世界救うの無理そうなんで原作カプだけは守ろうと思う 作:流し見る盾
嵐の前
ニワトリの毛を毟る。
小さい頃は泣きそうになったものだが今となっては慣れたもの。それが持っていた命の温もりは浸けた湯の熱さに紛れて曖昧だ。
まだ温もりが残った″肉″から、サラサラとしたそれを産毛まで完全に取り除いていく。
作業に没頭しながら俺は思考する。
俺は転生者だ。そしてここは鬱鬼畜ダークファンタジーで有名なゲーム、『レッドオブカラミティ』の世界。最初にここに転生したと知った時、俺はもうめちゃくちゃ絶望した。そんで泣いた。涙が枯れるまでわんわん泣いた。
それでも季節は巡るし時は流れる。俺はこの世界でどうやって生き延びるか考えた。考えて──諦めた。
この世界はどう足掻こうが苦痛に満ち溢れている。なら、前世でやりたかったことを成し遂げよう。
このゲームには主人公とヒロインがいる。辛いことだらけの現実ならば、せめて二人をくっつけて幸せにさせる……推し活をしようと考えた。
「ふう、こんなもんかな」
ニワトリの下処理は完了。今日は創生祭。神がこの世界を創った日だ。
「かあさーん、俺ミナクのとこ行ってくる」
「はーい」
洗濯物を干す今世の母に告げてから、俺は家を飛び出した。
ミナク。この世界の主人公にして、戦闘狂のやべーやつだ。
▫▫▫▫▫
「おっ、タクトか。今日もミナクの所行くのか?」
「アイツ俺が連れ出さないとお祈りしないんで」
ミナクは俺の生家があるレヴァルレア王国の城郭都市から徒歩十五分の村に住んでいる。門番とはすっかり打ち解けていた。
ちなみにタクトとは俺の名前。前世の記憶はこの世界関連以外覚えていない。
「はぁ……」
歩きながらため息を一つ。今は平穏だが、ある事変を期にこの世界は地獄と化す。
あー、原作開始よりずっと前に生まれてたらなー……。……なんて、考えても意味はないか。
そんな思考を弄びながら歩いて、着いた。ミナクが住んでいる村に。
「よう。ミナクいるか」
「おはようございますタクトさん。ミナク兄さんなら畑にいると思います」
「ん、ありがとな」
俺が尋ねたのはミナクの弟。コイツは正常な人間。だがいずれ死ぬ。果たして俺にその運命を変える力はあるだろうか。
畑に行くと、無表情で突っ立っているミナクがいた。
「行くぞミナク。お祈りの時間だ」
「……」
コイツホントに喋らねぇな……主人公ってそういうもんなのか……?
何故俺が教会にミナクを連れて行くのか。それは、ヒロインと早々に関係を構築させるためだ。
▫▫▫▫▫
この世界にはとある仕様がある。殺した生き物の魂は
世界には明確に神という存在がいて、地獄がない代わりに人や他種族が犯してきた罪、怒りや憎しみといった呪いは全てその神の持っている杯に溜め込まれていた。
その杯関連で大事件が起こるのだが、今は隣を歩くミナクに意識を集中させる。
「なあミナク、今日も鍛錬するか?」
「……」
無言で頷くミナク。……うーん、やっぱコミュ障だなコイツ。
ミナクが戦闘狂として目覚めるのは件の大事件からだが、今はその気配だけが見え隠れしている。歪みは早い内に排出させてやりたいが、これは骨が折れそうだ。
「ちょいと遅れちまったか……?」
「……」
教会に辿り着くと修道女たちが神に祈りを捧げていた。俺たちもそれに倣い、両手を組む。
そして小一時間程神の言葉や書物の朗読、賛美歌の拝聴が行われ、俺たちは神聖な時間に浸っていた。まあぶっちゃけここはどうでもいい。
祈りの時間が終わり、目当ての人間を探し出す。俺が見つけるより先に彼女はやってきた。
「ミナクさん、タクトさん、来てくださったのですね」
「よう、エイル」
「……」
エイル。このゲームのヒロインにしてめっっっちゃいい子。マジで聖女。物語のキーマンなためミナクとは嫌でも関わり合うことになる。
「今日創生祭じゃん。俺ん家で飯食ってかないか」
「神父様の許可が下りてくだされば行けますが……」
すると、エイルの背後にいつの間にか立っていた神父が朗らかな笑みを浮かべて口を開く。
「行ってきなさいエイル。友との時間は大切になさい」
