バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第85話:『白鯨の上の百鬼夜行と、海男たちの縮図』
モビー・ディック号の大甲板に、途方もない熱気と笑い声が響き渡る。
世界最強の海男、“白ひげ”エドワード・ニューゲートの号令一発で始まった宴は、新世界の荒れる嵐を丸ごと吹き飛ばすかのような、底抜けの豪快さに満ちていた。
「グララララ! 運べ運べェ! 稀人の持ってきてくれた極上のワノ国の酒だ、一滴たりとも無駄にするんじゃねェぞ!」
白ひげが差し出された巨大な酒樽を片手で軽々と持ち上げ、そのまま喉を鳴らして豪快に酒を煽る。その圧倒的な呑みっぷりに、周囲の船員たちが「おおおお! さすがオヤジだァ!」「こっちも負けてられねェ、呑め呑めェ!」と、地鳴りのような大歓声を上げていた。
そんな喧騒の中心から少しだけ離れた船べりの特等席に、俺――クロウは腰掛け、手元に配られた美味そうな肉を口へと運んでいた。
(ははは、やっぱり新世界の化け物どもの宴は格が違うな。飯の美味さも、そのへんの島とは比べものにならねェ)
この1年の隠密美食旅の甲斐あって、美味いものを味わう俺の舌はかなり肥えている。だが、このモビー・ディック号で振る舞われる獲れたての巨大海王類のローストは、スパイスの効き具合も含めてまさに一級品だった。
悪魔の実のせいで生きた仲間は作れない一匹狼の俺だが、こうしてかつての知り合いたちと特等席ですれ違い、ただ美味いものを共有するだけの関係なら、何の問題もない。
「おいおい、本当にいい呑みっぷりだよい。お前、ロジャーの船にいた頃はもっと陰気で無口なガキだと思ってたけどよい」
呆れたような、しかし親しげな声と共に、俺の隣に一番隊隊長のマルコが腰掛けた。パイナップルのような頭を揺らしながら、手にした果実酒の盃を俺に向けて軽く掲げてくる。
「見くびらないでください、マルコさん。これでも1年、グランドラインの修羅場を一人で潜り抜けてきた身ですから。これくらいの酒じゃ、俺の肝臓はビクともしませんよ」
「ハハ、言うようになったじゃないか。初手で3800万ベリーの“百鬼夜行”クロウ……。海軍の少将どもが『死者の軍勢を率いる正体不明の怪物』だって血眼になって探してるルーキーが、まさかこんな美味そうに飯を食う普通のガキだとはね」
マルコがくすくすと笑いながら、俺の腰に携えられた漆黒の妖刀『黒死一文字』へと視線を落とした。その鋭い見聞色の覇気は、刀身からかすかに漏れ出している、かつての戦場の怨念(厄)を正確に感じ取っているらしい。
「妙に曰く付きの匂いがする刀だね。お前の後ろに控えてるあの白骨どもといい、お前、本当に死人を手懐けてやがるのかい?」
「手懐けてるっていうか、調律して『仲間』として働いてもらってるだけですよ。生きた人間を乗せると、俺のヤクヤクの呪いのせいでみんな不運で死にかけますからね。クロッカスさんにも、ラフテル前で『自分の限界を弁えろ』って大目玉を食らったばかりですし」
俺が手首のロザリオを弄びながら苦笑すると、マルコは少しだけ真面目な顔になり、「ああ、あの時の……」と、かつて宴の島で白ひげ海賊団の疲労が瞬時に消え去ったあの不可解な現象を思い出したように頷いた。
「あの時、オヤジの身体の疲れを裏で吸い取ってくれてたのも……お前だったんだな。オヤジ、お前がロジャーの船から降りた後も、お前の手配書を見て『あのガキの厄のおかげで、数年は寿命が伸びた』って嬉しそうに笑ってたよ」
「……船長らしいさ。あ、いや、オヤジさんらしいって意味です」
俺が視線をそらしながら言うと、マルコは「感謝するよ」と小さく呟き、俺の盃にワノ国の酒を並々と注ぎ足してくれた。
