逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
「礼をいうのじゃ、五条、夏油!」
「おー。あとは頑張れよ」
元気よく手を振る天内理子を見送りながら、五条悟は心底安堵していた。
終わった。星漿体護衛任務、終了である。
天内本人が天元様と話し合い、自分の意思で生きる道を選んだ以上、後のことは本人達に頑張ってもらうしかない。五条達が勝手に逃がしたわけでもないので、責任問題も天元様に引き受けてもらおう。
何より、傑が生きている。2人とも生きて、無事に護衛任務を終えた。
甚爾が死んだことは残念だった。どう考えても後味のいい結末ではなかったし、傑もまだ引きずっている。それでも、悟にとっては傑が生きていることが大事だった。
これはもう、死亡フラグを折ったのでは?
百鬼夜行について野薔薇の記憶が間違っていなければ、傑の体を乗っ取った羂索が起こした事件だったことになる。ならば傑が死ななければいい。傑の死体を奪われなければ、呪霊操術を使って天元様を操られることもない。
……たぶん。
日本人を一つの呪霊にしようとするイカれた仕立て人を捕まえたわけではないし、居場所どころか手掛かり一つないので、結局のところ様子を見るしかないのだが。
まあいい、ひとまず一つ乗り越えた。
そして、それはそれとして、大きな問題が発生していた。
人前で、禪院恵のカンニング調伏をやってしまったのである。
つまり、恵の術式が裏技付きでバレた。
十種影法術。
禪院家相伝の中でも別格の術式である。甚爾が五条家へ預けていった娘が、それを発現した。当然ながら、禪院家との話し合いの場が強制的に設けられることとなった。
◇
ちなみにその頃。
乙骨憂太と伏黒恵、ついでに野薔薇は、日々ビシバシと鍛えられていた。
主に未来に備えて。
野薔薇に関しては、中身が八十年以上生きた術師なので放っておいても自分で鍛える。恵も十種影法術の調伏を進め、憂太も模倣を発現した。
子供達は順調である。
問題は野薔薇との関係だった。
この前、うっかりロリババアと言った。そして共鳴りでお仕置きされた。いつの間にか髪の毛を収集されていたのである。
怖い。
しかも釘崎家は、未来の野薔薇が生涯独身だったと知ってしまった。
結果、何としてでも五条悟に娶らせようと必死になっている。
いや待ってほしい。
確かに野薔薇からすればいいだろう。八十年以上生きた人生の中で、結婚適齢期になってから俺が宿儺に殺されるまでの一年ほどを「五条悟の嫁」として過ごすだけだ。一瞬の輝きみたいなものかもしれない。
でも俺は違う。
今から十年以上、「四歳児を婚約者にしたペド野郎」という風評被害に耐え続け、ようやく野薔薇が結婚適齢期になって晴れて夫婦になったと思ったら、一年くらいで宿儺に殺されるのである。
俺にとっては残りの人生ほぼ全部が罰ゲームなんだわ。
それでなくともロリババアはご遠慮願いたい。
格好いい女性だったのだろうな、というのは否定しないが。
悟はもちろん、そんなことをそのまま口にするほど馬鹿ではない。オブラートを百枚くらい重ねて丁寧に説明した。すると野薔薇が首を傾げた。
「でも五条先生も死ぬまで独身だったわよ?」
撃沈した。
五条家と釘崎家がタッグを組んだ。
未来で行き遅れることが確定している者達に、発言権などないのだ……。
なお、多少の事情を野薔薇から聞いた釘崎家からも、禪院家にはある程度事情を話すべきではないか、と進言されている。
それはそうだ。相伝術式を持った子供を他家に取られました。
しかもその子を、さらに別の家の子供と婚約させようとしています。
こんなもの、生半可な事情で許容できるはずがない。
そんなわけで、五条悟は禪院直毘人と対峙していた。
◇
「提案を持ってきた」
直毘人は開口一番、そう言った。
「提案?」
「乙骨という、お前の分家筋の小僧に恵を娶らせたいのだろう」
「そうだけど。遺言だし」
「ならば乙骨を婿にし、恵を禪院家の当主とする。それならばいいだろう」
悟は黙った。
これは、かなりの譲歩案だった。
憂太は五条家所縁とはいえ、分家も分家。今まで一般人として暮らしてきた家の子供である。
そして恵は女だ。
それでも十種影法術を持っているのなら、女の恵を次期当主候補として扱い、五条家所縁の憂太まで婿として受け入れる。
禪院家としては驚天動地の提案だろう。
五条家に十種を持っていかれるくらいなら、婿ごと取り込む。
直毘人なりの最大限に現実的な回答だった。
これを理由もなく断れば、相当に荒れる。
悟は腹を括った。
守らなければならない相手がいる。五条悟の腕もまた二本しかないのだ。
