死亡エンドの弱小生徒たちを救うため、闇落ちさせて最強に育てたら教え子たちの愛が重すぎる 作:綿紙チル
翌日、シャーロットを連れてきたのはアレンの家だった。
モルガナの闇魔術でシャーロットの過去については分析が済んでいる。
彼女に闇落ちを嫌だと言わせるには、格好の相手が存在している。
シャーロットはベッドの上に座っていたどこか見覚えのある少女に息を呑んだ。
「も、もしかして……シンシア?」
「う、うん。そう、だよ。何日かぶりだね、シャーロット?」
シャーロットは変わり果てた友人を見て心が締め付けられていた。
顔には包帯が巻かれており、その怪我の程度は分からない。
ただ少しだけ見える皮膚に火傷の跡が見えて痛々しい。
「……先生、どうして治癒魔術をかけてあげないんですか?」
「火傷が深すぎて直しきれないんだ」
シンシアが闇落ちさせられた際に負った拷問の跡なのだろう。
これから自分も似たようなことをされる……。
「分かったかシャーロット……これが闇落ちの悲惨さだ。だから――」
アレンはシャーロットに優しく諭す。
帰って欲しいと願いながら。
「猶更、帰るわけにはいかなくなりました。もう二度とシンシアをこんな目に合わせないためにも、私は力が欲しい」
シャーロットの目は真っすぐだった。
惨劇からも目を逸らさない……心の強さ。
クレアとも違う、闇に立ち向かえる者。
だけどアレンは、もう生徒を苦しめるような真似はしたくなかった。
特に肉体的に何かするのは、シンシアの拷問跡を見て拒否感がある。
だから、シャーロットには闇落ちを諦めてもらう。
そういうことをさせようと考えていた。
逃げる選択肢を自然に選ばせるような。
「……じゃあ、これからシャーロットを闇落ちさせる」
「は、はい。何でもしてください……耐えきってみせます」
シンシアの姿を見たからだろう、シャーロットは筋肉を強張らせている。
「あなたにはシンシアを殺してもらいます」
シャーロットの表情が固まる。
優しい少女は今日この場で初めて分かりやすい焦りを見せた。
自分が苛め抜かれると思っていたのに、なんでシンシアを?
「厳密にはこの剣で首を落としてもらいます」
口が動かせなくなっているところに先生は構わず説明を続けていく。
無視というか、決まっていることを淡々と述べるような。
「勿論、嫌だったら帰ってくれて構いません。というか帰ってください。それでは」
「ま、待って!」
先生は立ち止まることなく自宅から出て行った。
だけどこのまま追いかければ力を手に入れられない。
どうしたらいいのか……。
思わずシャーロットはシンシアに聞いてしまう。
「シンシアは、これからどうするのか、どうされるのか知ってるの?」
「し、知ってるよ……? シャーロットが私を殺すんだよね? そのことについては、先生と昨日打合せしたから」
シャーロットはまた分からなくなってきていた。
前まで接していたシンシアなら自分の命をこんな簡単に投げ打つような真似はしないと確かに言えるのだ。
「……シンシアは死ぬのが怖くないの?」
「全然。だって、痛いのは一瞬でしょ? わ、わたしはシャーロットが一撃で首を落としてくれると信じてるから」
シャーロットは顔を歪めた。
確かにいざ実行するとなれば、シンシアを出来るだけ苦しめないようにする。
けど、そんなときは来ない。来ちゃいけない。
「……こ、この体かなりしんどくて、だからシャーロットに、終わらせて欲しい」
「それは、介錯をお願いするってこと? 生きてればいいことあるよ!」
一瞬だがシンシアが黒い魔力を漏らした気がした。
その魔力には怒りが籠っているような……。
「……シャーロットは、いいよね? だって目が見えない世界を知らないもんね?」
「……! シンシアは目を拷問で?」
聞き返してしまった。
目元まで包帯でぐるぐる巻きなんて理由、考えるまでも無かったのに。
「……ほ、ほんとに、シャーロットが羨ましいよ。だってあの眼を焼かれる痛みとか顔を焼かれて気道まで押し寄せてくる熱さとか、し、知らないもんね?」
シャーロットは何も言えなくなっていた。
アレン先生から、シンシアが拷問を受けたことまでは聞いている。
だけど、そんな悲惨なことをされているなんて考えていなかった。いや、考えないようにしていただけかもしれない。
「う、羨ましい! のうのうと生きているだけのシャーロットが! わ、わたしだって、あそこで選ばれなければ、こんなことにはならなかったのに……! シャーロットも同じ目にあってよ!
