バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第82話:『古戦場の墓場と、血に飢えた黒き妖刀』
レヴナント号が辿り着いたのは、ログポースの針すらも不安定に震える、重苦しい静寂に支配された島だった。
島全体が数百年前に滅びた王国の『古戦場の墓場』となっており、錆びついた鎧や朽ち果てた武器が、まるで墓標のように大地の至る所に突き刺さっている。
立ち込める赤黒い霧。それは、かつてこの地で命を落とした数万の兵士たちの強烈な怨念(厄)が物質化したものだった。
「ははは……。なるほど、生きてる人間が近づけば、一瞬で精神を病んで発狂するレベルの瘴気だな」
俺は黒いガレオン船のタラップを下り、赤黒い土を踏み締めた。
手首のロザリオを軽く弾き、ヤクヤクの実の反転調律の波動を周囲へ巡らせる。本来なら肉体を腐らせる『戦場の呪い』が、俺の波動に触れた瞬間、心地よい冷気へと変換されて霧散していった。
《クロウ様……。この島の最奥、一際巨大な王の墓から、これまでにないほど剥き出しの“殺意”を感じます。刃そのものが、血を求めて飢えているかのような……》
左手の薬指に嵌まった弓の指輪から、サクヤの警戒に満ちた念話が脳裏に響く。
「ああ、分かっている。マタムネ、あんたの新しい依代(よりしろ)に相応しいかどうか、この目で確かめに行こうぜ」
《ふふ、持ち主の生気を吸い尽くす黒き妖刀、ですか。それほど業の深い刃であれば、私のような古い霊を宿すには、これ以上ない頑丈な器でございましょうねぇ》
短刀の奥から、マタムネがキセルを燻らせるような穏やかな口調で応じる。
俺の後ろには、藍色の眼光を宿した数十頭の怨霊の将兵たちが、主(あるじ)である俺を護衛するように音もなく従っていた。
生きた人間は悪魔の実のせいで仲間にできないが、この死なない百鬼夜行の軍勢がいる限り、どんな魔境だろうが俺にとってはただの散歩道だ。
赤黒い霧を切り裂きながら進むこと数十分。
大地の中心にそびえ立つ、崩落しかけた巨大な石造りの王墓へと到達した。
その王座の跡、崩れた石像の胸元に、一振りの不気味な刀が突き刺さっていた。
刀身は漆黒。だが、刃文にはまるで流れる血の結晶のような、妖しく不気味な赤色の文様が浮かび上がっている。
これこそが、数百年もの間、主を失ったまま放置されていた呪いの妖刀――『黒死一文字(こくしいちもんじ)』だった。
俺がその刃に一歩近づいた瞬間、王墓の影から、赤黒い霧を纏った巨大な異形が姿を現した。
それは、数百年前にこの島で死んだ王の執念と、妖刀に生気を吸い尽くされた兵士たちの怨念が結合して生まれた、巨大な『戦場の亡霊(悪鬼)』だった。
――オォォォォォォォッ!!!
地響きのような咆哮と共に、巨躯の悪鬼が、錆びついた大斧を俺めがけて振り下ろしてくる。
「野郎ども、下がってろ。ここは俺とマタムネの出番だ。――オーバーソウル」
巫力を込め、俺は腰の『呪われた短刀』を引き抜いた。
マタムネの霊体が藍色の刃と完璧に融合し、実体化した霊力によって、短刀は一回りも二回りも巨大な光の巨刃――あの『鬼殺し』の大剣へと姿を変える。
「いくぞ、マタムネ!」
《ええ、ドンと参りましょう!》
俺は地を蹴り、悪鬼の大斧を正面から光の巨刃で受け止めた。
キィィィン――!!! と、魂を直接削り取るような凄まじい金属音が王墓のなかに響き渡る。
悪鬼の放つ怨念の負荷(厄)を、俺はヤクヤクの実の能力で瞬時に吸い上げ、反転させてマタムネの『鬼殺し』の斬撃へと上乗せしていく。
「調律一閃――常闇崩し!!」
俺が光の巨刃を力強く振り抜くと、実体化した強固な巫力の波動が、悪鬼の巨躯を真っ二つに両断した。
ただの物理的な破壊ではない。ヤクヤクの反転調律の波動が、悪鬼を構成していた数百年分の怨念そのものを完全に無害化し、空気の中へと霧散させたのだ。
崩壊し、塵へと還っていく悪鬼の残滓の中。
俺は静かに歩みを進め、王座の跡に突き刺さる『黒死一文字』の柄へと、躊躇なく右手を伸ばした。
ガシッ、と柄を握り締めた瞬間。
――ドクンッ!!!
心臓が跳ね上がるような、凄まじい衝撃が俺の肉体を襲った。
妖刀に宿る数百年の『飢餓』と『殺意』が、俺のまだ幼い子供の肉体の生気を、文字通り根こそぎ吸い尽くそうと牙を剥いてきたのだ。
普通の人間なら、この瞬間に全身の血を吸われて干からびるか、精神を破壊されて狂い死ぬだろう。
(……ははは。やっぱり、これくらい尖ってなきゃ、新時代の化け物どもには通用しねェよな!)
「大人しくしろ。――陰陽調律・刃封じ」
俺は魂の奥底から規格外の巫力を一気に解放し、同時に『ヤクヤクの実』の反転調律の力を、右腕を通じて黒き刀身へと濁流のように流し込んだ。
他人に不運や病を撒き散らす呪いの波動を、陰陽の巡りによって「絶対的な支配と調和」の力へと反転させ、妖刀の持つ『血に飢えた厄(呪い)』そのものを強引に調律して従わせていく。
暴れていた漆黒の刀身が、キィィン……と小気味いい金属音を立てて静まり返った。
赤黒かった刃文の文様が、俺の巫力とヤクヤクの調律の波動を受け、静謐で深い藍色の輝きへと変化していく。
バグのない世界の理(運命)をも捻じ曲げる、呪いの調律。
数百年の間、誰も手にすることができなかった最高峰の妖刀『黒死一文字』は、今、完全に一匹狼の俺の支配下へと下った。
短刀の奥から、マタムネがふわりと姿を現し、新しく俺の右手に収まった黒き妖刀の刃をじっと見つめて、深く感心したように微笑んだ。
『おやおや、これは見事な……。持ち主を殺す呪いごと、完璧に調律して従わせましたね。これほど強固な“念”と鋭さを秘めた器であれば、私の霊力を100%……いえ、それ以上に引き出すことができる最高の媒介でございますよ、クロウ様』
「だろ? サクヤは銀の指輪、短刀は俺の陰陽術の予備。そして、この黒き妖刀こそが、これからのグランドラインで、あんたをオーバーソウルさせるための『本物の主砲(依代)』だ」
俺が新しく手に入れた妖刀を腰の鞘へと収めると、島全体を覆っていた赤黒い霧が嘘のように晴れ渡り、空にはグランドラインのきらめく星空が広がった。
誰にも明かしていない前世の記憶と、海賊王との最後の約束を胸に。
悪魔の実のせいで仲間は作れないが、俺にはサクヤがいて、マタムネがいる。そして、死なない怨霊の軍勢と、呪いすらも力に変える最強の黒き妖刀を手に入れた。
「野郎ども、レヴナント号へ戻るぞ。……俺たちの百鬼夜行の進撃は、ここからが本番だ」
俺の号令に、背後に控えていた怨霊の将兵たちが一斉に歓声を上げ、武器を掲げる。
黒き妖刀を腰に携え、俺は再び自分だけの自由な航路へと向けて、堂々と歩き出した。