その時、甲板の奥から、ドシン、ドシンと重い足音が近づいてきた。
五番隊隊長のジョズや、花剣のビスタといった隊長たちが、大皿に盛られた山盛りの料理を抱えて俺たちの輪へと割り込んできたのだ。
「おいクロウ! お前、東の海(イーストブルー)を巡ってきたんだろ!? あっちの美味いもんの話を聞かせてくれよ!」
「バギーの野郎の噂もな! あいつ、今どこの海で何してやがるんだ?」
「バギーなら、東の海でコソコソと小銭稼ぎの準備をしてますよ。相変わらず、キャプテン・バギーとして世界一の富を手に入れるって鼻を膨らませてました」
「ギャハハハ! あいつは本当に相変わらずだな!」
隊長たちが豪快に笑い、俺の周りは一気に賑やかな語り場と化していった。
ココヤシ村でナミとスリの応酬をして手に入れた美味いみかんの話や、シロップ村の長い鼻のガキの話、さらには道中で壊滅させたバロックワークスの賞金稼ぎどものマ抜けな自滅っぷりを話すと、船員たちは腹を抱えて大爆笑していた。
誰にも明かしていない前世の記憶、そして世界の未来を知る原作知識。
それらすべてを胸の内に秘めたまま、モブの境界線から彼らの熱量に付き合う。俺のすぐ傍らに霊体として佇むサクヤが、俺にだけ聞こえる念話で優しく微笑みかけてくる。
《楽しそうですね、クロウ様。生きた仲間は作れずとも、このように一時、かつての戦友たちと美味いものを酌み交わす風流……。これもまた、あなたの切り拓いた自由の航海の、素晴らしい景色の一つです》
(ああ。……だけど、サクヤ。やっぱり、マタムネの言った通り、オヤジさんの命の巡りは、原作の通り確実に崩壊へと向かっているな)
俺は笑い声の絶えない甲板の特等席から、点滴の管に繋がれながらも、極上のワノ国の酒を美味そうに呑み干している白ひげの巨体を見つめていた。
手首のロザリオに触れ、ヤクヤクの実の能力の感覚を研ぎ澄ます。
今ここで、俺が魂の巫力を限界まで解放し、オヤジさんの肉体に蓄積しているすべての『病の厄』を強引に調律して吸い上げることは、技術的には不可能じゃない。
だが――それをやれば、新世界のパワーバランスは完全に崩壊し、この先に訪れるはずの『頂上戦争』も、ルフィたちの新時代へのステップも、すべてがバグって消え去ってしまう。
オヤジさんは最初から、自分の命の引き際を、家族たちの未来のために新時代へ託す覚悟を決めているのだ。
《……ええ。お気持ちは分かります、クロウ様。あの御仁の魂の誇りは、他人のチートによって歪められることを、何よりも嫌うでしょうから。……私たちはただ、この瞬間を特等席で見届けるだけで良いのです》
短刀の奥から、マタムネがキセルを燻らせるような静かで穏やかな口調で、俺の迷いを払うように囁いた。
「……分かってるさ」
俺は心の中で小さく頷き、手元のみかんを一つ、口へと運んだ。
「グララララ! おいクロウ! 湿気たツラしてねェで呑め! おれの船の甲板にいる以上は、死人の軍勢だろうが何だろうが、全員がおれの宴の家族だァ!」
白ひげが巨大な盃を俺に向けて掲げ、ニカッと豪快に笑ってみせる。
「ハハ、オヤジさんの酒に付き合うと、俺の肝臓の調律が追いつかなくなるんですがね」
苦笑しながらも、俺はその巨大な歓迎を受け止め、世界最強の海賊たちと共に、新世界の嵐の真ん中で夜が明けるまでどんちゃん騒ぎの宴を呑み明かした。
大人たちの紡いだ伝説のバトンは、いま確実に世界の各地へと散らばり、新時代の歯車を回し始めている。
悪魔の実のせいで他人は乗せられない一匹狼の旅。だが、呪いと死者を従えた俺の『自由の美食航海』は、この世界最強の男との再会を新たな糧として、グランドラインのさらに奥深く、誰も到達できない闇の先へと、どこまでも気楽に、そして不敵に加速していく。