バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第77話:『霧に消える黒い船と、怨念の百鬼夜行』
双子岬を離れた俺の小舟は、ログポースの示す針路の途中で、突如として厚い漆黒の霧に包まれていた。
コンパスは狂ったように回転を始め、風すらもピタリと止まったその海域で、突如として目の前にそびえ立ったのは、巨大な「ガレオン船」の残骸だった。
大砲の跡が無数に刻まれた黒い船体。マストは折れ、ボロボロになった海賊旗は千切れかけている。
だが、一番異常なのは、その船全体から立ち上っている、目に見えるほどに濃密な、どす黒い『厄』の瘴気だった。
(……にしし。原作知識にも載ってねェ、完全な曰く付きの幽霊船(バグ)ってわけか)
俺は手首のロザリオを軽く撫でながら、不敵に口元を歪めた。
普通の海賊なら呪いを恐れて全力で避ける航路だろうが、一匹狼の旅を続ける俺にとっては、これ以上ない最高のご馳走だ。
小舟を黒い船体の脇へと寄せ、俺は甲板へと音もなく飛び移った。
足を踏み入れた瞬間、凄まじい悪意と、数百年の間この海で彷徨い続けた海賊たちの怨念が、一気に俺のまだ幼い肉体へと襲いかかってくる。
船長室の扉が開き、無数の白骨死体や半透明の幽霊どもが、怨念の兵士となって武器を構え、一斉に俺へ襲いかかってきた。
《クロウ様……! この船の底から、底知れない憎悪と“血に飢えた狂気”の念を感じます。ですが……これほどの規模の霊体と強固な船……!》
左手の銀の指輪から、サクヤの緊迫した、しかしどこか意図を察した念話が届く。
「ああ。他人に不運を撒き散らす『ヤクヤクの実』の性質のせいで、俺は生きた人間を仲間にすることはできねェ。……なら、最初から死んでる奴らならどうだ?」
悪魔の実の性質は、生者の肉体と生命力に『厄』を蓄積させる。だが、最初から肉体を持たない怨霊や白骨、そして呪われた幽霊船そのものであれば、俺の撒き散らす厄災など痛くも痒くもない。
《おやおや、突飛な大博打ですねぇ。ですが、この怨念の牢獄を丸ごと手懐けてしまえば、これ以上の頑丈な泥舟(船)と、忠実な兵隊(仲間)はございませんよ》
短刀の奥から、マタムネがいつも通りの穏やかな口調で、静かに現世へと顕現する。
「いくぞ! ――オーバーソウル」
巫力を込め、俺は腰の『呪われた短刀』を引き抜いた。
マタムネの霊体が藍色の刃と完璧に融合し、実体化した霊力によって、短刀は一回りも二回りも巨大な光の巨刃――あの『鬼殺し』の大剣へと変貌を遂げた。
襲いかかる怨念の兵士たちの中心へと飛び込み、俺は光の巨刃を甲板へと力強く突き立てた。
「――陰陽調律・常闇祓(とこやみばらい)」
俺は前世のシャーマンキングの世界で培った規格外の巫力を一気に解放し、同時に『ヤクヤクの実』の力を船全体へと逆流させた。
本来なら不運を撒き散らす呪いの力を、陰陽の巡りによって反転させ、船内に渦巻く数百年の怨念と、幽霊船そのものが持つ強烈な『呪いの厄』を一瞬にして調律し、俺の支配下へと従わせていく。
暴れていた白骨死体や怨霊たちの目の輝きが、禍々しい紫色から、静謐な深い藍色へと変化し、一斉に動きを止めた。
しんと静まり返った甲板の上。
数瞬の静寂の後、数頭の怨霊の将兵たちが、俺の前に静かに跪いた。
彼らの放つ念は、かつての狂気から解放され、俺の巫力とヤクヤクの調律の波動と完全に同化している。
「これより、この船の船長は俺だ。お前たちは俺の仲間(兵隊)として、このグランドラインを走る。文句はあるか?」
俺の問いかけに、怨霊の将兵たちは声にならない咆哮を上げ、忠誠を誓うように武器を掲げた。
さらに、ボロボロだったマストや千切れかけていた海賊旗が、俺のヤクの反転調律の波動によって、禍々しくも圧倒的な威容を持つ『幽霊船』の姿へとみるみる修復されていく。
(ははっ、完璧だ。生きた仲間は作れなくても、俺にはサクヤとマタムネ、そしてこの死なない怨霊の軍勢と幽霊船がある。これなら一匹狼でありながら、大艦隊とも渡り合える最強の海賊団の完成だ)
俺がオーバーソウルを解くと、短刀を静かに鞘へと収めた。
「野郎ども、錨を上げろ! 進路はログポースの示す、次の未知の島だ!」
俺の号令一発で、白骨の船員たちが一斉に、一糸乱れぬ手際で動き出す。
漆黒の霧を切り裂き、巨大な黒いガレオン船――新たな俺の愛船が、グランドラインの海へと堂々と滑り出した。
誰にも明かしていない前世の記憶と、海賊王との最後の約束を胸に。
呪いと怨霊を従えた俺の、本当の意味での『自由の航海』が、新時代の荒波をひっくり返すために、ここから文字通りの百鬼夜行となって加速していく。