逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
呪詛師とはいえ、問答無用で皆殺しである。
しかも、やったのは八歳の頃から術師として育てられ、十二歳にしてとんでもない呪力を持つ乙骨憂太と、その乙骨が自らの意思で生み出したばかりの特級過呪怨霊だった。
事情を知っている人間からすれば、夏油家を襲撃して両親を殺し、夏油本人を瀕死に追い込み、祈本里香まで殺した呪詛師達に同情する余地はない。ないのだが、だからといって「全員消し飛びました」で済ませられるほど呪術界は簡単ではなかった。
「はぁー……五条家の権力フルに使った。疲れたー」
長い事情聴取と報告、それから上層部との面倒極まりない折衝を終え、悟はようやく病室へ戻ってくるなり大きく息を吐いた。
「ありがとうございます、五条さん」
「いいのいいの。憂太は気にすんなって。里香もな」
『憂太ぁ』
憂太に寄り添っていた巨大な里香が、返事をするように声を上げる。
良くも悪くも、もう終わってしまったことだ。
問題は、襲撃してきた呪詛師が一人残らず消し飛んでしまったことだった。誰の指示だったのか。夏油を狙ったのか、乙骨を狙ったのか、それとも五条家そのものへの攻撃だったのか。死人は口を利かない。
「あの中に傑狙ってた奴がいたらいいなー。全然関係ない連中がまだ別にいます、だったら最悪だし」
悟がぼやくと、入院用のベッドで上半身を起こしていた傑が目を伏せた。
「ごめんね、悟。私、情けないところ見せてばっかりだ」
「全然!」
間髪入れずに否定され、傑が顔を上げる。
「気にすんなよ。その代わり宿儺倒すとき手伝ってくれよな。傑の能力って、あからさまに大器晩成型なんだから。元からお前強いけど」
ボスッと音を立てて、悟は傑の入院ベッドへ腰掛けた。
両親を失った傑に何を言えばいいのか、悟にも分からない。
ただ、以前とは違う。
傑なら大丈夫だとは、もう思わないことにした。
大丈夫じゃなくてもいい。そのときは自分や硝子を頼ればいい。今度は一人で立ち直るまで待ったりしない。
それに、未来はまだ長い。傑にはこれから大量の呪霊を取り込んでもらう。強くなってもらう。宿儺と戦うときには当然手伝ってもらうし、その先だって生きてもらう。
悟の頭の中では、傑の人生は勝手にずっと先まで予定が入っていた。
「それよりさ」
悟は少しだけ声を落とした。
「本当に俺のにしてもいいわけ?」
「いいよ」
「そっか……へへ」
悟は喜びを噛み締めるように笑うと、傑の手をそっと握った。
少し離れたところで見ていた硝子が、深々とため息をつく。
「婚約者に怒られるぞ、浮気もん」
「ロリババアとの婚約は、お互い好きな人ができたら円満解消することになってるから」
「じゃあ、早くお嫁さん見つけないとね」
傑が穏やかに笑った。
硝子が悟を見る。
「だそうだ、五条」
「告白されたのに振られることってある!?」
「告白してないよ!?」
「ウケる」
どうやら二人の間には、致命的な認識の齟齬があるらしい。
憂太には難しいことはよく分からなかったので、とりあえず里香の傍にいることにした。
『憂太ぁ』
「うん。里香ちゃん」
こっちは両想いである。
◇
そんなわけで。
良妻賢母の里香ちゃんのおかげもあり、乙骨憂太はめちゃくちゃ強くなった。
元々、底が見えないほどの呪力量を持ち、他者の術式を模倣できる。そこへ呪いの女王と呼ぶに相応しい里香が加わったのだから、弱くなる理由がない。
本人も真面目に訓練を続けた。
里香も憂太が大好きで、よく支えた。
禪院家へ行けば様々な術式を見せてもらい、夏油からも使役する呪霊を見せてもらって様々な術式を学び、悟達と任務に出れば実戦経験も積める。
未来で特級術師になると言われていた少年は、未来とはまったく異なる道を歩きながら、それでもやはり怪物じみた術師へ成長していった。
そして、無事に沙織が東京に引っ越したので、野薔薇も合流した。
未来を知る人間。
未来を変えようとする人間。
未来で重要な役割を持っていた人間。
そんな者達が少しずつ集まり、時間は流れていった。
◇
そして、2017年。
