逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
うんざりされてないか心配です。というか低評価入ってきてるしうんざりですよね。
次回、夏油捕獲作戦は今夜中にアップ予定でがんばります。
「恵〜! 憂花にいろいろ教えてもらったら? 憂花は魔虚羅以外調伏してるし。ズルでだけど」
「よろしくお願いします!」
憂花――こちらでは伏黒恵として生まれた少女が、元気いっぱいに頭を下げた。
対する一周目の伏黒恵は、見るからに嫌そうな顔をした。
「俺は下手に鍛えない方がいいでしょう」
吐き捨てるような言い方だった。恵はすっかり腐っていた。
自分の未来について聞かされた内容が、あまりにも酷すぎたのである。
自分は将来、両面宿儺の器にされる。肉体を乗っ取られ、師である五条悟を殺すために使われる。津美紀も失う。頭に来世に引き継ぐほどの重大な後遺症を負う。
その後に生まれ変わったと思ったら女である。しかも、また末っ子だった。
強くなれば強くなったで、宿儺に肉体を使われた際の被害が大きくなるかもしれない。禪院家当主になれば、将来的に真希に皆殺しにされる可能性まである。
未来を知れば希望が見えると思っていた。
知れば知るほど、鍛える理由がなくなっていった。
「それだけどさ」
一周目五条は軽い調子で口を挟んだ。
「宿儺に乗っ取られちゃったら肉体変異しちゃうから、どちらにしろじゃない? だったらしっかり鍛えて、どんな状況にも対応できるようにした方がよくない? 宿儺の乗っ取りにも抵抗してもらわないと困るし」
「……それもそうですね」
どうせ乗っ取られたら、筋肉を落としていようが怪我をしていようが、宿儺の都合のいいように変えられる。
ならば弱くいることに、さほど意味はない。
恵は諦めたように息を吐いた。
「虎杖悠仁は……宿儺の檻は確保できてんですか」
それ以上に気になるのは、そちらだった。
津美紀については、もう手遅れだった。
正確には、津美紀の中に仕込まれている受肉前の万だけを、安全に取り除く方法が見つかっていない。
ならば、いっそ受肉させるしかない。
受肉した万を徹底的に弱らせ、その上で虎杖悠仁に魂を引き剥がしてもらう。
非常に気が進まない方法だったが、今のところ、それ以上の案がなかった。
天使も同じである。
未来では死滅回游によって受肉するはずの術師だ。死滅回游そのものを阻止するなら、天使の術式を必要とする場面が来ても本人が存在しない。
未来を変えれば変えるほど、未来で得られた手札まで消えていく。
「それねー。一応、ご招待はしてるよ?」
五条は頬を掻いた。
「ほぼ不老になる人間の恨みは買いたくないからね。伊地知が今、一生懸命資料作って説明してる」
「伊地知さんが?」
「そ。悠仁がいないと、そもそも真人への対抗とか、受肉体の分離とか、最終的な呪霊消滅の儀式とか、いろいろ困るみたいだからね。こっちの都合で勝手に人生決めるわけにもいかないし、ちゃんと納得した上で協力してもらわないと」
もっとも、問題もある。
「ただし、説明しすぎると宿儺にも情報が渡る可能性がある。悠仁には必要なことを説明する。でも宿儺には知られたくない。そこは伊地知の腕の見せ所だねー」
「無茶振りじゃないですか」
「伊地知ならできるできる!」
「本人に聞いてから言ってくださいよ」
恵は呆れたが、それ以上は言わなかった。
「呪霊の消滅……八十年後か……」
遠い。
けれど、関係ないと言い切れるほど遠くもなかった。
将来の孫が当事者になる程度には近い。けれど、自分自身が直接その時代へ手を伸ばせるほどには近くない。
「長いよねー。かと言って、無関係と言えるほど遠くでもない」
「話し合いは進んでんですか」
五条の顔が露骨に曇った。
「恵も参加する?」
「嫌です」
「即答じゃん。恵には口出しする権利あるよ。当主になるならね」
「いや……真希先輩に殺されんのはちょっと」
恵にとっては死活問題である。精神的に不安定な真希先輩を見ていると尚更。
正史の禪院真希は、禪院家を文字通り皆殺しにした。
「ワンチャン殺されないかもよ? 真依を死なせたくないって言ってたし」
「でも必要になったら、あんたが真依先輩を殺すでしょう」
