死亡エンドの弱小生徒たちを救うため、闇落ちさせて最強に育てたら教え子たちの愛が重すぎる 作:綿紙チル
クレアの周囲に黒い霧が渦巻いている。
「エラ! あれはマズい、逃げろ!」
「は、はい!」
一瞬のうちにクレアの部屋が黒い霧に包まれた。
エラは地中に潜って間一髪回避したようだ。
だが、アレンは避けることができずに、それを浴びてしまう。
「か、からだが……!」
体が言うことを聞かない。
まるで金縛りにあったときのように、動かそうとしても動かせない。
「先生! これが私の闇魔術! どうだい? あは、はははは!
「くっ、
アレンは自身の闇魔術で魂ごと肉体を変化させた。
椅子に縛られたままのクレアから距離を取る。
「先生に私の力が効かない……? だったら、レイン、スノー、ヘール……この男を捕らえてっ!」
部屋の中で確かに死んでいたメイドたちが動き始める。
首のないまま、こちらに目掛けて走ってくる。
「切断魔術《スラッシュ》!」
攻撃魔術でメイドの一人を狙った。
避ける素振りもなく簡単に命中するが、ダメージを受けても決して止まらない。
「
壊れたような笑顔を見せるクレア。
よほどメイドたちが大切だったのだろう。
それを殺したのは教師であるアレン。
保険はかけてあったが、残虐なことに違いは無い。
今はその保険が通じるかもよく分からないが。
(このまま捕まって、クレアの好きにさせたあげた方がいいんじゃないか)
気が済むまで自分をなぶって。
最後には殺されて、どこかに捨てられて。
それだけの復讐を受けても仕方ない。
アレンは抵抗するのを止めて、杖と剣を捨てた。
そして手を上げた。
メイドのうち二人に両手を拘束される。
「無抵抗!? 分かったよ! じゃあ遠慮なく、魂ごと私の力で染め上げてあげる……!」
クレアはメイドの一人に縄を斬らせて立ち上がっていた。
そのまま、アレンの魂に直に闇魔術を注ぎこもうと近づいてきた。
『せんせーは本当に優しいんだね?』
「モルガナ……」
クレアはその単語を聞いて立ち止まった。
なぜなら、アレンが自分ではない誰かを見ているからだ。
この危機的な状況で。
『先生は教え子を殺して、その大切な人を殺して……普通じゃいられないよね。いくらクレアを助けるためとはいえ。だから、少しだけ私も力を貸してあげる。せんせ、私の手を握って』
本来は握れないはずのモルガナの手を取る。
一度失ってしまった彼女にもう一度触れるのなら。
気づけばアレンはメイドたち二人を投げ飛ばし、モルガナに触れた。
『クレアのことも触って』
言われるがままに、クレアを抱きしめた。
別に抱きしめる必要性はなかったが、彼女が大人しくアレンに触られることをヨシとするわけがないからだ。
『
モルガナがアレンとクレアにある人たちの人生を見せる。
クレアに仕える三人のメイドたち。
これはクレアが死んだ後の話。
メイドという仕事を辞めて幸せな暮らし……にはならなかった。
全員が殺されている。
暗殺はクレアが死んでも続いたのだ。
「な、なにこれ!? なにこれ? う、嘘だ。私が死んだ後に彼女らが狙われる理由なんてない……なのに、なんで!」
クレアが見たメイドたちの人生を見て混乱している。
無理もない。彼女には想定しえなかった未来なのだから。
アレンはクレアに突き放された。
「せ、先生……こ、この光景は何なんだ! 答えろ! 答えないと……!」
クレアが再び黒い霧を纏わせる。
だが、アレンはもうモルガナの真意に気づいていた。
「これは……人生を見ることができるモルガナの闇魔術。そして、お前が戦場に行き、死んだ場合のメイドたちの末路だ」
「は、はあ!? モルガナちゃん? それに、メイドたちも、もう既に死んでるのに……! 殺したのはお前なのに! なにを!?」
