バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第87話:『美食の隠密航路と、突風の拳骨』
シロが仲間に加わってから、レヴナント号の船内は一気に華やかになった。
もちろん、華やかになったと言っても、甲板を動いているのは相変わらず白骨の船員や怨霊の将兵たちなのだが、船長室の大きな机を挟んで、美味そうに飯を貪るシロの姿があるだけで、一匹狼だった俺の航海は全く別の楽しさを帯び始めていた。
「クロウ、この新世界の火山島で獲れたっていうお肉、すっごくジューシーで美味しい……!」
「ははは、だろ? 白ひげのオヤジさんのところの一番隊隊長から教えてもらった極上の穴場ルートさ。お前が美味そうに食ってくれるなら、わざわざ偽装と隠形(おんぎょう)を駆使して買い出しに潜り込んだ甲板の甲斐もあるってもんだ」
俺たちは手を繋いでいなくとも、同じ部屋にいるだけで、お互いの撒き散らす悪魔の実の呪い――ヤクヤクの厄災とガラガラの崩壊波動が空間ごと完璧に相殺し合っている。世界で一番危険な二人の呪いが、お互いを守る世界で一番安全なセーフティエリアを形作っているのは、何度見ても最高のバグ(調和)だった。
《フフ、シロ様をお迎えしてから、クロウ様の調律の波動も、より一層優しく安定しているように思えます。美食を巡る隠密旅、これ以上ないほど充実していますね》
薬指の銀の指輪から、サクヤが嬉しそうに微笑む念話が届く。
《ふふ、呪いと呪いを美味い飯で繋ぎ止めるですか。ロジャーの船の見習い時代には思いもよらなかった、実におつな新時代の隠れ処でございますねぇ》
短刀の奥から、マタムネもキセルを燻らせるような静かな気配で、この穏やかな航路を愉しんでいた。
だが――新世界という海は、そう簡単に俺たちの「高みの傍観」と「美食の隠密」を許してはくれなかった。
突如として、レヴナント号を包み込んでいた幻形の偽装が、外側からの凄まじい『覇気』の圧力によってビリビリと音を立てて引き裂かれた。
黒いガレオン船の本来の姿が新世界の荒海に露出した瞬間、前方の水平線から、巨大な海軍本部の軍艦が、こちらの退路を断つような速度で突っ込んできたのだ。
その軍艦の船首に立ち、トレードマークの犬の被り物を放り投げ、豪快に腕を組んでこちらを睨みつけている白髪の巨漢。
(……拳骨のガープ……!!)
現代日本の原作知識を持つ俺の全身に、一気に冷や冷やとした鳥肌が立つ。
のちにルフィを追い回すことになる、海軍本部の生ける伝説にして、ロジャー船長を幾度となく窮地に追い込んだ最強の海兵が、そこにいた。
「ぶわっはっはっは! 見つけたぞ、“百鬼夜行”のクロウ! ロジャーの船の陰気な見習い坊主が、死人の軍勢なんか率いて新世界をコソコソ這い回っとると思えば……! 随分と美味そうな飯を隠れて食うとるじゃねェか!」
ガープ中将の、新世界の嵐を丸ごと引き裂くような地響きのごとき大声が響き渡る。
それと同時に、あいつは軍艦の甲板に用意されていた、人間の頭ほどもある巨大な鉄球を、まるで野球のボールでも投げるかのような気軽さで、こちらに向けて一気にブン投げた。
――ドゴォォォォォォォン!!!
凄まじい風圧を纏った鉄球が、砲弾を遥かに凌駕する速度でレヴナント号の甲板へと迫る。
「シロ、俺の背中に隠れろ! マタムネ!!」
《ええ、ドンと受け止めましょう!》
俺は腰の黒き妖刀『黒死一文字』を限界まで引き抜き、マタムネの霊体を完璧に同化させた光の巨刃――『鬼殺し』の大剣を正面へと構えた。
ヤクヤクの実の反転調律の波動を刃の全体に巡らせ、ガープの放ったバケモノじみた一撃の『衝撃の厄』を強引に吸い上げながら、光の巨刃を力強く振り抜く。
ガキィィィィィィン――!!!
魂を直接削り取るような凄まじい金属音が響き、俺は子供の肉体の限界に近い衝撃に足を数センチほど甲板にめり込ませながらも、ガープの鉄球を真っ二つに叩き斬って海へと叩き落とした。
「ほう! ロジャーの船の『悪運』をその短刀に宿しとるか! だが、おれの拳骨は2発目からが本番じゃぞ!!」
ガープがニカッと白い歯を見せて拳を握り締める。あいつの拳が、黒く硬質な『武装色の覇気』で染まっていくのが遠目からでも分かった。
いくら二大媒介を揃えた俺たちでも、まともにあの伝説の拳骨と新世界で正面衝突すれば、まだ成長途中の俺の器(肉体)の方が持たねェ。
「誰が正面から付き合うかよ! 野郎ども、潜水準備だァ!!」
俺は手首のロザリオを強く握り締め、島全体の龍穴を黒曜螺旋城に縛り付けた時と同じ、最高峰の陰陽空間歪曲を船全体へと展開した。
「――陰陽調律・水神の底隠し(すいじんのそこかくし)」
本来なら船を沈める『沈没の厄(水圧と浸水)』を、俺のヤクヤクの反転調律によって「完全なる潜水と水流遮断」の加護へと変換する。
ガープが2発目の凄まじい拳骨の風圧を振り下ろすのと、レヴナント号が激しい水しぶきを上げて、まるで潜水艇のように海の底へと一気に潜り込んで姿を消すのは、完全に同時だった。
ザブゥゥゥゥン!!! と海面が激しく爆発し、ガープの覇気が海を割ったが、俺たちの黒いガレオン船は、すでに陰陽術の加護によって、水圧の一切を通さない深海の闇の中へと滑り込んでいた。
「……ふぅ。危ねェ、やっぱりあのジジイはいつの時代も規格外すぎるな」
まだ心臓の鼓動が激しく刻まれる中、俺はオーバーソウルを解き、黒死一文字を静かに鞘へと収めた。
隣を向けば、シロが「すごかったね、クロウ……」と、目を丸くしながらも俺の袖をぎゅっと握り締めている。
「ははは、これが新世界の『歓迎』さ。……さぁ、海軍のジジイに邪魔された分、海の底で次の美味いもんをのんびり探すとしようぜ、シロ」
俺が不敵に笑うと、シロもようやく安心したように、にこっと可愛らしい笑顔を浮かべた。
海軍本部の追撃も、伝説の海兵の拳骨も、俺たちの陰陽術による海底の航路には二度と届かない。
お互いの呪いを相殺し合う最高の相棒・シロを隣に乗せ、呪いと死者を従えた俺の『自由の美食航海』は、新世界の海の底から、次なる未知の美味を求めて、どこまでも気楽に、そして不敵に加速していく。