「禪院家に恵はやれない」
直毘人の目が細くなる。
「これは甚爾の遺志で、恵本人の意思でもある。それと……かなり信憑性の高い未来情報がある」
「聞こう」
直毘人は小揺るぎもしなかった。
元からおかしかったのだ。
甚爾が突然、無理やり五条悟へ接触した。自分の娘を五条家へ預けようとした。
それだけなら、十種影法術の可能性を見越して禪院家へ渡したくなくなった、と考えられなくもない。
だが、そのうえで乙骨憂太などという幼児を探し出し、恵と結婚させようとした。
名家の跡取りならまだ分かる。
しかし乙骨家は、五条家と遠い縁があるだけで、普通の一般家庭として暮らしている家だ。
憂太自身も、当時は術師として名を上げていたわけでもない。そもそも未覚醒の四歳の子供だった。
何かある。
そう考えるのが当然だった。
「恵が大人になる頃、禪院家は滅びる」
初めて、直毘人の表情が動いた。
「何?」
「一族皆殺し。だから甚爾は、禪院家に恵を置いたら巻き込まれて殺されると思った。未来で五条家の当主代理になる乙骨憂太と結婚させて、五条家側に置きたかったんだよ」
「……未来で、乙骨が五条家の当主代理になる?」
「そう」
「お前はどうした」
「死んでる」
「……そうか」
直毘人は少しだけ眉間を押さえた。
「未来の話だから、変わる可能性はある。でも恵は心配してる」
「禪院家を滅ぼす原因は」
「まだ言っていいもんか迷ってる」
「何故だ」
「そいつが宿儺を倒す一助になる」
直毘人の目が鋭くなる。
「宿儺?」
「俺は復活した宿儺に殺されるらしい。しかも、その辺の未来を下手に弄って宿儺を倒せなくなったら、日本どころか世界が大変なことになるかもしれない」
「術師か」
「うーん。術師と言っていいのか。未来では術師と分類されるみたいだけど」
「甚爾ではないのだな」
「違う」
悟は直毘人を見る。
「犯人を十年間殺さない。それから、今から俺が話すことを、俺の許可が出るまで他言しない。その二つを縛るなら教える」
「縛る」
即答だった。
悟は息を吐く。
「禪院真希」
直毘人の眉が僅かに動いた。
「五条家当主代理になる乙骨憂太の未来の妻。そして、禪院恵の前世の祖母だよ」
「……待て」
さすがに直毘人も止めた。
「前世?」
「恵は未来から来た転生者なんだよ」
「過去への転生術式を持っていたということか?」
「いや。他の術師の逆行に巻き込まれた説が濃厚。恵自身もよく分かってない。前世では若くして死んでるし、恵が生きていた時代も未来すぎて、持ってる情報があんまり役に立たないんだよね」
「どれほど先だ」
「六十年以上」
「……随分先だな」
「しかも俺達、未来を大幅に変えるつもりだし。東京壊滅、御三家で残るのは五条家だけ、日本人狩り。嫌でしょ?」
「嫌だな」
即答だった。
「しかし、信じられん。あの真希が禪院家を?」
「真依をそっちの人間に殺されるんだって」
直毘人が黙る。
「その時に真依が真希の呪力を持っていって、完全なフィジカルギフテッドに覚醒する。未来の話じゃ、甚爾よりずっと強くなるらしいよ」
「ほう……」
そこまで聞けば、直毘人にも分かった。
真希と真依は双子だ。呪術において双子がどう扱われるかも知っている。
そして伏黒甚爾という前例も、直毘人は知っている。
今の真希が何故あの状態なのか。真依が死ねば何が起こり得るのか。
禪院家を単独で皆殺しにするほどの化け物が、どうやって完成するのか。
筋は通っている。
「まあ、まだ子供だし、安全弁もあるからさ。命乞いする時間は十分あるでしょ」
「儂らがか?」
「そりゃそうでしょ。俺に頼まれても困るよ。真希がいないと困るし、真依を殺して復讐に禪院家滅ぼすのは真希なんだから。真希に滅ぼされない家になってよ」
「随分簡単に言う」
「十年あげるんだから頑張って」
悟はあっさり言った。
「それと、情報料分は協力してよ。呪具が大量に必要になるし、真依にも期待してるんだよね。呪力量は少ないみたいだけど、構築術式なんでしょ?」
「いや、まだ真依の術式は覚醒してない。そうか構築術式か。判明すれば証明になるな」
「ちなみに未来のことを総監部に話すつもりはない」
「何故だ」
「十年後には、日本人を一つの呪霊にするっていうイカれた思想の呪詛師に乗っ取られてるから。今の時点でどれくらい侵食されてるのか分かんないんだよね」
直毘人はしばらく黙った。
未来の禪院家は滅びる。
五条悟も死ぬ。
総監部も信用できない。
宿儺が復活する。
東京は壊滅。
日本人狩りまで発生する。
酷い未来である。
そして直毘人は、その情報を頭の中で一通り整理してから言った。
