逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
違うところ。
同じところ。
互いの知っていることを一つずつ挙げ、食い違う部分を確かめていく。話せば話すほど奇妙だった。
まったく違う世界ではない。生まれた人間も、呪術界の大きな枠組みも、過去に起きた出来事もよく似ている。
大きく変わったのは恵が物心ついたあたり。
話を続けるうちに、夏油は確信した。
「この世界は、野薔薇達の逆行前の世界線ということだね。正史の世界といったところかな」
「それだな。生まれた時点まで時を巻き戻す術式かぁ。めちゃくちゃだな」
悟は呆れたように言った。
時間を遡るだけでも十分に馬鹿げているのに、複数人を巻き込み、それぞれの出生まで遡ったというのだから規格外にも程がある。
「ということは、未来を知ってるってこと?」
「又聞きだけどね。私が知っているのは野薔薇達から聞いた話だし、野薔薇にとっても八十年以上前の若い頃の話になる。かなりうろ覚えだよ」
「それでも未来情報は未来情報じゃん」
「まあね。ただ、あまり当てにしすぎない方がいいと思うよ。本人達が知らなかったことも多いし、既に私達の世界では未来と違うことがいくらでも起きてるから」
「なるほどねぇ」
悟は頷いた。
未来を知っている、と聞けば万能の攻略本でも持っているように思えるが、実際はそうではないらしい。
それでも、知らないよりは遥かに大きな情報だった。
「そういやさ」
悟が思い出したように傑を見る。
「野薔薇って僕の婚約者なんだよね? まだ中学生な上に未来の生徒らしいけど」
「そう。野薔薇も君も結婚しなかったものだから、両家で残り物同士をくっつけようとしてる」
「残り物って言うなよ」
「相手ができたら婚約解消、という話にもなってるよ。二人とももう諦めてるけど」
「諦めんの早すぎだろ。野薔薇中学生だろ。僕だってまだ若いし。えっ、十年間努力して彼女できなかったの? 僕そんなモテない?」
「君には恋人いる?」
「…………いない」
五条は目を逸らした。いないです。
「良かったぁ」
「えっ」
傑は本気で安心したように息を吐いた。
恋人がいないことに安堵されて五条の胸は一瞬期待に跳ねた。
「少し気にしてたんだよ。私のせいで君に相手ができないんじゃないかって。元から出来ないなら仕方ないね。君は良い男だと思うんだけどね」
「なんで傑のせいになるの?」
違った。がっかりしながら問われて、夏油は照れた顔をして頭を掻いた。
「いやー、懐いてくるのが可愛くて、つい受け入れてしまっていたけど、やっぱり女の子としては、しょっちゅう友達に抱きついてる人は嫌かなぁって」
「しょっちゅう抱きついてんの」
「むしろ離れている方が少ないよ」
「…………」
悟は黙った。
まさか28歳にもなってそんなと思ったが、つい先ほど、別人だと分かっている傑を抱きしめ、なかなか離せなかったばかりである。
しかし、向こうの自分にとっては、それが日常らしい。
「でも私がいなくても相手いないなら、私は無罪だよね」
「なんか納得いかないんだけど」
「若くして亡くなったのもあるんだけどね」
「……ん?」
悟の表情が変わった。
傑も少しだけ笑みを消す。
「あまり口に出したいことじゃないけど、大事なことだから言うよ。君は野薔薇のいた未来で、宿儺に殺されてる」
「マジで?」
「世界斬って言って、空間ごと真っ二つ。来年のクリスマスだから、今から二年後だね」
「マジで??」
「頑張って未来を変えてね」
「軽くない!?」
「私達も十年以上、そのために色々やってきたんだよ」
傑は苦笑した。
こちらの悟も、野薔薇が知る未来と同じ道を辿るのなら、残された時間は二年もない。
けれど、既に違うことはいくらでも起きている。
ならば、この未来だって絶対ではない。
「未来は変えられそう?」
「どうかな。情報が不正確だったり、情報があって変えようとして変えられなかったものもある。難しいね。宿儺は強いようだし」
「変えられなかったって例えば?」
「私のこともそうだよ」
「傑?」
「未来情報から、私は学生時代に死んだんだって思ってたんだ」
悟の顔から笑みが消えた。
「私の身体を二年後に乗っ取った人が大暴れするらしくてね。羂索という呪詛師なんだけど、脳みそを入れ替えて身体を乗っ取る術式らしい」
「……何それ、キモ」
「私もそう思う」
「じゃあ、そいつが傑を殺すの?」
「分からない」
傑は首を振った。
「野薔薇達も、当時の事情を詳しく知っていたわけじゃないからね。私がいつ死んだのか、誰に殺されたのかも分からなかった。それで、今年のクリスマスに『夏油傑の百鬼夜行』という事件が起きるらしいから、私達はその時点でもう羂索に身体を乗っ取られていて、羂索が私の身体で起こすんじゃないかと考えてたんだ」
「今年のクリスマス?」
「そう」
まだ十ヶ月以上先の話だ。
こちらの世界でも、当然まだ起きていない。