部屋に気配もなく化物たちが召喚された。
口しかない二頭身の見たことがあったやつらが、シャーロットを四方八方から拘束した。
「な、なに、こいつら……?」
「闇落ちさせられたわたしが得た力。こ、これで、シャーロットにも同じ思いをしてもらう! ほら、どんどん顔にジョンの歯がめり込んで……!」
今の状況はアレンも見ていた。
シンシアと魂をつないでおり、監視はしている。
やりすぎだと止めようと思った。
だが、シャーロットは涙を流しながら微笑んでいた。
「いいよ、シンシア。シンシアの気が済むなら、いくらでも私を痛めつけていい」
そう顔をかじられかけながらも穏やかに言う。
「なんで、なんでそんなに真っすぐなの!? 怖くないの!? 痛い思いをするんだよ……! そんなに痛い思いしたいなら、さ、させてあげる!」
シンシアは包帯の下で顔を歪ませていた。
表情は誰にも分からないが、声の悲壮さにシャーロットは更に優しく微笑んだ。
「それでシンシアが、楽になるなら構わないよ……」
「く、くそおおおおおおお! ジョン!」
シンシアはジョンに命じて少しだけシャーロットの顔を噛ませた。
斜めに歯がめり込んだ顔からは血が流れ出している。
「わ、わかった? 痛いの!? 闇落ちなんて最悪最低なの! 分かったら――」
「うん、分かった。シンシアの痛みは分かったよ」
シャーロットは全くと言って動じていない。
血をダラダラと流しながらも、シンシアを心配するように見つめている。
「ど、どうして……どうしてシャーロットはそこまで強くいられるの?」
シンシアは自分の愚かさを突きつけられているような気分になった。
暴力に訴えればシャーロットも、恐怖と痛みに怯え泣き叫ぶはずだと。
「シンシアの友達だから……!」
揺るぎない意思、友人のためなら傷つくことを厭わない強さが彼女にはあった。
「――ッツ! シャーロット……!」
シンシアは胸の奥から熱い感情があふれ出してきて涙が止まらない。
「本当にごめん……シンシア、助けに行けなくて、ごめん」
「……わ、わたしも酷いことしてごめんなさい」
シャーロットはシンシアを抱きしめて背中をさすった。
その温かさにシンシアは顔を埋めていた。
「先生……どこかで聞いているのでしょう? 私は、シンシアを、誰かを守れる力が欲しい。だから、ちゃんと私に、闇魔術を習得させてください」
シンシアを抱きしめながら、力を請うてくるシャーロット。
アレンは確かにシンシアと魂を繋げてあるので、全部見ている。
『せんせ、凄いね。シャーロットは本気の本気だ』
モルガナも少しだけビックリしている。
それだけシャーロットの覚悟には凄まじさを感じる。
アレンは悩んでいた。
シャーロットは力を望んでいる。
エラやクレアに闇魔術を開花させたときは、それしか生徒たちを守る手段が無いと考えていたからで――。
そうしなくてもいい現状はある。
だけど、自分は知っている。
この世界が狂っていて、弱肉強食であることを。
生き残るためには、何かを変えるためには、力が必要であることを。
アレンは近くのカフェから走って家に戻って来た。
「せ、先生……?」
いきなり帰って来たアレンにシャーロットは驚いていた。
だがすぐに凛とした表情になった。
「先生……私に力を、闇魔術を習得させてください!」
決して逸らすことのない覚悟の籠った目。
まさか、ここまで芯が強い子だなんて思っていなかった。
「……わかった。シャーロット、あなたを今から闇落ちさせる」
反面教師という言葉がある。
他人の悪い言動を見て、己はこうはならないと教訓にするやり方。
思えば、エラやクレアを闇落ちさせる際には悪く思われる覚悟があった。
