逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
「ということで、並行世界の僕達と恵でーす! はい、これ免許ね!」
ぱん、と五条が机の上に四枚の術師免許を並べた。
五条悟。
夏油傑。
家入硝子。
伏黒恵。
どれも正式に発行されたものに見える。少なくとも、適当に作った偽造品には見えない。問題は、その中に現在ここにいるはずのない人間と、現在ここにいる人間と同じ名前を持つ者と、どう考えても性別のおかしい人間が混ざっていることだった。
「並行世界というのは本当なのか。信じられん」
「厳密に言えば、未来の僕らと言えるかもね」
「どういうことだ」
「これはあくまで推測だけど……」
五条は指を一本立てた。
「今から遥か未来で、虎杖悠仁って子が逆行の術式を喰らう。そして、同級生だった野薔薇と、恵の転生体である乙骨憂花が巻き添えになる」
もうこの時点で何を言っているのか分からない、という顔をされたが、五条は構わず続けた。恵の転生体ってどういうことだ。
「その結果、三人とも過去に逆行。恵は魂を反映して女に。悠仁はギフテッドとしてアメリカに。野薔薇は神童として育って僕と接触する。そして色々あって、傑の誕生日に呪霊の攻撃を受けた僕と傑と硝子と恵が、正史であるこの世界線に移動してしまった。ってところじゃないかなー」
「待て」
「僕らは一周目で、彼らは二周目ってこと」
「待てと言っている!」
「なんだと……」
怒鳴る者、絶句する者、理解を諦めたように眉間を揉む者。
反応は様々だった。
夜蛾だけは頭が痛そうに五条達を見ている。
「未来が分かるということか」
やがて一人が口を開いた。
「傑の未来も変えたのか」
「変えたというか変わったというか。恵も野薔薇も傑の事あんまり知らなかったし。体を奪われたってことぐらいしか。でも狙われてるって聞けば対策ぐらいするよね」
五条は肩をすくめる。
「何せ野薔薇はお婆ちゃんになって久しいから、若い頃のことはあんまり覚えてないんだって。ちなみに野薔薇今中3ね。享年は100超えてたって言ってた。そんでもって傑は僕と一緒に先生やってるよ!」
隣に座っていた夏油が笑顔で手を振った。
「どうも」
「忙しいから、僕と傑二人で一つの学年を見てるみたい。先生としては、2人で一人前扱いなんだってさ。ひどいよね。で、僕と傑と硝子は、そんな野薔薇と恵から又聞きで未来情報を少し知ってるわけ。かなり曖昧だし、既に外れてる情報もあるけどね」
「……それで?」
「ここからが残念なお知らせなんだけど」
五条が笑った。
嫌な笑顔だった。
「羂索って呪詛師に、二年後、総監部が全員乗っ取られてることが判明しまーす!」
沈黙。
数秒遅れて、怒号が飛んだ。
「貴様も総監部だろうが!」
「僕、ピーチ姫しちゃって宿儺に殺されちゃうから、僕は除外かな」
「ぴーち……?」
「捕まるんだって、僕」
五条は自分を指差した。
「詳しいことは知らないけど、なんか捕まって、総監部に救出を妨害されて、その後復活して、最終的に宿儺に殺されるらしい。あっ、加茂家の憲紀も除外ね。加茂家を乗っ取られて追放されたって。そんなわけで、総監部は羂索に完全敗北、1人残らず処分されるか服従したらしい」
「なんだと……」
「だから当然、今ここにいる全員が呪詛師だなんて言わないよ。僕や憲紀みたいに、追放されたり、殺されたりした人もいたみたいだからね」
五条は笑顔のまま、さらりと続けた。
「ちなみに、未来では総監部の人間はきっちり秘匿死刑になったようです。処刑人、僕ね」
「何を馬鹿な!」
机が叩かれた。
「単に貴様が離反しただけだろう!」
「僕も最初はそういう可能性を考えたんだけどねぇ。流石にブチ切れたのかなぁって」
五条は頭を掻いた。
「羂索って、傑の身体を奪うの。それで呪霊操術を使って天元様を操って、日本人を一つの呪霊みたいなものにしようとしたりしてるんだって。死滅回遊って強制バトロワみたいなことを全国各地で行わせたり、東京を壊滅させたり、まーひどいんだわ」
ざわめきと困惑。その中にまさかという動揺が混じっていたのを、五条は確認しつつも知らないふりをする。
「で、総監部はそんな羂索の命令に従って、僕を罠に嵌めたり、僕の救出を阻止しようとしたり、夜蛾学長を殺したり。まー、色々やってんの」
夜蛾の顔が引きつった。
「私もか」
「パンダの作り方狙いで殺されるって」
「…………」
「流石に無理かな」
五条の声から、少しだけ軽さが消えた。
