死亡エンドの弱小生徒たちを救うため、闇落ちさせて最強に育てたら教え子たちの愛が重すぎる 作:綿紙チル
帰りの電車で帰ってきたら、もうすっかり日が沈んでしまった。
エラはずっとうきうきでテンションが高い。
学院がある最寄り駅までついたが、彼女は。
「先生、今日家に泊めてくれませんか?」
「……断らせていただきます」
エラはプクりと頬を膨らませて不満を露わにした。
急に好意を向けてくるようになった理由は聞いたのだが……。
「あんなことやこんなことをしたのに、今更お泊りくらいで躊躇するんですか?」
確かにエラの言うことは正しい。
彼女を闇落ちさせたり、家族を殺したりと犯罪越えのことはいくつかしている。
「しますよ。だってバレたらとんでもないことになりますよ?」
だけど、教師として一線を越えたくはなかった。
隣にいるモルガナもうんうんと頷いてくれるし。
「ケチですね……まあ、いいです。今日は私も疲れましたし、寮で休みたいと思います。では先生、また明日」
意外にも諦めてエラは帰っていった。
自分もそうだが、闇落ちした人間はどこか壊れてしまっているので、当たり前のことへのストッパーが効きずらくなってしまう。
アレンも家に帰ることにした。
途中でサンドイッチを買った。列車では何も食べるものがなかったし。
◆ ◆ ◆
『あ~やっと話せる! 人生視で大体は分かってたけど、残忍だね』
椅子にもたれかかるような形のモルガナ。
アレンの体を顔だけがすり抜けている。
「残忍か……生徒を導くのが先生なのに、これで良かったんだろうか」
アレンはエラを止めなかった。
寧ろその復讐を肯定したのだ。
『後悔してるんだ?』
「……後悔というか、もしかしたらエラにあんなことをさせなくて良い未来があったのかもしれないって思っただけだよ」
エラはとても強い闇魔術を習得した。
並どころかほとんどの人間には負けないような、圧倒的な能力だ。
「エラの脳内の選択肢に、何かあったら実力行使……というものが生まれそうで嫌なんだよ。それ以外の道をまずは模索して欲しいんだ」
モルガナはそのアレンの言葉ににっこりと微笑んだ。
ご満悦なのか、机の上に座って足をぶらぶらとさせた。
『先生はやっぱりいい子なんだね。だけど――』
モルガナの微笑みが歪んでいく。
この世に絶望しきっているような冷たい笑み。
『この世界は弱肉強食。弱い者は強い者に搾取されるしかない。私のように、弱ければ爆弾にされて死ぬしかない。だから、強い人が、弱い人を虐げることなんて普通のこと……そう思いません?』
モルガナは当たり前のように語って見せた。
彼女の境遇からしてみれば、当然の思考なのかもしれない。
エラだってそうだ。
何も持たない子どもだから虐げられてきた。
強くなったから、それより弱かった家族に仕返しをした。
「そう、だな……モルガナの言うことは何も間違ってない」
それがこの世の道理で、誰もが受け入れていること。
だけど。
「俺はそんな世界は嫌だよ……。叶わない願いなのは知ってるけど、できることなら弱い人たちでも搾取されないで生きれるような世の中であってほしい」
アレンはモルガナの表情を伺った。
理不尽な世界で殺された彼女が、そんな考えは甘いと反論してくるような気がしたからだ。そのモルガナはアレンの言葉を否定すると思っていた。
だけど彼女は興奮したかのように頬を赤らめていた。
目を輝かせて……放課後の補習で魔術を教えていた頃のように。
『先生ならそう言ってくれると信じてた! 闇に落ちても流石は私の先生! そうですよね。この世界は狂ってる!』
モルガナはウキウキしているようだった。
この暗い現実に押しつぶされたはずなのに、何か希望が見えているかのような。
『でも、そんな先生にも間違ってることがあるよ』
モルガナはアレンの手を取ろうとした。
当たり前だが触れない。だから、アレンが重なるように手を動かした。
『先生はこの世界を変えられる。叶わない願いなんかじゃないよ』
「……それはモルガナの闇魔術で見た未来に関係してるのか?」
『言わない。ただね、先生はもう一人の女の子を変えたんだよ。エラは虐げられてきた人生から、一歩を踏み出した。もう実績があるの』
アレンは、エラのことで誇れることなど何もない。
彼女の人生、というか生き方を変えたのは確かかもしれない。
それでも、闇落ちさせるということが正しいことだとは思わない。
ましてや弱肉強食の再生産が良かったなどとは思わない。
『先生が思うように動けば、世界は変わるよ』
「とにかく生徒を死なせないためにしか、俺は――」
『うん。先生はそれで良いと思う』
モルガナは笑ってくれた。
そう、ブレずに進むしかない。
エラ以外にも教室には生徒たちがいる。
彼女たちを死なせないために、自分はできることをやるしかない。
◆ ◆ ◆
職員室での朝会議。
普段なら担当の先生が連絡事項を話すのだが、今日は校長が立っている。
「政府から追加の徴兵が発表されました」
ざわつく教員たち。
恐らく急な徴兵で、誰も聞かされていなかったのだろう。
次々と他の学年、クラスから徴兵される生徒が選ばれていく。
どうか自分のクラスから誰も出ないでくれ、と願う。他クラスの生徒でも犠牲になって良いわけではないが、どうしてもそう願わずにはいられない。
「アレン先生のクラスからは――クレア・バートンが選ばれました」
一番魔力量が高い、エラじゃない……!?
