バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
――ふんばりヶ丘にある民宿『炎(えん)』。
そこは、麻倉葉が東京での拠点にしているボロい民宿だった。
なぜ俺がそんな場所に足を運んでいるかと言えば、理由は単純。隣の席の呑気な主人公が、今日、唐突に学校を欠席したからだ。
担任から「御門、家が近いんだろ。これ麻倉に届けてくれ」と、宿題のプリントの束を押し付けられてしまったのである。
(まぁ、原作通りなら、昨日あたりにアンナが東京に到着して、葉はさっそく地獄のしごきを受けてる頃だろうな……)
門をくぐり、玄関のインターホンを押す。
ガラリ、と引き戸が開いて姿を現したのは、葉でもなければ、おびえた小山田まん太でもなかった。
トレードマークである真っ赤なスカーフを頭に巻き、黒いワンピースを身に纏った小柄な少女。
恐山アンナ。
シャーマンキングの裏の支配者であり、優しさと冷徹さを併せ持つ、最強のイタコ。
「……誰?」
アンナは感情の読めない冷淡な瞳で、俺をじっと見つめてきた。
その瞬間、俺の魂の奥底にあるバグセンサーが、彼女から放たれる『イタコ』特有の、鋭く研ぎ澄まされた霊的なプレッシャーを察知して微かに震えた。
「あー、麻倉のクラスメイトの御門 蓮夜(みかど れんや)だ。隣の席だから、担任に宿題のプリントを届けるよう頼まれてな」
「……そう。わざわざご苦労様」
アンナは俺の手からプリントを受け取ると、そのままドアを閉めようとした。しかし、彼女の手がピタリと止まる。
その切れ長の瞳が、俺の顔、そして俺の左手中指に嵌められた【弓矢のチャーム付きの指輪】へと向けられた。
「……あんた、ただのクラスメイトじゃないわね」
アンナの声のトーンが、一段と低くなる。
さすがは超一流のイタコ。俺が魂のバグ仕様によって、自身の巫力を完全に内隠(ステルス)させているにもかかわらず、彼女は俺の『魂の器の不自然なデカさ』を、直感的に見抜こうとしていた。
「どういう意味だ? 俺はただの一般モブだぞ」
「とぼけなくていいわ。あんたのその指輪……普通の人間が持つには、霊的な密度が異常よ。それに、あんた自身の気配。隠すのが上手いみたいだけど、内側に信じられないほどデカい『何か』を飼ってるわね」
ジリジリとした緊張感が、玄関先に漂う。
脳内からは、サクヤの警戒を強める思念が伝わってきた。
《蓮夜、この小娘……ただの霊能力者ではありません。我らの存在を、この薄い結界越しに察知しかけています》
(ああ、知ってるさ。だがここで暴れるメリットはねえ。あくまで『野良』として通すぞ)
俺はふっと肩の力を抜き、アンナの鋭い視線を正面から受け流すように苦笑してみせた。
「……参ったな。出雲の麻倉家だけじゃなく、青森の恐山一族まで東京に来てるなんて。俺みたいな、バックボーンのない野良シャーマンには刺激が強すぎる世界だよ」
「……やっぱり、そっち側の人間だったのね。葉から少しは聞いていたけれど、まさかこれほどの隠れ家(強者)が隣の席にいたなんてね」
アンナは少しだけ警戒の度合いを下げたものの、その冷徹な眼光は未だに俺の魂の底を探るように向けられている。
「勘違いするなよ、恐山アンナ。俺は麻倉葉と敵対する気は毛頭ないし、世界の王(シャーマンキング)の座にも興味はない。ただ、静かに力を蓄えたいだけの、しがない学生だ。お前の『大切なフィアンセ』の邪魔をする気は――」
パァァァァァンッッッ!!!
――次の瞬間、視界が激しく火花を散らした。
頬に走る烈火のような激痛。
見れば、アンナの左手が残像を残して振り抜かれていた。
予備動作すら一切ない、文字通りの『幻の左』。音速を超えた理不尽極まりないビンタが、俺の顔面に完璧にクリーンヒットしていた。
「……ッてぇぇ!? な, 何すんだいきなり!?」
「馴れ馴れしく私のことを名前で呼ぶな。それと、フィアンセなんて安い言葉で私を括るんじゃないわよ」
アンナは痛む素振りすら見せず、冷淡な顔のまま自分の左手をパッパと振った。
生まれつきバグ仕様で魂の器がデカい俺の巫力センサーをもってしても、完全に不意を突かれるスピード。恐山アンナ、やはり底が知れない。
《れ、蓮夜……! 今のは私も反応できませんでした……。あの小娘、恐るべき肉体のバネと容赦のなさです……》
(だろ……? だから関わりたくなかったんだよ……!)
俺が頬を押さえて呻いていると、アンナは冷ややかに鼻で笑った。
「まぁいいわ。葉の邪魔をしないなら、あんたが野良で何をしていようと私の知ったことじゃない。……でも、もし葉の足を引っ張るような真似をしたら、魂ごと消し飛ばすから、そのつもりでいなさい」
「……肝に銘じておくよ。それじゃ、麻倉によろしくな」
俺はこれ以上理不尽な一撃を喰らわないよう、そそくさと民宿『炎』を後にした。
(ふぅ……。やっぱり、あの恐山アンナは一筋縄じゃいかないな。巫力を完全に隠していても、魂の絶対量だけで不審がられる上に、あのビンタだ……)
帰り道、夕日に染まるふんばりヶ丘の街を歩きながら、俺は赤く腫れた頬を撫でて苦笑する。
だが、これでアンナにも『敵ではない謎の野良シャーマン』として認識された。これからの原作イベントを裏から観察・破壊するための、外堀は確実に埋まりつつある。
《蓮夜。あの女傑が加わったということは、あの麻倉の少年、これから地獄を見るハメになりますね》
(ああ。でも、あいつはそれを乗り越えて、恐ろしいスピードで強くなる。……俺たちも、のんびり日常を満喫してる場合じゃなくなってきたな)
俺は指輪のチャームをそっとなぞる。
最強の婚約者がもたらした痛烈な洗礼の余韻を感じながら、俺は自身の魂に眠るバグ巫力を引き締めるのだった。