バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第91話:『アーロンパークの崩壊と、猛獣の視線』
ココヤシ村の沖合、幻形の偽装によってただの古びた商船に姿を変えたレヴナント号の船長室から、俺はシロと共に静かにその時を待っていた。
島全体を包んでいた重苦しい『厄(アーロンの支配)』の気配が、ある瞬間を境に爆発的な熱量へとひっくり返るのを、俺の手首のロザリオ(ヤクヤクの実)が敏感に捉えた。
小舟の少女から一級品の航海士へと成長したナミが、血の滲むような想いで貯めた1億ベリーを海軍の汚いネズミ(ネズミ大佐)に奪われ、絶望の中で自分の肩を傷つけた瞬間――。
そして、その涙を背負った『麦わらのガキ』が、ついにその眠れる牙を剥いた瞬間だ。
「――いくぞ」
ルフィの地を這うような静かな号令と共に、ロロノア・ゾロ、ウソップ、サンジの4人が、ココヤシ村の道を真っ直ぐに突き進み、魚人たちの巣窟『アーロンパーク』の巨大な門を粉々に叩き割った。
(ははは……。始まったな。原作の知識で何度も読んだ、東の海(イーストブルー)の最高峰のクライマックスだ)
俺は黒死一文字の柄にそっと右手を添え、シロと共に「隠形(おんぎょう)」の術を発動させて姿と気配を世界から消し去った。
姿を消したまま、アーロンパークを見下ろす高い崖の上の特等席へと音もなく転移し、そこから戦況を完全に高みの見物(傍観スタイル)させてもらう。
《クロウ様……。あの麦わらの少年の魂の輝き(念)は、尋常ではありませんね。まるで、かつてのロジャー様や、おでん様が纏っていた、あの“天を惹きつける覇気”の原石そのものです》
薬指の銀の指輪から、サクヤの興奮を孕んだ念話が届く。
《ふふ、実に見事な暴れっぷり。あの魚人の若造(アーロン)がどれほど種族のプライドを吠えようとも、あの少年の前にはただの紙切れ同然でございますねぇ》
黒き妖刀の奥から、マタムネもキセルを燻らせるような穏やかな口調で、新時代の主役の器に満足げに微笑んでいた。
戦いは、まさに圧倒的な熱量だった。
サンジの華麗な蹴りが硬い魚人の肉体を砕き、ゾロがミホークに付けられた致命傷の死線(厄)を精神力でねじ伏せて三刀流を振るい、ウソップが己の恐怖をハジキで撃ち抜いて泥臭く勝利を掴み取る。
そして、ナミを縛り付けていたアーロンパークの最上閣――彼女が数年間、泣きながら世界地図を描かされ続けた監禁部屋。
そこへ突入したルフィは、アーロンを殴るのを止め、ナミを苦しめ続けたその部屋の海図や机、ペンの一本に至るまでを、怒りのままに次々と粉々に破壊して窓から投げ捨てていった。
「ナミは!! お前の道具じゃねェェェ!!!」
ルフィのその魂の叫びに応えるように、ルフィの放った規格外の一撃――『ゴムゴムの戦斧(アックス)』が、天を衝くアーロンパークの巨塔を、文字通り真っ二つに叩き割り、轟音と共に完全なる瓦礫の山へと変貌させた。
ズズゥゥン……!!! と地響きが島全体に響き渡り、崩落した瓦礫の頂上、もうもうと立ち込める土煙の中から、ボロボロになった麦わら帽子を掲げたルフィが、大空に向かって喉を引きちぎらんばかりに吠えた。
「ナミィィィ!!! お前はおれの仲間だァァァアアア!!!」
「――う、うん……!!」
崩れ落ちたアーロンパークの前で、ナミが大粒の涙を流しながら、笑顔で小さく頷く。
その瞬間、ココヤシ村を十数年間支配していたどす黒い『不運の厄』が、世界中を照らすような圧倒的な夜明けの光(歓声)によって、完全に霧散していった。
「……すごいや、クロウ。本当に、あの女の子の運命が、あの男の子の一撃だけで、綺麗にひっくり返っちゃった……」
隣に佇むシロが、大きな瞳を揺らしながら、静かに、しかし深く感銘を受けたように呟いた。
「ああ。おでんさんが自分の命と引き換えにしてまで待っていた未来……。これが、次の時代の主役たちの実力さ。モブの俺たちが余計なお節介を焼かなくて本当に良かっただろ?」
俺はフッと笑い、手首のロザリオを軽く弾いた。
目的だった最高のみかんも十分に調律して買い込んである。これ以上の長居は、俺たちの悪魔の実の呪いを周囲に蓄積させるだけだ。主役たちの最高のエンディングを汚さないよう、俺はシロの手を引き、再び深き海霧の中に隠されたレヴナント号へと戻るために歩き出そうとした。
――だが、その刹那だった。
アーロンパークの瓦礫の頂上で、仲間たちとハイタッチを交わそうとしていたはずのルフィが、突如としてピタリと動きを止めた。
「……?」
ルフィは、怪訝そうな顔で、誰もいないはずの、そして「隠形(おんぎょう)」の術によって空間ごと気配を完全に消し去っているはずの――遥か遠くの崖の上の『俺たちのいる座標』へと、猛然と顔を向けたのだ。
(!!)
ゾロやサンジといった、鋭い見聞色の覇気を持つ者たちですら、俺たちの存在には微塵も気づいていない。
だが、あの麦わら帽子のガキだけは、覇気という技術すらまだ身に付けていない段階でありながら、野生の獣そのものの圧倒的な『感(本能)』だけで、空間の歪みの向こう側にいる俺たちの魂の息吹(厄の波動)を、正確に嗅ぎ付けやがった。
ルフィの真っ直ぐで、底知れない巨大な瞳が、隠形の中の俺の目を、一直線に射抜く。
あいつはニカッと不敵な笑みを浮かべ、まるで「そこに誰か強ェ奴がいるな!」とでも言いたげな猛獣の視線(眼光)を、俺たちに向けて一瞬だけぶつけてきた。
「ははは……。本当に、何から何までロジャー船長にそっくりな、手の付けられねェ猛獣だな」
俺は隠形の術の奥で、ゾクゾクとするような心地よい鳥肌を感じながら、フッと不敵に笑い返した。
あいつと目が合っていたのは、ほんの数秒。ルフィが「あ、サンジ! 飯持ってこい!」といつもの調子で仲間の元へ飛び込んでいった瞬間、俺はロザリオを強く握り締めた。
「――陰陽調律・螺旋門、開門」
船首の空間が巻き貝のようにねじ曲がり、俺たちはレヴナント号ごと、最初から東の海に存在しなかったかのように、一瞬にして新世界の『黒曜螺旋城』へと転移した。
仲間はいらない。ただ、呪いを相殺し合う最高の相棒・シロを隣に乗せ、死なない軍勢を従えた俺たちの『自由の美食航海』。
新時代の主役にその存在の尾尾をかすかに掴ませながらも、俺たちは空間を支配した絶対の傍観者として、次なる美味いものと、さらなる激動の歴史を観測するために、新世界の闇の先へと、どこまでも気楽に、そして不敵に加速していった。