その衝撃にアレンは返事ができなかった。
アレンは朝の会議が終わってすぐに、校長に詰め寄った。
なるべく、平静を装ってから聞く。
「校長、どうして選ばれたのがクレア・バートンなんですか?」
「本件に関しては軍からの直接の要望です。クレア・バートンを送れと、命令がありました」
軍から直接……?
確かに生徒たちを見極めるために士官たちが授業見学に来ることは、ままある。
「王国軍は何か、クレアを選んだ理由などを言っていましたか?」
「特には聞いていません。しかし、推測できることはあります」
校長はいつも通り表情を変えない。
しかし、推測などという曖昧な言葉を使うのは、この老婆らしくもない。
「その推測、教えてくれませんか?」
「……拒否します。アレン先生の安全を考えてのことです」
自分の安全を?
何を校長は隠そうとしているのか。
でも隠そうとしたところで、意味はない。
モルガナがいる以上、ある程度の秘密は簡単に暴ける。
「分かりました。自分で何とかします」
アレンはそう言って校長に背を向けた。
そんなアレンに対して、校長が少しだけ声を張った。
「お待ちなさい」
「……なんですか?」
相変わらず校長は無表情だ。
ただ、何かいつも違うように見えた。
「アレン先生、少し変わりましたね」
「そうですか? 俺はいつもこんなものですよ」
「私にはそうは見えませんがね。良いでしょう……一つだけ助言します。通常、徴兵が決まってから出兵までは、ある程度の時間があります。しかし、クレア・バートンだけは違います。彼女は明日、ここを発ちます」
「なっ……!?」
時間の猶予もなければ、情報もない。
一瞬だけ絶望して足が止まりそうになったが。
隣のモルガナはアレンを見ている。
その視線は自分にしか気づけない。
彼女が見ている限り……いや見てなくても、生徒を二度と死なせない。
「……ありがとうございます」
「期待してますよ、アレン先生」
初めて校長が微笑んでいるのを見た。
この老婆の期待に応えたいわけではないが、アレンは。
「やるだけやります」
校長にそれだけ言って、職員室から出た。
◆ ◆ ◆
『せんせ、これからどうする?』
誰もいない資料室でモルガナが囁いてくる。
何となく人がいなくても誰かに見られているリスクがあるので、正直彼女側から話しかけてくるのは止めて欲しかったが、今日だけはありがたい。
「モルガナ、すぐにクレアの過去を調べたい」
『私の力を借りたいってことだね』
「うん、頼む」
モルガナは伸びをしていた。
魂だけの存在が、伸びをする意味があるのかは分からないが。
「俺は入学時の資料を漁ってみる」
資料室に来ていたのはそういう理由だった。
モルガナの闇魔術は凄まじい性能を誇るが、調べられることは調べたいのだ。
クレア・バートンの経歴を漁る。
母親は大商会で働いていた。
父親もその大商会で働いている。
母は他界しており、生きている肉親は父親のみ。
特に気になる点は見当たらない。
無難なことしか書かれておらず、気になることはほとんどない。
不審なまで、普通だ。
「クレアを闇落ちさせる材料が無い……?」
考え付くことがない。
確かに拷問するなどの一般的な手はあるだろう。
ただ、そのやり方では暴走の可能性が排除できない。それに、アレンとしてはむやみやたらに生徒を傷つけるような真似はしたくなかった。
「……だったら闇落ちさせないで、逃がす方が?」
そう考えて首を横に振った。
普通の生徒なら、少しだけ逃げ切れる可能性はある。
だがクレアの場合は違う。
軍に直接の招集がかけられているのだ。
指名手配される可能性もあるわけで……そうなれば不可能だ。
(どうする……)
アレンは悩んでしまった。
一つだけ手があるにはあるが……、それは。
『へえー、すごっ! そっかクレアはそういう子だったんだ~! 確かにこの学院にはいろんな子がいるけど――おもしろ!』
モルガナがテンション高めに声を上げた。
勿論、アレンにしか聞こえない声。しかし、実体がないのに、その興奮している熱がこちらにも伝わってくる。
『先生聞いてよ! 実はね、クレアは――』
モルガナがこちらに走ってよってくる。
とまらなくてもいいのか、ブレーキが効かずに壁へと突っ込んだ。
そのまま壁から顔だけ出して、言った。
『クレア・バートンは、王家の血を引いてる!』
予想外の事実を、アレンは上手く受け止めきれなかった。
「お、王家? この第十魔術学院に王家の血を引いてる子が?」
『うん。クレアは王弟陛下の実の子どもだよ。どうやら、クレアの母親は王家と繋がりのある大商会に務めてて、そこで恋仲になって生まれた子みたい』
「なるほど……」
確かにそれなら、普通過ぎる経歴にも納得がいく。
あの履歴書には本当のことが書いていなかったのだ。
無難なことを書いて、経歴を詐称していた。いや、されていたのかもしれない。
校長はそれを知っていて、自分に言うことを躊躇ったのだ。
あの老婆の言う通り、この情報は身に危険を及ぼしても不思議じゃない。
「でも、なんで軍が……? それが分かるような情報はあった? モルガナ」
『うーんとね。なんとなくだけど、げ!?』
モルガナは急に血相を変えた。
その視線はアレンではない誰かに向けられている。
アレンも、その方法を向くと。
そこにいたのは。
「アレン先生。ここで誰と話しているんですか?」
明らかに心配そうな顔をしたエラだった。