バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第75話:『巡る原石たちの故郷と、オレンジ色の思い出』
少年スモーカーのいる港町を離れてから、俺の小舟は東の海の島々をいくつも渡り歩いていた。
誰にも明かしていない原作知識を持つ俺にとって、この海は未来の『主役たち』が産声を上げ、それぞれの牙を研いでいる原石の宝庫だ。悪魔の実の性質のせいで他人と深く交わることはできないが、こうして未来の航路を先取るようにして彼らの故郷の空気を肌で感じる旅は、一匹狼の俺にとって極上の娯楽だった。
とある島に立ち寄った際は、緑豊かな山間に佇む『一心道場』という古びた剣術道場を遠巻きに眺めた。
「たァァァ!!! ――おれは世界一の剣豪になる男だ!!!」
竹林の向こうから響いてきたのは、まだ幼い少年ながら、喉を引きちぎらんばかりに吠える一人の緑髪のガキの声だった。
のちに海賊王の右腕となる男――ロロノア・ゾロ。まだくいなとの約束を背負う前か、あるいは背負った直後か。何千回、何万回と竹刀を振り続けるそのひたむきな魂の輝き(念)を、俺の傍らに佇むマタムネは嬉しそうに目を細めて見つめていた。
また、別の退屈なシロップ村という島では、朝早くから「海賊が攻めてきたぞー!!」と、嘘をつきながら村中を駆け回る、長い鼻のガキの後ろ姿を遠目に見送った。
(みんな、自分の『出番』に向けて、それぞれの場所で必死に生きてるな……)
そんな風に世界の歯車たちを遠くから観測しつつ、俺の小舟が次に向かったのは、美しいみかん畑が島全体に広がる『コノミ諸島』――ココヤシ村だった。
原作知識が正しければ、この時期のこの村は、魚人のアーロンたちが攻めてきて地獄に変わる前の、一番美しく、一番温かい季節だ。
港に小舟を寄せ、潮風に乗って漂ってくるみかんの甘い香りに誘われるようにして島へと上陸した。……したのだが。
すれ違いざま、不自然に俺の身体にぶつかって、そのまま人混みへとすばしっこく駆けていく小さなオレンジ色の髪の少女がいた。
(……あ、今スられたな。俺の財布)
手首のロザリオを弄びながら、俺はフッと息を吐いた。
犯人は言うまでもない。のちに『泥棒猫』の異名を轟かせることになる、幼いナミだ。この頃からすでにその才能の片鱗を開花させてやがったらしい。
だが、現代日本で『銀魂』を全巻読破していた俺が、ただスられっぱなしで終わるわけがない。
スリの技術なんて上等なものは持ち合わせていないが、俺には前世で鍛え上げた規格外の巫力による身体能力、そして『ヤクヤクの実』の調律の波動がある。
気配を完全に殺し、身体強化を施した指先を、すれ違いざまにそのナミの懐へと音もなく滑り込ませる。
――サッ、と指先が布地をかすめ、次の瞬間には、俺の手の平にはナミの『本物の財布』が握られていた。
目には目を、歯には歯を、スリにはスリを。完璧なカウンターの泥棒返しだ。
物陰に隠れて「にしし、大収穫!」と俺の革財布を開けたナミが、中身を見た瞬間に「……え?」と硬直した。
当然だ。その財布のなかには、金なんて1ベリーも入っちゃいない。ロジャー船長からの退職金(軍資金)は、すべて魂の巫力で強固に守った別の頑丈な懐の奥に隠してある。俺がスらせたのは、ただの『空っぽのダミー財布』だ。
「な、何これ!? 空っぽじゃないのよコンチクショー!」
小さな地団駄を踏んで悔しがるナミの背後から、俺は足音を立てずに近づき、上からひょいと彼女の頭を覗き込んだ。
「悪いな、お嬢ちゃん。世の中には『泥棒の財布は空っぽ』っていう銀魂直伝の鉄則があってな」
「ひゃあ!!?」
幽霊でも見たかのように飛び上がって驚くナミの目の前で、俺は彼女からスり返した『本物の財布』を、人差し指でくるくると回してみせた。
「あーっ!! 私の財布! いつ引っこ抜いたのよ!」
「見習い海賊をナメるな。……ほら、返すよ。悪さはこれくらいにしとけ」
苦笑しながら財布を投げ返すと、ナミはそれを受け取り、顔を真っ赤にしてフンとそっぽを向いた。
「もう! 嫌なガキね! ――あ、でも、これ、みかん畑のベルメールさんのところに行くなら、持っていきなさいよ」
バツが悪そうにしながらも、ナミは俺に一枚の小さな『みかん引換券』のような紙切れを押し付け、そのまま「ノジコー!」と叫びながら走っていってしまった。
(……はは。やっぱり、根は優しくて可愛いガキだな)
《フフ、完全にスリの応酬でしたね》
薬指の銀の指輪から、サクヤが楽しげにくすくすと笑う念話が聞こえてくる。
「ああ。……さて、せっかくだからみかんでも買って行くか」
ナミに貰った紙切れを手に、島のみかん畑へと足を運ぶ。
畑の入り口には、木箱に山盛りにされた瑞々しいみかんと、元海軍らしい快活な雰囲気を纏ったベルメールさんが立っていた。
俺が紙切れを差し出すと、ベルメールさんは「おや、ナミの知り合いかい!」と豪快に笑い、紙切れの分以上の山盛りのみかんを袋に詰めてくれた。
「船乗り坊や、良い旅をね!」
その温かい言葉に見送られ、俺は袋を抱えて港へと戻った。
長居すれば『厄』が溜まる。俺はすぐに小舟を出し、ココヤシ村を後にした。
甲板にオレンジ色のみかんを並べ、皮を剥いて口へと運ぶ。東の海の太陽をいっぱいに浴びたみかんは、驚くほど甘く、そしてほんの少しだけ、未来の切なさを孕んで酸っぱかった。
「サクヤ、マタムネ。東の海(イーストブルー)での用事はこれで全部だ。……いよいよ、あの偉大な化け物どもがひしめき合う、始まりの海へ向かうぞ」
《ふふ、どこまでも。クロウ様が切り拓く自由の航路を、私も楽しみに見守らせていただきますよ》
短刀の奥から、マタムネがいつものようにキセルを燻らせるような気配を揺らし、あの静かで穏やかな口調で微笑む。
俺はヤクヤクの調律の波動を短刀と指輪へしっかりと循環させ、小舟の帆を力強く張った。
目指すは、世界の中心を貫く赤い土の大陸(レッドライン)、そして偉大なる航路(グランドライン)の入り口だ。
仲間はいらない。呪いを力に変える一匹狼の、本当の『自由の航海』が、新時代の荒波に向けていよいよ本格的に加速していく。
オリ主、重大な事を忘れグランドラインへ突入。