逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
「で、君は誰かな」
場所を移して早々、五条悟は釘崎野薔薇へと視線を向けた。
正月早々、未来人を名乗る幼女が二人。
片方は禪院家の血を引き、十種影法術を持っている可能性が高いという。
もう片方は、いきなり自分を「先生」と呼んだ。
しかも、その隣には呪力が完全にゼロのフィジカルギフテッドまでいる。
何から聞けばいいのか分からないが、とりあえず一人ずつ整理するしかない。
「釘崎野薔薇! 五条先生の未来の生徒! 八十年後から戻ってきたわ! 術式は芻霊呪法! もう術式には目覚めてるし、実戦も経験済みよ!」
野薔薇が強気に、むん、と胸を張る。その術式は五条もよぉく知っていた。
それに、釘崎家の天才娘の話もつい先程聞いたばかりだ。
「……八十年後」
「そうよ!」
あまりにも堂々としている。
嘘を吐いているようには見えない。だからといって、本当だと簡単に信じられる話でもなかった。時を遡る術式など聞いたこともない。だが、ありえないともいえなかった。
悟は次に、甚爾の隣に座る少女へ目を向けた。
「で、君は?」
「わ、私は伏黒恵です。ご当主様」
先ほどまで野薔薇と言い合っていた勢いはどこへやら、恵は少し緊張した様子で背筋を伸ばした。
「未来で五条家当主代理の乙骨憂太と禪院真希の孫として生まれて、乙骨憂花と呼ばれてました。まだ術式は未覚醒ですが、伏黒恵は十種影法術だと聞いてますし、私もその術式でした。今回もそうだと思います。あっ、お爺ちゃんが模倣の術式で、お婆ちゃんがフィジカルギフテッドです」
「…………」
悟は黙った。
情報が多い。
対する恵は控えめである。
別に引っ込み思案というわけではない。普段はむしろ、よく喋るおてんば娘だ。
ただし今、目の前にいるのは五条家当主。
しかも未来では伝説と呼ばれている六眼である。
五条家では、六眼以外の当主は全て当主代理であり、六眼という存在は非常に重い。同じ組織の長でも、当主と当主代理の差は大きく、しかもレジェンドとして高名な五条悟。
さしもの恵も小さくなる。
それだけだった。
「俺は禪院甚爾。フィジカルギフテッドだ」
「それは見れば分かる」
悟は甚爾を指差して、それから恵を指差した。
「待って。じゃあ恵、自分の祖父と結婚するってわけ?」
「乙骨憂太は五条家を継ぐ。結婚先としては理想だろ」
「いや、理想とかそういう話してないんだけど」
五条は問いかける。
「その乙骨憂太って、よっぽど凄いの? 模倣って言っても、どの程度かで話変わってくると思うんだけど」
「お爺ちゃんは凄いもん!」
恵が途端に元気になった。
「あ、それは本当。乙骨先輩は凄いわよ!」
野薔薇も頷いた。
「入学当初から特級術師だったし! でも、小学校の時に亡くなったっていう婚約者のリカちゃんに守られてて、それが強みだったから、今はどうかわからないわ。リカちゃんがいなくても乙骨先輩は強いけど、でもリカちゃんもかなり強かったから」
「小学校で死んだ婚約者?」
また知らない情報が増えた。
「あと、私の知ってる伏黒は男だったわ!」
「私は女です!」
「そこも意味分かんないのよねぇ……」
「私だって分かりません!」
悟は額を押さえた。
頭が悪いわけではない。
むしろ、頭がいいからこそ、今聞いた情報の異常さが嫌というほど分かってしまう。
仕方なく、一つずつ確認することにした。
「十種影法術?」
「はい。多分」
「乙骨憂太って子供が模倣の術式を持っていて、将来五条家を継ぐ?」
「はい!」
「未来人?」
「そうよ!」
「僕は?」
野薔薇が少しだけ表情を変えた。
「宿儺に乗っ取られた伏黒に殺されたわ」
「…………」
「でも、五条先生が削ってくれたおかげで、私達は宿儺を倒せたの」
悟が黙る。
冗談にしては具体的だった。
自分が死ぬ。
それ自体には、さほど驚かなかった。
人間なのだから、いつかは死ぬ。しかもこの業界だ。死は身近な存在である。
問題はその死に方と、その前後だ。
「禪院家を頼らないのはなんで?」
「私が生まれた時には、御三家として残っているのは五条家だけでしたから」
恵が答えた。
「…………」
悟はしばらく考えた。
未来人。
十種影法術。
模倣の術式を持つ五条家の遠縁。
宿儺の復活。
自分の死。
御三家の崩壊。
待ってサラッと呪霊のいない世界とか宇宙人とか言ってなかった?