「……! ありがとうございます!」
「……」
この世界の宗教は前世と比べ戒律などがかなり緩めだ。肉とか魚とかを食っても特にペナルティはない。
ミナクはずっと黙っている。コイツ美味いもん食っても表情筋動かねえんだもんなぁ……。
▫▫▫▫▫
「行くぞミナク!」
「……」
互いに木の棒を構え、相対する。
俺たちはまだ若く、騎士団の入団テストまで後三年猶予が残っていた。そのため、確実に合格できるように自己流で肉体を鍛え続けている。
「ハァッ!」
「……ッ」
何度目かの立ち合いで看破したことが一つ。
ミナクは、この時間を楽しんでいる。表情筋は固定されたままだが纏う雰囲気に喜色が漂っていた。流石未来の戦闘狂。素質は十二分にある。
「うおおおおっ!」
「……」
大きく振りかぶった一撃は躱され、
「ぐあっ!」
「……」
カウンターでいいのをもらった。それと同時に決着。
「い、いてて……お前剣術上手いなぁ」
「……」
褒め囃されてもミナクはだんまり。しかし確実にこの時間を楽しんでいる。
「タクトさん、痛みますか?」
「いや、この程度なら一日で痛みは収まる」
俺たちが戦う間、エイルはずっと手を組んで祈っていた。重大な事故が起こらないようにと。……こんないい子が、将来重い役割を背負わされるんだもんなぁ。現実は不条理だ。
しかし嬉しい誤算があった。それは、
「ミナクさんもお疲れ様でした。お怪我はありませんか?」
「……大事ない」
ミナクは、エイルとだけコミュニケーションを取るということだ。うーん、推しと推しの絡みを間近で見られるなんて、オタク冥利に尽きる。
俺は生前からこの二人のことが大好きだった。プレイヤーとして操っていた分愛着が湧いたミナク、そして常に清らかで在り続けたエイル。
うん。俺が守ろう。そして、俺が繋げよう。
▫▫▫▫▫
「主よ、今日のお恵みに感謝いたします。そしてこの食事が、善なる旅路へと繋がっていきますように」
「よし、食うか」
「エイルちゃんもミナクくんも、遠慮しないでたくさん食べてね!」
「……」
両親と俺、そしてミナクとエイルで食卓を囲む。朝俺が下処理をしたニワトリも丸焼きになって並べられていた。
「むぐむぐ……んー、美味えー! ほらほら、ミナクもエイルも育ち盛りなんだからもっと食え!」
「ふふ、ありがとうございます」
「……」
推しとの食事。それだけで生きててよかったと思うが、これからは激動の時代になる。覚悟は早い内に決めとかなければ。
▫▫▫▫▫
「あっ、おかえり兄さん。創生祭どうだった? 楽しかった?」
少年、ミナクは無言で首肯する。
彼は自身の欠落を感じていた。両親、そして血を分けた兄弟に愛着をもてないという欠陥を。
一度、過去に酷い熱で死にかけていた弟を目の前にしても特段感情は湧かなかった。己はそういう生き物なのだ、とミナクは半ば諦めていた。──が。
「……あ、兄さんが笑った」
「……」
「ミナクが笑うなんて珍しいな。確か……エイルとタクトだっけ? いい友達を持ったな」
タクトと手合わせをする、その時間だけは生きることへの喜びを持てた。力を蓄え、思いのまま振るう時間は、何物にも勝る快楽だった。
しかしそれでもどこかで何かを渇望していた。木の棒での試合。願わくばその先──
レッドオブカラミティにおいて、ミナクは主人公である。神の杯による大事件をきっかけに果てない戦火へ身を投じていくことになるが、比較的温和なエンディングを迎えるために、主人公への好感度ではなく主人公から世界への好感度を稼がないといけない。要するに、この世界を護りたいと思わせなければならない。
更に加えると、人を殺しすぎると血と闘争に魅入られ、その手でヒロインであるエイルを殺してしまう。
転生者、タクトはこのバッドエンドを回避するためにミナクを毎週教会に連れ出し、エイルと交流させていた、ということになる。その努力が実を結ぶかは、神でさえも知るところではなかった。
▫▫▫▫▫