傑は少し考えてから続けた。
「でも、君の話では、こちらの私は既に高専を離反して呪詛師になっているんだろう?」
「うん」
「だったら、私達の推測が間違っている可能性も高くなったね。百鬼夜行を誰が、何のために起こすのかは分からないけど、少なくとも『夏油傑という名前が出てくるから、その時点では羂索に乗っ取られている』とは限らない」
「……なるほど」
「こういうことがあるから、未来情報も鵜呑みにはできないんだよ」
悟は今年の十二月二十四日という日付を頭に刻んだ。
何が起こるのかは分からない。
けれど、何かが起きる可能性はある。
それだけでも十分だった。
「他にもあるよ。乙骨の婚約者の里香ちゃんの死も変えられなかった」
「乙骨の?」
「そう。学校まで変わったのに、憂太は里香ちゃんに出会って、恋をして、里香ちゃんは死んじゃった」
「……変えられなかったんだ」
「うん」
未来を知っていても、全てを防げるわけではない。未来と違う道を歩いても、同じ場所へ辿り着くこともある。逆に、ほんの小さな違いから何もかも変わることもある。
「なんか未来大変じゃん。俺も知りたい」
「今、君に全てを話すことはできないかな」
「なんで?」
「総監部が二年後に、私の身体を乗っ取る羂索って呪詛師に掌握されるからね」
悟が黙った。
「君は総監部への報告の義務があるだろう? 総監部に情報を渡したくない。それに何度も言うけど、私達の情報だって昔話の伝聞だ。こちらでも同じことが起きるとは限らない」
「……総監部、掌握されんの?」
「結局、完全に掌握されちゃったらしいよ。2年後には」
「マジで?」
「それで悟が処刑したらしい」
「僕が?」
「うん。流石に日本人を一つの呪霊に変えようって画策する呪詛師に与するのはね……夜蛾先生も殺してたし、捕まった悟の救助も妨害してたし、仕方なかったって言ってた」
「待って僕捕まったの? それに日本人を一つの呪霊にする? そんなの協力する馬鹿いるの?」
「野薔薇から聞いた限りでは、そういう計画もあったらしいよ。私も詳細までは分からない」
「ダメじゃん」
今までの軽さが消えた。
「えっ、最初から殺した方が良かったってこと? 我慢の意味なかったってこと? マジで?」
「そこは私に言われても困るよ」
悟は総監部が嫌いだ。
向こうも悟を嫌っている。
それでも、気に入らないからという理由だけで皆殺しにしていいわけではない。だから我慢してきた。
ところが未来では羂索に掌握され、その結果、自分自身が処刑することになるという。
そもそもが呪詛師だった。上層部がである。あまりにも笑えない。
「証拠はないけど、十年前で既に、私の任務に手を加えて削りを仕掛けてきてたから、今の時期だとかなり侵食されてると思うよ」
「十年前?」
「私の両親が呪詛師に殺されたのもそうだし。あいつら私にとどめを刺す寸前だったから気が緩んで総監部の指示って言ってたんだよね」
「は?」
悟の声が低くなった。
次の瞬間には、傑の両肩を掴んでいた。
「傑」
「うん?」
「それ全部証言して。未来情報も、知ってること全部話して」
「えっ」
「俺がどうにかするから」
悟は真っ直ぐに傑を見る。
「日本人を一つの呪霊にするとか、実現したら大変じゃん。不穏分子炙り出して一掃、みたいな真似は出来なくなるけど、俺だって発言力あるし、信用できる奴はいる。下手に先送りするより、今から協力者募った方がいい」
「でも、私の情報がこちらでも正しいとは限らないよ」
「分かってる。だから証言して。裏取りはこっちでする」
「……それに私は、所詮並行世界の人間だよ」
傑は困ったように眉を下げた。
「帰る方法を探さないといけないし、こちらの世界にそこまでガッツリ関わることは……」
傑には傑の世界がある。帰る場所がある。待っている人間がいる。こちらの世界の問題まで背負う義理はない。
悟にも、それくらいは分かっていた。
だからこれは、正義の話ではなかった。
「助けてよ、傑」
傑が目を瞬いた。
「お前の僕に向ける優しさの十分の一でもいいからさ」
自分の傑ではない。そんなことは分かっている。
目の前の夏油傑には、自分ではない五条悟がいる。
誕生日を一緒に祝って、抱きつけば受け止めてもらえて、離れている方が少ないと言われるほど傍にいて、これから先も一緒にいることを当たり前のように考えている五条悟がいる。
それを奪いたいわけではない。
代わりになってほしいわけでもない。
ほんの少しだけでいい。
「僕にもちょうだい」
傑は黙って悟を見つめた。
目の前にいるのは悟だ。
けれど、自分の知っている悟ではない。
自分の知らない十年を生き、自分の知らない傑を失って、それでも一人で最強を続けてきた、もう一人の五条悟。
この世界の人間ではない。
ここで起きることの責任を背負う立場でもない。
それでも、助けてほしいと言われてしまった。
傑は小さく息を吐いた。
「……分かったよ、悟」
悟が笑った。
そうして二人は、高専へと戻った。