バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第92話:『太古の島の巨大な美味と、烈火の料理人との再会』
東の海のココヤシ村で、新時代の主役――麦わらのルフィが放った『天を揺るがす一撃』をモブの特等席から高みの見物した俺たちは、再び新世界の『黒曜螺旋城』へと引き返していた。
それからさらに数週間。グランドラインのタイムラインが原作の通りに怒濤の勢いで回り始めるのを、俺はニュースクーの紙面越しに気楽に観測していた。
ルフィたちがローグタウンで嵐を呼び、リヴァース・マウンテンを越え、ウイスキーピークの賞金稼ぎどもを壊滅させたという噂話。すべては俺の頭にある原作知識の通りだ。
だが、今回俺たちがレヴナント号を動かして「螺旋門」を潜り、グランドライン前半の海域へとわざわざワープしてきたのは、そんな原作のイベントにチート介入するためじゃない。
「ははは、これだけは絶対にシロに食わせてやりたかったからな」
「うん……! クロウが言ってた『太古の島の巨大な美味』、すっごく楽しみ……」
黒いガレオン船の船長室で海図を広げ、俺の隣でシロが静かに、しかし嬉しそうに目を輝かせていた。
俺たちの目的は、恐竜たちが未だに息づく太古の島――『リトルガーデン』だ。あの島には、現代の海では絶対に捕獲できない、規格外の滋味と圧倒的な肉質を持つ太古の巨大怪獣どもがゴロゴロと生息している。一匹狼の美食旅を続ける俺たちにとって、これ以上ない最高のご馳走の宝庫だった。
船を島の手前の深い霧のなかに停泊させ、いつものように「幻形の偽装」と「隠形(おんぎょう)」を重ねて発動する。
姿と気配を世界から完全に消し去った状態で、俺はシロの手を引き、うっそうと生い茂る巨大なジャングルの奥へと足を踏み入れた。
歩くたびに大地が揺れ、頭上を巨大な翼竜が羽ばたいていく。
手首のロザリオ(ヤクヤクの実)と魂の巫力を連動させ、島全体に漂う凶暴な『野獣の厄(殺気)』を反転調律して心地よい涼風へと変えながら、俺たちはジャングルの奥で一際巨大な「太古の怪鳥」を、マタムネの黒き妖刀『黒死一文字』のオーバーソウルで音もなく仕留めた。その極上の肉の塊を抱え、川沿いの開けた河原へと戻ってきた、まさにその時だった。
「――おい! おめェら、この川の上流にすっげェ美味そうな肉の匂いが漂ってんぞ!!」
ジャングルの木々をなぎ倒して突っ込んできたのは、ボロボロの麦わら帽子を頭に乗せ、目を輝かせたあの猛獣――ルフィだった。
その後ろからは、緑髪の剣士ゾロや、長い鼻のウソップ、そして――仕立ての良い黒いスーツを纏い、金髪のタバコを燻らせた、一人の見覚えのある青年が不機嫌そうに歩いてきていた。
(……はは、マジかよ。まさかここで、あいつらと正面から鉢合わせるとはな)
原作のイベントとは全く関係なく、ただの純粋な「食糧調達(ジビエ狩り)」としてこの島に来ていた俺たちだったが、まさか上流の美味そうな肉の匂いを嗅ぎつけたルフィたちに、ピンポイントで居場所を特定されるとは夢にも思わなかった。
俺とシロは、あまりの距離の近さに「隠形」の術を一度解き、河原の岩場の上で、仕留めたばかりの巨大な鳥肉を前にして姿を現した。
「あァ!? 誰だお前ら!! ――って、うわあああ! すっげェ美味そうなデカい鳥肉持ってんじゃねェか!!」
ルフィが俺たちの姿を見て、よだれを垂らしながら目を皿のようにして叫ぶ。
ゾロが腰の刀(和道一文字)に鋭く手をかけ、ウソップが「ひ、ひぃぃ! こんな恐竜の島に、何で普通の人間がいるんだよ! 幽霊か!?」とガタガタと震え出す中、一番後ろから歩いてきた金髪の料理人――サンジだけが、俺の顔、そして手首のロザリオを見た瞬間、咥えていたタバコを地面へとポロリと落とした。
