逆行したのにチートができない   作:タイムトリッパー

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激突

 

 傑が行方不明になって、三日が経った。

 依頼先には、傑の呪力がこれでもかというほど残っていた。

 傑が使役する呪霊の残穢も大量にある。戦闘があったことだけは間違いない。

 

 なのに、傑本人はいない。

 

 総監部は知らないと言った。

 

 嘘かもしれない。本当かもしれない。

 

 どちらでもいい。

 

 どうするかなんて、決まっている。

 俺は即座に傑の元へ飛んだ。

 

「夏油傑。力を貸してほしい」

「いいけど、お風呂から上がってからね?」

「…………」

「あと、目を逸らしてくれないか。そんなに見られると同性でも恥ずかしいよ」

「ごめん」

 

 言われて、俺は素直に後ろを向いた。

 

 ◇

 

 風呂から上がった夏油傑は、正装に着替えていた。

 五条袈裟を身につけた僧侶姿である。しかも普通に飯を食い始めた。

 

「悠長にしてる場合じゃねーんだよ」

「だからさ。この後、出かけるんだろう?」

「そう」

「なら食べられる時に食べておいた方がいい。食べながらでも話は聞けるよ。どうぞ、話してくれ」

 

 こいつ、こういうところは本当に傑だな。

 

 俺は簡単に事情を話した。

 

 未来から逆行してきた人間がいること。

 

 そのおかげで、俺達の世界では未来が大きく変わったこと。

 

 その後、本来の時間軸へ呪霊によって飛ばされたこと。

 

 そして羂索。肉体を渡り歩き、他人の術式を利用する術師。

 傑の死体を使って呪霊操術を手に入れ、天元様を操り、人類を一つの巨大な呪霊のような存在へ変えようとした男。

 

「傑が簡単にやられるはずない。でも、やられたってことは、羂索の企みが絡んでると見て間違いない」

「……随分と信頼しているんだね」

「当たり前じゃん。俺の唯一の相棒だぜ?」

 

 そこを疑うなら何も信じられない。

 

「呪霊操術は早い者勝ちだ。傑の体を利用して天元様を操られる前に、こっちが動いて天元様を押さえる。それは絶対」

「私が悪いことをするとは思わないのかな? それに、ここは君の世界じゃない。どうしてそこまで必死になる?」

「俺さ」

 

 少し考えた。どう言えばわかりやすいだろうか。俺は言葉が下手だとよく言われる。

 

「傑とずっと一緒にいるんだ」

「そうみたいだね」

「俺の知ってる傑はさ、本当は呪霊玉が大っ嫌いで。呪霊なんて大嫌いなんだ」

 

 箸が止まった。

 

「そうか……君はそこまで私と話しているのか」

「傑は何も話してくれねーよ。大事な事は何も。自分の腹の中だけで決めちまう。でも、それぐらいわかるよ。傑が呪霊玉を飲み込むの、何度見てきたと思ってんだ。相当まずいだろ、あれ。でも傑は、俺が呪霊の発生の原因の大部分だって知ったら、急に『呪霊が大好き、呪霊玉は大好物だ』なんて言い出して。任務とか絶対断らなくなって」

「は?」

「苦しいのに、自分を騙して笑ってる」

 

 だから分かる。

 

 傑がどんな顔で笑うのか。

 

 何でもないふりをしている時、ほんの少しだけどこを見るのか。

 

 俺は昔、人の顔なんて大して見ていなかった。

 傑が俺の顔を見てくれていたから、俺も傑を見るようになった。

 

 壊れていく傑を、ずっと見てきた。

 

「お前、別の世界でもやっぱり傑なんだなって思った。本当は人を殺すの嫌いだろ。でも笑って誤魔化してる。戻って来いよ、傑。自分を騙すのやめろって」

「呪霊を生み出すのは非術師だ。灰原も呪霊に殺された。非術師を皆殺しにするのが私の大義だ」「は? 何それ。証拠があるのか?」

「証拠……?」

 

 言われて傑はポカンとした顔をした。まるで、穴に落ちてから、そこに穴があったと気づいたような、え!? という顔。

 

