逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
不覚を取った。
負けた。
長く生きたものだと思う。
あまりにも長く生きすぎて、人間だった頃のことなんて、もう随分と遠くなってしまった。
それでも最後まで生きた。
生きて、生きて、生き抜いて。
そしてとうとう負けた。
死ぬのか。
そう思った瞬間だった。
受肉していた身体の術式が作動した。
何が起きたのか理解するより先に、意識が遠ざかる。
肉体が死んで、魂だけが引き剥がされていくような奇妙な感覚。
その先で。
『いたどりぃ!』
懐かしい声がした。
懐かしい顔が、こちらに手を伸ばしていた。
釘崎だった。
ああ。
いた。
まだ、いてくれた。
感動で涙が出た。
ずっと。
ずっと待っていてくれたんだ。
俺がいつ死ぬかなんて、誰にも分からなかっただろうに。
どれほど時間が掛かるのかも分からないのに、それでも待っていてくれた。
俺は迷わず、その手を取った。
釘崎が笑ったような気がした。
その反対側の手には、知らない女の子がいた。
誰だろう。
そう思ったところで。
ぐん、と。
三人まとめて、何かに引っ張られた。
『は?』
『えっ?』
『きゃっ!?』
落ちる。
いや、昇っている?
分からない。
ただ、とんでもない勢いで流れていく。
時間が。
世界が。
何もかもが、俺達を置き去りにして逆向きに流れていく。
『虎杖ぃぃぃ!? 何したのよアンタぁぁぁ!!』
『俺ぇ!?』
『わああああああ!?』
俺達は三人一緒くたになって、時の流れを遡った。
そして。
息を吸う。
「おぎゃあああああああああ!」
俺は、生まれた。
◇
「うーん。俺、高校生になるまでなんもできん……」
転生を果たした幼児は悩んでいた。
いや、本当に何もできない。
まず、覚えてない。
何をって、昔のことを。
そりゃそうだろ。
俺、何年生きたと思ってんの。
受肉だって二回くらいしたし、人間だった頃の記憶なんてほとんど残っていない。
釘崎の顔は覚えていた。
伏黒も覚えている。
五条先生だって覚えている。
大事な人達のことは覚えている。
でも、何年何月何日に何が起きたとか、誰がどこに住んでいたとか、そんな細かいことまで覚えているわけがない。
そんでもって、今の俺には呪霊も見えない。
宿儺の指を食った場所くらいなら、かろうじて覚えている。
でも、このプリティーボディで食べて死なないかどうかは未知数だ。
赤ちゃんが特級呪物を食べて死にました、とかなったら笑えない。
やはり高校生になるまで待つべきだろう。
それに俺はデザインベイビーだ。
生まれた時点で、誰かに見張られている可能性だってある。
下手なことはできない。
伏黒の連絡先?
知らん。
釘崎の連絡先?
知らん。
住所?
知らん。
五条先生?
学校に連絡すればいるだろうけど、まず間違いなく監視に引っかかる。
「詰んでるなぁ……」
結論。
その時が来るまで、何もできない。
せめて未来のことをノートにまとめておこうかとも考えたが、見張られているかもしれない身で怪しい記録を残すのも怖い。
そもそも、何を書けばいいのかあんまり覚えてない。
「とりあえず、体鍛えるかぁ」
やはり俺に頭脳労働は難しい。
釘崎は……どうだろう。
あいつも頭脳労働は苦手そうだな。
伏黒なら何とかしてくれそうだけど、どこにいるのか分からない。
仕方ない。
今の俺にできることをしよう。
身体を鍛える。
じいちゃんに祖父孝行する。
そして高校生になったら、みんなを探す。
うん。
これしかない。
今度こそ、ちゃんとやろう。
今度こそ、みんなで生き残ろう。
そう決意した俺は、とりあえずハイハイの速度を上げるところから始めた。
◇
「過去にタイムスリップしたぁ!?」
大変なことになった。
伏黒恵に転生した乙骨憂花である私は、非常に戸惑っていた。
伏黒恵。
知っている。私の前の十種影法術の使い手。
いや。
知ってる……はず?
「うーん……」
私は小さな腕を組んで、一生懸命考えた。
伏黒恵。
昔の術師。
宿儺の器で、伝説の五条悟を殺した人。
若くして死んだって聞いたような気がする。
あと、釘崎さんが私のことをそう呼んでいた。
どこかで。
テレビの前だったような。
もっと昔だったような。
遥か遠くの記憶の中で、そう呼ばれていたような気がする。
でも、分からない。
全然分からない。
思い出そうとすると、頭の奥に霧が掛かる。
そもそも、なんで釘崎さんが私を伏黒と呼んでいたんだろう。
まあいい。
それより重大な問題がある。
「伏黒 恵って男じゃなかった?」
今の私は女である。いやでも名前が恵だしな。私の勘違いだったかも……。
お兄ちゃんになり損ねた。
そう、私は遥か未来に生まれてくる真剣お兄ちゃんのスーパーお姉ちゃんになったのだ!