「いや、話聞いてたら、むしろ僕が総監部皆殺しにするの遅すぎたんだなって反省したくらい色々やってんの。僕の親しい人間を罠依頼に放り込んで潰すってのも、かなりやってたみたいだしね。傑も呪霊操術が天元様の操作に使えるからね。最初から狙われてて、誘導されてたみたいだし?」
「なんだと!?」
「そんなのは呪詛師ではないか! いくらなんでも、そんな呪詛師に従えるわけがなかろう!」
「だから呪詛師だったから、秘匿死刑にしたんでしょ。こんなの死刑にするしかないでしょ。総監部皆殺しとか僕1人の判断でするのは嫌だけどさ。上が全部乗っ取られちゃったならやるしかないでしょ」
五条はあっさり返した。
「流石に僕も、意味なく皆殺しなんてしないよ」
そして少し嫌そうに通告する。
「未来での反省を踏まえて、今度から我慢しないことにしたから、呪詛師ムーブは今日限りでやめてね」
「脅迫か!」
「お願いですよ。傑の世界線では、傑、人質取られて総監部の派遣した呪詛師に殺されかけてるって話だし。つまりは10年前から呪詛師が混じってたって事ですよね? 今殺さないだけで、だいぶ温情だと思うんだけど。ていうか僕だって流石に上を独断で殺すとかしたくないよ」
それを示すように、笑みはない。五条はこう見えて、結構社畜体質なのだ。
そもそも命令されればちゃんとこなすが、殺し自体好きではない。
傍若無人に見えて、根っからの聖人なのだ、五条は。
「夏油傑の妄言だ!」
矛先を向けられた夏油は、困ったように笑った。
「確かに証拠はなかったし、まだ私達の力が弱かったから、泣き寝入りするしかなかったんだよね」
「今だったら問題なく断罪できたけど、あんときはなー。こっちが警戒してるって知ったら尚更尻尾掴ませなくなったし」
「そのもの達の証言が真実だという証拠はあるのか!?」
「未来を知ってる証拠?」
二周目の五条は顎に手を当てた。
「んー……。乙骨憂太」
「乙骨?」
「そろそろ事件を起こして保護されると思うけど、俺――五条悟の親戚なんだよ。術式は模倣。あと、祈本里香を呪ったのは里香ちゃんじゃなくて憂太の方」
何人かが顔を見合わせた。乙骨はすでに保護されている。
術式はまだ判明してなかった。術式がある事すらわかっていなかった。
「他には……メカ丸が総監部の駒で、未来では羂索の駒にもなるってこととか」
京都校に関わりのある者の表情が変わった。
「宿儺の器。宿儺復活のために作られた人間が虎杖悠仁だってことも分かってる」
また一つ、爆弾が落ちた。
「恵達が子供の頃なら、まだ判明してない術式を当てたりして未来を知ってる証拠にできたんだけどなぁ。今となると何が使える?」
二週目五条は本気で悩み始めた。
「今後、呪いで倒れる人がたくさん現れるけど、それは呪物を受肉させられたからで、羂索が千人分くらい仕込んでる。その中に恵のお姉さんもいる、とか……あっ そうそう。言っちゃうね。禪院家は滅びる」
「は?」
「今から二年後に東京が壊滅する」
「待て」
「日本人狩りが起こる。人身売買とか凄くなる。術師とかかなり狙い目らしい」
「待てと言っている!」
「特級術師で最後まで生き残るのは憂太だけらしい。九十九も死ぬ」
「…………!」
「あとは……」
五条が天井を見上げた。
「あっ、宇宙人が七十年後に来る」
唐突な妄言に困惑が満ちる。
「いや、これは流石に証明に使えないか。七十年待ってもらうわけにもいかないし」
「当たり前だ!」
「あ、要注意呪霊はロリババアから叩き込まれたから特徴言える! 来年、特級呪霊の大規模バーゲンセールされるから!」
最悪だった。
話を聞けば聞くほど未来が悪化していく。
宿儺が復活する。
羂索が暗躍する。
総監部は掌握される。
五条悟は捕らえられた末に宿儺に殺される。
夜蛾正道も死ぬ。
禪院家は滅びる。
東京は壊滅する。
加茂家は乗っ取られて次期当主が追放される。
日本人狩りまで始まる。
特級術師も次々死ぬ。
そして七十年後には宇宙人が来る。
最後の情報だけは、もはやどう受け止めればいいのか誰にも分からなかった。
「皆さん」
それまで黙っていた夏油が、穏やかな声を出した。
「私は、皆さんも騙されただけだと思うんです」
五条とは対照的な、柔らかな口調だった。
「ですが、今、羂索が将来ここまでのことをする危険な呪詛師だと知った。私達の未来情報が全て正しいとは限りません。それでも、調べる理由としては十分ではありませんか?」
夏油は一人一人を見るように視線を巡らせた。
「もし既に接触している方がいるなら、こっそりで構いません。手を切ってもらって、今から健全化しませんか?」