「呪霊は術師も生み出すよ。というか、今の呪霊が強いの、俺が原因。後は天元様の結界による濃縮な」

「何を言いたいのかわからない」

「俺の場合、俺が生まれた時と死んだ時で、呪霊が増えたり弱くなったりした裏付け取れちゃってんだよね。天元様の結界は、日本とそれ以外の呪霊や術師の発生件数な。というかさ。よわっちい非術師の呪力なんて限界あんだろ」

 

 傑は、本当に困惑した顔をした。声が震える。

 

「すまない……理解できない」

「だから。呪霊が強いのは、天元様の結界で呪力が拡散せずに結界内を循環してることと、強力な術師――すなわち俺の出現が原因なんだよ。非術師だけが原因じゃない。もちろん非術師も呪力を持つ以上、全く無関係とは言えないけど」

「待ってくれ」

「未来だともっと呪力について研究が進んでる。呪霊と術師はバランスが取れるようになってるんだよ。術師が強くなれば呪霊も強くなる。呪霊が強くなれば、それに対応する術師も強くなる。それが全部じゃなくて、全員フィジカルギフテッドになっても、呪霊の発生は止められないんじゃないかって説もあるけど」

「理解できない」

 

 むしろ拒絶するように、聞きたくないとでもいうように、傑が立ち上がった。

 

「したくない!!!!!」

 

 箸が床へ落ちた。

 

「なら私は何のために!」

「俺の為は駄目?」

「は?」

 

 傑が呆然とする。

 

「君は関係ない! 君を巻き込むつもりはない」

「これからの話だよ。俺のために生きて、俺の為に手を汚してよ。家族だっけ? 他の奴の為にできたんだから、俺の為にもしてくれたっていいよな」

「何を言ってるんだ」

「お前が俺のことを必要だって言ってくれる時だけ、俺は息できるから」

「何を……」

「お前だけが俺を人間にする」

 

 傑はついに言葉を失った。その隙に、好き放題身勝手な理屈を言い募る。

 

「俺、正直無理だよ。逆行した奴に全部聞いた。こっちに来てからも調べた。毎日仕事漬けで寝る時間すら削られて、親友のお前と殺し合いさせられてさ。お前が死んだ後はお前の死体で動揺させられて、それで俺、獄門疆に封印されたんだ」

「悟……」

「解放されたら夜蛾学長も殺されてて、流石に粛清せざるを得なくなって。俺一人の責任で総監部皆殺し。いや、自分で決断して皆殺しにしてさ」

 

 笑った。笑うしかない。笑うしかないほど酷い未来だった。

 

「宿儺には酷い殺され方して。硝子に生徒と脳みそチェンジされて、俺の体を武器として宿儺と戦われて。その後、俺が死んでしばらくして『呪霊弱くなったね』なんて言われてさ」

「…………」

「普通に嫌だわ。誰だって嫌だろ。俺だって嫌だわ」

 

 傑は絶句する。わかる。優しいお前だから、絶対俺を心配してくれるって。そこに漬け込む。

 

「でも俺は従わざるを得ないんだよ。そういうふうに生まれて、そういうふうに育ってきた」

 

 六眼。

 

 無下限。

 

 五条家。

 

 最強。

 

 全部、俺が生まれた時から持っていたものだった。そして、それには抗いきれない柵と使命が付随した。

 

「お前だけが嫌だって言ってくれる。呪霊ゲロマズで、大嫌いで、そこを全部捻じ曲げて自分を騙してでも、呪霊は好きだ。呪霊玉は好物だ。俺だって生きてていいって言ってくれる。俺を人間扱いして、実際俺も傑の前だけ人間になれる」

「悟……」

「お前がいないと、俺、肉で出来た機械なんだよ」

「悟」

「羂索の企み全部ぶっ潰して、傑を――少なくともその体を取り戻す」

 

 手を差し出す。

 

「俺を助けてくれよ。それが出来るの、お前だけなんだ」

 

 傑は、差し出された手を見つめていた。

 

「私は……」

 