クレアの言葉に吐きそうになる。
そうだ、確かに殺したのはアレンだ。だが――。
「いや、クレアの大切なメイドたちはまだ蘇生が叶う。事前に俺が、そう魂を改造していた」
「!? でも先生は殺すって! う、嘘をついたのか!」
アレンの魂に干渉する闇魔術は範囲で力を行使することができる。
だから殺す前にメイドたちの魂を変えていたのだ。
「そうだ。嘘をついた」
「な、なぜ――」
「お前を闇に落として強くして、死なせないために」
アレンの行動方針は変わらない。
生徒を二度と死なせない。それだけだった。
そんなアレンを見て、クレアは顔を歪ませた。
「……一歩間違えれば大惨事になっていた。そんなことも分からない先生じゃないはずだろうに、生き残らせるために闇落ちさせて、傷害もして……狂ってる」
「分かってる。でも、それでも、俺はクレアに生きていて欲しい……生きて、周りのみんなと幸せになって欲しい」
クレアは何故か、その言葉が胸に響いた。
親しい誰かが死ぬことは、とても辛いことなのだと体感して知ったからだろうか。
私が生き延びなくては、メイドたちが死ぬ未来が待っている。
それに、見せられた光景には自分が死んで泣くメイドたちの姿があったから。
争いの種にしかならない価値のない命だと思っていたけど、実際にはそうして誰かの大切な命になっていたことを理解してしまった。
「……アレン先生、私を生き残らせようとした責任を取ってもらおう」
クレアはさっきと打って変わって真剣そのものだった。
その表情にはどこか恥ずかしそうな顔の赤さもあって。
「俺にできることなら、なんでも」
「世界全部が敵になろうとも、私たちを守ってくれ」
「やれるだけ、やるさ」
アレンには、力が無いからこうして生徒たちを闇落ちさせているとは言えなかった。だから今も、もがくしかないことも。
「ふふっ、先生は素直だね。でも期待している」
クレアはアレンを細い目で見つめていた。
自分を助けることの本当の意義にこの人は気づいてないのではないか。
だけど、必ず有言実行してもらう。
守れるだけ守ってもらう。それが、私を生き残らせようとした責任だ。
◆ ◆ ◆
翌日、クレアが出兵する時間がやってきた。
電車によって十数名の生徒たちが戦場に送られる。
メイドたちが見送りするなか、アレンもその場にいた。
「クレア、必ず生きて帰ってくるんだぞ」
「大丈夫、死んでも先生が魂だけ蘇生してくれるんだろう?」
冗談めかしてクレアは言った。
因みにモルガナのこともアレンから告げられたので、そんなことも言える。
言ったら先生が曇った表情をしていた。
「……いいか、俺はついていけないけど、エラも密かに同行させる。何か危険があったら、彼女の力で逃げて帰ってくれ」
「別に一人でも問題ないって言ってるのに……過保護だ」
「それでも……心配なんだ」
アレン先生が泣きそうになっている。
昨日は悪魔の所業をしてみせたくせに……本当に生徒のことしか考えていない。
「じゃあ、暴れてくるよ……アレン先生」
「ああ、無理するなよ」
クレアはアレンの頬にキスをして、列車に乗り込んだ。
ちょっとだけ黒い魔力が籠っていて、互いに魂が揺さぶられる。
「先生、それじゃあ、私も行ってきます」
エラは抱き着いてきた。
ついでにすり抜けて内臓まで抱きしめようとするのは辞めて欲しい。
「エラも無理しないでくれ。能力的にクレアほどの心配はしてないが……」
「……そこは心配してくださいよ。でも信頼だと思っておきます」
「……必ず生きて帰って来い」
「もちろんです! では」
エラは電車をすり抜けて壁と壁の間に潜伏する。
「頼む……!」
普通の魔術師では闇魔術に覚醒した二人に叶うはずもない。
でも、最早信じていない神に祈ることしかできなかった。
◆ ◆ ◆