虎杖悠仁が、いよいよ翌年には高校生になる。
本来ならば高校入学まで待つ予定だった。
宿儺の指を取り込めるほど体が育つのを待つ為である。
しかし、既に未来は原形を留めないほど変わっている。
羂索の手が虎杖悠仁に伸びないか、という不安もあった。
少し早いが、2017年中に悠仁へ接触することが決まった。
指も確保した。
ただし、問題がある。
未来の悠仁は、あまりにも特殊だった。
一度死んで終わった人間ではない。
長く生きた。呪物にもなった。
何十年という時間を重ね、その果てに死に、野薔薇と憂花を巻き込んで過去へ戻ってきた。
今の悠仁が、どこまで未来を覚えているのか。
何を考えているのか。
そもそも、自分達に協力する気があるのか。
確認しなければならないことはいくらでもある。
何より、宿儺の問題がある。呪物は宿主の知識を喰らう。
未来と同じように指を食わせていいのか。
食わせるなら、いつなのか。
宿儺を受肉させた後、どうするのか。
未来では悟と宿儺が殺し合った。
恵の身体を乗っ取った宿儺によって、悟は殺された。
その未来を回避するために十年以上準備してきた以上、悠仁との接触は慎重に行わなければならない。
なお、逆行していないというのはあり得ない。逆行していないなら、アメリカでギフテッドとして有名になっていない。
そして、悠仁への接触を控えた二月三日。
念入りに休みを合わせていた五条は夏油にタックルした。
「傑ー! 誕生日プレゼント取りに行こうぜ!」
「悟。嫌な予感しかしないんだけど」
「大丈夫大丈夫。絶対気に入るって!」
夏油傑の誕生日である。
悟が用意したプレゼントは、特級呪霊だった。
「……普通のプレゼントという選択肢はなかったのか?」
硝子が呆れる。
「あるけど、傑、呪霊大好きじゃん」
「まあね」
傑は笑った。
「呪霊玉も大好物だし、任務も大好きだからね」
「まだそれ言ってんのかよ」
硝子が嫌そうな顔をしたが、傑は気にしなかった。
十年以上言い続けているのだ。もう半分くらいは本当になった気がする。
「それに、今回の奴、かなり珍しい術式持ってるらしいんだよ。詳細不明。調査に行った術師が何人か消えてる」
「大丈夫なんですか、ご当主様?」
恵が不安そうな顔をする。
「大丈夫。俺と傑がいるんだぞ?」
「確かに、お二人ならば心配する方が失礼なのかも……」
「いや、心配は嬉しいよ」
恵の時代からは考えられないほどこの時代の術師も呪霊も強い。
実は乙骨憂花も特級だったのだが、正直レベルが違うと思ってしまう。
もちろん、禪院恵としての今、自分もまた前世とはレベルが違うのだが。
今なら兄である乙骨真剣に勝てるかもしれない。
それでも不安そうな顔をしていた恵だが、恵も同行することになった。なんと硝子までいる。恵は家入の護衛役だ。本来なら悟と傑の二人だけで行くつもりだったのだが、傑が二人を誘った。
理由は単純である。
悟と二人きりで誕生日を過ごすことに、危機感を覚えたからだ。
「傑、俺と二人じゃ嫌なの?」
「嫌ではないよ」
「じゃあ二人で行こうぜ」
「硝子と恵も一緒の方が楽しいだろう?」
「俺は傑と二人でも楽しいよ?」
「私は四人の方が楽しいな」
「また振られてるじゃん、五条」
「振られてねーし!」
そんなやり取りをしながら、四人は任務へ向かった。
相手は特級。
未知の術式を持つ呪霊。
それでも、誰もそこまで警戒してはいなかった。
無下限の五条悟がいる。1人軍隊の夏油傑がいる。怪我をすれば家入硝子がいる。
そしてオールマイティに強い伏黒恵がいる。
十年以上、様々な事件を乗り越えてきた四人だった。
負けるとは思っていなかった。
実際。
戦闘そのものに、問題はなかった。
問題だったのは。
その呪霊の術式が、人を殺すためのものではなかったことである。
◇
二月三日。
五条悟。
夏油傑。
家入硝子。
伏黒恵。
四名が、任務先で消息を絶った。
現場には、大規模な戦闘の痕跡が残されていた。
血痕はない。
遺体もない。
四人分の残穢は、途中で不自然なほど綺麗に途切れていた。
そして。
討伐対象だった特級呪霊だけが、その場に残されていた。
四人の姿は、どこにもなかった。