 長い沈黙だった。早く手を取って欲しい。傑の大義と真正面から反する事は知ってる。でも手を取ったら、今度はそれが傑の枷となって、もう俺に敵対できないと知っていた。傑は不器用だ。一度こうと決めたら、自分でも変えられない。

 

 でも傑は手を取ってくれなかった。流石に無理か。

 

「すまない、悟。心の整理がつかない」

「それでもいいよ」

「…………」

「天元様の結界と、真人って呪霊を利用すれば、天元様の結界内にいる非術師を大量に術師へ変えられる。それはお前の理想に役立つだろ」

「理想?」

 

 傑の顔が歪んだ。

 

「術師を増やすのか? それで呪霊が増えたら? 君が言ったんだろう。原因は非術師じゃないって」

「まあね。でも非術師だけでも呪霊は生まれるから、術師皆殺しは悪手だし。傑に殺されたくないし」

「…………」

「あと八十年くらい後に、呪霊発生のメカニズム自体を弄れそうなハイパー宇宙人が降臨するんだ」

「…………?」

「だから、とりあえず五条悟と夏油傑で最強やって、呪霊祓いまくる対症療法でもいけると思う。八十年後にぶん投げて、俺は傑と最強コンビやるのを推したい」

「宇宙人?」

「うん」

「私を騙そうとしてる?」

「これマジだから」

「…………」

 

 マジでマジなんだよなぁ。

 

「まあ未来情報についても全部話す。だから、とにかく天元様を襲撃に行こうぜ」

 

 傑は戸惑って聞いた。

 

「五条悟が、それをしていいのかい?」

「異世界だから、ここ」

「…………」

「自分の世界なら出来ないけど、他人の世界なら傑の方が重いわ」

 

 夏油は目を伏せた。

 

「悟」

 

「うん」

 

「分かった。行こう」

 

 ◇

 

 高専へ戻る。夜蛾学長がすぐさま駆け寄った。

 

「悟! 傑を説得したのか!?」

「ああ。天元様を操らせる」

「なんだと!??」

 

 夜蛾学長は目を剥いた。

 

「傑が攫われた可能性があるんだ。敵に奪われるより、こっちが先に動いた方がマシ」

「待て、悟! 天元様はこちらの悟も心配して、悟自ら護衛している。落ち着け!」

「傑を攫われたんだぞ。放置すればするほど傑が危険になる。まず天元様押さえて、そっから攻めまくるに決まってんだろ。申請はした!」

「申請して許可は出たのか!?」

「許可を待ってる時間はない」

「それを申請したとは言わない!」

「行くぞ傑!」

「はいはい」

「待て!」

 

 ◇

 

 天元様の元へ向かう。

 

 そして。

 

 俺がいた。

 

「来たな」

 

 正史での俺が立ちはだかる。

 

「どけよ、俺」

「どかない」

「急いでんだけど」

「知ってる」

 

 本来なるはずだった俺は、俺の後ろに立つ夏油を見た。

 

「お前、知ってんのかよ。傑に天元様を操らせて、術師を増やさせて、東京で暴れさせて、東京でしか呪霊が現れないようにする計画」

「知ってる。だから俺の傑がそうさせられないように急いでる」

 

 正史の俺は、いっそ笑った。

 

「こっちの世界の傑がそうなってもいいって?」

「…………」

 

 その笑みが一瞬で怒りの形相に変わる。

 

「――ふざけんな!」

「ええと」

 

 隣の夏油が遠慮がちに手を上げた。

 

「東京でしか呪霊が出なくなるのは、いいことなんじゃないかな……?」

「「そんな傑だから、俺の傑にそんなことはさせない!!!!!!」」

「え、ええ……?」

 

 次の瞬間、俺達は同時に踏み込んだ。

 

 拳と拳がぶつかる。

 

 普通ならあり得ない。五条悟へ伸ばされた拳は、無下限へ阻まれて届かない。

 

 だが、相手も五条悟だった。

 

 同じ無下限。

 

 同じ六眼。

 

 同じ術式理解。

 

 互いの不可侵へ互いの術式が干渉し、境界を食い合う。

 

