バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
閑話:『おでんサイド:日々の足跡と、静かに歪む故郷』
「……フゥ」
オーロ・ジャクソン号を降り、4年ぶりに踏み締めた故郷『ワノ国』の土は、記憶にあるものよりもずっと冷たく、どこか余所余所しい匂いがした。
だが、そんな感傷に浸る間もなく、俺の顔に激しい勢いで飛び込んできたのは、愛する妻の笑顔と、見違えるほど大きくなった我が子らの姿だった。
「おでんさん! よくぞご無事で!」
「父上ーーーっ!!」
トキが満面の笑みで俺を迎え、モモの助と日和が俺の着物の裾へと飛びついてくる。
その小さな温もりを両腕で抱きしめた瞬間、胸の奥を締め付けていた「ろくでなし」としての罪悪感が、少しだけ融けていくのを感じた。
船を降りるまさにその瞬間まで、あの見習いの少年――クロウが、俺の背中をじっと見つめていたのを思い出す。
あいつはいつも一歩引いたモブのような顔をしていながら、俺たちの身体の疲れや、船にかかる「厄」をいつの間にか綺麗に調律してくれていた。あいつのあの不思議な優しさがなければ、トキの身体も、そして俺の不退転の覚悟も、ここまで保たなかったかもしれない。
(クロウ、シャンクス、バギー……あいつらも今頃、自分たちの新しい航海を始めている頃でござるか)
だが、そんな懐旧の情は、錦えもんたちの口から語られた「現在のワノ国」の有様によって、瞬時に怒りへと叩き落とされることとなった。
「おでん様……! 貴方様が不在の間、この国は黒炭オロチ、そしてその後ろ盾におる海賊『百獣のカイドウ』によって、見る影もなく汚されてしまいました!」
錦えもんが悔しさに歯を食いしばりながら、今のワノ国の惨状を涙ながらに訴える。
黒炭オロチが将軍の座に就き、各地に武器工場を建て、逆らう郷大名たちを容赦なく粛清しているという。
さらに、おれの留守中にトキがオロチの放った刺客の矢に傷つけられたと聞いた瞬間、俺の頭からはすべての理性が吹き飛んだ。
「おのれ……オロチィィィ!!!」
俺は二本の愛刀、天羽々斬と閻魔を引っ提げ、単身で花の都の将軍城へと殴り込んだ。
立ちはだかるオロチの部下どもを文字通り一刀両断にし、這いつくばるオロチの首元へ刃を突き立てる。
だが――そこで俺を待ち受けていたのは、あまりにも狡猾で、あまりにも残酷な『人質』という名の罠だった。
「ひ、ひぃぃ! 殺せばどうなるか分かっているな、おでん! この国にいる何百、何千もの民の命がどうなってもいいのかァ!」
命乞いをしながら醜悪に歪むオロチの顔。そして城の背後にどっしりと構える、あの巨大な龍のバケモノ――カイドウの圧倒的なまでの暴の気配。
今ここでこいつらを斬れば、ワノ国は焦土と化し、無実の民の血が海を成す。
「……条件がある」
オロチがへらへらと笑いながら提示してきたのは、あまりにも馬鹿げた、しかし俺が呑まざるを得ない取引だった。
毎週一度、都の真ん中で裸踊りをすれば、人質にした民の命を救い、5年後にはカイドウと共にこの国から船を出して出て行ってやる、という大嘘。
「ハハ……! だったら、踊ってやろうじゃねェか」
(最果ての島『ラフテル』で、ロジャーと共に世界のすべてを知った。20年後に訪れるという『世界の夜明け』……。その時まで、俺は何があってもこの国を、民の命を守り抜かなければならんのだ)
それからの日々は、まさに地獄のような『道化』の時間だった。
週に一度、花の都の往来で、俺は着物をはだけて裸になり、おどけた調子で踊り続けた。
かつて九里の大大名と称えられ、海賊王の船で世界をひっくり返した男の見る影もない姿。
都の民たちは、最初は俺を憐れみ、やがて「バカ殿」と呼び捨てにして、冷たい石や生ゴミを投げつけてくるようになった。
「ぎゃははは! 見ろよおでんの奴、今日も見事なバカっぷりだぜ!」
オロチたちの嘲笑を浴びながら、俺はただ泥に塗れて踊り続ける。
(クロウ……お前なら、今の俺を見て何て言うかね。……やっぱり、苦笑いしながら『お前らしくねェな』って、肩をすくめるのか……?)
どんなに民に罵られようとも、俺の心は折れなかった。
家に帰れば、トキがいつもと変わらぬ優しい手で俺の泥を拭ってくれ、モモの助と日和が俺の帰りを待ってくれている。それだけで、俺の戦いは十分に意味があった。
――そうして、ワノ国での果てしない「忍耐」の日々が始まってから、およそ1年が経った頃。
海外からの定期連絡を届けるニュースクー(新聞)の一枚が、九里の城へと舞い込んできた。
そこにデカデカと躍っていた文字を見た瞬間、俺は部屋の中で、ただじっとその紙面を見つめた。
【海賊王ゴール・D・ロジャー、自首。東の海『ローグタウン』にて処刑】
世界をひっくり返した、あの偉大な船長の死。
紙面には、死に際に彼が放ったという、全世界の人間を海へと駆り立てる不敵な言葉が記されていた。
「……ハハ」
気付けば、俺の口元から、あのラフテルで大人たち全員で響かせた時と同じ笑い声が溢れていた。
「ハハハハ! ハハハハハハ!!」
涙が溢れるほどに、声を上げて笑った。
世界中が海賊王の死に激動し、新しい時代の幕開けに震撼しているというのに、俺の胸を満たしたのは、ただただあのロジャー船長の豪快な笑い顔と、どこまでも自由だったオーロ・ジャクソン号の風の記憶だった。
「逝っちまったか、ロジャー……。お前が命を懸けて開いたその新時代……。俺も、自分の国で絶対に『夜明け』を掴み取ってみせるぞ」
新聞を強く握り締め、俺は窓の外のどんよりと曇ったワノ国の空を見上げた。
ロジャーは死んだ。だが、その意志は確かに俺の中に、そして世界のどこかにいるシャンクスやバギー、クロウたちの中に受け継がれている。
たとえ今、どれほど泥に塗れてバカ殿と罵られようとも。
俺は光月おでん。
20年後の未来へ向けて、この国を開国するための不退転の足跡を、一歩ずつ、泥の中に刻み続けていく。