電車の中でクレアは外の景色を眺めていた。
街の外に出るのはかなり久しぶりだったからだ。
どうしても郊外では暗殺者に襲われやすいから、遠出はあまりしない。
「こ、こんにちわ」
だから興味深く外の世界を見ていたのだが、天井からぶら下がるように顔だけ出してきたエラと目が合った。
「やあ」
クレアはエラの能力を知っていたのでビックリはしなかった。
しかしお互いに二人きりで話したことはないので、そこだけは気まずい。
クレアは話し相手を求めてもいた。
「エラちゃんもアレン先生からの闇落ちレッスンを受けたのだろう? 君はどんな酷いことをされたんだい?」
「……! それはですね……」
エラは歓喜に身を震わせながら、あの拷問じみた出来事を語る。
「先生は、私を棺の中に閉じ込めました。私が閉所恐怖症であることを知っておきながらですよ……? でも、それは先生が私にこの世界の真実を教えて、強くしてくれるためだったんです! 家族に殺されかけたことも思い出させてくれましたし……ちゃんと私のことを見てくれた初めての人なんです」
心底嬉しそうに酷いことをされたことを語るエラ。
そんな彼女を見て若干怖いものをクレアは感じてしまう。
「そういうクレアさんは先生のことをどうお思いですか?」
「難しいことを聞くな……」
クレアにとってその質問へのしっかりとした答えを語ることは難易度が高い。
だってあの人は、私の大切な人たちを一度殺した。
その怒りは消えていない。だけど――。
「でも、まあ――信頼はしているよ。彼はエゴの塊のような人物だけど、誰よりも生徒の命を大切に思っている。この腐った学園で唯一と言っていい人物だよ」
エラは逆さまのままでつまらなそうな顔をした。
あからさまに期待していた回答ではないことを、顔が物語っている。
「そんなのは当たり前ですよ。そうじゃなくて、何か特別な感情はないんですか?」
特別……。
エラが言っている特別の意味が曖昧なのは分かっているが、それならある。
「彼には私を生かそうとした責任を取ってもらう」
「……それ、昨日も言ってましよね。プロポーズとかを期待してるわけではなさそうだし、どういう意味なんですか?」
先生すらも理解していないような気がする、昨日の顛末。
クレアはアレンを完全に許したわけじゃない。
ただ『やれるだけ、やる』と言ってくれた。
そして彼はそれを実行している。だから信頼ができる。
「アレン先生は、私の置かれた状況のマズさを知らないんだよ」
「……というと?」
「……おそらく私という王家の血を引く存在が、面倒ごとを引き起こすかもしれないと国の上層部、もしくは王家は考えている。日々の暗殺は一旦分けて考えるとして、今回、私が前線に送られるのは王国と軍が仕組んでいるはず。つまり、王国が本気で私を消そうとしている」
つまり国が本気でクレアの命を狙っている。
それに協力したのが軍であるわけで。
「つまり、私を助けるということは国自体を敵に回す可能性があるというわけだ。我武者羅過ぎて、アレン先生は気づいていないと思うがね。ただ彼はそれでも、私を守ろうと動いてくれるだろう。あれはそういう男だ」
そう語るとエラがパチパチパチと拍手をした。
「やっぱり先生は素晴らしいなあ! あの人に闇落ちさせられて良かった」
「……私も力を得られたことに感謝しておこう」
「素直じゃないですね~」
エラは楽しそうに笑っていた。
だからクレアも笑うことにした。
アレン先生が、何とか――何とかするために動いてくれる。
とにかく自分たちは戦場で生き残るのみ。
「明日は凄い日になりそうだ」
到着予定の戦場を思いながら、クレアは寝ることにした。
何も気負うことはない。
戦場には誰も大切な人はいない。
ただ、そこにいる命を弄べばいいだけなのだから。