バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
ロジャーが処刑され、「大海賊時代」の幕が上がってから間もない頃の新世界。
クロウは、白ひげ海賊団の巨大な本船『モビー・ディック号』の甲板で開催されていた盛大な宴の席にいた。
「おい、クロウ! もっと遠慮なく食いな、こいつは新世界の特大アゴヒゲクジラの尾の身だ! 滅多に拝めねェ極上肉だぞ!」
若き日の1番隊隊長マルコが豪快に笑いながら大皿を差し出してくる。その周囲では、同じく若かりしジョズやビスタたちが大盃を酌み交わし、まだ体に傷のない男――ティーチが「ゼハハハ!」と下卑た笑い声を上げて肉に食らいついていた。
「……うん、美味い。脂の融点が信じられないほど低いな。口に入れた瞬間に溶ける」
クロウはロジャー海賊団の解散後、かつて親父と呼んだ男のライバルであり、その器の大きさを知る『白ひげ』エドワード・ニューゲートの元に一時的に身を寄せていた。目的は新世界の美味いものを巡る美食の旅のためだ。
《クロウ、相変わらず見事な食べっぷりですね。しかし、これほど濃密な強者たちの魂がひしめく席、私の霊気すら少し当てられそうです》
左手の【白銀の指輪】から、持霊・マタムネの冷静な念話が脳内に直接響く。周囲の海賊たちには一切聞こえない、魂の同調者だけの密やかな会話だ。
(贅沢な悩みだよマタムネ。上座に鎮座するあのオヤジが放つ圧倒的な【覇気】こそが、僕の『ヤクヤクの実』が通常時に無差別にまき散らす厄詛の波動を完璧に圧殺してくれてるんだから。今の僕は完全に無害な存在さ。……まあ、いつまでも甘えるわけにはいかないけどね)
クロウは心の中で念話を返しつつ、妖刀を傍らに置いて酒を煽る。まだ相棒のシロと出会う前、自身の厄災の波動を抑え込むためのセーフティネットを持たないクロウにとって、白ひげという世界最強の男の威圧感は、期せずして最高の安全圏となっていた。
だが、その美味な宴の時間と賑やかな喧騒は突然、上空からの「不気味な影」によって遮られた。
――ドォン、と重々しい風圧とともに甲板に降り立ったのは、頭部に大きな『舵輪』が突き刺さったまま、両足に名刀を義足として履いた男。インペルダウンを初めて脱獄し、世間を震撼させたばかりの伝説の海賊――『金獅子』のシキだった。
「ジハハハハハ! 相変わらず賑やかじゃねェか、ニューゲート!!」
シキの放つ圧倒的な威圧感に、マルコたちが瞬時に武器へ手をかける。しかし、中央に鎮座する巨漢――白ひげは、大盃を持ったまま微動だにせず、鋭い眼光をシキへと向けた。
「……何の用だ、シキ。てめェの顔なんざ、ロジャーの処刑以来だな」
『ONE PIECE 第0話』に刻まれた、伝説の海賊たちの邂逅。
シキは白ひげの前に堂々と立つと、豪快に笑いながら、宴に参加した。白ひげに己がこれから数十年姿を隠すという野望の片鱗を語り始めた。
「ロジャーが死に、海の統率者がいなくなった。おれがしばし姿を消したら……この海はどうなると思う? おい、ニューゲート。おれとお前が組めば、この生ぬるい時代に『本物の海賊』の恐さを見せてやれるんだぜ」
白ひげを自身の野望へと誘うシキ。だが、白ひげはフンと鼻で笑い、大盃の酒を一気に飲み干すと、シキを真っ向から睨みつけた。
「くだらねェことを抜かすな、シキ。てめェがまた何か企もうが知ったこっちゃねェが……おれと組もうなんざ、百年早ェ。おれのナワバリでこれ以上コソコソ動くなら、その舵輪を今すぐへし折って海へ叩き落とすぞ」
「ジハハハ、相変わらずムカつく野郎だ」
シキは不敵に笑うと、背を向け、その『フワフワの実』の能力で音もなく宙へと浮かび上がっていく。
しかし、シキは不意に動きを止め、頭の舵輪に触れながら、どこか忌々しげに遠い目を向けた。
「……なぁニューゲート。お前知ってるだろ。あの『エッド・ウォー沖の海戦』だ」
その言葉に、甲板の空気が一段と冷える。
