死亡エンドの弱小生徒たちを救うため、闇落ちさせて最強に育てたら教え子たちの愛が重すぎる 作:綿紙チル
「な、なぜシンシアなんですか?」
アレンは校長に詰め寄っていた。
朝の会議で突然知らされて、驚きのままに声を上げてしまった。
他の連絡を邪魔したいわけではないが、それでも止められなかったのだ。
「本来なら後でお答えしようと思ったのですが、今、答えましょう」
校長はアレンの横に立って、杖で指さした。
「クレア・バートン。アレン先生の率いるクラスに在籍する少女が、戦場を掌握しました。彼女の闇魔術は、軍の報告によると他者をゾンビ化し操るという強大な力です。そして、それを発現させたのがここにいるアレン先生なのです」
校長が拍手をしたので、他の先生たちも同調するかように手を叩く。
しかし先生たちの視線は複雑だった。
喜んでいる人もいれば、恨んでいるような人も。
様々な感情を浴びせられながらも、アレンは困惑していた。
どうして自分がクレアを闇落ちさせたことを校長たちは把握しているのか。
「アレン先生の活躍によって本校は変わりました。生徒を死なせなくても良い学校に変わることができたのです!」
校長がここまで大きな声を出すのは初めて聞いた。
もしかして本気で喜んでいるのだろうか……?
「しかし、闇魔術の覚醒については分からない点も多い。なので、一部の生徒を使ってしっかりとカリキュラムを練りたいのです」
一部の生徒を使って――その表現には文句を言いたのは山々だが、それよりも。
「アレン先生にはアレン先生なりのやり方があったのだと思います。しかし、個々人の生徒に向き合って闇魔術を開花させる方法には教育として限度があります。なので普遍的に生徒たちを闇落ちさせたい――それが現在の本校の方針です」
言っていること自体は分かる。
校長の教育者としての論理があるのだろう。
だが、その方針は、つまり――。
「その第一の候補生がシンシア・クリフォードというわけですか?」
「そういうことになります。アレン先生のクラスから強い魔術師がまた生まれてしまうかもしれませんね――アレン先生も引き続き個人間での指導をお願いいたします」
アレンは反論しようとした。
そんな生徒の意思を鑑みないで人を精神的に痛めつけようなんて――!
だが、アレンには、自分にだけはその言葉は言えない。
エラもクレアも、本人の意思に関係なく精神的、肉体的に痛めつけた。
そんな自分に何か言える権利など……。
「わかり、ました……」
アレンはただ返事をするしかなかった。
◆ ◆ ◆
その日、登校していたシンシアは他の教員たちに捕まっていた。
「わ、私が闇魔術の訓練……? い、いや! いやです! そんな苦しい思いしたくないです! 先生、みんな、助けて!」
生徒たちは目を逸らすことしかできない。
シンシアと特に仲の良いシャーロットですら、何も言えない。
ただ、シャーロットはアレンのズボンを掴んできた。
暗に助けて欲しいと頼まれている。
だけどアレンは動けない。
悔しいが学校の意向に逆らえばクビになるかもしれないし、やはり自分が何かを言える資格などあるはずない。
「……ッツ、ごめん」
その言葉にシンシアは諦めたのか、教員たちによって連行されていった。
クラスメイトの多くは次は自分かもしれないという恐怖を抱いているのだろう。
だが、ある少女は自分のことなどどうでも良かった。
「先生……どうしてシンシアを助けてくれなかったんですか?」
そうアレンに問い詰めてきたのはシャーロットだった。
その眼には疑心を抱いているのか、鋭い。
「それは……俺には資格がないと思ったからです」
「やっぱり……! 先生がこの学院を変えたんですね。闇魔術なんて危険なものを推進して……エラやクレアが変わったのも先生のせいなのは、何となく分かっているんです。先生が出世のために、生徒を利用するとは思いませんでした。残念です」
