながら呟いた言葉。それが、すべてのパズルを繋げた。
「――じゃあ、お前の娘がいつか世界を滅ぼす『兵器』に!?」
「ただの予言じゃもん!! それに、力は使い方次第!!」
ロジャー船長とおでんさんの厳しい視線に、ネプチューン王は必死になって弁明する。
(古代兵器『ポセイドン』の正体が人魚姫――。現代日本で原作を読み込んでいた俺からすれば既知の情報だが、当事者たちの口から語られるとやはり生々しさが違う。世界を滅ぼす力か……。重い話になってきたが、ネプチューン王がただの親馬鹿全開で狼狽えてるのを見ると、ちょっと緊張感が削がれるな)
拓本を取り終えたロジャー船長は、水晶玉を抱えた3歳のシャーリーの前にしゃがみ込み、ニカッと笑いかけた。
「おいシャーリー。人魚姫は、いつ生まれるそうだい?」
「10こ」
「10年後のようだしな。ロジャー貴様、そんなものに興味を示すとは見損なったぞ!!」
ネプチューン王がまたしてもガミガミと怒鳴り散らすが、レイリーさんは隣でフッと静かに笑っていた。
「わははは、安心したか? お前の、いつか生まれるお前の娘を、奪いに来やしねェよ!!」
「モジャモジャせんど!!」
「ネプチューン、おれ達が欲しいのは、それを『兵器』と名付けた奴らがこの世に残した、莫大な『お宝』だ!!」
ロジャー船長のその力強い言葉と共に、魚人島での目的はすべて果たされた。
俺たちのオーロ・ジャクソン号は再び青海へと浮上し、風に乗り、波に任せて、世界の真実を集めるための最後の航海へと突き進む。
空に輪を描く鳥の唄を聞きながら、船内では毎日のようにどんちゃん騒ぎの宴が開かれていた。
おでんさんも、トキさんも、シャンクスもバギーも、みんなが笑って歌っていた。
――だが、運命のうねりは、ある日突然、唐突にその牙を剥く。
「ワノ国」の近海へと差し掛かった、まさにその時だった。
「――トキが倒れた!!」
「トキ――ッ!!?」
甲板に響き渡った悲痛な叫び。
おでんさんが青い顔をして駆け寄る中、トキさんは激しい高熱に浮かされ、甲板へ崩れ落ちるように倒れ込んでいた。
「緊張の糸が切れて、長旅の疲労に襲われたのだ。……トキの本来の目的地は『ワノ国』。ワノ国に降りるべきだ」
船医のクロッカスさんの冷徹な診断に、甲板の空気が一気が凍りつく。
最果ての島を目前にして、あまりにも残酷な現実。
(長旅の疲労……。俺の『ヤクヤクの実』の調律で、船の限界負荷やみんなの細かな体調不良(厄)は裏で常に吸い上げていたはずだ。なのに、これほどの高熱が出るなんて……)
俺――クロウは、手首のロザリオを強く握り締めながら、横たわるトキさんを見つめていた。
自分が転生者であることも、魂の巫力で運命をサポートしていることも、誰にも喋っちゃいない。
《クロウ様……。これは、彼女自身の魂が、故郷であるワノ国を前にして、無意識に張り詰めていた糸を解いてしまった結果です。……あなたの陰陽調律をもってしても、彼女が『ここで降りる』という歴史の強固な意志(運命)までは、捻じ曲げることはできません》
傍らに佇む持霊サクヤの、静かで悲しい念話が脳裏に響く。
(ああ、分かっている。原作の記憶を持つ俺だからこそ、この世界の歴史の強制力がどれほど強いか、身に染みて分かっているんだ。ここでトキさんが降りるからこそ、おでんさんは引き返せない覚悟を決めて、ラフテルへの最後の扉を開く。モブの俺が、ここで余計なチートを使って運命を狂わせちゃいけない)
「……おでんさん。トキさんの看病の準備、手伝います」
俺は小さく息を吐き、いつもの見習いとしての顔に戻って、慌ただしく動き出す仲間の輪へと加わった。
世界のすべてを知るための旅は、ついに最大の転換点を迎え、オーロ・ジャクソン号は不穏な影の待つ故郷、ワノ国への接岸を余儀なくされる。