逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
「案外、遠すぎる未来の知識は役立たねぇもんだな」
伏黒甚爾は、娘から聞き出した話を頭の中で整理していた。
弱体化していく呪術師。
東京にしか出なくなる呪霊。
宿儺復活。
東京消滅。
禪院家全滅。
宇宙人襲来。
宇宙人による呪霊と術師の消滅。
大きなところでは、そんなものだ。
後半に行くにつれて馬鹿馬鹿しくなってくる。
宇宙人まで出てきたあたりで、聞くのをやめようかと思った。
だが、信じるに足る要素もある。
まず、フィジカルギフテッドという言葉を幼い恵が知っていたこと。
そして何より――禪院真希という女が実在していた。
調べるのは簡単だった。
禪院家に生まれた双子。
姉が真希。妹が真依。
恵が適当に作った話にしては、出来すぎている。
それに。
呪いに「あり得ない」なんてものはない。
「双子。呪霊は見えない。だが、呪力は少しある……」
甚爾は調べてきた情報を思い返して、傍らの恵を見た。
「おい、ガキ」
「なに?」
「本当に禪院真希が禪院家をぶっ潰すのか」
「皆殺しにしたって言ってた」
「そーかよ」
全く、イカれている。
禪院家を皆殺しにすることも。
それだけのことをやっておいて、後には五条家当主代理の妻に収まり、普通に寿命を全うしていることも。
宿儺の事件とやらのどさくさに紛れたのか。
あるいは、誰にも真希を裁けなかったのか。
どちらでもいい。
「妹の真依ってやつは」
「よくわかんないけど、真依さんのおかげでお婆ちゃんは最強になれたんだって」
恵は記憶を探るように首を傾げた。
「でも、お婆ちゃん、後悔してるって言ってた」
「……そうかよ」
それだけ聞けば十分だった。
双子。
呪力をわずかに残した姉。
妹のおかげで最強になった。
そして、そのことを後悔している。
呪いのことなら、よぉく知っている。
捨てた分だけ強くなる。
差し出したものが大きければ大きいほど、返ってくるものも大きくなる。
そういうクソみてぇな理屈が、本当に存在する世界だ。
だが、俺は、得られなかった。
捨てても。
捨てても。
何も得られなかった。
禪院家を捨てた。
名を捨てた。
何もかもどうでもいいと吐き捨てた。
それでも欲しかったものは手に入らなかった。
その真希って女は違う。
妹を失った。
その代わりに、力を得た。
宿儺とやり合える力を。
禪院家を一人で潰せる力を。
五条家当主代理の妻の座を。
それを、後悔している?
反吐が出る。
妹が死んでまで寄越した力だろうが。
その力を使って生き残って。
禪院家まで潰して。
最後には家庭まで持って、寿命を全うした。
そこまで得ておいて、後悔している?
それじゃあまるで、妹を捨ててまで手にした力に唾を吐いているみてぇじゃねぇか。
いらなかったとでも言うつもりか。
だったら最初から、何も得られなかった奴に寄越せ。
甚爾は舌打ちした。
全く。
禪院家は、どこまでいっても呪われている。
「私のお兄ちゃんもフィジカルギフテッドなんだよ」
「あ?」
唐突に話題を変えられて、甚爾は娘を見る。
「お兄ちゃん。私のお兄ちゃんも、フィジカルギフテッドなの」
「よくよくフィジカルギフテッドに縁があるんだな、お前」
「そうだね」
恵は少し嬉しそうに笑った。
だが、すぐに寂しそうな顔になる。
「お兄ちゃんに会いたい」
「長生きしろよ。今際の際には会えるかもだぞ」
「うん……」
恵の生まれた年は2070年。
六十五年後だ。
どう頑張ったって、自分はとっくに死んでいる。
恵だって、この時代からそこまで生きられるかは怪しい。
本人は長生きしたいと言っているが、70歳近くまで生きなければ、前世の兄と同じ時代には辿り着けない。
「甚爾さんも研究に協力してよ!」
「あ?」
「フィジカルギフテッドって、これからはすごく重要なんだから!」
「六十五年後だぞ。死んでるっつーの」
「長生きしてよ!」
