逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
「それでは、二人で一人前と評判の五条・夏油が、今後の歴史を授業してあげるね!」
「質疑応答の時間は最後に取ってあるから、安心して聞いてくれ」
「どうぞ。どうぞ」
前に立って得意満面の五条と夏油を横目に、恵がせっせと資料を配っていく。
なお、二人で一人前というのは褒め言葉ではない。
五条は大事な連絡をしなさすぎる。夏油はいらない蘊蓄まで垂れ流しすぎる。足して二で割れ、二人揃っても用を成さない、任務最強授業最弱など、教師としては散々な評価を受けている。
しかも横で授業の練習を見ていた乙骨が普通に上手い。中身八十歳超えの野薔薇に至っては完璧である。
二人の教師としての立場はなかなか厳しい。
「まず今年。乙骨憂太が一年生として入学」
「禪院真希と初の任務をして、呪術師としての意思を固めるらしいよ。ちなみにこのとき、呪いの女王・里香ちゃんの完全顕現と、初めて憂太が里香ちゃんに自ら働きかけた記念すべき思い出の日として――」
カンカンカン!
「はい次ー」
「硝子、今いいところだったんだけど」
「次」
家入硝子が容赦なく鐘を鳴らした。
夏油が不満そうに口を閉じ、五条へ交代する。
「今年のクリスマスに傑が百鬼夜行。これさぁ、僕ら最初は傑を乗っ取った奴がやったのかと思ってたんだけど、こっちの傑本人かもしれないんだよな」
「数千体の呪霊を京都と新宿にばら撒いたそうだよ。その間に、学校に残った乙骨を私が襲撃したらしい。この辺りは野薔薇達も伝聞だから、詳しいことは分からなくてね」
夏油が顎に手を添える。
「聞いた限りだと、こちらの私はノイローゼなんじゃないかな。私も仕事が重なって、一時期かなりノイローゼっぽくなっていたからね。硝子は説得したいと言っていたけれど、ノイローゼ状態で両親を殺して村を滅ぼしている現状、話し合いが成立するかは疑問だ。それにこちらの私が掲げている大義を聞いたんだけど、九十九さんから凄いデマをさも真実のように吹き込まれたりしていて、あれが何か関係している可能性も――」
カンカンカンカン!!!!
「次ー」
「ちょっと待って。僕そこ聞きたい」
一周目五条が手を挙げた。
「質疑応答は後で受け付けまーす」
「仕方ないか。続けて」
「続いて、宿儺の指が行方不明になって、恵が捜索中に虎杖悠仁がそれを食べちゃって宿儺が受肉」
「これは呪霊に襲われて、やむを得ず食べたって話だし、悟が虎杖を庇うところまで折り込み済みで誘導されていた可能性もあると思う。虎杖は羂索の作ったデザインベイビーらしいから、色々策謀があったんだろうね。ただし虎杖の両親は確認されているし、羂索がどの段階でどう関与していたのかは分からない。そこを野薔薇が全然気にしていなかったみたいで。八十年前とはいえ友人のことなんだから、もうちょっと興味を持って――」
カンカンカン!
「虎杖悠仁が罠依頼で死亡。復活して僕に匿われて、交流戦で復帰」
「死亡した後、宿儺が生き返らせたらしいね。このとき伏黒恵と釘崎野薔薇も罠依頼に巻き込まれていて、交流戦でふざけて出てきたと野薔薇が怒っていたよ。それから、この辺りで真人という特級呪霊と接触している。人の呪いから生まれた呪霊で、フランケンシュタインのように縫い目だらけの人型。特定の人間しか有効打を与えられない性質を持っていたようだね。術式は無為転変。のちに羂索が――」
カンカンカン!
