逆行したのにチートができない 作:タイムトリッパー
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私は呪霊が見えない。
禪院家に生まれたくせに、呪霊を見ることすらできない出来損ない。何度そう言われたか分からないし、これから先も言われ続けるのだろう。それでも、私は自分まで自分を嫌いにならないために、当主を目指したいと思っている。
強くなって、認めさせて、誰にも文句を言わせない場所まで登る。そうして、私達の居場所を、自分の手で作るんだ。私だけじゃない。真依も一緒にいられる場所を。
そのためなら、どれだけ馬鹿にされても構わないと思っていた。
◇
「真希。大事な話がある」
「はい」
呼び出された部屋へ入ってみれば、直毘人は珍しく酒を飲んでいなかった。
それだけでも妙だったが、もっと気に入らないのは顔だった。何がそんなに面白いのか、口元に薄い笑みを浮かべている。機嫌がいいと言ってしまえばそれまでだが、こちらにとってもいい話である保証などどこにもない。
嫌な予感しかしなかった。
「お前に縁談が来ている」
「……縁談?」
「五条家の分家筋に乙骨という小僧がおる。かなり強い術師になるそうだ。お前には、そやつの側室になってもらう。これは決定事項だ」
「五条家……?」
思わず眉を寄せた。
「仲悪いんじゃなかったのかよ」
御三家同士、表面上の付き合いくらいはあるにしても、仲良く手を取り合うような間柄ではない。ましてや、禪院家の人間をわざわざ五条家所縁の男へ嫁がせるなど、今までなら考えにくい話だった。
それにしても、側室。しかも私のような、呪霊の見えない幼児を。
相手はいったい何歳なのだろう。
自分のような子供を娶るという時点で、相当な年上なのは間違いない。幼児を側室にすると決めた男なら、変態である可能性も相当高い。真依ではなかったのは、呪霊を見えない価値のない女のほうがどう扱ってもいいからか。
真希が警戒していると、直毘人はその考えを知ってか知らずか、楽しそうに続けた。
「甚爾の遺言もある。それに禪院家にとって益も大きい。十種影法術が生まれたことは、お前も知っておるだろう」
「禪院 恵。禪院 甚爾の娘だろ」
知らないわけがない。
十種影法術。
禪院家相伝の術式の中でも、別格のものだ。
それを甚爾の娘が発現したという話は、すでに家中へ広がっている。それどころか、調伏の儀式に甚爾が乱入して式神を倒し、恵だけが調伏したことになったらしいという、意味の分からない噂まで流れていた。
いわく、カンニング。
十種影法術の調伏でそんな真似ができるのかと誰もが疑ったが、実際に恵が複数の式神を従えている以上、何らかの裏技が使われたらしい。
「そうだ。その恵を次期当主候補とし、乙骨を婿入りさせる。お前も側室としてつける」
「……よっぽど強いのか? そいつ」
十種影法術を持つとはいえ、女の恵を当主にしてまで迎え入れる男。
直哉ではなく不倶戴天の相手である五条家から連れてくるなんて、遺言があるとしても、余程の術師なのだろう。それこそ六眼クラスなのかもしれない。
そこまで実績をあげた男が若いわけがないので、相手は変態で確定のようだ。
「六眼が、己に何かあった際には次代の五条家を任せようと考えている男だ。術式は模倣。まだ幼児だが、呪力量だけなら六眼よりも多いらしい。先が楽しみな男よ」
「幼児?」
真希は瞬きをした。
「……相手も子供なのかよ」
「お前の一つ上よ。安心したか」
ニヤニヤと笑う爺。安堵を見透かされて悔しい。
だが、少なくともいい年をした男の側室にされるわけではないらしい。
しかし安堵した次の瞬間には、別の疑問が浮かんだ。
「幼児ですでにそこまで見込まれてんのか。そんな奴が、なんで私なんか欲しがるんだよ」
呪霊すら見えない。
術式もない。
禪院家では出来損ないとして扱われている自分を、側室とはいえ未来の五条家当主候補に嫁がせる理由が分からない。もちろんあった覚えもない。
そもそも、幼児同士の恋など誰が考慮するというのか。
直毘人の笑みが、ほんの少し深くなった。
「禪院恵は、術を喰らって未来から来ている」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
真希が眉をひそめても、直毘人は冗談だと笑うこともなく、そのまま話を続けた。
