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宇宙世紀0079。 地球連邦とジオンの戦いは熾烈さを極め、ジオンの地球侵攻スケジュールは少しずつ遅延していた。 その大きな要因の一つが、圧倒的な航空戦力への対応能力不足だった。
[PRINCIPALITY OF ZEON - TECHNICAL EVALUATION LOG]
画面上に無機質な警告音とともに、ジオン公国軍の識別エンブレムとタイムスタンプが浮かび上がる。
ノイズ交じりの映像に映し出されているのは、高高度から急速接近してくる3機のセイバーフィッシュ。連隊飛行を描きながら、ザクの姿を捉えたのだろう、反転し攻撃姿勢をとっている。
連邦パイロットの心理は容易に想像できた。 こちらの武装が鈍重な280mmバズーカであることは視認済み。宇宙空間ならいざ知らず、重力に縛られ旋回速度の落ちた機械の巨体など恐るるに足らず。
重力圏ならこちらの領域と言わんばかりの強気の姿勢で、バズーカの偏差照準などロール一つで回避し、20mm機関銃とミサイルでハチの巣にしてやる――そんな慢心が、機体の動きに表れていた。
突っ込むセイバーフィッシュに向け、ザクの右腕から放たれるバズーカ。
まず、鈍い発射音。 直後、空中で1度、突然の爆音とともに衝撃波が広がる。 次の瞬間、連続した無数の爆音が空を覆い、セイバーフィッシュ3機は回避の挙動すら入れられぬまま、同時に爆炎を上げながら墜落していった。
映像の隅で「TARGET ALL DESTROYED」の電子文字が点滅する。
インタビュアーが持つタブレットの再生が終了し、数拍の静寂を置いて男性が口を開いた。
「……こんなもの、よく残ってましたね」
汚れた作業服に身を包む男性の声は驚きと恥ずかしさを含んでいた。
彼はアルフレッド・レノックス。
元公国軍・第54補給廠・兵器改修班主任
現在はサイド6の民間整備工場で勤務している。
「これ、当時上層部に送った評価試験のガンカメラ映像ですよ。予算と資材を引っ張り出すために、一番見栄えのいいカットだけを切り取って作った提出用レポートです。……いやはや、穴があったら入りたい」
「では、こちらの映像に映っている兵器は?」
「ええ、間違いなく。H&L-SB25K/280mm-AA、つまり我々のチームが作った”ザクバズーカ 試作対空散弾頭型”です」
当時のジオン系MSの対空手段は、対空砲、ドップ、マゼラトップ、多くの面でセイバーフィッシュのほうが優れていた。
そんな中、切実に求められたのがMS用対空兵装。
現場からの無理難題をレノックス氏はこう振り返る。
「簡単そうに言われましたよ。何とかしろって」
「ミノフスキー粒子下ですよ、レーダーは使えない。しかも地球です。AMBACの優位性もない。これでどうしろって話です」
レーダーが使用できない状態で空中の戦闘機に攻撃を当てる。それがどれほど難しいことなのか、想像ができるだろうか?
レノックス氏はFSSが用意していた資料の一つを指さした。
そこにあったのはジオンの象徴、モノアイだった。
「当時の私たちはまず、相手を見つけるところから始めた」
「最初は単純でした。モノアイの望遠・測距センサーで捉えて、コックピットのモニターに
レノックス氏は自嘲気味に首を振る。
「セイバーフィッシュの速度はMSの旋回速度を遥かに上回っている。パイロットが画面を見て『よし、ここだ』と引き金を引いた時には、もうそこに敵機はいない。人間の反応速度じゃ追いつかないんです」
「そこで次の段階ですね。この映像のバズーカ。弾頭を改修し、面で捉える散弾構造にしたのですか?」
インタビュアーの問いに、レノックス氏は大きく頷いた。
「ええ。ですが、これも最初は全く当たりませんでした。280mmのザクバズーカの弾頭に20mmの
レノックス氏は照れくさそうに頭を掻いた。
「そこから先は、連日徹夜の泥沼ですよ。どうすれば『正確なタイミング』で爆発させられるか。通信もレーダーも使えない暗闇の中で、答えは一つしか残っていなかった」
彼は再び、タブレットに映るモノアイの資料を指さした。
「モノアイですよ。モノアイの複合センサーは、ロックオンした対象の距離と接近速度をミリ秒単位でリアルタイム計測している。なら、その数値をそのままバズーカ弾頭のチップに『発射直前』に書き込んでやればいいと気づいたんです」
「発射直前に、弾頭へデータを転送する……?」