いや待て、スーパーおばあちゃん?
も、もしや赤の他人? そんなバカな……。
しかし、伏黒 恵の家族関係なんて、全然分からない。
歴史の授業でも、そこまで細かいことは習わなかった。
でも。
禪院 甚爾は分かる。
おばあちゃんより前に現れたフィジカルギフテッドの人。
すっごく強かった人。
そして、若くして死んだ人。
「うーん、みんな若くして死んでる……」
昔の呪術師、死亡率高すぎない?
そして私は重大な事実に気が付いた。
伏黒恵。
禪院甚爾。
禪院家。
そして、おばあちゃん。
禪院家は、おばあちゃんがぶっ潰した。
ということは。
「……あれ?」
伏黒恵さんって、もしかして。
禪院家が滅んだ時に死んだ?
あり得る。
だって若くして死んでいる。
そして私は今、伏黒恵。
つまり。
「おっ、おばあちゃんに殺される! 一家皆殺し!?」
大変だ。
私はまだ赤ちゃんである。
強くない。
戦えない。
おばあちゃんは強い。
滅茶苦茶強い。
勝てるわけがない。
こうなったら、大人に頼るしかない。
幸い、今世の父親もすっごく強い人だったはずだ。
だっておばあちゃんの前のフィジカルギフテッドだ。
怪獣VS怪獣になるだろうが、おばあちゃんも弱い時があったというし、ワンチャンあるかもしれない。
私は近くにいた父親へ、全力でしがみついた。
「とーじさん、どうしよう!」
「あ?」
「私、殺されちゃう! みんな殺されちゃうの!」
「……誰に」
「おばーちゃん!」
「は?」
「おばーちゃんを止めてぇぇぇ!!」
私にできることは、今世の父に泣きつくことだけだった。
◇
「うむ! 虎杖、ミスったな! 許すまじ!!」
何してくれてんのよ、あいつぅ!
私達がどれだけ頑張ったと思ってんの!?
それを!
何!
リセットしてんのよ!!
せっかく待ってたのに!
ずっと待ってたのに!
やっと来たと思ったら、手を繋いだ途端に過去へ逆戻りって何なのよ!
やっぱり紅一点の野薔薇様がいないとダメね!
私は怒りながらノートを開いた。
「とりあえず未来情報をまとめるわよ」
こういう時こそ冷静にならなければならない。
私は虎杖とは違う。
ちゃんと考えられる女だ。
知っていることを書き出して、これから起こる事件を一つずつ潰していく。
完璧。
そう思って、鉛筆を握った。
「…………」
八十年前のことなんて覚えてないわ!
いや、無理でしょ。
何年の何月に何が起きたとか、そんなの覚えてるわけないじゃない!
そもそも当時の私は一学生よ!?
詳細な事情なんて知るわけないでしょ!
知っていること。
虎杖。
伏黒。
五条先生。
真希先輩。
宿儺。
羂索。
色々あった。
いっぱい死んだ。
「雑ぅ……!」
もっとあるでしょうが、私!
頭を抱える。
真希先輩だけは助けたい。
絶対に助けたい。
でも裏事情のドロドロに私はタッチしてこなかった。
裏で何があったとか、私はさっぱりわからない。
大事な時にダウンしてたのもあり、渋谷事変の事もあまり知らない。
伏黒はこの時期、まだ五条先生の庇護下にはいないはず。
虎杖は当然、非術師。
あいつは元々頑丈だけど、下手に呪術界へ巻き込んだら今度こそ本当に死ぬかもしれない。
じゃあ、五条先生に合流する?
「……して、どうするのよ」
未来から来ました。
あなたの生徒です。
これから大変なことが起きます。
詳細?
覚えてません。
「不審者じゃない」
ダメだ。
動けない。
少なくとも、もう少し情報を集める必要がある。
それに。
「沙織ちゃん……」
沙織ちゃんも、これから大変になる。
今度こそ守ってあげたい。
あの子には呪術なんて関係ない。
なら、まずは私の手が届くところからだ。
「仕方ないわね」
私はノートを閉じた。
しばらくは普通の学生をやろう。
虎杖も伏黒も、どうせそのうち会える。
何しろ私達は、一緒に戻ってきたのだから。
焦る必要なんてない。
私達三人が揃えば、今度こそ何とかなる。
――この時の私は、まだ知らなかった。
虎杖が、
「高校生までなんもできん」
と筋トレを始め。
伏黒が女の子になったうえ、中身が来世の乙骨憂花であるということ。
その乙骨憂花が、
「未来でおばあちゃんに殺される!」
という盛大な勘違いを父親にぶちまけた結果。
私が普通に学生生活を送ろうとしている間にも、歴史がすでに原形を失い始めていることを。