「交流戦で特級呪霊が襲撃。僕だけ入れない帷を使ってきた」
「この時点ですでに対悟用の準備をしていたんだろうね。襲撃してきたのは花御という植物の精霊に近い性質の呪霊で、それとは別に呪詛師も動いていたようだから――」
そこで手が上がった。
「しばし待て」
「はい」
直毘人が顔を顰めていた。
五条と夏油が仲良く口を閉じる。直毘人は二人を見比べた。
「お主ら、本当に教師をしておったのか」
「任務最強授業最弱とか、割るとちょうどいいとか、二人いても用が足りないって言われてる教師だけどな」
硝子が答えた。
「この調子で八十年分いくぞー」
「酷いよ硝子! 私だって頑張ってるのに!」
「僕ら、憂太相手に教師の練習までしてるんですけど!?」
「成果がこれだろ」
二人が傷ついた。
直毘人は頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。
しかし、配られた資料には最低限の出来事しか記されていない。夏油の蘊蓄は長いし、不確かな推測も多いが、その中に重大な情報がぽろぽろ混じっている。
かといって五条だけに喋らせると、説明が足りない。
「……まあよい。仕方あるまい。聞こう」
長い一日が始まった。
何せ、八十年の歴史である。
◇
午前が終わった。
昼食を挟んだ。
午後になった。
夕方が近づいた。
未来では、驚くほどたくさんの人間が死んでいた。
そして話が進むにつれ、会場から人が減っていった。
だいたい、
――あ。ここで死ぬな? 自分。
と分かった辺りで、ごっそり抜けていくのである。
自分の死を聞いた後で、その先数十年の歴史まで聞き続けられる者ばかりではない。
もちろん最後まで聞く者もいた。
自分の死後に何が起きたのか知りたい者もいる。家族や弟子、家の行く末が気になる者もいる。
そして、そろそろ八十年分も終わった頃だろうと離席者達が戻ってきたところで。
「それで、七十年くらい後に宇宙人が来るよ」
爆弾が落ちた。
「…………は?」
「宇宙人」
「宇宙から?」
「他にどこから来るんだよ」
戻ってきた者達は後悔した。
そこから異星文明との接触、地球側の混乱、呪力を巡る問題についてざっくりと説明された。
「最終的に、新しく術師が生まれなくなって、呪霊もいなくなるらしい」
五条が締めた。
会場が静まり返った。
なお、まだ終わりではない。
「あ、そうそう。私達がここに来た経緯だけどね」
夏油が蘊蓄を始めた。
未来で死んだ野薔薇が生まれた時まで逆行したこと。虎杖が関わってるのが確実なこと。乙骨憂花も巻き込まれたこと。
乙骨憂花が推定伏黒恵の来世だったらしく、その影響で二周目の恵が女として生まれたこと。
野薔薇達と接触して、未来の情報を得たこと。
それから十年以上かけて関係を築き、二月三日に特級呪霊を追っていたところ、今度は自分達がこちらの世界へ飛ばされたこと。
恵と禪院家との約束や野薔薇との婚約も、大雑把に説明した。
この辺りは硝子も普通に喋らせていた。
結果、また何人か離脱した。
◇
「はい! ようやく質疑応答でーす!」
手を挙げていない者がいなかった。
戻ってきたものも我先に手をあげる。
「最初に言っとくけど、過ぎたことへの文句は受け付けないから! 僕らだって与えられた情報の範囲で頑張ったと思うし!」
五条が会場を見回す。
「じゃあ、直毘人さん!」
「宿儺討伐に、フィジカルギフテッドの真希は必要か」
空気が変わった。
真希が直毘人を見る。真依も顔を上げた。
二周目五条は少し考えた。
「あー……真依には悪いけど、手を貸してほしいかなって」
「は?」
「全員でなんとか倒したって感じだから、最強格の真希が抜けるのは、かなり困ると思うんだよね。僕の世界には傑の一派もいないし、こっちで傑と一緒にいる呪詛師達が手を貸してくれるとも限らない。それだけ戦力が減ってるから、本当にダメだったらお願いしますって頼んでる」
そこで五条は真依を見た。
「でも、真依が納得してないと絶対駄目だと思う。未来と同じ真希になるには、真希の中にある真依の呪力を持っていく必要があるから」
「ダメに決まってんだろ!!!!!!」
真希が立ち上がった。
「真希。まだ会議中」
「知るか!」
「でも僕だって丹念にサイコロステーキにされかけて、最後には真っ二つにされるまで頑張ったのに、その後脳みそくり抜かれて体まで使われたりしてるし」
「お前の不幸自慢と一緒にすんな!」
「そうだよ、利益を得た側が悟を責めないでもらえるかな。悟は頑張ったよ。君は老衰で亡くなってるじゃないか」
「知るかよ、最強なんだから真依の犠牲もテメーの犠牲も防いでみせろよ!」
「無理言ってばかりだと退室してもらうよ」
夏油は当然のように五条を背後に庇った。
直毘人は騒ぎを無視した。