恵は淡々と言った。五条は必要とあれば冷徹になれる男だ。
「真依先輩は、死んでもいいけど全部終わらせてって言ってます。正史でも比喩抜きで皆殺し。俺が無事だったのは味方だったから以上に、多分伏黒姓だったから。俺が当主になったところで、見逃してもらえる可能性ほとんどないと思います。真希先輩もそれはそれ、これはこれって性格ですから」
「それは……そだね」
「おばあちゃん最強だから……」
五条も否定できなかった。憂花も否定は出来ない。
「ごめんね。日本と真依だったら、日本を取るかなー」
「どうにかなりそうなんですか」
「今出てる中だと、恵を二回ボコる案が比較的マシかな」
「は?」
恵の目が据わった。
「宿儺の指を十本ずつ受肉させるの。十本入れる。悠仁に受肉させて、訓練してもらって、宿儺に君に移ってもらって、君をボコって、宿儺だけ分離させて消滅。で、残り十本でもう一回」
「…………そう上手くいくんですか?」
「二十本宿儺を一度に完成させるよりは楽なんじゃないかって」
「俺を二回宿儺の器にするってことですか」
「そういうことになるね」
最悪だった。
しかし、恵はしばらく黙って考えた後、息を吐いた。
「津美紀の命と引き換えなら飲みます」
覚悟はしていた。
本来起こる犠牲を考えれば、まだ穏便な方だ。
津美紀を取り戻せる可能性があるのなら、自分が二度宿儺の器にされる程度で済むなら安い。
「そだね。悠仁におんぶに抱っこになっちゃう作戦だけど」
五条はふぅとため息を吐いた。
虎杖悠仁本人が了承しなければ、成立しない計画でもある。
「他には?」
「聞きたい?」
「その顔で言われると聞きたくないですね」
「東京を、あえて呪霊の巣にすればいいんじゃないかって案も出てる」
「は?」
今日何度目か分からない声が出た。
「正史では、東京壊滅後に呪霊がほぼ東京にしか出なくなったでしょ? だったらその状態を意図的に作れないかって。真面目に東京壊滅の被害と現状の呪霊被害どっちが上か計算してる」
「は? 東京しか出なくなったのは東京壊滅のインパクトが凄かったからですよね。犠牲なしだと東京に封じ込めできるかわからないんじゃないですか?」
「だから、東京の総人口と例年の呪霊被害80年分計算してるんだって」
「は? それは呪詛師の所業だろ」
「そうだけど。そこはほら、羂索にしろ……傑にしろ、呪詛師ですからってことで」
五条の声が言い訳のように早くなった。実際に言い訳だった。
「もちろん僕は反対だけど! あんまりにもあんまりでしょ。羂索の作戦乗っ取っちゃえって聞いた時は耳を疑ったよ」
「羂索の案を実行するって事ですか。東京壊滅も、死滅回遊も、日本人を呪霊にするって所以外、全部」
「そう。真人を殺さずに成長させる。十分育ったところで傑に取り込ませる。受肉体を受肉させて、天元様の結界と併用して術式持ちを覚醒させる。傑なら天元様も操れる。羂索が傑を通してやれるなら、傑だってやれる。呪霊を暴れさせて、恐怖を東京に集めて、東京でしか呪霊はでませーんって発表して、全世界の人間に強烈に刷り込む。後は東京に結界張って間引きをするようにすれば、呪霊被害は間引きしてる呪術師以外に出なくなる。五条家だけの細りに細った呪術師だけでも回せるようになる」
恵は絶句した。
「できんのか、それ。いや、出来てもやっちゃダメだろ」
「知らない。やっちゃダメだから、羂索や傑の策動を止められませんでした、テヘペロで済ませられないかって話になってる。宿儺を倒すなら、どうせ広範囲が壊滅するしね」
五条は心底嫌そうに顔を歪めた。
「酷いよね。傑を二回も呪詛師に追い込むって言ってるんだよ。それで悪者になるのは傑だけ。本当にひどいよ。暴走しかけたから、一回傑と話すべきだって言ったんだけど」
「……普通に説得して、東京を壊滅させろって?」
「どの面下げてだよね」
伏黒の口調が崩れる。憂花は下を向いた。本気で戦えば、ひどい犠牲が出る。
犠牲なく終わらせることはできないのは事実だった。
五条は自嘲して、乾いた笑いを漏らした。小石を蹴る。
夏油はすでに一度、この世界で道を違えた。
そこへ戻ってこいと手を差し伸べるのではなく、未来のためだからと、もう一度大量の呪いと犠牲を背負わせる。