「そーそー」
五条も頷いた。
「未来、結構お先真っ暗っぽいですよ? しかも宿儺と羂索を倒せたのって、限界突破して頑張って掴み取った奇跡みたいなものらしいんですよ。だったら、同じことやって同じ結果になる保証なんてない。むしろ悪くなる可能性だってある」
一週目五条はにこやかに説得する。
だが、その目は笑ってはいなかった。殺意を抑え切れてはいなかった。
自分が総監部に見切りをつけなかったばかりにあまりに多くの者が犠牲になった。それを悔いていた。
「変えたいと思いません?」
五条は首を傾げる。可愛らしく問うているが、それは決定事項だった。
「宇宙人ですけど、うまく交渉すれば呪霊も術師も消せるみたいですよ。宇宙人の技術力すげーと思いません? 呪霊も呪詛師もいない世界が実現しますよ」
家入が超弩級の爆弾を投下する。
「す、宿儺討伐、頑張ってください!」
恵が応援した。
「他人事だね、恵」
「宿儺が倒されたのって、私の生まれるずっと前ですし……」
そのときだった。
何もない空間から、微かな呪力の揺らぎが生まれた。
悟が顔を上げる。傑、硝子、恵も同時に反応した。
次の瞬間。
『――五条さん! 聞こえますか!?』
声がした。
その場にいた全員が凍りついた。
どこから聞こえているのか分からない。
電話でもない。術式の気配はある。
けれど、この場にいる誰かが発動したものではなかった。
『五条さん! 何やってんですか、宿儺復活まであと二年ですよ!』
「憂太!」
五条の顔がぱっと明るくなった。
「反省してるって。ごめん!」
『本当に反省してます!? 特級呪霊見つけて呪霊操術かけて野薔薇さんの術式で縁を手繰ってゲート開いて、どれだけ苦労したと……!』
「反省してる! こっちは全員無事だよ。僕と傑と硝子と恵、四人とも怪我なし!」
『……よかった』
声の向こうで、明らかに息を吐く音がした。
それだけで、向こう側でも必死にこの四人を探していたのだと分かる。
「そっちは?」
『なんとか。今、長く話せません』
「了解」
『悪い知らせです』
乙骨の声が真剣なものに変わった。
『十二月七日に、五分間ゲートを開くのが精一杯です。それが最初で最後のチャンスです』
五条の表情から笑みが消えた。
「十二月七日。ほぼ一年後じゃん」
自分の誕生日だ。
『そちらとこちらで、日付は一致してますか?』
「今日は二月三日」
『同じです』
「じゃあ時間の流れも同じっぽいね」
『はい。十二月七日まで、そちらで生き延びてください。ゲートを開いたとき、四人全員が一緒にいてもらう必要があります』
「バッチリ」
五条は即答した。
「その日は四人一緒にいるよ。絶対」
『お願いします。失敗したら次はありません』
「さっすが憂太。頼りになるー」
『五条さん』
「はい」
『本当に頑張って生き延びてください。僕の孫で妻をくれぐれもよろしく』
冗談のない声だった。
五条も少しだけ表情を改める。
「分かった」
『こっちもなんとか生き延びます』
「ほんとごめん。頼りにしてる!」
そこで、声が途切れた。
呪力の揺らぎも消える。
沈黙。
今度の沈黙は、先ほどまでとは意味が違った。
未来を知っているという証拠はあるのか。
並行世界など本当に存在するのか。
そんな話をしていたところへ、何もない空間から、その並行世界にいる人間の声が飛び込んできた。
二週目五条は、ぽん、と手を叩いた。
「ってことで!」
全員の視線が集まる。
「十二月七日までは協力するよー。頑張って未来を変えよう!」
「おー!」
夏油が手を上げた。
「おー」
硝子も続く。
「お、おー!」
恵も上げた。
夜蛾は額を押さえた。
「お前達……」
「ってことで、報告終わり!」
一周目五条は勢いよく立ち上がった。
「長丁場が決定したし、今日のところは傑の誕生日祝うから、皆さんも今後の身の振り方についてよーく考えておいてください!」
「待て、五条!」
「じゃあ特級呪霊代わりの牡丹餅食べよ! 傑! 伊地知がちゃーんと美味しいやつ買ってくれたらしいから」
「そうだね。せっかく用意してくれたんだし」
「硝子と恵も行くぞー」
「はいはい」
「牡丹餅!」
情報という名の爆弾をありったけ投げ込み、四人は退出した。
残された者達は、誰一人としてすぐには口を開けなかった。
宿儺。
羂索。
夏油傑。
乙骨憂太。
千人分の呪物。
東京壊滅。
日本人狩り。
特級呪霊。
総監部の壊滅。
そして、宇宙人。
爆弾の絨毯爆撃で満遍なく思考を爆破された総監部。
後には、ぺんぺん草も生えなかった。