 世界で一番五条悟を殴れる人間は、五条悟だった。

 

「っらぁ!」

 

「おっと!」

 

 一周目の俺の拳を避ける。

 そのまま脇腹へ蹴りを入れようとして――空を切った。

 

 蒼。

 

 正史の俺が自分自身を引き、無理矢理軌道を変えた。

 

「それやるよね!」

「そっちもな!」

 

 俺も蒼を発動する。

 

 引力がぶつかり、空間が歪んだ。

 

 互いの身体が予想外の方向へ引かれる。

 

「うわっ!」

「おっ!?」

 

 同時に体勢を直す。目が合った。

 

「今の面白っ!」

「後で試そうぜ!」

「今試してんだろ!」

 

 赫。

 

 赫。

 

 赤い光が正面からぶつかり、爆発的な斥力が周囲へ逃げる。

 

「君達!」

 

 夏油が叫ぶ。

 

「天元様のところで何をしているんだ! 操る前に殺すのはまずいだろ!」

「「傑は下がってて!」」

「君達を止めようとしてるんだよ!」

 

 聞こえている。

 

 無視した。

 

 拳。

 

 蹴り。

 

 蒼。

 

 赫。

 

 術式を立ち上げれば、六眼が読む。

 

 呪力を動かせば、向こうも気づく。

 

 フェイントすら互いに知っている。

 

 同じ年齢。

 

 同じ肉体。

 

 同じ術式。

 

 同じ六眼。

 

 同じ五条悟。

 

 なのに。

 

「っ!」

 

 一周目の俺の拳が頬を掠めた。

 

 速い。

 

 いや、違う。

 

 今のは、俺が予測した動きから外れた。

 

「へえ」

「何笑ってんだよ」

「いや」

 

 楽しくなってきた。

 

 一周目の俺も笑った。

 

 もう一度ぶつかる。

 

 今度は、俺の拳が入った。

 

「ぐっ!」

 

 一周目の俺が吹き飛ぶ。

 

 でもすぐ戻ってくる。

 

「……お前」

「何?」

「俺より、ちょっと強くね?」

「ちょっとね」

「ムカつく」

 

 当たり前だ。才能の差じゃない。

 

 年齢の差でもない。通ってきた道が違う。

 

「傑いるし」

「…………」

「憂太もいるし」

「乙骨?」

「そ。ちっちゃい頃からずーっと伸び続けてんの。ちょっと油断すると、すぐ後ろにいる」

「そんなに?」

「そんなに。あの子は強くなるよ。才能がある」

 

 笑う。

 

「あと禪院恵。乙骨憂花の転生体」

「ああ……女の子の恵」

「そう。あいつ十種は摩虎羅以外ほぼ全部使えるし、裏技と小技のデパートみたいになってんの。式神で手数増やすし、影から来るし、足元消えるし、変な角度から攻撃飛んでくるし」

「……裏技で調伏したんだっけ? そっち手段選ばないよね」

「選んでられるかよ、宿儺に殺されるってわかってて」

 

 また拳がぶつかる。

 

「傑は呪霊いっぱい出してくる。憂太は見せたものすぐ覚えて追ってくる。恵は十種で何でもやってくる」

「…………」

「俺だけ成長止めるわけにいかないじゃん」

「……いいね」

 

 小さな声だった。

 

「いいでしょ」

「自慢すんな。腹立つ」

 

 また来る。

 

 速い。

 

 一度見せた動きを、もう変えている。

 

 右へ避けると俺が読んだ。

 

 だから左へ。

 

 蒼を撃つと見せて、撃たない。

 

 呪力の立ち上がりまで読まれるなら、読まれることそのものを利用する。

 

「お前、覚えんの早っ!」

「お前に出来るなら俺にも出来るだろ!」

「それ憂太みたいで腹立つ!」

「知らねーよ!」

 

 でも。

 

 俺も一周目の俺から学んでいた。

 

「!」

 

 一周目の俺の身体が弾かれる。

 

「今の何だよ!」

「今お前がやったやつ」

「もう真似したの!?」

「憂太で慣れてる」

「乙骨どんだけだよ!」

「俺が育てた!」

「自慢すんなって!」

 

