バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第69話:『受け継がれる意志と、大海賊時代の幕開け』
ラフテルから戻ってきたオーロ・ジャクソン号の甲板は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
だが、その熱気とは裏腹に、俺たちの「伝説の航海」が終わりを迎えたことも、全員が痛いほど理解していた。
「海賊王」の誕生。
世界中がその偉業に沸き立つ中、俺の身体はクロッカスさんの厳重な治療と、シャンクスの献身的な看病のおかげで、ようやく普段通りに動くまでに回復していた。
「……本当にもう大丈夫なんだな」
シャンクスがまだ少し心配そうな目で、俺の顔を覗き込んでくる。
「ああ、すっかり元通りだ。シャンクス、看病してくれてありがとな。バギーのやつは?」
「あいつは熱が下がった途端、ロジャー船長の『お宝』の分け前がどうとか言って、レイリーさんにまた怒られてるよ」
シャンクスが呆れたように笑う。
そんな見習いどもの他愛ない会話の向こう、船首には、いつもと変わらぬ豪快な笑みを浮かべたロジャー船長が立っていた。
だが、俺の『ヤクヤクの実』の感覚、そして傍らに佇む持霊『サクヤ』は、船長の生命力の巡りが、いよいよ完全に限界を迎えつつあることを察知していた。
《……ロジャー様の命の灯火は、もう残り僅かです。ですが、その魂には、一片の悔いも、濁りすらもありません》
(ああ、分かっている。船長は最初から、自分の命の使い道をすべて決めていたんだからな)
誰にも明かしていない、前世の記憶と原作知識。
俺の調律(サポート)で船長の肉体をここまで保たせてきたが、これ以上の延命は世界の歴史そのものを歪めてしまう。モブの俺にできるのは、この偉大な男の最後の決断を、静かに見届けることだけだった。
あるいは、それさえもすでにこの世界の『運命』に組み込まれていたのかもしれない。
「――よし野郎ども!! これにて『ロジャー海賊団』は解散する!!!」
ロジャー船長の突然の宣言に、甲板が水を打ったように静まり返る。
誰もが涙を堪え、あるいは大粒の涙を流しながら、世界をひっくり返した船長の最後の言葉を刻み込んでいた。
おでんさんはワノ国へと戻り、自身の果たすべき『世界の夜明け』のための戦いへと赴く。
イヌアラシやネコマムシ、トキさんたちの元へ帰っていくおでんさんの背中を、俺たちは固い握手で見送った。
そして、オーロ・ジャクソン号のタラップの下。
俺たち見習い組の前で、ロジャー船長はいつも通りのニカッとした笑顔を浮かべて立っていた。
「船長……。おれ、自分の海賊団を立ち上げます。いつか、船長みたいな凄ェ海賊になってみせます!」
シャンクスが涙を拭い、強く前を見据えて宣言する。
「わははは! おう、シャンクス! お前ならやれるさ、期待してるぞ!」
船長はそう言うと、長年愛用していたあの『麦わら帽子』を、シャンクスの頭へとそっと預けた。
「へっ、おれ様は世界中の宝を手に入れて、キャプテン・バギーとして名を馳せてやるぜ!」
バギーが鼻水を垂らしながら強がると、船長は「バギー、お前は相変わらずだな!」と笑ってその頭を撫でた。
最後に、ロジャー船長は俺の前に立ち、その巨大な掌を俺の肩へと置いた。
「お前が裏でこの船の『厄』をすべて背負って走ってくれていたこと、おれはちゃんと分かってたさ。大目玉は食らったが、お前のその優しさに、おれは何度も救われた。……ありがとな」
「船長……。俺は、見習いの仕事を全うしただけです」
胸の奥から込み上げるものを堪え、俺は短く答えた。
「お前たちの未来は、ここからだ。……ドンと生きてみせろ!!」
それが、俺たちが聞いたロジャー船長の最後の言葉だった。
――それから1年後。