「未来で禪院家はお前によって滅ぼされ、お前は五条家当主代理となった乙骨憂太に嫁いだそうだ。儂も五条も、恵の証言には相当の信憑性があると見ている」
「……私が?」
禪院家を滅ぼす。
自分が。
呪霊を見ることさえできず、家の中で出来損ないと笑われている、この自分が。
直毘人の言っていることが本当なら、この老人は未来の自分に殺されることになる。それなのにどうして、そんなに楽しそうに笑っていられるのか。
「フィジカルギフテッド。甚爾がそうだった」
直毘人は、そんな真希の混乱など意にも介さない。
しかし、フィジカルギフテッド。自分は無能力者ではなかったわけだ。
「未来のお前は、甚爾を超えるほどの力を手に入れる。老いも若きも、術師も非術師も、男も女も、一切の区別なく禪院家の者を殺し尽くしたそうだ」
背中を冷たいものが這った。
それほどのことをした未来の自分が恐ろしいのか、それを知っていながら平然と目の前に座っている直毘人が恐ろしいのか、自分でも分からなかった。
けれど、その恐怖の奥底から、どうしても押さえられない感情が浮かんできた。
「私は……将来、そんなに強くなるのか?」
声が僅かに震えた。それは期待。それは薄汚い愉悦。
そんな自分を否定することはできなかった。恨みもある。欲望もある。コンプレックスだってある。
私は禪院家の女だ。
力を尊ぶこの家を嫌い、力がないと蔑まれることを憎みながら、それでも結局、自分自身も力を求めている。
甚爾を超える。禪院家を一人で滅ぼせる。
それは、自分は拾われ子供で、本当は大富豪の娘で、両親が迎えに来てくれたんだよと言われたに等しかった。
私は失敗作じゃない。いらない子供でもない。まだ完成していないだけ……。
「おお、強くなるとも」
直毘人は、笑った。
「真依を犠牲にすることでな」
真希の頭から、何もかもが消えた。浮ついた心は、冷水を被らされて凍える。
「……は?」
「双子は呪術において一人の術師として数えられる。お前達は互いが互いの足を引っ張っておるのだ。お前は呪力がないことこそが強みとなるフィジカルギフテッドだというのに、真依には呪力がある。そして真依にとっては、お前の体質が術師としての成長を阻害する」
「真依は関係ない!」
反射的に声を荒らげた真希を、直毘人は冷めた目で見た。
「あるさ。大ありだとも」
その声には、慰めも躊躇もなかった。
「お前が甚爾と同じ領域へ至るためには、残っている呪力すら邪魔になる。そして真依もまた、お前がいる限り一人の術師として完成できん。ならば片方が死に、二人で一つだったものを一人へ集めるしかない。未来では真依がお前に残った僅かな呪力まで持って逝き、ようやくお前は一人前となったそうだ」
「やめろ……」
「真依は今際の際に、お前のための武器を構築して死んだ。それを境にお前は完全なフィジカルギフテッドとなり、禪院家を滅ぼし、後には両面宿儺を倒す一助となった。真依が死ぬときに呪具を作ることがトリガーだったのか、殺すだけで覚醒がなるのか、他に条件があるのかはやってみないとわからんが……」
「やめろって言ってんだろ!」
畳を叩いた拳が震えていた。
ついさっきまで、自分が強くなる未来を聞いて嬉しいと思った。
その感情そのものが、急に汚らわしく思えた。
甚爾より強くなる。禪院家を滅ぼせるほど強くなる。
宿儺とだって戦える。
復讐できて、役立てて、必要とされて。
その全部が真依の死の上にあるというのなら、そんなものの何が嬉しい。
私が欲しかったのは、そんな力じゃない。
直毘人は震える真希をしばらく眺めていたが、やがてつまらなそうに目を細めた。
「儂としては、お前が真依を犠牲にして完成し、宿儺を倒して、それでも禪院家は潰さず、大人しく乙骨の側室に収まるのが一番都合がいいんだがな」
「そ、そんな恐ろしいこと……私にはできません」
「今更、手弱女ぶっても騙されるものかよ。自分の生まれ育った家を滅ぼしたと言われて、喜べる程度にお前は禪院の女だ」
吐き捨てるような声に、真希が顔を上げる。
直毘人の目からは、もう笑みが消えていた。
「儂はお前を殺さん。鍛えてもやろう。未来のお前が禪院家を滅ぼすと知っていてもだ。宿儺を倒さねばならんからな。だが、最後に何を選ぶかまでは儂が決めることではない。選ばせてやれと言われておる」
「……選ぶ?」
「力か、妹か」
部屋の空気が張り詰めた。
冗談ではない。そんなものは選択肢ですらない。
「真依の居場所が欲しくて、力が欲しいんだ!」
喉の奥が焼けるようだった。
