バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
閑話:『双子岬の追憶と、海賊王との最後の約束』
リヴァース・マウンテンの激流を越え、双子岬でクロッカスさんと再会したあの日の夜。
俺は灯台の明かりが薄暗く海面を照らす中、小舟の甲板に腰掛け、昼間にクロッカスさんへ伝えた「ロジャー船長の最期」の記憶を、改めて魂の奥底から手繰り寄せていた。
あの日、東の海のローグタウンは、降り出しそうな重苦しい曇天に包まれていた。
処刑台の周囲を海軍の厳重な包囲網が固める中、俺はただの観客として群衆に紛れていたわけじゃない。
(……これで、本当に最後なんだな)
俺は手首のロザリオを強く握り締め、前世――シャーマンキングの世界で培った、魂の巫力による最高峰の隠密術を発動させていた。
「陰陽術――隠形(おんぎょう)」
光の屈折を歪め、己の気配と存在そのものを世界の境界線から完全に消失させる、絶対の隠密。
海軍の鋭い警戒の目も、のちに世界を震撼させる若き強者たちの覇気も、誰一人として俺の存在を捉えることはできない。
気配を完全に消し去った状態で、俺は処刑台の階段のすぐ脇、ロジャー船長がコツ、コツと木を踏み締めて上っていくそのすぐ隣を、静かに並んで歩いていた。
重々しい手枷を嵌められながらも、船長の背中はどこまでも大きく、堂々としていた。
階段の途中で、船長がふと、何もないはずの俺のいる空間へ向けて、気付かれないほどの小さな声で呟いた。
「……いるんだろ、クロウ。お前がウチの船を陰で支えてくれた『おかしな気配』は、死にかけのおれの五感にゃあ、よっぽど分かりやすくて助かるぜ」
“万物の声”を聞く海賊王には、隠形(おんぎょう)の術すらも貫いて、俺の魂の息吹が届いていた。
「……気づいてたんですね、船長」
俺は姿を消したまま、隣を歩く偉大な男に声を返した。
これが本当に最後の対話になる。だからこそ、俺はこの2周目の世界で、ロジャーの船で育ててもらったこの人生で、ずっと胸の奥に仕舞い込んできた『本当の秘密』を、初めて口にすることを決めた。
「船長。俺……実は、この世界の人間じゃないんです」
「ん?」
「俺は死ぬたびに記憶と力を引き継いで強くてニューゲームを繰り返している、バグだらけの『転生者』なんです。前世は別の世界で、陰陽術や巫力っていう魂の力を扱って生きていました。シャンクスがやらかして誤飲した『ヤクヤクの実』の呪いを調律できたのも、俺が前世の記憶を持ったバグ魂(ソウル)だったからなんです」
海賊王に、自分のすべての正体を打ち明ける。
普通なら笑い飛ばされるか、頭を疑われるような告白だ。だが、世界のすべてを知った男は、処刑台の最後の一段を上りきると、群衆に見えないようにニカッと、本当に嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
「ハハ……! そうかよ。別世界の転生者、か。世界政府がひた隠しにする『空白の100年』の真実よりも、よっぽどトんだ笑い話じゃねェか。……だけどよ、おれをここまで走らせてくれたのがそんなお前の魂なら、おれは、そのバグってやつに心から感謝しなきゃならねェな」
ロジャー船長は、姿の見えない俺に向けて、大きな手を手枷ごと軽く動かして見せた。
「ありがとな、クロウ。……お前がどこの誰だろうが、おれの船に乗って、おれを支えてくれたお前は、おれの自慢の『家族』だ」
「船長……」
「お前たちの未来は、ここからだ。……ドンと生きてみせろ!!」
それが、処刑台の頂上へと進む直前に、ロジャー船長が俺に遺してくれた、本当の最後の言葉だった。
その後の光景は、歴史の通りだ。
処刑台の上で、船長は群衆の男の問いかけに対し、世界中の人間の魂に火をつけるあの伝説の一言を叫んだ。
――『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ……。探してみろ、この世のすべてをそこに置いてきた』
ドン!!! と二本の刃がその身体を貫き、降りしきる激しい雨の中、広場全体が凄まじい歓声と号泣に包まれる。
俺は陰形(おんぎょう)の術を解くことなく、雨に打たれながら、海賊王が切り拓いた『大海賊時代』の産声を、ただじっと見つめていた。
(ロジャー船長……。あんたに育ててもらったこの2周目の人生、絶対に無駄にはしない。俺は自分の正体も力もすべて抱えて、この新時代をどこまでも自由に突き進んでみせるよ)
《……本当に、どこまでも偉大で、優しいお方でしたね、クロウ様》
薬指の銀の指輪から、サクヤが静かに涙を流すような、愛おしげな念話が届く。
《ええ。あの御仁であれば、あなたの風変わりな正体も、ただ一つの『面白い笑い話』として、すべてを受け入れてくれると思っていましたよ》
短刀の奥から、マタムネもキセルを燻らせるような穏やかな気配で、静かに頷いていた。
「ああ。……さぁ、思い出に浸るのはここまでだ。明日からは本格的にグランドラインの航海が始まるからな」
俺は手首のロザリオを一度強く握り締め、双子岬の静かな海原を見つめた。
海賊王との最後の約束を胸に、呪いを力に変える一匹狼の『自由の航海』は、明日からも、新時代の荒波の向こうへと不敵に続いていく。