バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第68話:『笑い話と、バグ魂の限界』
4つのロード・ポーネグリフが示す座標。その交点にあたる、歴史上誰も行き着けなかった最後の島を目指し、オーロ・ジャクソン号は猛り狂う激流へと飛び込んでいった。
だが、目的地を目前にしたその瞬間、俺の身体に異変が起きた。
視界が不自然に歪み、内臓を雑に雑巾絞りにされているかのような、凄まじい激痛が全身を駆け巡る。
あまりの苦しさに、俺は甲板へ崩れ落ちるように倒れ込んでいた。
「おい、どうしたんだよ!? しっかりしろよ!!」
シャンクスが青い顔をして俺の身体を揺さぶる。
そのすぐ隣の寝台では、先に原因不明の高熱を出したバギーが「うぅ……」とうわ言を漏らして完全にのびていた。
「緊張の糸が切れて長旅の疲労に襲われた」と診断されたトキさんとは違う。
俺のこれは、完全なる自業自得、そして限界だった。
(……くそ、やっぱり子供の身体じゃ、これだけの量をストックするのは無理があったか……!)
手首のロザリオを握り締める指先が、自分の意志に反してガタガタと震える。
シャンクスのやらかしで誤飲した『ヤクヤクの実』の呪い。
本来なら周囲に不運や病を撒き散らす厄災の力を、俺は魂の巫力で「調律(サポート)」に変質させ、この航海中ずっと裏で使い続けていた。
空島からの命がけの自由落下。深海1万メートルの凄まじい水圧。船員たちの細かな病気や疲労。
それらすべての限界負荷(厄)を、俺は「みんなに不運が起きないように」と、裏で代わりにすべて一人で吸い込み、魂の奥底へ溜め込み続けていたのだ。
だが、2周目のこの肉体は、まだただの子供だ。
シャーマンキングの世界の魂の強度があろうとも、器である肉体の許容量を超えて溢れ出した莫大な『厄』の残滓が、ついにこの土壇場で一気に祟りとなって俺の身体を破壊し始めていた。
《クロウ様……! いけません、これ以上は魂の結合ごと肉体が崩壊します! 今すぐ調律を完全に遮断してください……!》
傍らに立つサクヤが、かつてないほどに狼狽え、涙を浮かべながら必死に念話で叫んでいる。
(分かってはいたが……バギーが熱を出して脱落するなら、同じ見習いである俺が、何食わぬ顔で主役たちの特等席についていけるわけがなかったんだな)
俺は朦朧とする意識の中、駆けつけてきたロジャー船長やレイリーさん、クロッカスさんたち大人組に向けて、これまで隠し続けてきた『ヤクヤクの実』の能力の本当の仕組みを、途切れ途切れの声で打ち明けた。
他人に厄を撒き散らすのではなく、今まで船やみんなの『厄』を俺がすべて肩代わりして吸い上げていたのだ、と。
「……何だと……!? じゃあ、お前がいつもやってた『調律』ってのは、そういう意味だったのか……!!」
ロジャー船長が信じられないものを見るように目を見開いた。
「おい、クロウ……! お前、そんな無茶をずっと一人で……!!」
おでんさんも声を震わせ、甲板の船員たちに衝撃と動揺が走る。
だが、そんな大人たちの驚愕を遮るように、船医のクロッカスさんが烈火のごとく怒鳴り散らした。
「ふざけるな、この大馬鹿野郎が!!! 医者を、船医をナメるのも大概にしろ!!!」
「クロッカスさん……」
「他人の病気や怪我、船の破損の負荷まで自分の身体に溜め込んでいただと!? そんなもん医療でも何でもねェ、ただの自殺行為だ!! 自分の肉体の限界も弁えんガキに、見習いを名乗る資格はねェ!!」
クロッカスさんの凄まじい怒声に、俺は縮こまるしかなかった。
さらに、いつもは冷静なレイリーさんまでが、冷徹な、しかし隠しきれない怒りと心配の混ざった目を俺に向けていた。
「クロウ。お前がウチの船を陰で支えてくれていたことには感謝する。……だがな、仲間に内緒でそんな爆弾を背負い込む奴を、俺たちは『仲間』とは呼ばない。お前が倒れて、俺たちが喜ぶとでも思ったか?」
「……すんません……」
「口を開くな。これ以上の航海は絶対に不許可だ。治るまでベッドから一歩も動くことは許さん。……いいな、大人しく安静にしていろ」
レイリーさんの厳しい言葉に、俺は小さく頷くしかなかった。
ロジャー船長も、いつもの豪快な笑みを消し、神妙な顔で俺の頭を大きな手で乱暴に撫でた。
「バギーと一緒に、ここで大人しく寝てろ。お前が守ってくれたこの船で、最後の島へ行ってくる」
視界が真っ暗に染まっていく。
(原作知識では、バギーは熱を出して港町に残り、シャンクスがその看病を買って出る。……だが、今回はエルバフではなく、俺もバギーと同様に、あの最後の島へは向かわずここに残り、シャンクスに看病される側になるんだな……)
最果ての島へ向かうオーロ・ジャクソン号を見送り、俺は港町の宿の一室で、バギーの隣のベッドへと横たえられた。
シャンクスが濡れたタオルを俺たちの額に置き、心配そうに見守ってくれている。
数日後。
ようやく熱が引き、身体の重みが取れてきた頃、窓の外から凄まじい歓声とどよめきが街中に響き渡った。
港の方を見れば、島から戻ってきた大人たちが、本当に底抜けに楽しそうに笑い合っている姿があった。
「おれ達もそうだ。涙が出る程笑った」
のちにおでんさんの航海日誌に刻まれることになる、その言葉通りの光景。
莫大な財宝を前にして、世界のすべてを知った彼らが突き当たったのは、あまりにも莫大で、滑稽な、最高の『笑い話』だった。
世界中にニュースクー(新聞)が飛び交う。
海賊ロジャーが前人未到の「世界一周」を果たしたという、歴史の転換点。
ついにこの海の覇者が誕生した。世間は奴を、こう呼んだ。
――「海賊王」だ。
ロジャー船長は、ペンを握って日誌をつけるおでんさんの前で、その島に名前をつけた。
「ジョイボーイ、おれは……!! お前と同じ時代に生まれたかった。とんだ笑い話だ!!」
「なぁみんな、800年も誰も行きつけなかった『最後の島』に、こんな名前をつけねェか?」
ロジャー船長がニカッと笑い、世界のすべてが眠るその島の名を口にする。
「――“ラフテル(Laugh Tale)”と」
自分の無茶な調律が祟り、子供の体の限界を迎えて上陸こそ叶わなかったし、大人たちからは大目玉を食らった。
だけど、バギーと共にシャンクスに看病されながら、窓越しに聞こえるロジャー船長たちの底抜けの笑い声を聞き、俺は胸の内でフッと笑った。
世界のすべてを知った海賊王の、その伝説の終わり。
俺は間違いなく、この時代の特等席で、その歴史の音を確かに聞いていた。