「私が当主になって、誰にも馬鹿にされない場所を作って、真依が嫌なことをしなくても生きていけるようにしたいから強くなりたいんだ! 真依を犠牲にして強くなったら、何の意味もないだろ……!」
「その言葉、日本を犠牲にしても言えるものかな」
声が出なくなった。
直毘人は責め立てるでもなく、ただ事実を確認するように続けた。
「未来のお前は、完全なフィジカルギフテッドとなって宿儺討伐の一助となる。つまり、真依が生きている今のお前が同じだけの働きをできる保証はない。お前が妹を選んだ結果、宿儺を倒せず、東京どころか日本が滅びるかもしれん。それでも迷わず妹を選ぶと、今ここで言い切れるか?」
「……っ」
「選ばせてやれと頼まれたから、選ばせてはやる。だがな、選択肢とは、選べる状態になって初めて選択肢と呼べるものだ。何も知らず、何もできず、いざその時になって泣き喚くことを選択とは言わん。お前にはこれから鍛錬してもらう。真依を生かしたまま宿儺を倒せるほど強くなれるなら、それでよし。それができなかった時にどうするかは、その時のお前が決めろ」
逃げ道を塞がれていく。
禪院家への復讐か真依か、どちらかを選べと言われたら迷わず真依だ。
ただ、見知らぬ日本国民全てか真依か、どちらかを選べと言われたら今の真希には答えられなかった。
「……真依には言わないで」
絞り出した声は、自分でも情けないほど弱かった。
「真面目に訓練するなら、今は言わないでやろう」
「今は?」
「未来が変わらず、真依を犠牲にせねばならん時が来たなら、自分の口で頼むのだぞ。儂はやらん。お前が選ぶというのなら、その責任まで儂に押しつけるな」
吐き気がした。
自分が真依の前に立って、死んでくれと頼む。
私が強くなるために。宿儺を倒すために。日本を守るために。
そんな未来を想像しただけで、胃の奥がひっくり返りそうだった。
「そんなこと、絶対にしない」
真希は震える拳を握り締めた。
「私が宿儺を倒せばいいんだろ。真依が生きたままでも、私がそいつをぶっ殺せるくらい強くなれば、真依を殺さなくて済むんだろ」
「その通りだ」
直毘人は、あっさりと肯定した。
まるで最初から、その言葉を待っていたかのように。
「なら、やる」
「そうか」
「真依は死なせない。宿儺も倒す。禪院家だって……私が変えてやる。未来の私みたいに皆殺しになんかしない。私が当主になって変える」
「欲張りよの」
「誰のせいだよ」
「結構。欲があるのはいいことだ」
そこでようやく、直毘人は再び笑った。
「それに六眼が生き残れば、なお良い」
「……五条悟?」
「六眼が宿儺に殺されれば、乙骨憂太は五条家を守ることになっておる。そうなれば、こちらへ婿入りさせるどころではなくなる。それはいかん」
真希はしばらく黙ってから、心底呆れて直毘人を見た。
「今、日本が滅ぶかもしれないって話してたよな?」
「しておったな」
「妹を犠牲にできるかって私を脅したよな?」
「脅してはおらん。事実を教えて選ばせてやっただけじゃ」
「その流れで、まだ婿取りの話するのかよ」
「当然だろう」
直毘人は悪びれもしない。
「乙骨憂太は六眼が次代の五条家を任せようと考えるほどの術師。恵は十種影法術。お前は将来、甚爾以上のフィジカルギフテッドとなる。その血筋まで含めて禪院家で総取りできる可能性があるのだぞ。宿儺は倒す。六眼も生かす。それだけで十種の恵も五条家の珠玉の乙骨も宿儺を倒せるフィジカルギフテッドも禪院の物になるのだぞ。全部取れるなら全部取るに決まっておろう」
「……業突く張り」
「それが当主というものだ」
直毘人は笑った。
「直哉とかどうするんだよ」
「六眼が殺されたら彼奴が当主になるしかない。当主教育は継続する」
「何も言わずに?」
「何も言わずに」
「最悪……」
真希はその顔を睨みながら、握り締めていた拳をゆっくりと開いた。
どうやら、真依が生き残るのはかなり難しいらしい。
強くなる。
未来の自分が真依を失ってようやく手に入れたという力を、真依を失わずに超えてやる。
宿儺を倒せというなら倒す。
禪院家を変えろというなら、言われなくても変える。
使える手段は全部使う。
乙骨だの側室だの、そんな話はその後だ。未来で自分が誰と結婚したのかなど、今はどうでもいい。
ただ一つ。
未来の自分が、真依の死と引き換えにしか手に入れられなかったものを。
今度は二人とも生きたまま、手に入れてやる。
その日から。
禪院真希の訓練量は、目に見えて増えた。