逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
甚爾は考えに考えた。
未来を知った。
だが、知ったところで六十五年も先の話である。
東京が消える。
宿儺が復活する。
呪霊と術師が弱体化する。
最後には宇宙人が来て、呪霊も術師もいなくなる。
大筋だけ聞かされたところで、その途中をどうすればいいのかが分からない。
五条悟を殺せばいい。
宿儺も殺せばいい。
そこまではいい。
問題は、どうやってそこまで持っていくかだ。
そして、もう一つ。
禪院真希。
未来で禪院家を皆殺しにするという女。甚爾はもう一度、真希と真依を見に行くことにした。別に助けるつもりはない。
未来の情報がどの程度信用できるのか、確かめておきたかっただけだ。
そうして禪院家まで出向いて――。
甚爾は、しばらく眺めた。
まだ幼い真希が、直哉に虐待を受けて泣いていた。
子供相手に、よくもまあ。
だがそれが、日常だった。甚爾も同じだったからよくわかる。
甚爾の時は、呪霊の群れに投げ込まれた。
真希は幼いながらも女として虐待を受けている。
甚爾は眺めた。
そして、助ける事もせず、そっと帰った。
「……やっぱねぇわ」
滅ぼそうと思っても仕方がない。
むしろ、あれで将来皆殺しにされると聞いても、驚くより先に納得してしまった。
恵も女だ。
十種影法術が発現する可能性は高いが、それでも女。
禪院家における扱いなど、推して知るべし。
相伝持ちなら価値はある。だからこそ、もっと悪い。
大切にされるのではない。利用される。骨の髄まで。
禪院家当主の息子であり、同じく相伝術式を持つ直哉あたりに娶らせ、子を産ませる。そして、最後には禪院家は真希に皆殺しにされるのだ。挙句、呪霊や術式そのものまで消えるらしい。長い歴史ごとなかったことにされる。
最悪の最後だった。
しかし、禪院家を存続させようとも思えなかった。
滅びるべくして滅んだのだ。禪院家は。
恵は禪院家に嫁がせない。これは確定事項。
人類を滅ぼしかねない宿儺と、呪いの強化を引き起こしている五条悟をどうにかする。これも絶対。
だが、その道筋が分からない。
生き残るにはどうするか。
簡単だ。生き残る方につく。
「……恵」
「なに?」
「おじいちゃん好きか」
「大好き!」
即答だった。なら、話は早い。
「お前、おじいちゃんと婚約するか」
「え“!?」
恵がひっくり返った。
「なんで!?」
「このままだと、お前は直哉って奴の嫁になる」
「誰!?」
「禪院家当主の息子。相伝持ち。お前も十種が出りゃ、組み合わせとしちゃ妥当だ」
「知らない人なんだけど!」
「さっき見てきたが、幼女を甚振るような奴だ。お前のおばあちゃんがちょっかい出されてた。年齢はお前の12歳上」
「えっ それって大丈夫なの。十二歳上って言ったらもう大人じゃない」
「お前の未来じゃ生き延びたんだろ。ならなんとかなるだろ」
「そんな……」
「で、禪院家は将来皆殺しになる。大人なら10の年齢ぐらいどうとでもなるが、お前らは歳を取れないうちに殺されるだろう。そうなると十二歳の年齢差はかなりでかいぞ」
「うう……。その前に、まだ小さいお婆ちゃんをいじめる奴なんてやだ」
「そうだな。絶対にお前も虐められる。で、お前のおじいちゃんと、どっちがいい」
「で、でもお婆ちゃんは!?」
そっちか。
「お婆ちゃんは強く生きてくだろ。禪院家を文字通りぶっ潰すんだから。なんなら側室にしてもらってもいい」
「ダメだよぉ!?」
何が駄目なのか。
未来では夫婦になるらしいのだから、順番が多少変わるだけではないか。
「で、でもでも、おじいちゃんだよ!?」
「二個上と十二個上、どっちがいい」
「二個上です……」
「ならやっぱりお爺ちゃんだな」
