バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第71話:『呪われた短刀と、弓を象る銀の指輪』
東の海のどこかに存在する、海図にもまともに載っていない霧に閉ざされた港町。
ここは、まともな商人が寄り付かない代わりに、世界中のあらゆる後ろ暗い噂が集まる“情報屋の島”だった。
一匹狼として小舟を操り、このうらぶれた港に辿り着いた俺は、酒の匂いと煙草の煙が充満する酒場の片隅に腰掛けていた。
対面に座るのは、顔の半分を包帯で覆った怪しげな情報屋の男だ。
「おい、お前が探してる『曰く付きの代物』だがな……。とっておきの噂があるぜ」
情報屋は周囲を警戒するように声を潜め、テーブルの下から一枚の汚れた地図の切れ端を差し出してきた。
そこには、ある特定の海域に浮かぶ無人島の位置が記されている。
「その島に、ある『呪われた短刀』が眠っているらしい。持ち主となった者は例外なく、原因不明の不病や不運に襲われて無惨にのたれ死ぬ。……お前さんのようなガキが手を出す代物じゃねェよ」
「……へえ、呪われた短刀、ね」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず口元を緩めていた。
持ち主を蝕む不運と不病。普通の人間なら怯えて逃げ出すような代物だが、現代日本の原作知識、そして前世の記憶を持つ俺にとっては、これ以上ない最高のご馳走だ。
何より、かつて前世のシャーマンキングの世界で出会った、あの麻倉家に仕える千年の猫の精霊――マタムネの言葉が、脳裏に鮮明に蘇っていた。
《世の中には、持ち主の強すぎる念や、怨念そのものを吸い込んで変質した“曰く付きの武具”というものが存在します。そうした呪いの品こそ、時に我ら霊体を現世に繋ぎ止める、この上ない強固な媒介となるのですよ》
マタムネのあの静かな語り口。
他人に厄災を撒き散らす『ヤクヤクの実』を魂の巫力で「調律(サポート)」に変質させ、一匹狼として生きることを決めた今の俺にとって、その『呪われた短刀』は、呪いごと俺のヤクの波動で調律してしまえば、世界に二つとない最強の武器(依代)になる。
「いい情報をありがとう。その呪いごと、俺が買い取らせてもらうよ」
「おいおい、正気かよ……」
呆気にとられる情報屋のテーブルに、ロジャー船長から貰った退職金の一部を放り投げ、俺は席を立った。
酒場を出て、寂れた港町の路地裏を歩く。
俺のすぐ傍らに霊体として寄り添う持霊『サクヤ』が、俺にだけ聞こえる念話で、どこか懐かしむように微笑みかけてきた。
《呪われた短刀、ですか。マタムネ様の仰っていた通り、私たちの力を現世で100%引き出すには、それくらい尖った媒介が丁度いいのかもしれませんね。……ですがクロウ様、あちらの石碑の近くから、もう一つ、非常に澄んだ銀の気配を感じます》
サクヤが指し示したのは、港の片隅にあるうらぶれた彫金細工の露店だった。
そこの店主がガラクタ同然に扱っていた箱の中に、それはあった。
磨けば光るであろう、純度の高い銀の地金。
それを見た瞬間、俺は前世でサクヤをオーバーソウルさせる際に使っていた、あの媒介の姿を思い出していた。
「サクヤ、呪われた短刀をメインの武器にするとして、お前自身をこの世界で現世に完全に定着させるための『依代』がもう一つ欲しい。……前作と同じ、あのモチーフで作るか」
《――弓のモチーフ、ですね》
サクヤの瞳が、嬉しそうにきらりと輝く。
俺は銀の地金を買い取ると、宿の一室に籠もり、前世で培った巫力と魂の炎を使って、静かに銀を錬成していった。
生身の子供の身体に負担をかけないよう、ヤクヤクの調律の波動を自分自身に巡らせながら、じっくりと型を創り上げていく。
数時間後、俺の掌の上に完成したのは、美しく湾曲した精巧な「弓」の意匠が施された、一級品の銀の指輪だった。
それは、前周回でサクヤと共に戦い抜いた、あの思い出の依代と全く同じ形をしていた。
指輪を左手の薬指へと嵌めると、サクヤの霊体がその指輪へと吸い込まれるようにして馴染み、魂の結合がこれまで以上に強固に安定していくのが分かった。
《完璧です、クロウ様。この指輪を通じて、いつでもあなたの傍らに実体として顕現できます。……あとは、あのマタムネ様の話にあった『呪われた短刀』を手にすれば、新時代の化け物どもとも対等以上に渡り合えますね》
「ああ。サクヤをその短刀にオーバーソウル(憑依)させれば、ヤクヤクの能力と陰陽の巫力を組み合わせた、俺たちだけの最強の技が完成する」
手首のロザリオを撫で、新しく薬指に嵌まった弓の指輪を見つめる。
普通の仲間は作れない。だけど、俺にはサクヤがいる。マタムネの言葉を道標に、呪いを調律する一匹狼の旅。
俺は宿の窓を開け、地図の切れ端に記された無人島の方角――怪しくうねる新時代の海を見据えた。
本当の自由の航海は、ここからさらに面白くなっていく。