シャーロットはアレンに背を向けた。
そのやり取りを見ていたクラスメイト達はざわついている。
ただ、アレンにはそれを止める術を持たない。
事実としてアレンのせいで、学校は変わってしまった。
生徒たちはここが、学生兵として子どもたちを爆弾にする学院だとは知らない。アレンはせめて自分の教え子だけは生き残って欲しいと願って動いた結果だったのに。
「今日の授業は――」
「先生の授業なんて、もう聞きたくないです」
シャーロットの言葉を皮切りに、生徒たちがボイコットを始めた。
これではまともにクラス運営をしていくことができない。
こういった形で生徒から嫌われるのは、中々に堪えることだった。
◆ ◆ ◆
『せ~んせ、浮かない顔してるね』
一人で生徒たちが入れない屋上で黄昏ているとモルガナが話しかけてきた。
「俺は生徒たちを闇落ちさせることで助けられると思ってやってきた。それなのに、こんなことになるなんて……俺は、クソっ!」
上手く言葉にできなかった。
自分が間違っていることなんて当たり前で。
ただそれでも、学院側が狂っているように思えてしまって。
だからアレンは未来を知る彼女に縋ってしまう。
「モルガナ……この先の未来、何が起こる? 俺はどうしたらいい?」
そう問われた少女はニヤリと笑った。
『未来、教えてあげよっか?』
「ああ、教えてくれ……俺は一体どうしたら……」
モルガナは頬をニンマリとさせて笑っていた。
『先生が、この世界を壊しちゃえば良いんだよ。アレン先生がこの世界を作り変えて新たな秩序になる。ねっ、簡単でしょ?』
真剣というか、実行に疑いを持っていないように感じた。
そんな余裕が彼女からは感じられるのだ。だけど――。
「そんなことできるわけが……!」
『できるよ。先生なら――いや、先生と教え子たちなら』
モルガナは目を逸らさない。
その光すらも吸い込みそうな闇のある瞳から目を離せない。
『アレン先生の魂をいじる力、対人戦なら無敵だろうね。エラのすり抜ける力、対人戦でも攻略は難しいけど神髄は情報収集、彼女に暴けないことはない。クレアの生物をゾンビ化させて意のままに操る力。どんな組織も乗っ取れる』
少女はアレンと生徒たちが持っている力を客観的に語る。
それだけ聞いていれば何でもできそうに思えるのは確かだが。
「それで、この世界を壊せると? この歪な世界を?」
ただ客観的な物差しと現実的な物差しは違う。
アレンにはそんな大それたことをできる自信はない。
『まだ無理だね。ピースは揃いきってないよ?』
「じゃあ……結局俺はどうしたらいいんだ」
アレンは答えだけを求めていた。
できないことを言われても、悔しさしか残らない。
『それはいつも伝えてるよ、先生。先生は思うとおりに動けばいいんだって。シンシアを闇落ちから助けたいと思えば、助けていいんだよ』
モルガナは優しく微笑んでいた。
でもやっぱり、アレンは動けそうになかった。
「今まで散々生徒たちを闇に落として来た俺が、シンシアを助けることなんて……学校側も、俺も同じ穴の貉だ。それなのに、どんな顔をして助けにいけばいいんだ……!」
やっていることは変わらない。
痛めつけて強制的に闇魔術に覚醒させる。
そこに生徒たちの意思なんてなかった。
『先生は矛盾を感じちゃうんだね。今更闇落ちから助けるなんて――って。でも、そもそも先生の行動に整合性はないよ? 生徒たちに傷ついて欲しくない、死んでほしくない。なのに、していることは死ぬより苦しいかもしれない闇落ち。だからさ、今更なんだよ? せんせい』
モルガナはずっと微笑み続けていた。
アレンも確かに彼女の言うとおりだと思ってしまった。
助けたいのに、傷つける。