「えええええええー!」
甚爾は恵を観察した。
顔を真っ赤にしている。戸惑っている。
だが、拒絶はしていない。
よし。意外と満更でもないな。
「確認だが、御三家で五条家は残るんだな?」
「五条家しか残らないよ」
「なら決まりだ」
未来で唯一生き残る御三家。
しかも乙骨憂太は、いずれその五条家の当主代理になる。
禪院家に置いておくより遥かにマシだった。
「俺が見合いをセッティングしてやる」
「本気なの!?」
「その代わり、お前は乙骨憂太に惚れた振りをしろ」
「おじいちゃんに!?」
「大好きなんだろ」
「そうだけど、そういう大好きじゃないよ!」
「似たようなもんだ」
「違うよぉ!」
甚爾は無視した。嫌いな相手ではないだけ、この業界、大当たりだ。
「俺が乙骨憂太を探す。見つけたら五条悟に話を持っていく」
「あのレジェンド、当主様にも!?」
「禪院との話を潰すなら、後ろ盾は強い方がいい」
五条家所縁の子供に、十種影法術を持つ可能性が高い娘が惚れた。
禪院家に売る予定だったが、娘のために反故にしたい。
そういう話にすればいい。
政略としても、五条家所縁の超強力な術師となれば、交渉の余地が出る。
「後は、もう一人の器だな」
「器?」
「虎杖悠仁」
「あ……」
恵も知っている名前だった。
「そいつに五条悟と殺し合ってもらって、相打ちに持っていきたい」
「そ、そんな……」
露骨に引かれた。
「なんだ」
「五条さん、悪い人じゃないよ。だって当主様だよ、レジェンドだよ」
「知るか。生きてりゃ呪霊が強くなり続けるんだろ」
「そうだけど……」
「宿儺もそいつに入る。ならまとめて消せりゃ都合がいい」
恵は困った顔をした。
甚爾は鼻を鳴らす。
「それとも、お前が五条悟と結婚して、宇宙人が来るまで呪霊退治を頑張るか?」
「ううん」
即答だった。
「私、正直言って、お兄ちゃんに全然勝てなかったから……」
「弱ぇのか」
「弱くはないもん! 十種使えなかっただけで!」
「術式を禁じられてたことを差し引いても、戦闘のセンスはねぇか」
「うっ」
「まあ、訓練はしてやるよ」
「……ほんと?」
「宿儺の器にされる奴が弱いままじゃ困る」
恵がぱっと顔を明るくする。
「頑張る!」
「おう」
それくらいなら、教えられる。
◇
それから、しばらく後。
恵から聞き出した情報を元に、甚爾は情報屋へ仕事を投げた。
乙骨 憂太。
年齢。家族。住んでいた場所に、五条家との繋がり。
未来の人間が知っている情報など曖昧なものだったが、それでも探す材料にはなった。
そして。
「見つけたぞ」
「えっ」
「乙骨憂太」
「おじいちゃん!?」
恵が立ち上がった。顔が明らかに嬉しそうだった。
甚爾は目を細める。
「やっぱ好きじゃねぇか」
「違うの! おじいちゃんだから嬉しいの!」
「はいはい」
「本当に違うからね!?」
どうでもいい。
仲良し大作戦、決行である。
◇
そして、二〇〇六年一月。
甚爾は正月の行事に恵を連れ、無理矢理顔を出した。
禪院家の人間から向けられる視線など知ったことではない。
娘の手を引いて進み、目的の男を見つける。
白い髪。
六眼。
五条悟。
未来では伝説と呼ばれ、甚爾の娘の身体を使った宿儺に殺される男。
幼い五条を見た時、既に傑物だと感じたが、順調に育っているようだった。
「五条悟」
「あ?」
悟が振り返った。
甚爾を見る。
次に、その隣の恵を見る。
「お前に頼みがある」
「……誰?」
悟が目を細めた。
そして甚爾を観察して、表情を変える。
「あー……禪院家だろ、お前」
六眼が甚爾を見る。
「何それ。呪力ゼロ? フィジカルギフテッドってやつ?」
「そうだ」
「へぇ。面白いな。娘はかなり呪力が多いみたい。何? まさか政略結婚でもしましょうって? ガキには興味ないんだよね」