「あの時、おれの大艦隊を壊滅させ、おれの頭にこの舵輪を穿ったあの『不可解な嵐』……あれは本当にただの自然の悪戯だったと思うか? ロジャーの奴、あの時まるで何かを知っているかのように、ただ不敵に笑いやがった。あの船には……ロジャーの意志とは違う、世界の理そのものを狂わせるような『何か』がいたんじゃねェかってな……」
シキが語る、ロジャー海賊団との間に起きた不可解な現象への疑惑。
その言葉を聞いた瞬間、宴の片隅に座っていたクロウの背筋に、冷たい汗が伝わった。
(……あ、ヤバい。あの時のこと言ってる)
赤ん坊だった当時の詳細な記憶こそ、クロウの脳には残っていない。しかし、自分が赤ん坊の肉体の制御をミスして、ただの八つ当たりから陰陽術を出力暴走させ、金獅子艦隊を消し飛ばすという「とんでもないやらかし」をしてしまったという事実だけは、魂の教訓としてハッキリと自覚していた。
《クロウ、シキの執念深い直感は侮れません。気配を完全に断ちなさい》
(分かってるよマタムネ……。まさか本人から当時の愚痴を聞かされる羽目になるとはね)
クロウは頭の中でマタムネと密かに念話を交わし、完全に気配を殺してクジラの肉を黙々と口に運ぶ。
ロジャーの船にいた頃も、クロウは常に船底の揺りかごや静かな船室に引きこもっていたため、シキはクロウの「顔」など一度も見たことはなかった。ロジャーの船に見習いのガキがいたという噂程度は知っていても、それが今ここにいる黒髪の少年だとは夢にも思っていないはずだった。
だが、シキの海賊としての規格外の野性の直感が、突如として牙を剥く。
宙に浮かぶシキの鋭い眼光が、顔を見たこともないはずの少年――クロウの座る宴の片隅へと、吸い寄せられるように向けられたのだ。
「……ん? おい、そこの黒髪の若造」
シキの視線が、クロウの全身をじっとロックする。顔は知らない。だが、クロウがどれだけ気配を隠そうとも、魂の最深部から無意識に漏れ出る『ヤクヤクの実』の反転調律の残滓、そしてあのエド・ウォー沖を狂わせた「禍々しい厄災の波動」を、シキの頭の舵輪が、傷跡が、怨念のように察知していた。
「妙だな……お前の顔にゃ見覚えはねェはずだが……その奥底にある気配。おれの大艦隊を海の底へ引きずり下ろした、あの胸糞悪い厄災の感触に……酷く似てやがる……」
シキの放つギラついた殺気が、クロウへと集中する。完全に正体がバレかねない絶体絶命の瞬間。
だが、その視線と殺気を遮るように、白ひげがドォンと大盃を床に叩きつけ、凄まじい覇気の波動でシキの威圧を強引に弾き飛ばした。
「グララララ! 敗者の言い訳にしちゃあ、随分とオカルト染みてやがるな、シキ! ロジャーは天に愛された男だった、それだけのことだ。おれが拾った居候のガキを、てめェのくだらねェ邪推で睨みつけてんじゃねェ。とっとと消えな、おれ達の酒が不味くなる」
白ひげの圧倒的な威圧感と、マルコがすかさず前に立ちはだかって放った青い炎の壁。それらに阻まれ、シキは忌々しげに目を細めた。
「……ふん、ただの気のせいか。ジハハハ! 待ってろよニューゲート、おれの『二十年の計画』、楽しみにしてな!!」
シキはそう吐き捨てると、今度こそ空の彼方へと消え去っていった。
(冷や汗出たわ……。二度と赤ん坊の体で無茶な術なんか使うもんじゃないな。白ひげのオヤジさんとマルコが庇ってくれなきゃ、ここで覚醒能力をブッ放してモビー・ディック号ごと大惨事になるところだった。やっぱり僕は余計な手出しをせず、美味いものだけを特等席で眺める『傍観者』に徹するのが一番だ)
クロウは心の中で深く息を吐き、改めて己のスタンスを胸に刻み込んだ。
「――おい、クロウ。顔が真っ青だぞよい。シキの覇気に当てられたか?」
マルコが心配そうに視線を下ろしてくる。クロウは即座に居住まいを正すと、何食わぬ顔で大皿を掲げた。
「いや、オヤジさんのこのクジラの肉が美味すぎて、感動のあまり震えてただけだよ。ほら、マルコ! おかわり頂戴!」
「へいへい、現金な坊主だよい」
まだ自身の能力を完璧に制御する相棒(セーフティネット)とは出会っていない、大海賊時代の黎明期。
クロウは、いずれ訪れる自分の『最高の航海』に思いを馳せながら、再び賑やかになる白鯨の酒席で、目の前の美食を全力で堪能するのだった。