「あっ。これ結構大変な事態だな?」
「今!?」
野薔薇が突っ込んだ。
悟は頭を抱えた。
なんでこんな一年生にこんなデカい問題放り投げてくるんだ。
そうは言ってもすでに元服を済ませた当主でもあるし、明晰な頭脳は答えをくれる。
彼らは未来の重鎮である五条悟を知っているから、そのつもりで若造の自分に問題をぶん投げてきているのだ。
処理しきれない。
いや、正確には処理したくない。
「……とりあえず、乙骨憂太は調べる」
これは現在に存在する人間だ。
六歳。
五条家の遠縁。
模倣の術式を持ち、未来では特級術師となり、五条家の当主代理になる。
調べれば、未来人達の話がどこまで信用できるかを確認する材料になる。
「後日、もっと落ち着ける時に話を聞きたい」
「分かった」
甚爾が立ち上がった。
「じゃあ恵は置いていくから、お前がわがまま言って奪ったことにしてくれ」
「はぁ!?」
悟が思わず声を上げた。
「十年ちょい後に滅ぶとはいえ、禪院家の力は今はまだ強いからな」
「いや待て待て待て。なんで僕が禪院家からお前の娘を奪ったことになるんだよ」
甚爾は元々、もう少し絡め手で行くつもりだった。
五条家所縁の乙骨憂太へ娘が惚れた。
禪院家へ売る話を反故にしてでも、娘の希望を叶えてやりたい。
そんな話を持ち込み、五条家を後ろ盾に使うつもりだった。
だが、状況が変わった。
未来人がもう一人現れた。
しかも五条悟の未来の生徒で、明確に悟を慕っている。
なら、隠す意味も薄い。
恵も悟を嫌ってはいない。
むしろレジェンド、レジェンドと目を輝かせている。
恵が覚悟を持って六眼を支えるというのなら、それもありだ。
五条悟を殺すしかないと決めつける必要もない。
死んだ方が世界に都合がいいから死ねなどという考えは甚爾も嫌いだ。
使えるものなら使えばいい。
六眼なのだ。
未来を知ったなら、後はこいつにも考えさせればいい。
「お前が恵を気に入って、禪院家から奪ったことにしろ。そっちの方が話が早い」
「僕の評判は!?」
「野薔薇も気に入ったことにすればいい」
「俺がペドになるじゃん! 評判が死ぬじゃん!」
さすがの五条悟も全力で拒絶した。
ところが。
「先生かー」
野薔薇が腕を組んで考え始めた。
「人生二回目だったらありね! 私、ずっと独身だったのよね。今世では結婚してもいいわよ!」
「こっちがねーよ!」
悟が即答した。
「何よ! 失礼ね!」
「僕まだ十代! しかもお前何歳!?」
「ピッカピカの四歳児よ! プニプニして可愛いでしょ! 妻は若い方がいいっていうし」
「若すぎるわ!」
甚爾はどうでもよさそうに追加の資料を机へ置いた。
こんなこともあろうかと、恵から聞いた情報と自分が裏取りした結果をまとめた全資料だ。用意しておいてよかった。
「資料はここに纏めておいたから頼むわ」
これで後は六眼の問題。俺しーらね。
「あっ、私、資料作ってこなかった!」
野薔薇が今さら気付いた。
「っていうか、八十年前だからそんなに覚えてないのよね……。肝心な時に負傷して意識不明だったし」
「役に立たねぇな」
「何よ! 私だって頑張ったのよ!」
「じゃあ俺は帰るから。資料に連絡先は書いてある」
「あっ、おい!」
悟が止めるより早かった。
甚爾は恵を置いて、そそくさと逃亡した。
「…………」
悟は閉まった襖を見つめた。
未来人を名乗る幼女が二人。
十種影法術候補。
未来の自分の生徒。
宿儺。
滅亡する禪院家。
未来の五条家当主代理。
そして宇宙人。
先生なんて、将来の選択肢に入っているどころか想像もしていない。
全部置いていきやがった。
「……あいつ、次会ったら殴ろ」
「当主様でもお父さん殴るのは大変だと思います。だってお婆ちゃんと同じフィジカルギフテッドだし。私もフィジカルギフテッドのお兄ちゃんになかなか勝てなくて」
「そうね。フィジカルギフテッドは強いわね。真希さんは別格だったけど、あいつ真希さんくらい強いのかしら」
「フィジカルギフテッド率多くない?」
その時だった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「五条殿!」
襖が勢いよく開いた。
「の、野薔薇を嫁にするとはどういうことですか!」
転がり込んできたのは、野薔薇の祖母だった。
悟が固まる。
「…………は?」
どうやら甚爾が去り際にいらん事を言ったらしい。
「あ、お婆ちゃん」
野薔薇はあっさり手を挙げた。
「私、五条先生と結婚してもいいわよ!」
「俺は良くない!」
即答である。
「なんでよ!」
「なんで僕が怒られてんの!?」
しかも、隣では恵まで落ち着かない様子でもじもじしていた。
「ご、ご当主様」
「何?」
「私も、ご当主様とお話したいです……」
レジェンドである。
六眼である。
未来では伝説になっている人である。
せっかく会えたのだから、もっと色々と聞いてみたい。
ただ、それだけだった。
しかし。
野薔薇の祖母から見れば、そうではない。
五条悟。
御三家、五条家の若き当主。
美しい白髪に六眼を持つ、当代最強候補。
その左右には、頬を染めた幼女が二人。
一人は「結婚してもいい」と言っている。
もう一人は、もじもじしながら「お話したい」と言っている。
そして、先ほどまでここにいた少女の父親は、五条悟が二人を気に入ったことにしろと言い残して消えた。
野薔薇の祖母の顔には、はっきりとこう書かれていた。
ぺろっ……これはペドハーレム!
「違うって!」
六眼は瞬時に危機を察知した。
「あっ、でも野薔薇とは少し話をしないといけないっていうか! 変な意味じゃなくて! 未来の話だから! 変な意味じゃなくて!」
「私は別にいいわよ?」
「お前は黙ってて!」
「ご当主様、私も……」
「恵も今は黙ってて!」
「…………」
野薔薇の祖母は、しばらく悟を見つめた。
それから野薔薇を見る。
恵を見る。
再び悟を見る。
そして、覚悟を決めたように尋ねた。
「……それで、正妻はどちらですか?」
「だから違うって!!」
六眼は泣いた。