「そうです。パイロットがトリガーを半押ししてモノアイで敵を捉えた瞬間、MSの
そこまで一気に語ると、レノックス氏は作業服の胸ポケットから煙草を取り出しかけ、思い出したように手を開いた。
「成功した時は、改修班全員で手を取り合って喜びましたよ。『これで勝てる、連邦のハエどもを落とせる』ってね。……ですが、本当の地獄はそこからでした」
「地獄、ですか?」
「アイデアと
レノックス氏の顔から笑みが消え、整備兵としての苦い記憶が蘇る。
「当時のジオン地上軍のOSは、現地改修やバッチ適用で各部隊ごとにバージョンがバラバラでした。この対空散弾を使うには、MS本体のFCS、バズーカのインターフェース、そして弾頭の制御チップ、この3つのプログラムを完璧に書き換えて同期させなきゃならない。
『弾を詰め替えれば使える』と思っていた現場のパイロットや整備兵に、どうやってこの煩雑なOSパッチの適用手順を叩き込むのか……。現場からは『そんなややこしいOSを入れてトラブルが起きたらどうする』『弾ごとにOSのモードを切り替える余裕なんて戦場にあるか』と、猛反発を受けましたよ」
「ですが、実際には効力を発揮したわけですよね」
インタビュアーが操作するタブレットから、ノイズ混じりの音声データが再生される。FSSが回収した、当時の第54補給廠直衛小隊に所属していた熟練パイロットの証言録音だ。
FSS ARCHIVES -107
取材対象者匿名希望にて、本映像はセキュリティレベル1に設定されています。
『……最初は整備班の頑固親父を殴ってやろうかと思ったよ。「敵機が上から急降下してくるときに、コックピットのマルチモニターでOSモードを
一息置くような吸気音が響き、パイロットの声が熱を帯びる。
『指示通り、接近してくるセイバーフィッシュに照準を重ねてトリガーを半押しした。モノアイの走査音が鳴って、バズーカをブチ込んだ瞬間――空の中で連邦のハエどもが一瞬で弾けたんだ。見えない巨大な網で叩き落とされたみたいにな。あの瞬間だけは、戻ったらあの親父に高級な酒でも奢ってやろうと思ったね』
[映像終了]
「現場では『悪魔の兵器』とまで呼ばれていたようですね」
インタビュアーは画面を切り替え、今度は連邦軍の公文書を表示させた。一年戦争後、アナポリス保管庫から押収された連邦軍第12航空隊の公式被害報告書だ。
『……キャリフォルニア外囲戦線において、敵MSより従来火器と異なる高高度「連続空中炸裂弾」による攻撃を受撃。レーダー反応無きまま、至近距離にて全方位からキャノピーおよび主翼を損壊・撃墜された。敵軍は誘導性能を持つ新型対空兵器を配備した可能性あり……』
「連邦側は、まさかそれが『バズーカの弾頭を詰め替え、OSパッチを手動適用しただけの代物』だとは夢にも思っていなかった。不気味な新型ミサイルだと本気で脅威に感じていたわけです」
インタビュアーの言葉に、レノックス氏は苦笑いを浮かべながらゆっくりと首を振った。
「連邦の記録なんて大げさなもんですよ。実際は、私たちが1機ずつテスターを当てて、コネクタの物理接触を調整して回った手作りの泥縄兵器です。運用できたのだって、私の目が届く範囲のたった6機程度でしたから」
「これほどの戦果を挙げながら、なぜ全軍への普及や正規採用に至らなかったのですか? もしこのOSと弾頭がジオン全軍に広がっていれば、地球降下作戦の航空被害は大幅に抑えられたはずですが……」
インタビュアーの問いかけに対し、レノックス氏は作業服の胸ポケットからようやく煙草を取り出し、カチリとライターの火をつけた。紫煙を細く吹き出し、どこか遠くを見るような目で呟く。
「軍隊ってのはね、優秀な兵器が欲しいんじゃない。『扱いやすい兵器』が欲しいんですよ」
彼は指先で、FSSの資料に書かれた「公国軍技術本部拒絶通知」の文字を突いた。
「当時のジオンは、現地改修のやりすぎでOSのバージョンが完全に乱立していた。そこにうちの『対空専用OSパッチ』なんてややこしいものを持ち込んだらどうなるか。弾頭を切り替えるたびにOSのモード変更が必要で、間違えればバズーカが不発を起こす。技術本部のエリート様からすれば『補給と整備の体系を破綻させる危険物』でしかなかったんです」
レノックス氏は吸い殻を灰皿に押し付け、自嘲気味に笑った。
「性能は抜群だが、現場を混乱させるからいらない、と。……まあ、兵器開発の歴史なんて、こんなものですよ。意外とね」