面白そうに見られる。甚爾としてはどうでもいい。
「政略結婚だがお前じゃねぇ。五条家所縁の者に、うちの娘が惚れた」
「…………は?」
悟の顔が止まった。
「既に禪院家に売る話になってるが、反故にして嫁がせてやりたい」
「……マジで?」
恵が緊張して言った。
「ご、ご当主様、お願いします!」
「お前の当主は直毘人だろ」
「いいでしょ、五条家に入るんだから!」
甚爾は恵を小突く。
悟が笑い出した。
「っていうか娘いくつ? 誰に惚れた訳?」
「乙骨憂太。お前の遠縁の男だ。恵は4歳で、先方は6歳」
「幼児じゃん。……本気?」
渡された資料を受け取り、その幼い顔を見て笑う。
「ああ、俺は妻に娘を頼まれた。こいつになら娘を任せられる」
「術師な訳?」
「才能はある。俺が見込んだ男だ」
「へぇ」
その時だった。向こうが騒がしくなった。
「待ちなさい、野薔薇!」
女の声。
続いて、小さな女の子が人の間をすり抜け、一直線にこちらへ走ってくる。
「五条先生!」
悟が固まった。
「……先生?」
「ようやく会えたわ!」
少女は息を切らしながら、それでも堂々と悟を指差した。
「話したいことがあるの! 未来について!」
「ああ?」
悟の眉が寄る。
甚爾は恵を見た。恵も、少女を見ていた。目を大きく見開いている。
「……釘崎、さん?」
少女が反応した。
ゆっくりと恵を見る。
「……あんた」
そして、声を上げた。
「伏黒! あんた何女装してんの!?」
「え? 男?」
「私は女です! 乙骨憂花!」
「んん? 憂花? なんで伏黒の体?」
「そんなの私が聞きたいです!」
「待って何か思い出せそう」
少女――釘崎野薔薇が額を押さえた。
曖昧な何かを引っ張り出そうとする。
死んだ後、長い、長い時間。誰かを待っていた。
隣に女の子がいた。怒涛の如く話を聞いてもらっていた。
ような、気がする……。
「だめね! 思い出せないわ! そんな事はいいのよ、五条先生!」
「その五条先生って俺?」
「そうよ。五条先生に話があるの。長い、長い話が。未来について!」
「ーー奇遇だな。俺も話があるんだ。未来の話を、お前らとしたい」
「ちょっと待って。何? 僕の知らないところで話進めないでくれる? 未来ってなんのこと?」
「そう、未来の話しなきゃ!」
「呪霊のいない世界の話!」「宇宙人の話!」「宿儺の話」
「は?」
「それと、私、すっごく頑張ったから、五条先生は私の頭を撫でても全然問題ないわ!」
「わ、私も頭撫でるのしてもらいたい。レジェンドのなでなで……!」
「両手に花だな。じゃあちょっと場所移すか」
正月早々。
五条悟の前に、未来を知る者達が集まり始めた。
こうして、未来人達は邂逅した。
◇
一方その頃。
アメリカ。
「Yuji! Perfect!」
「……ありがとうございます」
虎杖悠仁は褒められていた。
今日も褒められていた。
勉強をすれば褒められる。
運動をすればもっと褒められる。
なし崩しに人助けをしたら四歳ヒーローとして持ち上げられてしまった。
周囲には文武両道の天才児として扱われている。
非常に困る。
目立ちたくない。
日本に帰りたい。
伏黒と釘崎はどうしているだろう。
まあ、伏黒なら頭もいいし、釘崎もしっかりしている。
二人がいれば何とかなるだろう。だから今は、焦る必要はない。
高校生になったら合流すればいい。きっと合流できるはず……。
悠仁はそう信じていた。
その頃、日本では。
伏黒甚爾が五条悟に、未来の宿儺と六眼を相打ちさせる計画を持ちかけようとしていた。
伏黒恵は未来の祖父との婚約を進められていた。
釘崎野薔薇は五条悟へ未来人だと名乗った。
未来はもう、悠仁が思っているよりずっと遠くまで、原形を失い始めていた。