「なるほど。つまり、それを如何にかすれば乙骨と恵は寄越すということか」
「そこ!?」
悟は思わず声を上げた。
「いや、まあ、話はそこから始まったけどさ!」
「禪院家が滅びるから恵を渡せんのだろう。ならば滅びなければ問題あるまい」
「そうだけどぉ……」
「それで?」
「あー……実は、もう一個面倒な話がある」
「言え」
「恵が、憂太と真希に子作りしてほしがってる」
直毘人が止まった。
「……何?」
「そうしないと未来の自分と、お兄ちゃんが生まれなくなるかもしれないんだって」
「…………」
正直、未来を大幅に変えるのに特定の孫を産ませるのは無理がある。
だが、わざわざ都合のいい事を言ってくる相手にそれを言ってなしにするつもりはなかった。なので直毘人は黙って先を促した。
「俺が生存できれば、そもそも五条家に当主代理はいなくても大丈夫になるし……だから、禪院憂太が恵と真希を娶る形でも、俺の目的自体は達成できる」
直毘人の目が変わった。
十種影法術。
未来で五条家を任されるほどの男。
甚爾以上になる完全なフィジカルギフテッド。
その全てが、禪院家に入る。
「ただし」
悟は釘を刺す。
「その辺は本人達に言ってくれる? 勝手に決めるのなし。それと、恵の安全が確認できるまでは五条家で預かる。これは俺が恵に未来情報の代価として支払うものだから、譲れない」
「よかろう」
早い。
「禪院家を滅ぼせるほどのフィジカルギフテッド。五条家を任されるほどの男。そして十種影法術。総取りできるなら、これほどの条件はない」
「切り替え早くない?」
「書面に残すぞ」
「待って」
悟は手を上げた。
「子供達を呼ぶ。憂太はともかく、恵は中身だけなら俺と大して変わらない年だし」
襖を開ける。
ころころと子供達が出てきた。
聞いていた。当然2人は気づいていた。自分たちの将来の話だ。聞いてない方がどうかと思うので、悟は責めないどころか聞いている前提で問うた。
「で、どうする?」
悟が聞くと、憂太がおずおずと手を上げた。
「僕、まだ恵ちゃんをお嫁さんにするのも、あんまり実感なくて……。不思議な力を使うのは楽しいけど、パパとママのいない生活もまだ慣れなくて……」
「まあ六歳だもんな」
「大人になったら決めてもいいですか?」
「もちろん」
次に恵を見る。
「恵は?」
「おばあちゃん、真依さんのこと後悔してたから……」
恵は少し俯いた。
「おばあちゃんに、どうしたいか聞いてあげてほしいです。私は……五条家と禪院家の、より良い未来のためなら頑張れます」
「だって」
悟が直毘人を見る。
「本人達の意思を優先。そこは絶対ね」
「よかろう」
「あと俺としては一番大事なのは、当然俺の生存」
「うむ」
「俺が子供を作らないまま若くして死んだら、憂太に五条家を守ってもらわなきゃならないから、その時は五条家で憂太をもらう」
直毘人は即座に言った。
「はよ子供を作れ。もう子供ができる年齢だろう」
直毘人としてはそれはそう。子供を条件にするなら五条も努力しろ。
「嫌だよ!」
「先生、死ぬまで独身だったって聞きました」
恵が余計な情報を追加した。
直毘人の目が据わる。
「はよ結婚しろ」
「だから嫌だって!」
「それか乙骨憂太の子供で我慢しろ」
「なんで俺の人生設計を禪院家当主に決められなきゃいけねーんだよ!」
腹を割って話し合った結果。
禪院家は、五条悟が少なくとも三十歳まで生存するために全力を尽くしてくれることになった。
五条悟を宿儺に殺させない。
羂索を探す。
真希と真依を十年間意図して殺さないし、死ににくい環境の維持に務める。
真希と真依を鍛える。
恵の安全が確認できるまでは五条家預かり。
その代わり、悟が生き残って五条家の跡継ぎ問題が解決し、真希が禪院家を滅ぼす未来まで回避できれば。
十種影法術の恵。
未来で五条家当主代理となるほどの憂太。
甚爾を超える完全なフィジカルギフテッドとなる可能性を持つ真希。
本人達の意思次第とはいえ、その全員を禪院家へ迎えられる可能性がある。
禪院家大勝利の契約だった。
少なくとも直毘人にとっては。
問題があるとすれば。
禪院家では元より、次期当主の座を巡って直哉、扇、甚壱らの思惑が入り乱れている。
そんなところへ突然。
十種影法術を持つ甚爾の娘を次期当主候補にします。
未来の五条家当主代理候補も婿として引っ張ってくるかもしれません。
今まで落ちこぼれ扱いしていた真希は、将来甚爾以上の化け物になります。
ちなみに真依を殺したら禪院家が滅びます。
――などという話を放り込むことになる。
のちの禪院家が、荒れに荒れまくることが確定した瞬間であった。
まあ。
皆殺しにされるよりはマシだろう。