死亡エンドの弱小生徒たちを救うため、闇落ちさせて最強に育てたら教え子たちの愛が重すぎる 作:綿紙チル
王立第十魔術学院。
ここはブレイブ王国にある十の王立魔術学園のうちの一つ。
訳アリな子どもや、最も魔術の素養が低い子どもたちが通う学校だった。
アレンはいつも通りドアを開けて教室に入った。
もう登校時間は過ぎており、皆自席に座っている。
だが一人の席だけ欠けている。
「みなさん、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
アレンの挨拶に元気よく返事をしてくれる。
このクラスは問題を抱えた生徒も多かったが、半年間一緒に過ごす中でそれなりにまとまるようになってきていた。
「……今日は皆さんにお伝えしなくてはいけないことがあります」
そんな元気な生徒たちに、言わなくてはいけないこと。
もう二度とその言葉を口しないと誓いながら、アレンはできるだけ無感情を装って告げた。
「モルガナ・ホープさんが亡くなりました」
殆どの生徒たちは驚いて言葉も出ないようだった。
一方でその事実を受け止めているような子、興味なさげにしているような子もいた。逆に感情が入りすぎて泣いているような子も。
「な、な、亡くなったってどういうことですか!?」
震える声で聴いてきたのはシャーロット・ポール。
死んだモルガナに次ぐ、クラスを引っ張って来た女子。
「言葉の通りです。モルガナ・ホープさんは戦場で亡くなりました」
「そ、そんな……だってまだ一週間しか経ってないのに」
シャーロットの反応はアレンが初めてモルガナの死を告げられたときと似ていた。
自分もそうだったが、納得がいかないのは分かるつもりだ。
でも事実を話して生徒たちを混乱させるわけにはいかない。
「はい、そうです。それだけ戦場は厳しい場所ということです」
「……ッツ、わ、わかりました」
シャーロットは納得していないようだったが、食い下がらない。
これ以上ここで詰めてもしょうがないのは、アレンの様子を見て分かったからだろう。
「それでは、戦死者に祈りを」
皆が各々に目を閉じて祈っている。
関りがあった者も、無かった者も。
一方で祈られてる本人は。
『ごめんね先生。辛い思いさせちゃって……でも、しょうがないよね。ここはそういう学院なんだから』
モルガナ・ホープの魂は未だアレンに付き添っている。
『次に死ぬクラスメイトが現れないようにしなきゃね』
「……わかってる」
アレンは誰にも気づかれないような小さな声で返事をした。
本当は今でも辛くてしょうがないが、泣くわけにはいかない。
自分のせいで死んだも同然な生徒の前で、被害者のような態度は取れない。
「皆さん、目を開けてください。これより授業を始めます」
一人生徒がいなくなった教室で、今日も授業が始まる。
◆ ◆ ◆
授業が終わった放課後、一部の生徒たちが集まっていた。
「先生、大丈夫なのかな……」
真っ先に口を開いたのはシャーロット・ポール。
そこに集まった生徒たちも皆、担任であるアレンのことが気になっていた。
「そ、そうだよね。魔力強化の授業、先生は頑張れば頑張るほど褒めてくれるのに、今日は全然……モルガナさんのことだって」
シャーロットに続いて同意したのはシンシア・クリフォード。
シンシアがモルガナのことを口にしたことで、一気に重たい空気になる。
生徒たちは休み時間でも、昼休憩の時間でも死んだ彼女のことを話題に出す人はいなかった。
「そうね、成績優秀だったモルガナがたった一週間で……」
シャーロットだけがその話題に乗ったが、みんなは重い顔をしている。
生徒たちが思っていることはほとんど共通だ。
クラスメイトがあっけなく死んでしまった。
悲しいのは当たり前で、でも全然実感が無くて。
次は自分が戦地に送られるかもしれないと思うと、悲しんでいるだけではいらない。そんな恐怖もあって。
「モルガナちゃんのことに関しては不思議なこともあったね」
重い空気の中でフラッとやって来たのはクレア・バートン。
彼女だけはほぼ唯一と言ってほど、モルガナの死に動じていない。
気になることだけを共有したくて、みんなの輪に加わったのだ。
「シャーロットちゃん、あの後先生のところにモルガナちゃんのことを聞きに行ったんだろう?」
「う、うん。まあ」
「それで、何か彼女の死について詳しいことは聞けたのかい?」
クレアの気になっていることはモルガナの死因だった。
いずれ自分が戦地に送られることもあるかもしれない。戦地がどういう場所で、モルガナがどう死んだのかは聞いておきたいところではあったからだ。
「それが……先生は『答えることは何もありません』って言って、何も」
「そうか……その感じだとアレン先生は何かを知っていそうだね。そして、それを私たちに隠している。珍しいね」
「確かに先生っぽくはないね……」
シャーロットもそれは分かっていた。
ただそれは……。
「先生もきっと悲しんでるんだよ。教えて欲しいと言われても、口にできないくらいに……」
「そうだね」
「頷ける」
シンシアもクレアも同意した。
第十魔法学院は底辺の魔術師が通う学校。
誰にも期待されていなかったり、特殊な事情がある生徒たちが通う。
ここの先生たちは適当だけど、アレンだけは違う。
生徒に向き合って、能力向上のために頑張ってくれている。それは分かる。
(バカみたい……)
一方でそんなやり取りを遠くの席から見ていたエラ・ハリソンは、教室の中央に集まる生徒たちを見てため息をついていた。
世の中には家族が苦しもうが死にかけようがどうでもいいと思う輩がいるのを知っている。アレン先生もその類だっただけだろう。業務的に好印象に振る舞っているだけ、それだけのはず。
(帰ろうかな……)
授業終わりの放課後。
