バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第67話:『不退転の背中と、幻の島に佇むクジラ』
トキさんの発熱により、オーロ・ジャクソン号は急遽、ワノ国への一時接岸を余儀なくされた。
4年ぶりとなる故郷の土。だが、港へ降り立ったおでんさんを待っていたのは、かつての平穏な国ではなかった。
「おでん様ァ!! 錦えもんらはトキ様の事を知らんようよう。おでん様、おれ達も残ります!!」
「いや勿論おれも!!」
泣き崩れるイヌアラシやネコマムシの背後、出迎えた家臣たちの顔は一様に険しい。
彼らが「お久うございます、おでん様!! 懸命に預かって参りました九里は……今……ワノ国は」と言いかけたその時、それを遮ったのは、息を荒くしたトキさんの強い声だった。
「待って!!」
「!?」
「行って!! おでんさん!! こんな事で止まる様なあなたなら私は……!! 離縁を申し込みます!!」
ぜーぜーと肩を上下させながら、それでも凛とした目で言い放つトキさん。
「あなた方が本当におでんさんを想うなら……本当にお願いです!! 彼を……」
家臣たちを必死に制する彼女の覚悟を前に、おでんさんはただ一言、不退転の決意を告げた。
「おれは!! ――もうしばらく出かけるぞ!!」
「!!」
背を向けていても、何かが豹変しているのはわかった。
振り返ればもう二度と海へ出られんと感じたのだろう。
おでんさんは家臣たちの「ぎゃーー!! ろくでなしーーー!!!」という非難の怒鳴り声を背中で受け止めながら、一度も顔を戻さなかった。
(……おでんさん。これが、世界の夜明けのためにあんたが選んだ道なんだな)
俺は手首のロザリオを強く握り締めながら、その不退転の背中を見つめていた。
『ヤクヤクの実』の調律で船体の歪みを吸い取り、裏から航海をサポートしていることは俺だけの秘密だ。
原作知識を持つ俺だからこそ、この瞬間におでんさんが振り返らなかったことの意味、精度を増していく歴史の強制力を前に、モブの俺がここで余計なチートを使って運命を狂わせちゃいけない。だから俺は、ただ見習いとして静かに次の作業へ移るしかなかった。
わずか数時間の帰郷であった。
ワノ国にあった“歴史の本文(ポーネグリフ)”の手早い写し取りを終え、オーロ・ジャクソン号は再び海へ出た。
「じゃあ文字読めんのかてめェ!!!」
大急ぎで拓本を取ってすぐに船を出してしまったおでんに対し、ロジャー船長がいつもの調子で吠える。「そんな短時間で、お前本当に文字をちゃんと読めてるんだろうな!?」という、彼なりの焦りと突っ込みの言葉だった。
「ろくでなし。すまねェ……!!」
おでんさんはただ、自嘲を込めてそう呟いた。
家族や国を置いて旅を続ける自分は「ろくでなし」だという自覚、そしてそれでも最果てへ向かうという揺るぎない覚悟。そのすべてを滲ませたおでんさんの絞り出すような言葉に、船内の空気は静かに引き締まっていった。
そして旅の針路は、世界の真実を解き明かすための最後のピースへと向かう。
「『ゾウ』にはこのビブルカードでしか辿り着けん様だ」
ロジャー船長が指先で小さな紙片を挟みながら、霧の立ち込める海を見つめる。
「確かに……!! 島じゃねェ!!」
シャンクスやバギーが船べりから見上げる先。
霧の向こうから姿を現したのは、海を歩く千年の巨獣――巨大な象の背の上にある幻の国だった。
入国した俺たちを迎えたのは、おでんさんの気配を察してざわつくミンク族たちだ。
「おでんさんどうかしたのか?」
「いやあ……何でもねェが……妙な感じだ……」