どうしてアレンはシンシアを助けたいのか、その理由は分かっていない。
学校側が自分より過激なことをするかもしれないから? トラウマを刺激したり、大切な人を目の前で殺したり酷いことはやっているのに。
ただ嫌な予感がする。
それだけしか、アレンには無かった。
だけど、それで十分なのだろう。
「……そうだね。俺は生徒に死んでほしくない。本音を言えば助けたい、だから、できることをやろうと思う」
『それでこそ、アレン先生だね』
モルガナは満足そうにニンマリとした笑みを浮かべていた。
彼女にはいつも支えられっぱなしだ。
でも聖女なんかじゃない。
恐らく別の目的がある。
人生視で見た未来へ向けて、自分に動いて欲しいのだろう。
それを分かった上で、俺は動く。
「エラ。どうせ床に潜って話を盗み聞きしてるんだろう?」
「……バレてました?」
屋上の床からヌルッとエラが這い出てきた。
特に悪びれることもなく、にへらとした笑みを浮かべている。
「いや、バレてない。というか気づけない、ただの勘だ」
「これは先生の愛の力ですね!」
エラはアレンの話など聞いているようには見えなかった。
勝手に興奮しないで欲しい。
「エラ、話を聞いていたなら分かると思うけど……俺はシンシアを助けたい! 協力して欲しいんだ……勝手な頼みなのは重々承知だが、それでも、頼む」
アレンはエラに頭を下げた。
エラはアレンによる闇落ち教育、第一の教え子にして被害者。
自分には散々酷いことをしたのに他の生徒は助けるのか? と言われてもおかしくない。
そんなエラは真下からアレンを覗き返していた。
真っすぐで歪んだ瞳が見つめてくる。
「先生の頼みなら何でも聞きますよ。当たり前じゃないですか? 先生だけは私に愛の鞭を浴びせてくださった。まあ、クレアさんにもやりましたけど……誰かを闇落ちさせるのが減れば減るほど、私は先生の特別になれるんです。嬉しいですよ……」
エラはそのままの勢いで下から抱き着いてきた。
耳元で彼女はアレンに囁く。
「それにモルガナさんの言うことにも興味があります。アレン先生が作る新たな世界の秩序……私もそこに行きたくなりました」
「流石にそれは無理があるよ」
「大丈夫です。私がしっかりと支えますので」
エラはスッとアレンから離れた。
それでも尚、彼女から漏れ出した黒い魔力がアレンに纏わりついていた。
「……クレアさんも出てきてください。ゾンビ化させたネズミで情報収集しているのは私、気づいていますから」
エラが後ろを振り返って、屋上のドアを開ける。
そこにはクレアが気まずそうな顔で立っていた。
「い、いやね? 盗み聞きなんて行儀の悪いことしたかったわけじゃないんだ。ただアレン先生のことが心配でね……。シンシアのことで思い詰めているようだったし」
クレアは髪を手でクルクルと巻いていた。
よほど落ち着かないようだ。
「クレアにも本当に悪いことをした。その上で――」
アレンは再び頭を下げようとした。だが。
「待つんだ!」
クレアの張りのある声が屋上に響いて、思わず止まってしまう。
「アレン先生。謝るのはよしてくれ。私は、先生に責任を取ってもらえればそれでいい。私を守るために全力を尽くしてくれれば、それでいいんだ。だから、持ちつ持たれつの関係で行こうじゃないか」
クレアの芯は固かった。
単純だけど重たい責任。生徒であるクレアを守り切る。彼女が求めているのは、たったそれだけなのだ。
「ありがとう……」
「なに、どうってことはないよ。私にも楽しみができたし……それじゃあ、先生とシンシアのために動こうか。彼女も大切なクラスメイトだ」
クレアが背を向けた。
エラは床に潜った。
「二人ともまずはシンシアの場所を突き止めたい。頼む」
「分かりました」「了解だ」
生徒を助けるために、アレンとその教え子たちは動き始めた。