バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第83話:『砂漠の国の食糧調達と、美食を巡る隠密旅』
最高峰の妖刀『黒死一文字』を腰に携え、俺は再びレヴナント号を動かして、グランドラインの海を航行していた。
手首のロザリオから流れるヤクヤクの反転波動は、黒き妖刀という完璧な依代(よりしろ)を得たことで、かつてないほどに静かに安定している。悪魔の実の性質のせいで生きた仲間は作れないが、俺にはサクヤがいて、マタムネがいて、死なない軍勢がいる。一匹狼の旅としてはこれ以上ないほど万全だったが、一つだけ、生身の子供の肉体を持つ俺にはどうしても無視できない問題があった。
「……腹が減った。さすがに怨霊どもと違って、俺は飯を食わないと死ぬからな」
レヴナント号の倉庫に積まれた保存食も底を突きかけている。
ログポースの針が示していたのは、王下七武海の一人、サー・クロコダイルの暗躍によって内乱の予兆(厄)がじわじわと漂い始めている砂漠の国――『アラバスタ王国』だった。
現代日本の原作知識を持つ俺からすれば、あの国で今、何が起きようとしているのかはすべてお見通しだ。バロックワークスの暗躍も、ダンスパウダーの陰謀も知っている。
だが、俺の旅におけるスタンスは『基本傍観スタイル』。歴史の強制力を捻じ曲げるようなチート介入は世界の夜明けを歪めてしまうから、クロコダイルの野望を粉砕するのはいつかここへ来る『麦わらの一味』の役目だ。
「今回はあくまでただの食糧調達だ。余計なトラブルに巻き込まれる前に、さっさと美味いもんを買い込んで出るぞ」
そうと決まれば、まずは初手で3800万ベリーの賞金首になったこの巨大な黒いガレオン船をどうにかしなきゃならねェ。海軍やバロックワークスの密猟社員どもの目を欺くため、俺は前世のシャーマンキングの世界で培った魂の巫力(ふりょく)を解放した。
「――陰陽術・幻形の偽装」
俺が呟くと同時に、レヴナント号を包み込んだ巫力の波動が、船の外見を『どこにでもある地味で古びた小型の商船』へと完全に偽装してみせた。
さらに港の手前の人目の付かない海域に船を係留させ、白骨の船員たちには待機を命じる。
そして俺自身は、さらに上等の隠密術を発動させた。
「陰陽術――隠形(おんぎょう)」
光の屈折を歪め、己の気配と存在そのものを世界の境界線から完全に消失させる、絶対の隠密。海軍の鋭い警戒の目も、バロックワークスの監視網も、誰一人として俺の存在を捉えることはできない。
気配も姿も完全に消し去った状態で、俺はアラバスタの港町ナノハナの雑踏へと滑り込んだ。
市場には、不穏な空気が漂いつつも、砂漠の国特有の美味そうな匂いが溢れ返っている。
「これだけ完璧に偽装と隠形ができるなら、これからの旅は世界中の美味しいものを食べ歩く美食の旅にするのも悪くねェな」
姿を消したまま、俺は市場の屋台からスパイスの効いた美味そうな串焼き肉や、砂漠の乾燥に耐える新鮮な果物、高級なパンの袋を、懐の軍資金(ベリー)を代金としてお代置き場にきっちり残しながら、次々と手際よく回収していった。
店主たちが「おや? いつの間にか肉が売れて金が置いてあるぞ?」と首を傾げているのをモブの特等席から眺めるのは、なかなか愉快なものだ。
《クロウ様、このスパイスの効いたお肉、非常に香ばしい念を感じます。姿を隠したままの美食巡り、一匹狼の航海としては最高に贅沢で気楽な娯楽ですね》
薬指の銀の指輪から、サクヤがどこか楽しげに、美しい目を細めて念話で語りかけてくる。
《ふふ、世界政府の目を盗んで世界の美味いものを貪る一匹狼の隠密旅ですか。ロジャーの船での大騒ぎの宴も良かったですが、こういう静かな風流も、私は嫌いじゃございませんよ》
短刀の奥から、マタムネもキセルを燻らせるような穏やかな口調で、静かに俺の気まぐれな航路に頷いていた。
必要な食糧と、俺の個人的な好物の美味いメシを両手いっぱいに買い込んだ俺は、誰にもその尻尾を掴ませることなく、ナノハナの町を悠々と後にした。
偽装されたレヴナント号へと戻り、隠形を解く。
船長室の大きな机にアラバスタ特産の美味い料理を並べ、サクヤやマタムネ、そして少しだけ気配を和らげた怨霊の将兵たちに見守られながら、俺は贅沢な食事を口へと運んだ。
(クロコダイル、せいぜい今のうちに英雄ごっこを楽しんでおくんだな。俺は美味いもんを食って、お前の破滅を特等席から高みの見物させてもらうさ)
手首のロザリオを軽く弾き、ヤクヤクの調律の波動を船体に循環させる。
いかなる事件が起きようとも、俺はただの傍観者。世界の手配書が俺の影を追って右往左往しているのを余所に、呪いと死者を従えた俺の『自由の美食航海』は、次なる未知の海の美味いものを求めて、どこまでも気楽に、そして不敵に続いていく。