おでんさんはカンカンと鳴り響く鐘の音の中、額を押さえながら眉を潜めていた。
街のあちこちから「海賊だってよ」「光月家だってよ」と,驚きと歓迎の声が上がる。
ネコマムシとイヌアラシからの手紙を受け取ったモコモ公国の王――ひつぎすかん公爵は、大粒の涙を流して彼らの生存を喜んでいた。
「生きとおったか!! あの悪ガキ共は……!! 当時は大変な騒ぎになったものだ……!!」
「よく来られたガルチュ〜〜〜♡」
「おわー、何だ何だ何だ!!」
熱烈な『ガルチュー』の洗礼を受けるシャンクスやバギーがギャーギャーと騒ぎ立てる中、おでんさんとロジャー船長は、どこか浮かない顔でそびえ立つ大樹を見上げていた。
「なんだか心が落ち着かねェ……!!」
「大丈夫かよお前らしくねェな」
レイリーさんが心配そうに声をかけるが、ロジャー船長もおでんさんと全く同じ感覚を抱いていた。
「わかるぞおでん……」
「ロジャー船長も!? なんだかよ……」
二人の怪物だけが感じ取る、“万物の声”。
「巨大な何かにずっと見られている様な……」
見上げる先には、もこもことした『くじらの樹』が、静かに彼らを見下ろしていた。
そのくじらの樹の内部、隠された聖域へとひつぎすかん公爵に案内された俺たちは、ついにその場所へ到達した。
「あった!! 最後の“ロード歴史の本文(ポーネグリフ)”」
「おお」
暗がりの中で赤く妖しく光る、立方体の巨石。その中央には、はっきりと刻まれていた。
「光月の家紋!!!」
おでんさんが目を見開いて叫ぶ。
「ミンク族と兄弟分ってのは本当なんだな!!」
ロジャー船長も、ついに4つ目のピースが揃ったことを確信し、ハハハハ! と豪快に笑った。
その拓本を取る作業の最中、一人の豹のミンク族のガキが、ロジャー船長のコートの裾を引っ張った。
「なー、頼むよ!! おれも連れてってくれ!!」
「ペドロっつったか。小僧! お前はまだ待機だ!!」
ロジャー船長は、のちに麦わらの一味を助けることになるその少年の頭に、優しく、しかし力強くポンと手を置いた。
「いいか人には必ず『出番』ってものがあるんだ!!」
「おれの出番!?」
目を輝かせるペドロに、ロジャー船長は不敵に笑ってみせる。
「その時が来たら助けてくれよ!!」
「わかった、必ず助ける!!」
(ペドロの出番……。原作知識を持つ俺は知っている。彼が命を賭して、次の時代の主役たちのために道を切り拓くその未来を。そして今、ロジャー船長が彼にかけたその言葉が、のちにどれほど重い意味を持つことになるのかを)
《……いくつかの“真の歴史の本文(ポーネグリフ)”と、4つの“ロード・ポーネグリフ”が、ついに揃いましたね》
俺の傍らに霊体として佇むサクヤが、世界の境界線を前にして、厳かな念話でそう呟いた。
(ああ。パズルはすべて完成した。だけど、2周目のこの世界における『伝説の終わり』は、もう目の前だ)
「おい、何ボーッとしてんだよ! 拓本の準備、手伝うぞ! これで最後なんだろ!?」
シャンクスが声をかけてくる。
「へっ、これでいよいよ、世界で一番の宝が眠る島へ行けるんだな!」
バギーも興奮を隠せない様子で鼻を膨らませている。
「ああ、そうだな。最後の仕上げ、ドンとやろうぜ」
俺は二人の見習い仲間に微笑み返し、墨を広げるために一歩前へ踏み出した。
4つの手がかりが揃い、オーロ・ジャクソン号の針路はついに、世界の誰一人として到達できなかった最果ての島へと固定される。
俺はヤクヤクの調律を胸に、大海賊時代を切り拓くことになるその歴史的瞬間を見届けるため、しっかりと前を見据えた。