普段なら学校で多少時間を潰すのだが、重たい雰囲気の中にいるのはしんどいものがある。どちらかといえば、悲しまなくてならないという空気を読むことが。
だが、今話題になっていた人物――アレン・トンプソンが教室にやってきた。
そしてエラの机の前までやってきた。
「エラ・ハリソンさん。あなたに俺からの特別講義を受けてもらいます」
アレンは笑っていたが、顔の表情はまるで生気が無かった。
「私、今から帰るんですけど……」
「ダメです。ついて来てください」
エラはアレンに対して恐怖のような感情を抱いていた。
まるで生気がないのに、張り付けたような笑顔も理由の一つ。
もう一つは、優しくて生徒に真摯だと評判の教師が、理由も話さず自分を連れて行こうとしている。
エラの足がまるで固められたかのように動かない。
そんな彼女の腕をアレンが引っ張る。
「早く立ってください」
「……分かりました。行きます」
断れるような雰囲気じゃないのは、人付き合いが得意ではないエラでも分かる。
有無を言わせない迫力があった。
エラにはついていくしか選択肢が無かった。
「行っちゃった……」
半ば強制的にエラが連れて行かれたのを教室にいた生徒たちは見ていた。
他の教師たちならやりそうだが、アレンがそうした振る舞いをすることに驚いた。
「うむ。やはりアレン先生は何かおかしいな」
「そうだよね? 先生は熱心な人だけど、自分から生徒に無理やり補習をやらせるとこなんて見たことないよ」
クレアの言葉にシャーロットが同意する。
他の生徒たちも首を傾げている。
「や、やっぱり先生はモルガナが死んじゃったせいで……」
それ以上をシンシアは口にしなかった。
先生が悲しみで狂ってしまったのではないかと。
「モルガナはアレン先生の一番の教え子って感じだったよね……」
シャーロットはボソッと口にする。
ここにいる誰もが知っている。
モルガナという生徒とアレンという教師の関係を。
「彼女は放課後になるといつも職員室に向かって行ってたね。それで、いつもアレン先生が魔術の練習や勉強に付き合っていた……ほんの一週間前まで」
クレアは記憶を辿るまでもなく、そのときのことを思い出していた。
勿論、彼らに混ざるときはたくさんあった。
でも毎日、魔術に向き合っていたのはモルガナだけ。それに付き合っていたのはアレンであり、まさしく一番の教え子という表現が似合っている。
「なんか実感ないけど……ほんとにモルガナが死んじゃったんだね」
「…………だね」
シャーロットは自分の目元が熱くなっていることに気づいた。
隣に座っているシンシアは俯いてしまっている。
「……うーん」
一方で反対側に座るクレアは頬を掻いていた。
悲しいことは分かるが、気分が沈むほどではなかったからだ。
(そういえばアレン先生は落ち込んでいる感じじゃなかったな。彼は一体何を知って、何をしようとしているのだろう……?)
自分があまり悲しんでいないことがバレないように、クレアも視線を落とした。
◆ ◆ ◆
「せ、先生、どこまで行くんですか?」
「空き教室です。エラさんと二人っきりでお話したいことがあるので」
エラは委縮していた。
まだ嫌がらせをされるとか、告白されるとかの方がマシまであった。
何を考えてるのか分からないということが、ここまで怖いなんて。
「さて、この教室で良いでしょうか?」
その質問はエラに向けて言われているような気がしたが、目が合わない。
明らかに視線が高い。
「大丈夫そうですね。では」
アレン先生と一緒に空き教室に入る。
積んであった椅子を二つ持って来て、座れるようにしてくれた。
「どうぞ座ってください」
「……はい」
エラは言われた通りに椅子に座る。
アレンも対面に座った。
「まずはあなたをどうしてお呼びしたのか、説明します」
「……お願いします」
やっと未知の怖さから解放される。
なんだかんだ優しいと言われるアレン先生だ、やはり何かしら事情があるはず。
「その前に……
「ひっ……!」
アレンが何かしらの魔法を使った。
彼が魔力を解放した途端、あまりのおぞましさに声が漏れてしまった。
魔術についてあまり詳しくないエラだが、その異質さは分かってしまったからだ。
「今、エラさんの魂を変えました」
「魂を変える……? な、なにを私にかけたんですか?」
アレンはちょっとだけ申し訳なさそうにした。
今日は別人のような戦士しか見なかったが、その表情だけはかつての面影があった。
「これは闇魔術と言います……既存の魔術とは違った埒外のことができる力です」
「闇魔術……? まさか、先生!?」
エラは魔術史に詳しいわけではない。
だけど、この世界で一人前の魔法使いを目指すための基本知識として、知っていることがある。
「もしかして、モルガナさんの死で闇に落ちたんですか……?」
「正解です」
闇魔術を使う……というか使えるようになるには強い精神的なショックが必要だとされている。ただ使えるようになったとして――。
「闇魔術は使うと暴走するって……」
「そう言われてますね。実際、今の俺は暴走しているようなものです」
「……!? い、一体私になんの魔術をかけたんですか?」
純粋な恐怖が再びエラを襲った。
おぞましい魔力だと感じたのは間違いではなかった。
そんな闇に落ちてしまった先生が、自分に何をしたのか。
「安心してください。命に別状があるものではないです……ただ、これから話すことを他言しないように魂の形を変えただけです」
「……それだけのために闇魔術を?」
「はい、大事にするわけにはいきませんので」
エラは何となく先生を信じることにした。
理由があるわけではない、ただ魂がそう言っているような……謎の実感があった。
「……それで、私を呼び出した理由は何なんですか?」
「色々と説明しないといけないことはありますが……最終的に闇魔術を使えるようになっていただきます」
目の前の教師が淡々と語った目的にエラは息を呑んだ。