バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
閑話:『おでんサイド:螺旋の門と、おでん城の夜会』
花の都の往来でバカ殿として裸踊りを続け、石や生ゴミを投げつけられる地獄のような忍耐の日々。
その夜、俺――光月おでんは、泥とゴミに塗れた身体のまま、九里の『おでん城』へと帰還していた。
いつもならトキや錦えもんたちが涙を流して出迎えるはずの城内。だが、今夜はいつもと違った。
城の広間へ一歩足を踏み入れた瞬間、凄まじい熱気と、出迎えた家臣たちの驚愕の声が、俺の鼓膜を震わせたのだ。
「お、おでん様ァ!! 戻られましたか! ――ですが、見てくだされ! このおかしな稀人たちを!!」
錦えもんが刀の柄に手をかけながら、広間の中心を指差して叫ぶ。
そこには、大鍋を囲んで静かに座る、フードを深く被った一人の少年と、その隣に佇む白髪交じりの細い髪の少女(シロ)の姿があった。
さらに部屋の隅には、藍色の眼光を宿した怨霊の将兵たちが、家臣たちの覇気を平然といなして控えている。
手首にロザリオを巻き、腰に禍々しくも美しい黒き妖刀『黒死一文字』を携えたそのガキの顔を見た瞬間、俺の目は皿のように丸くなった。
「……クロウ……!? お前、どうやってここへ……!? 門も閉まっておったというのに、何ゆえ突如として部屋の真ん中に湧いて出たのだ!!?」
「お久しぶりです、おでんさん。相変わらず、ろくでもねェ泥に塗れてますね」
少年――クロウは、いつも通りの一歩引いた不敵な笑みを浮かべて、フードの奥から俺を見上げていた。
おでんの姿を見て、静かに、しかし優しく微笑みかけてくれる。
「何だお前、ロジャーの船のあの見習いのガキか! 霧と共に、いきなり城の真ん中に現れおったのだ!」
「しかも、いつの間にかこんな美味そうな『おでん』まで勝手に作り始めて……! 妖術の類いにござるか!?」
傳ジローやアシュラ童子たちが戸惑う中、広間の中心に据えられた大きな土鍋からは、ダシの効いた、信じられないほどに美味そうな匂いが立ち上っていた。
クロウがこの1年の隠密美食旅で世界中から集めてきた最高級の具材と、ワノ国の伝統的なダシを、俺の持霊だったマタムネやサクヤの霊力を借りて陰陽調律した、世界に二つとない至高の『おでん』だ。
「ははは、おでんさん。国を背負って踊るのもいいですが、腹が減っては戦はできないだろ? ロジャーの船で育ててもらった見習いとしての、ちょっとした差し入れだ。みんなで食おうぜ」
「ハハハハ! ありがてェ、お前ら、刀を収めろ! 宴の始まりだァ!!」
俺の号令一発で、錦えもんたちも毒気を抜かれたように腰を下ろした。
その夜、おでん城の広間で開かれたのは、暗いワノ国の現実に一筋の光を灯すような、最高に温かい夜会だった。
大鍋から溢れる世界中の美味を、みんなで大粒の涙を流しながら、腹を抱えて笑って貪り食う。
シロも、俺の作った大根を「……すっごく、味が染みてて美味しい……」と、本当に幸せそうに口へと運んでいた。
だが、宴が一段落し、家臣たちが少し離れた席で酒を酌み交わし始めた頃、クロウは不意にいつもの気楽な笑みを消し、真剣な、しかしどこか見透かしたような目を俺に向けてきた。
他人に不運や病を撒き散らす『ヤクヤクの実』の力を魂の巫力で「調律」しているこのガキは、俺の肉体にかかっている精神的・物理的な限界負荷(厄)の重さを、誰よりも敏感に察知していたのだろう。
だからこそ、あいつはいつも一歩引いているそのスタンスを敢えて破り、俺に向けて『一つの提案』を突きつけてきたのだ。
「おでんさん。あんたが民の人質や20年後の夜明けのために、オロチの『5年後に船を出して出て行ってやる』っていう大嘘を信じて裸で踊り続けてるのは分かってます。……だけど、あの執念深いヘビと、暴力のバケモノが、大人しく約束を守るわけがないだろ」
「……クロウ、お前……」
「あいつらは最初からあんたをハメるつもりだ。このままじゃ国ごと潰される。だから、今ある力を全部使った対策を提案しにきました。……今すぐこの国を捨てて、俺の『門』で海外へ一時的に逃げるか。それとも、白ひげのオヤジさんや、レイリーさん、シャンクスたちのところへ俺が今すぐ門を繋いで、カイドウを挟み撃ちにするための『大同盟』を結ぶか。どっちにする?」
クロウのその言葉に、おでん城の空気が一気に張り詰めた。
あいつの提案は、オロチとカイドウの狡猾な裏切りを完全に叩き潰し、光月家とこの国が確実に生き残るための、あまりにも現実的で完璧な『対策』だった。
逃げるか、同盟か。
どちらかを選べば、俺は泥に塗れて踊り続ける必要もなくなる。
だが、俺は、腰の閻魔と天羽々斬の柄にそっと手を当て、静かに首を振って笑ってみせた。
「……ありがとな、クロウ。いつもお前は一歩引いて冷めてるガキのくせによ……。おれのために、そこまで本気で大博打の提案をしてくれたこと、心から感謝するでござるよ」
「……選ばないんですか」
「ああ。おれが今ここで国を捨てて逃げれば、九里の民はオロチに皆殺しにされる。白ひげやレイリーを巻き込んでここで大戦争を起こせば、ワノ国はカイドウの怒りで焦土と化し、無実の血が海を成す。……それに、ロジャーとラフテルで世界のすべてを知ったおれには、分かっているんだ。20年後の未来、この国を開国し、世界の夜明けを迎えるのは……おれじゃない。いつかこの海にやってくる、次の世代の主役たち(ガキども)の役目だってな」
俺はクロウの頭を、かつてのオーロ・ジャクソン号の甲板の時のように、大きな手で乱暴に、しかし爱おしげにワシワシと撫で回した。
「お前がおれの未来を心配してくれるように、おれもお前の、あるいはシャンクスたちの創る『新時代』の未来を信じてる。だからおれは、どれほど泥に塗れようとも、この国で光月おでんとしての『出番(運命)』を最後までドンと全うしてみせるさ。……だからクロウ、お前はお前の『自由の航海』を、どこまでも気楽に突き進め」
俺の言葉に、クロウはしばらく呆然とした後、諦めたように「……はぁ、本当に最初から最後まで、手の付けられないろくでなしですね、あんたは」と、いつもの苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「ははは、じゃあな、おでんさん。あんたがそこまで言うなら、俺はもう余計なお節介は焼かねェよ。あんたの選んだその生き様、俺は自分の特等席から、最後まで最高に格好いい笑い話として見届けさせてもらうさ」
クロウはそう言うと、立ち上がり、手首のロザリオを弾いた。
妖術のごとく、目の前の空間が巻き貝のように不気味にねじれ、漆黒の海霧と共に、少年と少女、あるいは死者の軍勢は、最初からそこにいなかったかのように、一瞬にして煙のごとく消え去っていった。
静かになったおでん城の広間。
だが、俺の胸の中には、クロウが遺していった至高のおでんの温もりと、新時代を生きる仲間への絶対の信頼が、確かに、熱く残り続けていた。
たとえ明日、どれほどバカ殿と罵られようとも。
俺は光月おでん。
20年後の未来へ向けて、不退転の足跡を、泥の中にどこまでも力強く刻み続けていく。