「宿儺さえ倒せば、真希がおらずとも問題ないか」
「それがねぇ」
五条が頬を掻く。
「未来では、フィジカルギフテッドの家系は呪霊の完全排除に必要だって言ってた。あと呪具制作の家系。呪霊を完全に抑えるのは無理で、少しは出現しちゃうのと、地球だけ呪力を排除しても、宇宙人が呪力持ってたときとか困るからね。真依と真希はまさしく未来で必要とされる力を先取りしてるんだよね」
「五条家としては、その未来を容認するのか」
「僕は――」
「私は呪霊のいる未来を全力で肯定する!」
夏油が立ち上がった。一周目五条が顔を上げる。
「傑?」
「私が肯定するんだから、悟も肯定してくれる!!!!!!」
「傑」
「私の術式は呪霊ありきだし! 呪霊玉大好物だし! 任務も好きだし! それに呪力まで全部なくしてしまったら、イレギュラーが起きたとき対応できないだろう!」
夏油は五条を庇うように立っていた。
「傑、落ち着けって」
「術式を奪うんじゃない。今いる術師から何かを奪うわけでもない」
五条が夏油を安心させるように語りかける。
「術式を持つ子が、新しく生まれなくなるだけだ。そんなの、未来の世代の子達が選択すべきだと思うよ」
「逃げだな」
直毘人は一刀両断する。
夏油の顔が強張った。
「嫌だよ!」
声が響いた。
「私は嫌だ!」
先ほどまでの理屈めいた口調が消えていた。
「野薔薇に聞いた。悟は休みもなくずっと働いていたって。それだけ尽くして、すり潰されるように働かされて、封印されて、助けることまで邪魔されて、最後にはあんな酷い死に方をして、死体すらすりつぶして利用し尽くして!」
「傑」
「それで最後に、術師なんていない方が良かった、悟みたいな存在はいない方が良かったなんて、そんなの絶対に嫌だ!」
「誰もそんなこと言ってないって」
「同じだよ!」
夏油の声が震えた。
「私はそんな未来認めない! それなら呪霊が溢れる世界の方がまだマシだ!」
「傑、落ち着け」
五条が腕を引く。
反対側から硝子が背中を撫でた。
「どーどー。大丈夫だから」
「硝子、私は馬じゃない」
「知ってる。暴れんな」
「だって……」
「はいはい」
五条と硝子の二人がかりで夏油を宥める。
会場はすっかり静まり返っていた。
「私達が知ってることは、とりあえず全部話したから」
硝子が言った。
「後は当事者達でお話し合いどうぞー」
「え」
「ちょっと傑休ませてくる」
「私も行く」
「私も……」
恵が立ち上がりかけ、真希を見た。
少し迷う。
それから、真希と真依の方へ向き直った。
「おばあちゃん」
「誰がおばあちゃんだ」
「未来のおばあちゃん」
「それも嫌だ」
恵は少し困ってから、それでも続けた。
「おばあちゃん、強くなったこと、後悔してた」
真希が黙った。
「だから、今度は後悔しないでほしい」
強くなってほしいとは言わなかった。
真依に何かをしてほしいとも言わなかった。
恵はそれだけ言うと、夏油を押さえる二人を追った。
主催者が次々消えていく。
残された術師達の間に、地獄のような空気が漂った。
「あー」
一周目五条が傑の消えた方を気にしながら前へ出た。
「それで。宿儺はどうにか倒すとして、術師残します? 呪霊消します? 八十年後に宇宙人が来たらなんて言うか、その辺も考えておいてください」
「…………」
「これ宿題ね!」
そして五条も夏油を追っていき、扉が閉まった。
今度こそ、主催者が全員消えた。
「……食事にするか」
夜蛾が言った。もう、それくらいしか言うことがなかった。
呪霊と術師。
どちらも存在し続ける世界。
どちらも消えていく世界。
そこへ至るまでに、誰が何を犠牲にするのか。
八十年後の人間に何を残すのか。
そして、宇宙人と何を話すのか。
あまりにも重苦しい食事会になった。
次の会議は三月二十六日。
それまでの宿題である。
なお、真希と真依、そしてメカ丸は東京校への入学と、現時点からの滞在が決まった。
当然である。
◇
二時間後。
どんな説得を受けたのか、夏油はすっかり落ち着いていた。
むしろ胡散臭い笑顔でチョコレートを配っている。
隣では五条も配っていた。
「五条さん! 私とチョコ持って写真撮ってください!」
「いいよ」
五条はにこやかにチョコを持ち上げた。
「一年間よろしくね」
「はい! よろしくお願いします! 夏油さんもチョコ持って写真撮ってください!」
「私でいいのかい? いいよ、ハイチーズ」
先ほどまで「呪霊溢れる世界の方がマシだ!」と叫んでいた人間と同一人物とは思えない。
そこへ。
「あんたが私の婚約者ってマジ!?」
野薔薇が来た。
「げっ、ロリババア!」
「悟、こっちでは中学二年生だよ!」
「マジか。真・ロリか……ピチピチか……」
「ピチピチ……ピチピチだね……」