 同じ六眼だから、見える。

 

 同じ無下限だから、理解できる。

 

 片方が何かを掴めば、もう片方も掴む。

 

 戦えば戦うほど、互いの動きが変わっていく。

 

 ただ。

 

 一周目の俺にも、俺にはないものがあった。

 

「強力だけど大技すぎない? 周辺に被害出るだろ」

「俺が出る時は被害織り込み済みだから」

「ええっ それ怒られない?」

「俺だからで済んでる」

「傑に叱られるじゃん」

「ああ、だから小さくまとまってんのか」

「言ったな!」

 

 本来の俺は、一人で戦うことに慣れすぎていた。

 援護を待たない。

 死角を誰かに預けない。

 自分一人で敵を倒し、味方を守り、戦場を制御し、任務を終わらせる。

 被害が出ても仕方ないで終わらせる。

 

 俺なら傑へ任せる場所。

 

 憂太に任せる場所。

 

 恵の式神が埋める場所。

 

 全部まとめて消しとばす。

 

「……悔しいけど、範囲攻撃とか攻撃力はそっちが上かも」

 

 正史の俺が、少しだけ黙った。

 

「覚えとこ」

「好きにしろ」

 

 またぶつかる。

 俺には、一人では手に入らなかった強さがある。

 こいつには、一人だったからこそ身についた強さがある。

 それを六眼が見ている。

 

 盗む。

 

 真似する。

 

 崩す。

 

 更に変える。

 

 俺が十種への対応で覚えた足運びを、一周目の俺が使う。

 

 一周目の俺が一人で敵を捌くために磨いた位置取りを、俺が使う。

 

 夏油の大量の呪霊を相手に身につけた視野の広さで攻めれば、一周目の俺はそれを一度食らっただけで修正する。

 

 乙骨に追い上げられ続けた俺が、新しい技術を見せることを恐れず更に先へ進めば、一周目の俺も食らいつく。

 

「楽しくなってきた!」

「俺も!」

「君達は何をしに来たんだ!!」

 

 夏油だけが怒っていた。

 

 楽しい。けど、楽しいだけではない。

 

 負けられない。

 

 俺の傑がいなくなった。

 

 呪霊操術を狙う奴がいる。

 

 羂索がいる。

 

 この世界には、傑をもう一度地獄へ落とそうとする計画まである。

 

 なら、俺が先に取る。

 

 避けられないなら、せめて主導権を。

 

 正史の俺が、真正面からこちらを睨んだ。

 

「お前の傑が大事なのは分かった」

「うん」

「でも、そのためにこっちの傑を使うのは許さない」

「分かってる」

「だったら退け」

「嫌」

「じゃあぶっ飛ばす」

「やってみろよ」

 

 同じ顔。

 

 同じ力。

 

 同じ年齢。

 

 それでも、歩いてきた道だけが違う。

 

 一人は、親友が離れてから一人で最強をやってきた。

 

 一人は、親友と並び、追い上げてくる乙骨を見て、十種を磨き続ける恵と戦い、最強になった後も止まらなかった。

 

 どちらが正しいかなんて知らない。

 

 でも。

 

 絶対に負けられない。

 

 ◇

 

 夏油が困っていると、肩を叩かれた。

 

「や、悟を見捨てた私」

「うわぁっ、私!?」

「まあね。なんかすごいことになってるね?」

「君を巡って争ってるんだよ。あと私は悟を見捨ててない」

「本当に?」

「……見捨てるとしたら、これからだよ」

 

 二周目夏油の笑みが、ほんの僅かに止まった。

 一周目夏油は、戦っている二人の五条を見た。

 

「私の大義の前提が壊されてしまったからね。私は何を選ぶのか、まだ決めてない。それにどのみち、もう許されない罪を犯した」

「未来で私怨で御三家一つ丸々皆殺しにして、無罪になった子がいるけどね」

「は?」

 

 動揺する一周目の夏油を放置し、二周目夏油が手を上げる。

 

「悟ー!」

「傑!!!!!!」

 