悪人教師とでも言った方が適当かもしれないが。
だから、シャーロットを闇落ちさせるために再び心に鉄仮面をかぶる。
「シャーロット、こっちに来てくれ」
「は、はい! 分かりました」
寄って来たシャーロットに触れ闇魔術
「シャーロット、お前にやってもらうことは変わらない。これから……シンシアの首を落としてもらう」
シャーロットは目を見開いた。
そんなに驚くようなことではないと思ったが。
「そ、それって私に諦めてもらうための方便じゃなかったんですか?」
「違う。お前が闇落ちするために必要なことだと思ったからだ」
アレンはモルガナの闇魔術でシャーロットの過去を知っている。
「シャーロット、お前はシンシアと仲が良いな。親友、いや家族同然に彼女のことを愛している。違うか?」
「ち、違くありません。か、からだが勝手に!?」
シャーロットは床に立てかけてあった剣を取っていた。
勿論、アレンが彼女を操っている。
「お前は上級貴族の末娘として生まれた。魔術師を志すが、決定的に魔術の才能がなかった。でも周りはおだてて来た。強い正義感を両親から受け継いだお前は、その嘘でも褒めてくるような周囲と折り合いがつかなくていつも孤独だった」
「な、なんで先生がそのことを……? ていうか、と、止めてください。体が勝手に動くんです」
シャーロットは剣を持ってじりじりとシンシアに近づいて行っている。
踏ん張ろうとするが、その足も言うことを聞かない。
「だけどこの学院は皆魔術が下手くそだ。そんな等身大でいられる環境で出会ったのがシンシアだった。いつも彼女を助けるうちに、仲良くなっていった。気づけば、実家の人間たちよりも本音で話せるような関係になった」
「せ、先生、助けて! 体が勝手に! このままだとシンシアを――!」
シャーロットはもはやアレンの話を聞いていなかった。
何となく魂が、シンシアを斬ろうとしている。それが分かるのだ。
「シャーロット。そもそも俺がお前を操ってるんだから、聞くわけないだろ? さあ、早くシンシアを斬るんだ」
「い、イヤ! わ、私はシンシアを守りたいのに……! 殺したくなんてない! そのために闇魔術を習得するのに! ま、待ってください! シンシ――」
何を叫ぼうがもう遅い。
次の瞬間にはシンシアの首が飛んでいた。
「うわああああああああああああああ!!」
シャーロットは剣を捨てて、その場で泣いた。
彼女の発狂は短かった。
すぐに立ち上がって、アレンの襟を掴んだ。
「せ、先生……なんで、なんでこんなことをさせたんですか!? わた、私がシンシアを守りたいって知っておきながら、なんで!」
それでもシャーロットは怒りに身を任せて攻撃してきたり、我を失ったりすることは無かった。高潔なまま、そんな風に見えた。
アレンは嘘を言わずに真実を話すことにした。
「シンシアの傷は治癒魔術では治らない怪我だ。あのままでは目も見えず、顔も火傷だらけで……苦しむのは見えていた。だから――」
シャーロットはより強く襟を掴んだ。
非力な少女とは思えないほど、首が強く引き寄せられる。
「だから!? だからって殺したんですか!」
「話を最後まで聞け。俺の闇魔術は魂に干渉することができる。だから一時的に肉体を不死にして、完璧な状態で復活させる。そのために一度殺した」
シャーロットはその事実を聞いて、首から手を離した。
だけど睨むことは止めていない。
「で、でも一度でも殺すなんて……」
シャーロットには迷いが生じていた。
じゃあ、助けるために殺すのが正しいのか。
これで良かったのか……と。
「そうだ、シャーロット、お前が正しい。殺すなんて間違ってる。そうしなくて良いなら、傷つけずに助けられる力があれば……シンシアはこんな目に合っていない」