五条と夏油がぴったり寄り添い、こそこそ言いながら野薔薇を眺める。
「聞こえてんのよ!!!」
「いや、だって……」
「本当に若いね」
「なんで私なのよ!」
「野薔薇が八十年間独身でさ。長い人生、一度くらいお嫁さんになってもいいかって」
「そこまでは分かるわよ!」
わかるのか。
「で、同じく独身で死んだ僕を見て、僕でいいやって」
「雑!!!!」
五条はむしろ巻き込まれた側である。
未来の自分が中学生の女の子と婚約しているという事実だけ切り取られて、変な趣味の男扱いされるのは避けたい。
「残り物処理だね」
夏油が補足した。
「二人とも独身で死んでいるわけだから、釘崎家も五条家も焦っちゃって」
「私は結婚するわよ!!!!!!」
「残念」
五条が笑顔で言った。
「このままだと独り身で猫を飼って、タワマンで優雅なおひとり様生活だね」
「なんでそんな具体的なのよ!」
「宿儺倒したら花嫁修行と婚活したら? それまでは戦闘訓練に専念して欲しいけど」
現実は非常である。
「そもそも、なんで十も年の違う田舎娘との婚約を受け入れたのよ!」
「だって幼女だけど、中身は八十歳だよ?」
「言い方!」
「激動の時代を生き抜いた歴戦の猛者だよ? 会ったとき、僕らなんてまだ殻のついた学生だったんだよ。頭上がんないよ」
五条は腕を組んだ。
「凄く頼りになるしいい人だけど、子供の頃から面倒見てくれてる保護者のお姉さんって感じなんだよね。かといって他に相手見つかんないし、このまま行くと結婚しかないかなって」
「最強が泣くわね。もっと頑張んなさいよ!」
「君もね」
「私がそこまでモテないっていうの!」
「いや、野薔薇、気づいてないけど凄いモテてるんだよね」
「えっ」
野薔薇の動きが止まった。五条もである。
「婚約者が悟だから、みんな遠慮してるけど」
「えっ、そうなの!?」
二周目五条が驚いた。
「じゃあ、さっさと破棄した方が野薔薇のために良かったかな」
「うーん」
夏油が考え込む。
「でもロリババアが好みの特殊性癖の人達だから、どうかな……」
「…………」
「そっかぁ」
二周目五条も真剣に考えた。
「ちょっと待ちなさいよ。特殊性癖って」
「まあ、私達の世界のことだからいいじゃないか。悟」
「おう」
五条が箱を取り出した。
「野薔薇には特別に大きいチョコを作ってみたんだよね。野薔薇の趣味に合わせてるから、美味しいと思うよ」
「……ありがと」
野薔薇は受け取った。
少しだけ箱を眺める。
「そっか……婚活、頑張った方がいいのかしら……八十歳までおひとり様……」
「頑張れー」
「なんや、さっさと順番譲れや」
後ろから声が飛んだ。
「あ、ごめんなさい」
野薔薇が退く。
「じゃあね。入学楽しみにしてるわ。訓練も頑張るわよ」
「野薔薇も活躍するみたいだから、本当にお願いね。頼りにしてる」
五条は次の相手へ向き直った。
「じゃあ、はい直哉」
ぽん。
チョコを渡された直哉は、横目でそれを見た。
五条をチラリと見た。
そそくさと懐へ入れて去っていった。
「欲しかったんじゃん」
「聞こえとるで!」
大方の予想に反して、五条のチョコはかなり人気だった。
総監部とばちばちやっていたせいで皆が近寄りにくかっただけである。
なんだかんだ言っても、最強で、御三家当主で、イケメンの五条悟が作ったバレンタインチョコである。
欲しいものは欲しい。
なお当然ながら、五条達も互いに友チョコを送り合った。
「傑、これ僕の」
「ありがとう。悟にはこれね」
「硝子のもあるよー」
「私からも。ほら」
「恵ー!」
「ありますよ」
「やったー!」
七海や伊地知にも、ちょっといい友チョコが配られた。
喜ばしいことである。
ただし。
「傑のこれ美味しい!」
「悟、口についてるよ」
「取ってー」
「はいはい」
「あっま……」
「七海さん、耐えてください」
「伊地知さんこそ」
二人はまた砂糖を吐きそうになった。
なお、会場の隅では別の戦いも進行していた。
配られたチョコレートを、そっと自然に忘れたふりをする者達がいる。
逆に、そっと自然にそれらのチョコを回収しようとする者達がいる。
この策謀渦巻く状況で、特級術師達から配られた手作りの食べ物を、そのまま口に入れていいものか。
しかし普通にクオリティは高いし、五条の手作りチョコを食べられる機会などもしかしなくてもこれが最後だ。来年は百鬼夜行の事後処理と宿儺の関連でそんな暇はないだろう。推定夏油の死亡した日が百鬼夜行なので恐らくイベント気分でもない。そして再来年は五条は迎えられない。
食べたい。
でも怖い。
悩む者もいれば、五条なんて嫌いですよ? という顔をして、チョコはしっかりもらいたい、どころか他人の分まで回収したいという者まで。
バレンタインデーの未来情報合同説明会は、最後まで策謀と疑心暗鬼に満ちていた。