「無茶言うな」
「私だって頑張って長生きするもん!」
知るか。
甚爾が適当に流していると、恵は何かを思いついたらしく、ぱっと顔を明るくした。
「あと、私、お姉ちゃんになりたい!」
「……は?」
「弟か妹が――」
そこまで言って、恵がビクッと身体を震わせた。
「あ……ごめんなさい」
甚爾は答えなかった。
恵も黙った。
しばらくしてから、恐る恐る顔を上げる。
「でも、えへへ……甚爾さん、奥さんのこと好きだったんだ」
腹が立ったので、小突いた。
「いたっ」
そうだ。
好きだった。
なんで消えた。
勝手にいなくなりやがって。
頼むだけ頼んで。
面倒臭ぇガキだけ残して。
甚爾は煙草に手を伸ばしかけ、恵がいることに気づいてやめた。
それにしても。
「……クソみてぇな話だな」
ため息が出る。
復讐を、他人に完遂された気分だった。
自分が捨てた禪院家は、未来で同じフィジカルギフテッドによって皆殺しになる。
自分がまだ見たこともない六眼持ちの無下限術師は、未来で自分の娘が殺す。
そしてその娘は、禪院真希に殺された可能性がある。
俺の娘が六眼を打ち取り、その俺の娘をフィジカルギフテッドが打ち取る。
なんだそれ。
未来情報なんて、聞くもんじゃない。
まあ。
こうして未来を知った以上、その未来もご破算になるのだろう。
恵は、死んだ後に誰かに手を引かれたと言った。
一人で過去へ戻ったわけじゃない可能性が高い。
そいつらが何者なのか。
何を知っているのか。
どこにいるのか。
今のところ、何一つ分からない。
甚爾はもう一度、恵から聞いた話を頭の中で並べ直した。
恵は言った。
五条悟が死んでから、呪霊も術師も弱体化していったと。
なら、逆に考えればいい。
五条悟がいるから、呪霊が強い。
強い呪霊が現れる。
それに対抗できる強い術師が生まれる。
強い術師が生まれれば、それに釣り合うように呪いもまた強くなる。
際限がない。
鶏が先か卵が先かなんて、どうでもいい。
未来では五条悟が死んだ。
その後、術師も呪霊も弱くなった。
だったら、あの六眼がこの馬鹿げた強化の連鎖を成立させている大きな要因である可能性は高い。
なら。
五条悟は、死んだ方がいい。
早ければ早いほどいい。
世界全体のことだけ考えるなら、その方が死人は減るかもしれない。
そして。
真依。
あの女が死ねば、真希は完成する。
宿儺と戦える。
禪院家を一人で潰せる。
なら真依も、死んだ方がいい。
それから。
恵は言った。
自分の未来は、宿儺の器だと。
六眼を殺した宿儺の――。
甚爾は、そこで考えるのをやめた。
馬鹿馬鹿しい。
恵まれたと思っていた人間が、「いらない自分」よりも更にひどい、「いない方がいい人間」だという事実。
そして、呪いの世界ではそれが日常だった。
一人死ねば、十人助かる。
一人捨てれば、誰かが強くなる。
一人殺せば、世界が少しだけマシになる。
そんな計算なら、いくらでもできる。
殺すことには慣れている。
人間なんて、金を積まれりゃ殺してきた。
だからこそ分かる。
人の命なんてものに、大した価値はない。
それでも。
逆らってみたくなった。
ましてや。
こいつだけは。
『この子を頼むよ』
声が蘇る。
もうどこにもいない女の声。
最後まで勝手なことを言って。
勝手にいなくなった女の声。
『この子を頼むよ』
甚爾は、隣にいる娘を見た。
「甚爾さん?」
何も知らずに、恵が見上げてくる。
自分が今、頭の中で殺されかけたことすら知らない。
甚爾はその頭を乱暴に撫でた。
「わっ、なに!?」
「別に」
「髪ぐちゃぐちゃになる!」
「知るか」
「ひどい!」
あの女は、最後にこいつを残した。
頼む、と。
それは願いだったのかもしれない。
約束だったのかもしれない。
けれど、呪いの世界で生きてきた甚爾には、もっとしっくりくる呼び方があった。
『この子を頼むよ』
それは、呪いだった。
復讐すら奪われて、最後の最後に甚爾の掌に残された、呪いだった。