世界中を震撼させる大ニュースが飛び交った。海賊王ゴール・D・ロジャーの逮捕。
そして、その処刑の地として選ばれたのは、船長の生まれ故郷であり、始まりの町でもある東の海の『ローグタウン』だった。
処刑当日、ローグタウンの広場は、歴史の終わりを一目見ようと集まった群衆と、厳重な警戒を敷く海軍の兵士たちで埋め尽くされていた。
どす黒い雲が空を覆い、今にも降り出しそうな重苦しい空気の中、俺は群衆のなかに紛れ込み、静かにその時を待っていた。
少し離れた場所には、シャンクスやバギー、そしてのちに新時代を背負うことになる若き強者たちの姿が点在している。
コツ、コツ、と静かに木製の処刑台の階段を上っていくロジャー船長。
両手には重々しい手枷が嵌められているが、その背中は相変わらず大きく、堂々としていた。
処刑台の頂上、世界の中心とも言えるその場所で、船長は静かに腰を下ろした。
その顔には、死を目前にした恐怖など微塵もなく、むしろ何かを楽しみに待っているかのような、不敵な笑みすら浮かべている。
(……本当に、何から何まで規格外の男だ。原作知識で結末を知っていても、本物の海賊王の『覇気』を前にすると、肌が粟立つのが分かる)
処刑人が二人の立ち会いのもと、長く鋭い刃をロジャー船長の首元へと構えた。
広場全体が息を呑み、静寂が支配したその瞬間――群衆の中から、一人の男が大声を張り上げた。
「おい海賊王!!! 集めた宝はどこへ隠したんだ!!! あの『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』は、本当にあるのか!!?」
その叫び声に、処刑人たちが慌てて男を制そうとする。
だが、ロジャー船長はその声を聞いた瞬間、待ってましたと言わんばかりに、ニカッと白い歯を見せて豪快に笑った。
「ハハハハ! おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ……」
「遮れ!! 喋らせるな!!」
海軍の指揮官が顔を青くして怒鳴るが、もう遅い。海賊王の声は、広場にいる全員の、そして世界中の人間の耳へと、確かに突き刺さっていた。
「探してみろ、この世のすべてをそこに置いてきた――!!」
ドン!!! と、二本の刃がロジャー船長の身体を貫いた。
一瞬の静寂。そして、次の瞬間には、広場全体が地を揺るがすほどの凄まじい歓声と怒号に包まれた。
ポツリ、と頬に冷たい雨が当たる。
降りしきる激しい雨の中、隣を見れば、シャンクスは帽子で顔を隠しながら声を上げて号泣し、バギーもまた、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら悔しそうに叫んでいた。
だが、俺は知っている。
この瞬間にゴール・D・ロジャーという男の肉体は死んだが、その意志は死んでいない。
彼が死に際に放ったその一言が、世界中の人々の魂に火をつけ、狂った時代のうねりを爆発的に加速させたのだ。
(始まったな。原作通りの、最悪で最高の『大海賊時代』が)
《……世界の歯車が、ものすごい速さで回り始めました。次の主役たちが動き出すまで、まだしばらくの時間がありますね》
傍らに佇むサクヤが、雨に濡れるローグタウンの街並みを見つめながら、静かに微笑む。
「ああ。2周目のこの世界での、ロジャー海賊団の見習いとしての旅は終わった。……だけど、ここからが俺の、本当の意味での『自由の航海』の始まりだ」
俺は手首のロザリオを一度強く握り締め、ヤクヤクの力を魂の奥底へと完全に馴染ませる。
大人たちの紡いだ伝説のバトンは、次の世代へと確実に引き継がれた。
いつか現れる『麦わらの少年』がこの海を駆け巡るその時まで。
俺は自分だけの自由な航路を進み、力を蓄えながら、この新時代をどこまでも突き進んでいく。