無謀なる者達   作:芥川賞候補者

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四話

「人の恋心を利用する奴は死ねばいいと思うんです」

 

太陽が天頂に差しかかる真昼。俺たちは長旅を終え、件のダンジョンの入り口に到着していた。

 

「まだ言ってるのかい、アルト君。いい加減、切り替えたらどうだい?」

「切り替えられるわけないでしょ。僕の純粋無垢な恋心を利用して、半ば無理やり連れてこられたんですよ? しかも、ずっと馬車に乗ってたせいで尻は痛いし、気分は悪いし。ほら見てください、リアシュが死にそうな顔してます」

「おえええ……」

「おまけに、今から人生最大級の命の危機が迫ってるんですよ。やばい、俺も吐きそう……」

 

場所も場所だ。

 

一応、団長の「攻略難易度は低い」という言葉に一縷の望みを託していたのだが、そんなものはここに着いた瞬間、きれいさっぱり消え失せた。

 

痛哭街・メギドナ。

 

かつて、栄光の三王冠(グローリズ・クラウン)の一人、〝闘神〟ディンド=ディンダが治めていたセニス旧人類統治圏の一角。そして、魔物の大侵略によって崩壊し、魔物たちの手に堕ちたことで、失われた大地(ロスト・レジオン)と呼ばれるようになった土地である。

 

『〝闘神〟は勇猛であった。

 

大波のごとき魔物の大軍を滅ぼし、自らの民を命尽きるまで護らんと、昼夜を問わずその力を振るった。

 

途切れることなく、絶え間なく、間断なく押し寄せる災禍を前にしても、〝闘神〟は決して折れなかった。

 

二日、三日、四日、五日。いつ終わるとも知れぬ苦難の日々と、積み重なっていく自身の疲労を前にしても、〝闘神〟は一度として弱音を吐かず、休むことさえしなかった。

 

そして、十日目。

 

突如として、戦場は沈黙に包まれた。

 

民は歓喜した。我らが王の無比なる献身によって、ついに国は救われたのだと。長きにわたる戦乱の日々は終わったのだと。誰もが泣いて喜んだ。

 

しかし、〝闘神〟は拳を緩めなかった。

 

誰かが言った。

 

「王様、戦いは終わりました。祝いの宴も用意いたしました。そろそろ緊張の糸を解き、お休みになってはいかがでしょうか」と。

 

対して、〝闘神〟は答えた。

 

「戦いはまだ終わっていない」と。

 

多くの血を呑み、死の行進を耐え抜いた彼は、彼だけは、己らに迫る空前の脅威に気づいていたのだ。

 

そして、十一日目。

 

何の前兆もなく、突如として、その災厄は顕現した。

 

〝轟哭覇踏の巨象(バロウド・デセウト)〟。

 

どこまでも巨大で、どこまでも無慈悲な暴力の化身。

 

その一歩は大地を裂き、その咆哮は天を揺るがしたと謳われ、結果としてセニス旧人類統治圏を単騎で陥落させた伝説の悪夢である。

 

己の居城(ダンジョン)を持たぬ下位種でありながら、上位種たる魔王を超える力を持ち、魔物の頂点である原初種にすら迫らんとした、無冠の怪物。

 

人という枠組みの中では、限りなく頂点に近しかった〝闘神〟であったが、人の身を遥かに超越した存在には敵わず、壮絶な抵抗の果てに戦死した。

 

しかし、彼が死に際に放った一撃は、敵を斃すには至らずとも、致命傷へと至る傷跡をその身に刻みつけたのである。

 

そして、一ヶ月に及ぶ耐久戦の末、十一人の銀級冒険者と二人の金級冒険者の命を代償として、ようやくかの怪物は滅んだ。

 

だが、かの怪物が残した爪痕は、今なおセニス旧人類統治圏の大地に深く根を張っている。

 

かつて存在した三つの地区は、繁栄の跡がわずかに残るばかりとなるまで破壊され、それぞれが魔物たちの蔓延る魔境と化した。

 

ここ三年ほどは大規模な侵略が起きておらず、安全な地域も少しずつ増えつつある。そのため、ギルド連合もようやく本格的な調査に乗り出せるようになった。

 

しかし、探索は遅々として進まない。

 

〝轟哭覇踏の巨象〟によって、土地の大半が草の根一つ生えない更地と化したためだ。危険を冒して開拓したところで、得られる利益がほとんどない。

 

ましてや、冒険者とは誰よりも自身の損得のために生きる者である。

 