レッドオブカラミティというゲームでは、とある役割に就かされた彼女、エイル。主人公ミナクは彼女を守るための近衛兵となり、彼女の優しさに触れ戦闘狂から少しづつ変わっていく。というストーリーが展開される。
しかしフラグ管理やマスクデータになっている好感度の調節などをしなければならない鬼畜仕様。一介の転生者に過ぎない俺の介入でどれだけハッピーエンドに近づけるか。ちなみにちゃんとしたハッピーエンドは無い。
ちなみに俺はとっくに諦めている。前世でやりこんだゲームだからこそ、この世に生まれた時点で詰みだということを嫌でも理解させられた。
だから推し活をする。エイルとミナクをくっつかせて美味い空気を吸う。そのために生きていた。
「よう、ミナク。お祈りの時間だ。行くぞ」
「……」
だから俺は今日も気ぶる。『抱けー!』なんて言うつもりはないが、原作カプはアツアツにしておきたい。
「ミナクさん、タクトさん、おはようございます」
「おう。今日もお祈り熱心だなキミは。……おいミナク。挨拶ぐらい返せよ」
「……」
「ふふ、お気遣いなく。ミナクさんの心遣いはしっかり感じていますから」
「……己は、そんな人間ではない」
ミナクの一人称は『己』。武士でもそんな風に言わねぇぞ。
しかしエイルとだけ会話する時点である程度好感度は稼げているか? このゲームをやり込んだつもりではあってもいざリアルになると色々不明瞭だ。
「では私はお仕事があるので、失礼します」
「……ああ」
くう~! コレだよコレ! このぶきっちょなやりとりが堪んねぇ~!
そんな風に原作味を噛み締めているとミナクからじっと見られた。まさか顔に出てたか?
「……よし、今日も鍛錬するぞ」
「……」
頷くミナク。あとちょっとで戦闘狂に目覚めそうだし、エイルに対する好感度の下地も作っておきたい。
「おっ、ミナクにタクトか。今日も特訓すんのか?」
「よし、
「ワシはタクトだな。今日こそは勝ってくれるだろ」
「俺たちは賭博対象かよ……」
俺とミナクの勝敗は今んところ俺の216勝351敗。……俺たちこんなにやりあってたのか。まあガキん頃からの付き合いだしな……。
「よし、行くぞッ!」
「……」
突撃する俺を見据えるミナク。今日はなんか勝てそうな気がする。
▫▫▫▫▫
「ぜぇ……ぜぇ……俺の勝ちだ、ミナク……!」
「……」
試合が終わる頃にはお互い汗だくだった。珍しく今日は勝てた。俺ごときに負けるようならまだまだだな。コイツにはもっと強くなってもらわねぇと。
「いい見世物だったぞお二人さん」
「見てるなら見物料くらいよこせ酔っぱらい!」
やってるこっちは必死なんだ。なにせ将来がかかってるんだからな。
「すみません、道を空けてください」
「んぉ? おお、エイルの嬢ちゃんじゃねぇか。いつもマメだなぁ」
救急箱を抱え俺たちの元へ駆け寄るエイル。戦闘が長引くと仕事を終えた彼女がやってくる時があるのだ。
「お二人とも、どこか痛むところはありませんか?」
「頬がちょっと切れたくらいだな。別にこんくらい──」
「お見せください」
消毒、そして前世で言うところの絆創膏のような機能を持つ木の葉をあてがわれる。何気に便利だよなこの植物……。
「ミナクさんもお見せください」
「……大した怪我はない」
「どうか、お見せください」
「……」
腫れてる部分を冷やされるミナク。俺はそれを眺めながら悦に入っていた。
「はっはっは! ミナクもタクトも、エイルの嬢ちゃんには敵わねえか!」
うるせえぞ酔っぱらい。と言ってやりたかったがそれ以上にこの光景の尊みに脳を焼かれていた。
賑やかなオーディエンス、素振りしすぎて潰れた血豆、広大な青空。つかの間の平和だが、それが何よりも愛おしかった。
「……はい。手当ては終わりです」
エイルは俺たちの行為を咎めようとはしない。ただじっと見守り、少しでも傷を癒やせるように計らう。そんなところもできてるなぁと常々思う。
「じゃあなミナク。弟によろしく言っといてくれ」
「……」
さて、タイムリミットまであと僅か。
できることならミナクの両親も助けたい。しかし『例の日』がいつ来るか、正確な情報が不明だ。
『怨蠟の大災害』。それは、間もなく訪れる。