「……て、てめェ……!! まさか、あの時の『ロザリオの厄病神』……!!?」
サンジが、顎が外れんばかりに驚愕し、烈火のごとき眼光で俺を指差した。
「え? サンジ、お前こいつを知ってんのか?」
ルフィが不思議そうに首を傾げる。
「知ってるも何もねェ……! おれがクソジジイ(ゼフ)の店『バラティエ』で副料理長をやってた頃、何の前触れもなく、いきなりふらりと店に現れては、一人で尋常じゃねェ量の最高級料理を平らげていった、とんでもねェクソガキだ!!」
サンジが額に青筋を立てて怒鳴り散らす。
そう、現代日本の原作知識を持つ俺は、新世界へ入る前、東の海を美食巡りしていた時期に、あの海上レストラン『バラティエ』へと何度も足を運んでいたのだ。
あそこのメシの美味さは世界政府の最高権力者どもすら舌を巻くレベルだったからな。姿を消さずに普通に入店し、サンジの作った極上の料理を、軍資金(ベリー)をこれでもかとテーブルに積んで貪り食っていた。
「てめェが店に来るたびに、なぜか周囲のタチの悪い海賊客どもが急に腹を下して自滅したり、厨房の火力が勝手に最高の状態に『調律』されたりしてよ……! クソジジイと、あのガキの周りは何かがおかしいって、ずっと噂になってたんだ!!」
サンジのその必死の訴えに、ゾロが「ほう、面白いガキじゃねェか」と不敵に口元を歪め、ルフィは「へへ、やっぱりお前、あの時のココヤシ村の強い奴だな!」と、ナミの故郷での野生の感を証明されたようにニカッと笑った。
他人に不運を撒き散らす俺の『ヤクヤクの実』。だが、あのバラティエの極上の料理に対しては、俺の調律の波動が勝手に最高のご馳走(厄の完全排除)として機能していたため、サンジの料理の旨味を何倍にも引き上げていたのだ。
「お久しぶりですね、サンジさん。相変わらず、タバコの煙が煙たいですよ。……それと、紹介します。こっちは俺の相棒のシロです。俺の呪い(ヤク)を完璧に相殺してくれる、世界に一人だけの仲間(身内)でしてね」
俺がシロの頭をポンと叩くと、サンジは俺の言葉など耳に入っていない様子で、大人の女性へと成長したシロの美しい姿を見た瞬間、目が完全にハートマークへとぶっ飛んだ。
「メロリ~~~ン!!! あの時のお美しく気品のあるレディ!!! こんな陰気なクソガキの隣にいるなんて勿体ねェ!! おれが今すぐ、この太古の島の最高級鳥肉を使って、レディのための至高のフルコースを作って差し上げますゥゥゥ!!! 」
「……う、うん……、ありがとう。美味しい料理、お腹いっぱい食べたい」
サンジの凄まじい軟派っぷりに、シロは少しだけ戸惑いながらも、美味しいメシの予感に静かににこっと微笑んだ。
(はぁ、相変わらず手の付けられねェ料理人だな、あいつは)
《フフ、まさか東の海のレストランの縁が、この太古の島でこのような形で繋がるとは。新時代の主役たちの料理人、その腕前を特等席で味見させてもらいましょう、クロウ様》
薬指の銀の指輪から、サクヤが楽しげにくすくすと笑う念話が響く。
《ふふ、曰く付きの海を越えた先での、懐かしい再会ですか。これもまた、自由の航海がもたらす一興でございますねぇ》
黒き妖刀の奥から、マタムネも静かに微笑んでいた。
本来ならウイスキーピークに続くこのリトルガーデンで、Mr.3の陰謀や巨人のドリー、ブロギーの決闘が裏で動き出すはずのタイムラインだ。だが、俺たちのスタンスは変わらない。基本は傍観スタイル。
ただ、今回はその激動の歴史の直前、少しだけ気まぐれを起こして、未来の主役たちと同じ火を囲み、東の海の懐かしい料理人が腕を振るう最高の『太古のジビエ料理』を、どこまでも気楽に、そして美味そうに貪り食うのだった。