危険を顧みず、他者を顧みず、過ぎ去った過去さえ顧みない。ただひたすらに財宝、名誉、己の求める何かを求める。誰のためでもなく、自分のために生きる者。

 

それが冒険者という生き物だ。

 

そんな者たちにとって、この地にどれほどの価値があるだろうか。

 

答えは一つだろう。

 

故に、セニス旧人類統治圏は〝失われた大地〟と呼ばれているのだ』

 

〝闘神〟と同じく〝栄光の三王冠〟の一人に数えられた〝賢帝〟オルフェイス=セルベ=ヨネ=フ=ターストン=ナハトの著書、『アルブケイル史大紀行』からの抜粋である。

 

当時の悲惨極まる状況とは異なり、今では少しずつ草木も生え始め、復活の兆しを見せてはいる。だが、依然として人の気配はなく、荒廃した土地が広がっていることに変わりはない。

 

ダンジョンが発生したところで、『最後の雫』のような物好き……もとい、慈善家の集まりでもなければ攻略しようとはしない。魔物どもの楽園という状況も、相変わらずだ。

 

おまけに、古くに発生したダンジョンは、人間から何の干渉も受けずに伸び伸びと成長しているため、その危険度は上がり続けていると言っていい。

 

セニス旧人類統治圏の未開の深奥には、いったいどんな化け物が誕生しているのか。何とも恐ろしい話である。

 

で、俺たちが今いるのは、その深奥のちょっと手前くらいです。オワタ。

 

「ああぁ、行きたくねぇええ!」

 

絶対ヤバいじゃん! 絶対攻略難易度三級以上じゃん! 下手したら五級指定もあり得るレベルじゃん!

 

しかも、未開ってことは先達がいないやん! 情報がないやん! どこに危険が潜んでいるのか、全く分からんやん!

 

いや、正確に言えば、セニス崩壊前のメギドナの地図なら存在する。だが、細部が不確かなうえに、情報料がバカ高い。六桁後半と言えば伝わるだろうか。ぶっちゃけ法外である。

 

いや、まぁ、東連合国に法なんてものはないんだが……。

 

小市民の俺が、そんな大金を出せるわけもない。結果、今回の探索では情報面に関しては丸腰で挑む羽目になってしまった。せめて聖水くらいは準備してくるべきだったかもしれないなぁ。

 

いや、今さら後悔しても仕方がない。馬車の中でも散々言わせたじゃないか。『命がけで何があってもアルトを護る。守れなかったら姉御飯の刑』。この言葉を信じよう。

 

うん。言うて、そんな危機的状況になるかどうかも分からないしな! 案外イージーに終わっちまうかもしれないしな!

 

「てゆーか、ここクッサいねー」

「あ、リアシュ。もう吐き気は大丈夫なのか? 体調悪そうな奴ソムリエの俺の見立てじゃ、結構長引きそうな感じだったけど」

「何そのソムリエ……。まぁ、一回吐いたらスッキリしたよ。うげええ……。今日の朝食べた物、全部出ちゃったよぉ。ていうか、マジくっさい! 何これ!」

「あー、ここが何で〝痛哭街〟って呼ばれてるか分かるか?」

「えー、分かんない」

「ここら一帯はゴブリンを含めた鬼種が多いらしくてな。魔王も詳しいことは分からないけど、そいつらと同じ系列っぽい。

鬼種ってのは気性が荒い奴が多いだろ? しかも、ただでさえここら辺は植物も生えてないし、動物もいない。腹を空かせた奴が多いから、食料を巡った争いが絶えないらしいんだ。

で、喧嘩で殺されたり、重傷を負ったりした奴がそこら中で悲鳴を上げる。だから〝痛哭街〟って呼ばれるんだと。……つまり、この匂いはそいつらの死体の腐臭ってこった」

「はえー……。相変わらずアルト君、情報通だね。キモいくらい」

「一言余計だっつーの。あと、こんくらいなら情報って言わねぇよ。ちょっと調べりゃ分かることだからな」

「そういうところだと思うよ」

 

……おい、なんだ、その「そういうところ」って。

 

あと、その満面の笑みをやめろ。『アルト君は変わらないなぁ』みたいな視線を向けるのもやめろ。なんか苛つく。

 

どいつもこいつも、俺のことを情報厨だとか、情報マウントマンだとか呼びやがって。俺そんな情報通じゃねぇよ。最近は金がなさすぎて、全然情報を仕入れられてないし。

 

というか、カイトさんの方がヤバいしキモいと思う。頻繁に「なんでそんなこと知ってるんだ、おめー」ってことが起きるし。あの人、姉御の件でも思ったけど、絶対盗聴とかやってるよな……。

 

ま、俺は人格的には最高だからな。性格いいし、面倒見いいし、問題も起こさない優等生だからな。

 

かーっ! リアシュとかロア先輩とかカイト先輩は、典型的な劣等生だからなぁー! 優秀な俺への僻みが、ああいう言動を生んでるのかもしれないなぁー!

