『勇者のクズ』妄想二次創作短編SS まとめ 作:onakatarumi
身体を重ねるという行為には、危害性が含まれている。だからお互い強い信頼関係で結ばれているとか、対価を支払ってだとか。『関係を結ぶ』にはそういった手順が必要になる。
ある意味で、もっとも薄汚い部分をぶつけ合うんだから、信頼だったり金銭だったりは必要になる。——必要でないとしたらそれは、お互いにお互いを嫌っている場合。嫌っている相手なのだ、どうでもいい。傷つこうが、軽蔑されようが構わない。身体を使わせもらおう。そういう、クズの所業としての関係は、ある。
「ヤシロさん今日も良かったよー。もう勇者なんて辞めてこっちの道で食べていけば? わたしお客さん紹介するよ?」
「うるせえ。服が着れないだろうが。背中にもたれかかるな」
俺はそう言って長谷川ミカを払いのけた。若い女。もっと言えば、若く見える女。
これまで何度か、こういったやりとりをした記憶がある。こいつとの会話を俺はまともに覚える気がない。仕事にまつわる話は別だが、自分のことを嫌っていると分かっている相手のことを考えても時間の無駄でしかないからだ。
「男の人って淡白~。もっとピロートークとかしないとモテないわよ?」
「そっちだって似たようなものだろうがよ。どうせ、お互いに心なんて求めてないだろ?」
「あははは! そうね! 勇者のヤシロさんから愛の言葉なんて囁かれたら鳥肌たっちゃう!」
「俺もお前から好きとか言われたら吐く自信がある。絶対するなよな」
「好きよ、ヤシロ。——ぶっ、はははははは! うわ、すごい面白い響き! 言われたことある? ヤシロさん、誰かに好きとか」
笑いながらも。ミカの目は濁っているのだろうと俺には確信があった。魔王も。勇者も。この俺も。長谷川ミカという女は全てを憎み、嫌い抜いているフシがある。
「言うなって警告した先から言いやがって。お前は——」
「あー! 本当に鳥肌たってる! すごーい!」
「おい! 触るなってんになんで触るんだよ。いい加減に離れろ」
こちらの腕の筋肉の筋を確認するかのように、俺の身体を触り続けるミカを振り払う。
自称「多目的ファッションヘルス」である《プラチナ》。
俺は、この店を利用したことはない。店から提供されるサービスとして、対価を支払って使ったことはない。
だが、この店にいる女。驚くべきことに公務員。エーテル障害事案対策室の職員である長谷川ミカを「使った」ことは何度かあるし、実際には「使われて」いるのだろう。
何かの情報収集を行ったとき。そこで長谷川ミカとあったとき。更には他の人間がおらず、あちらが俺を「使おう」として、そして俺のほうが《E3》によってもたらされた凶暴性を吐き出したいと思っているとき。そういった諸々が重なった時に、俺達はお互いを「使う」。
嫌いだからだ。
俺は長谷川ミカという女が嫌いで。長谷川ミカは俺が嫌いで。お互いがどうなってもいい、いっそ傷ついてくれて構わないと思っているから。ただ肉として見て「使い合う」ことが出来る。
「もう満足したろ? 俺は帰るからな。資料は助かった。これがあればあとは超一流の勇者である俺に任せときな」
「勇者、ね。ひゅー! 格好いい! ヤシロさんがバンバン仕事してくれると私も助かっちゃうなー!」
軽薄な声の中に潜む、粘ついた悪意。こいつといるとコレが嫌だった。口調と一致しない、軽蔑と憎悪に俺は辟易とする。ただ、肉であるときのミカは口数少なく。その間だけは俺の振り払うような言葉での弾幕を張る必要がなくなる。傷つけても構わないと触れ合っているときだけ、長谷川ミカからは悪意が漏出しなくなる。
「ん? この本——」
「……人のカバンの中、見ないでくれる?」
俺とミカは、お互いにシャワーを浴び、服を着て。そして、俺が帰ろうとしたとき。ミカの持っているハンドバックの中に見覚えのある表紙を俺は見つけてしまった。
正確には、見たことのない表紙だ。ある本の下巻。それとほとんど同じデザインの本を俺は読んだことがあった。ある本の上巻。似ていて異なる二冊の本を俺は見覚えあると感じたのだ。
「読んだことあるな。これの上巻」
「——へぇ。ヤシロさんにしては趣味良いじゃん」
ミカの声音が、いつもと異なる気がした。俺は《E3》を使っての戦闘中に近い感覚が自分の中で立ち上がるのを感じた。ひどく、危うい状況に踏み込みかけている感覚。そこに立ち続けていたら、致命的な剣戟が襲ってくる前兆めいたもの。
「下巻は? その口ぶりだと読んでないみたいだけど。どうして読んでないのかなぁ、ヤシロさん」
「別に。ちょうどそのときゴタゴタしてて。読むどころじゃなくなったんだよ」
俺は、どうしてかミカとこの話題を続けるのを危険だと感じていた。直感でしかないが、早めに切り上げるべく。雑な返事をする。
「へえ。——まあ、そんな程度のものよね。こんな本なんてさー。わたしも暇つぶし。そこまで面白くもないしねー」
冷ややかさを感じさせるミカの口調が、一転していつものふざけた調子に戻る。いつもの調子ということは、そこには俺への悪意があった。軽薄な悪意。
俺は辟易として。ミカの声を振り払うようにして帰った。
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俺の部屋に。ミカの持っていたのと同じ本。その上巻があった。
買った覚えはない。一体いつ、俺はこの本を買ったのだろうと思いだそうとする。
そうだ、アレは高校を中退する少し前だ。俺は蘇ってきた記憶の苦さに苛立った。ったく、嫌な時期のことを思い出させてくれると、俺は長谷川ミカへの嫌悪を強めた。
確か保健室でサボっていた時に、偶然に体調不良でベッドを借りていた同級生と少し話して。それで借りた本だった。
俺はその同級生の名前も顔も声も、ろくに覚えていない。
その後に、高校を中退して魔王の眷属として働き出して、その魔王が師匠である鷹宮清人に殺され。俺は勇者となった。そんな激動の中で高校時代の思い出はすっかり消え去ってしまった。——もう戻れない光景をいつまでもしまっていても仕方がない。
俺は、前途あふれる高校生ではなく。勇者というクズがやる職業を選んで、いまもそこから足抜けできないでいるからだ。
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「——くんとは、話してみたいと思ってて」「私? 公務員かな。こんな危ない世の中だけど、安定した職につきたいし」「——くん、一緒に勉強しない? 同じ大学とか、さ。行けたら楽しい気がするの」「あっ、これね。私のとっても好きな本。——くん。良かったら読まない? 今度、下巻も持ってくるね」「——くん、——よ」
IF番外編・長谷川ミカの
完