アレンは更に畳み掛けるように言葉を、気持ちを重ねていく。
「モルガナ……シャーロットにシンシアが拷問されているときの記憶を見せてやってくれ。いけるな」
『りょーかい! 先生も見る?』
「ああ、もちろんだ」
シャーロットはいきなり空中と喋り出したアレンに驚く余裕はなかった。
それよりもいきなり視界が塗りつぶされて、シンシアの拷問されている時を傍から見る形となっている。
目に油を注がれて顔を焼かれるシンシア。
耳の中を風魔術で破壊されるシンシア。
足の爪を剥がされるシンシア。
見ていられない。
助けたいのに助けられない。
そして、急に闇魔術に覚醒して街の人々を襲い始めたシンシアの魔獣たち。
そこで世界は暗転した。
「先生、これはな、何なんですか……? シンシアが助けてって、私に、助けてって言ってるのに、何も、何もできない……!」
シャーロットの目から涙が止まらなかった。
どうして泣いているのか、色々な気持ちが混じっていて分からない。
「これはシンシアの身に起った真実。ある人物の力を借りて、彼女の人生を覗き見た」
モルガナのことは一度隠すことにした。
ここで話をややこしくする必要性はない。
「どうしてお前がシンシアを助けられなかったのか、教えてやろうか」
救いを求めるような顔で見つめている少女を突き放す。
アレンは心の底まで冷たくなるような声でシャーロットに語る。
「シャーロット、お前が弱い。弱すぎるからだ。この世界は弱肉強食。強いものが弱いものを虐げる世界。お前がもっと強くてシンシアを守れるような立場だったら、あんなことは起きなかった。お前が優れていてシンシアの監禁場所を見つけれるような力があれば、助けられていたかもしれない。お前に埒外の治癒魔術が使えれば、シンシアの傷を治せていた」
アレンは理想論だけを語る。
でも、それは紛れもなくあり得たかもしれない未来だ。
「だから、お前が全て悪い。何もできなった自分の弱さを呪え」
シャーロットはアレンの言葉を飲み込んだ。
彼の言っていることが極論だとかはどうでもいい。
ただ、自分に力があれば――シンシアを守れた。助けられた。
それは紛れもない真実だった。
だから言われた通りに自分の弱さを呪った。
私は弱い。
私が弱いから、シンシアを守れなかった。
全部、全部、こうなったのは私のせい。
先生なんて頼らずに、自分だけ解決できる力がなかった私が悪い。
この世は弱肉強食なんだから――!
「だったら、全部否定してやる! こんな弱い私なんて要らない! もっと、もっと、もっと、不幸なんて起こさないために、私は――!」
こんな自分なんて必要ない。
そんな強い自己否定が、闇魔術を生む。
「
シャーロットは自分の胸に剣を突き刺した。
そして、命が絶えると共に姿が消えた。
そこにいたのは今までの少女とは違う少女。
真っ黒で圧倒的な魔力を纏って、生物としてより強く生まれ変わった。
アレンは口を挟まない。
そのままシャーロットの動きを見守ることにした。
「シンシア、今助けるから。治癒魔術《ヒール》」
シャーロットは普通の治癒魔術をシンシアにかける。
普通なら首を落とされた状態での蘇生など叶わない。
だが、シンシアは元通りに戻ってしまった。
顔にやけどもなく、皮膚の癒着もない元の可愛らしい少女に。
「あれ、目が開く……! しゃ、シャーロット!」
気がついたシンシアはシャーロットを抱きしめていた。
シャーロットも抱きしめ返している。
「し、シンシア! よかった……本当に良かった!」
アレンはそれを見ていた。
ただ、穏やかに二人を見つめていることしかできない。