 

ふっ。そう考えれば、あいつらのなんと矮小でおかわいらしいことよ。

 

この世の全てが小さく見えるぜ……。

 

「またアルト君、ナルシストモードに入ってるよ」

「アルトちゃん、あーゆートコあるよねぇ」

「ていうカ、ボク達のこと憐れんでる視線だよネ。あれ」

「どうする? 処す? 先輩の物理的な威厳、発動しちゃう? みんなで先輩パンチしちゃう?」

「実際にやったらアルト君、『うわああ集団リンチだああ! 人気のない所につれてきたのは俺を殺すためだったのかあああ! こんなギルドに俺はいられない! 今度こそ辞めるぞおお!』って喚くと思うよ。やめとこ」

「うワ。容易に想像できちゃうネ」

『だははははっ!』

 

クッソむっっかつくわ。

 

油断してるし、剣の鞘でぶん殴ったろうかなぁ……。三人だったら、ギリギリ全員まとめていけるだろ。

 

「おい、お前ら。仲が良いのは結構だが、そろそろ行くぞ。できれば三日くらいで帰りたいだろ。地下があるかないかで攻略期間がかなり変わりそうだからな。今日中に魔王のいそうな位置は大体掴んでおきたい」

「おっけ~。ちなみに団長、今回調達してくれたの何~?」

「ああ。出発前に鹿の群れを見つけて、何匹か〆て箱に入れといた。喜べ、お前ら。今日はアルトがジビエ料理を作ってくれるぞ」

『やったー!』

「何か俺が素直に作る流れになってんの、やだなぁ」

 

まぁ作るんだけど。俺も久しぶりに鹿肉が食いたいし。

 

「あ、ちょっと待ってください、団長」

「ん? なんだ、アルト。今さら引き返すってのは認めんぞ。引きずってでも連れていくからな」

「流石の俺も、ここまで来たら覚悟くらい決めましたよ……渋々ですけど。そうじゃなくて、装備の最終確認をさせてください」

「ああ、分かった。じゃあ、終わったら言え」

 

俺は持ってきた装備を一つずつ確認していく。

 

今回の探索は、いつも以上に慎重に動く必要がある。何せ、情報がない。何が起こるか分からない以上、使えるものは全て使うつもりで準備してきた。

 

アサルトライフルの〝AMENNI〟に、サブとして単発威力に優れたリボルバーの〝C・K(チープ・キラー)〟。そして、お守り代わりの直剣が一本。

 

兵器が発展した現代において、剣というのは一見時代遅れに思えるだろう。だが、魔物の中には銃弾が効かず、斬撃しか有効な攻撃手段にならないものも少なくない。

 

次に、閃光弾が五つ、煙幕弾が四つ。自分の技術と力では有効なダメージを与えられない相手を想定して、C級爆弾のPARANも一つ持ってきた。これだけで十万ルネが飛ぶ。できることなら、最後まで使わずに済ませたい。

 

最後に遺具(アーティファクト)。〝炸裂する閃光〟に〝地獄長の血統書〟、〝幻影虚像(ファントムフェイク)〟と〝普遍への愛(ノーム・フィリア)〟。そして、〝万物の肯定者(ザ・マスター・オブ・キー)〟。

 

もう一つあるにはあるが、あれは保険の保険みたいなものだ。軽率な使い方はできないし、そもそも使うこと自体、あんまり想定していない。

 

まぁできる準備は全部してきた。あとは状況に応じて、持っているものを上手く使いながら攻略に挑むしかない。

 

本当なら聖水を一つくらい持ってきたかったところだが、PARANのせいで所持金が随分と持っていかれた。……この聖水一個の差で泣きを見るようなことがなければいいんだけどな~。

 

ま、なんとかなるだろう。

 

憂鬱だが、もうここまで来たんだ。やるしかない。

 

「団長、大丈夫です。確認終わりました」

「よし。じゃあ、お前ら行くぞ。気合い入れてけ。蘇生代が高くつくから、できるだけ死なないようにな」

『うぃ~す』

「おー」

 

なんて気の抜ける出発だ…

 

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