 戦っていた二周目五条が、即座に消えた。

 次の瞬間には夏油の前にいて、そっと手を握っていた。

 

「大丈夫か!? 頭くり抜かれてないか!?」

「呪霊に閉じ込められちゃってね。ごめんね、悟」

「…………」

 

 二周目五条が夏油の顔を見る。

 

「すげー胡散臭い顔してる」

「酷いな」

「ほら帰ったじゃん! 傑無事! めでたしめでたし!」

 

 一周目五条が即座に二人の背を押した。

 

「じゃあもう帰ろう!!」

「いや、私には天元様を操る仕事が」

「ないよ。ない」

「傑が無事なら必要ねーだろ」

「そうかな?」

「そう!」

 

 一周目夏油が戸惑っている。

 

「私は?」

「お前も帰ろ。さっさと帰ろ」

「やれやれ。お騒がせしました、天元様」

 

 ◇

 

 その後。

 

 当然だが五条達は、しこたま叱られた。

 

 当然だった。

 

 正座をしながら、二周目五条は考える。

 

 傑はずっと俺の顔を見てくれていた。

 だから俺も、傑を見るようになった。

 

 傑ほど上手くはない。

 俺は人の顔色を読むのが苦手だ。

 それでも、壊れていく傑を、ずっと見てきた。

 

 だから分かる。

 

 帰ってきた傑は、笑っていた。

 

 いつにもまして胡散臭い笑顔だった。

 

 そして。

 

 あれは仮面だった。

 

 それぐらいは俺にもわかった。傑があんな顔をするのは決まって面倒ごとを俺から隠す時だった。総監部から胸糞な依頼を押し付けられた時、傑はあんな顔をする。

 

 本当に呪霊と戦って、閉じ込められていただけ。

 そんなものを信じるのは、アホの考え方だ。

 

 おそらく傑は、羂索と接触した。

 

 何らかの取引を結んでいる。

 

 多分、俺のために。

 

 そして。

 

 それはきっと、呪霊のいる未来のためだ。

 

 でもそれは、俺の望みではない。

 

 知ってても、俺の為に呪霊との共生社会を押し付けてくるのが傑なのだ。

 

 でも。

 

 傑が俺のために、自分を捻じ曲げてまで頑張っていることを、真正面から否定したくもない。

 

 あの傷をつけたのは、俺だ。

 

 傑が「呪霊が好きだ」と言わなければ立っていられないところまで追い込んだ。

 

 だから、本人とは戦わない。

 

 傑の思いも否定しない。

 

 でも傑の思い通りにもさせない。

 

 傑の計画は裏から潰す。

 

 羂索との謀略バトルが、今始まったのだ。

 

 差し当たっての敵は、親友。

 

 カリスマS。

 

 術式S。

 

 気遣いS。

 

 人を動かす能力S。

 

 俺の顔色を読む能力に至っては、たぶんSS。

 

 ただし短気で不器用。

 

 対してこちらは。

 

 人望E。

 

 術式S。

 

 人の心の理解度G。

 

 家柄だけは最強。

 

 ただ、悪巧みの実例なら嫌というほど知っている。

 何せ長く続く呪術の家柄。呪詛師の例も策謀の例も腐るほど知ってる。

 悪党が何を考え、どこへ手を伸ばし、どうやって人を利用するのか。

 俺自身に悪巧みの才能がなくても、見本だけは山ほどある。

 

 それに。

 

 さっきの俺との戦いで、ちょっと強くなった。

 

 相手にとって不足なし。

 

 …………。

 

 ごめん嘘。

 

 負けそう。

 

 負ける。

 

 傑と化かしあいってまじで? 微塵も勝てる気しない。手のひらでコロコロされたい願望はある。でも今回だけは負けられない、負けてはいけない。

 

 絶望したい。絶望してる。羂索、なんかの間違いで宿儺と相打ちして死なないかな……。




読んでくださってありがとうございます。

体調を崩していてしばらく更新できませんでした。

しばらく忙しい時が続いて体調立て直し出来るか不明なので、更新不安定になります。
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