仮に理屈が通っていても、五条には到底賛成できなかった。
かといって、呪詛師が勝手にやりました、というような形で片付けるのはもっと嫌だった。
「それに、犠牲も出ます。東京壊滅させる方が犠牲が出ますよ。何より、呪いを扱うからこそ、建前が大事なんじゃないですか」
「でも、宿儺を倒すのに戦力が足りない。真希を温存するなら尚更。となると、受肉体と覚醒組は用意しておきたい。宿儺と戦う場所も更地になる。犠牲なしにはできない。半端が一番まずい」
五条は腕を組んだ。
「来週、僕主導で傑の捕獲作戦を決行するんだ」
「決定事項ですか」
「うん。宿儺討伐までは僕の仕事だと思うし、介入できるタイミングは今だけだから」
放置すれば、夏油傑は依然として特級呪詛師である。
そして今や、未来を知った術師達にとっては、極めて利用価値の高い特級呪詛師でもあった。
「このままだと、『傑を追い詰めて、東京壊滅作戦をやらせればいい』って方向に話が進みかねないんだ。ことがことだからね。目的を達成しつつ自分の手を汚さない為なら、なんだってやるでしょ。その前に僕が傑を真正面から捕まえて、説得する形にした方がまだマシ。少なくとも意見表明の場は作れる。意見が通るかはわからないけど」
「そうですか」
恵はそれ以上、何も言えなかった。
「ほんと、どの面下げてって要求だし。そもそもまだ未確定。傑がどう反応するかも分かんないし、今から怖いよ、ほんと」
五条が珍しく弱音を吐く。
未来の情報を皆に公開しようと言ったのは自分だった。
その結果として出てきた案なのだから、知らん顔もできない。
「あいつらは僕らの世界を思考実験に使ってるところあるしさー」
「二周目の先生達ですか」
「そ」
二周目の五条達は、この世界の未来を決める立場にはない。
彼らが知る正史も、自分達が実際に経験したものではない。八十年以上を生きた野薔薇から聞き、それを材料に自分達の歴史を変えた。
そして今度は、一周目の人間達が同じ情報を手にして、何を選ぶのかを見ている。
助言はする。
意見も言う。
手も貸す。
けれど最後には、自分達の世界へ帰っていく。
実際、上手く行く方法があるならそれを自分達の世界に持ち帰りたいと言っていた。
「まあ、所詮別の世界だしな」
恵はあっさり言った。
「そうなんだよねー。関係ないからって言われたらどうしようもない」
五条も否定しなかった。
責めているわけではない。
自分だって逆の立場なら、同じ距離感になったかもしれない。
だからこそ、この世界で何を選ぶかは、この世界の人間が決めなければならない。
「そんなわけで、何がどうなるか全然分かんないから、恵は鍛えといて」
「……分かった」
恵は隣の少女へ向き直った。
「頼む、憂花」
「任せてください!」
憂花は元気いっぱいに胸を張った。
同じ魂を持つかもしれない人間同士とは思えない温度差である。
「まず何からやる?」
「蝦蟇と大蛇は調伏してますか?」
「してる」
「じゃあ満象は?」
「まだだ」
「じゃあそこからですね! あと組み合わせもいっぱい練習しましょう。私、魔虚羅以外は全部使えますから! 逆行前は使用を禁じられてたけど、逆行してからはずっと訓練してきたんです! 裏技も小技も網羅してますよ!」
「そもそも調伏がチート(ズル)だしな」
「使えればいいんです!」
強い。
恵は早くも疲れていた。
「あ、それと」
五条が思い出したように手を叩く。
「硝子が燃えてるから、どんどん怪我してね」
「それが目的かよ」
恵が振り返った。
「まあまあ。ヒーラーがレベルアップして悪いことないでしょ」
「怪我する側の意見も聞け」
「大丈夫。硝子二人いるから」
「怪我する前提じゃねぇか」
「反転術式も覚えられるかもしれないよ?」
「俺まで?」
「宿儺戦の参加チケットらしいよ。そもそも習得してなきゃお話にならないってこと」
それを言われると弱い。
恵は盛大にため息をついた。
「……憂花」
「はい!」
「手加減しろよ」
「もちろんです!」
信用ならない。心の底からそう思った。
未来を変えるための訓練が始まる。
なお、その未来に伏黒恵の無傷が含まれているかどうかは、誰も保証してくれなかった。