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静かな書斎で退役後の初老の男性――元・地球連邦地上軍の中佐がインタビューに答える。
当時は地球連邦地上軍 兵站統括本部に所属していた、ローレンス・H・バーネットはあの機体による襲撃を目の当たりにした一人だ。
彼はテーブルの上に当時の連邦軍基地を捉えた白黒の航空写真を広げ、指で示した。
「当時の我々がとっていた作戦が、悪路を活用した遅滞戦術だった」
彼は基地へと繋がる、鬱蒼とした密林の中に浮かび上がる2本の白い線を指差した。
「この道以外で基地に侵入しようとした場合、ジャングルを抜ける必要がある。モビルスーツ以外の手段では走破は困難。我々は対MS用の防衛網を敷いた。トーチカや、携行型ランチャーの配備。効力は大きく、関節部に攻撃を集中させることで、2機のMSを撃墜し敵の進行速度は明らかに遅延した」
「当時の戦況としては?」
「我々がやや不利でしたね。もしジオンがMSを何機か失うこと前提で攻勢を仕掛けた場合、我々は間違いなくやられていた」
「しかし、ジオン側から総攻撃を受けることはなかった」
「ええ、おそらくこの基地にそこまでの戦略的な価値を感じなかったのでしょう。そしてそれは概ね正しい。この基地は政治的パフォーマンスで生まれたもの、ジオンの侵攻が無ければ窓際部署以外の何でもなかったはずです」
インタビュアーが問いかける。
「つまりジオン側としても、貴重なMSをこれ以上消耗してまで攻め落とす価値のない拠点だった、と」
「その通りです。あんなジャングルでMSを無駄遣いする余裕は彼らにもなかったはずだ。もちろん背後に居られるのは不愉快でしょうが大した脅威ではなかった。……だが、彼らは諦めなかった。MSを損耗させずに、あの狭い一本道の防衛網を『一瞬で粉砕する』ための、狂気じみた兵器を投入してきたのです」
【戦場記録映像】
[PRINCIPALITY OF ZEON - FIELD DEPLOYMENT LOG]
RECORDING DEVICE: UNKNOWN RECONNAISSANCE DRONE
DATE: U.C.0079.09.14 / NORTH AMERICA FRONT
TARGET: MS-05B "ZAKU I" DESCENT-TYPE (EXPERIMENTAL)
ノイズ交じりのモノクロ映像。連邦士官が語った一本道の道上に、異様な姿のモビルスーツが現れる。
機体は旧式の「ザクI」。だがその全身には、マゼラ・アタックの余剰装甲を溶接し合わせた不釣合いなほど巨大な増加装甲板が括り付けられ、背中にはロケットの噴煙を曳く巨大な箱状のコンテナが背負われている。
機体背面の推進器が点火され、激しい爆発音とともに加速を開始する。
密林の狭隘な一本道を、爆音とともに旧ザクの巨体が軋みを上げて加速。回避運動すら不可能な一本道を、敵の防衛網へ向かって一直線に突き進む。
連邦軍のトーチカから放たれる20mm重機関銃の曳光弾と、61式戦車の90mm砲弾が襲い掛かる。
避けようのない砲撃を、前面の巨大な複合シールドで強引に受け止める。火花が飛び散り、装甲が削り取られて爆煙が立ち込めるが、勢いは衰えない。
バシュ、バシュ、バシュ、バシュ――!
爆破ボルトの鋭い破砕音が4度響く。
加速用の使い捨てロケットブースターを爆散させながら、機体は爆煙を突き抜けて連邦軍の防衛線中央(トーチカ陣地)へと突入。
一斉にミサイルポッドが火を噴き、トーチカ、61式戦車、歩兵陣地で爆炎が上がる。一時的に敵陣地に沈黙が訪れる。
直後、背中のコンテナの側壁ハッチが爆発とともに跳ね上がった。
コンテナに取り付けられた銃座から弾丸の雨が降り、連邦兵の頭を押さえる。迎撃の出遅れ、その隙に煙の中から飛び出したのは、黒い戦闘服に身を包んだジオン軍の歩兵たちだった。
一本道を力任せに突破され、目と鼻の先で雪崩れ込まれた連邦兵は大パニックを起こす。
同時に正面から追加の敵兵が迫っているのが見える。
歩兵群は二の足を踏むトーチカの銃眼へ指向性爆薬を投げ込み、陣地を内側から全滅させていく。
連邦兵はまともに連携も取れない中、崩壊していった。
【インタビュー映像】
【FSS音響・映像アーカイブ:0085-NA04】
取材対象:ハンス・シュミット(元公国軍 地上強襲歩兵小隊 兵員 / 現・民間鉄鋼所 溶接工)
サイド6の静かなアパートの一室。
かつてジオン公国軍・地上強襲歩兵小隊に所属し、現在は溶接工として暮らすハンス・シュミットが、静かに語り始める。
「外部映像で見ると爽快に見えるかもしれないがね……あの背中のコンテナの中は、純然たる地獄だったよ」
ハンスは自身の胸元を軽く叩き、当時の恐怖を噛み締めるように目を細めた。
「中に並んでいたのは、MSのパイロット用を簡略化したような、5点式拘束ハーネス付きシートだ。そこに1個小隊、12人の歩兵が身を寄せ合って縛り付けられる。窓なんてない。外の様子を知る術は一切なく、頼れるのは天井にある3色の信号ランプだけだった」
• 赤ランプ: 降下・加速開始
• 黄ランプ: 防衛線突入(衝撃耐性姿勢)
• 青ランプ: ハッチ開放・突入指示
「赤が点灯し、ブースターが点火した瞬間、凄まじいGで内臓が背中に貼り付くかと思った。ガタガタとコンテナ全体が狂ったように震え、外からは『カン!カン!』と敵の弾丸が装甲を叩く音が連続して響く。被弾するたびに『次は自分たちの番か』と生きた心地がしなかった」
「多分誰かは吐いてただろうな。オイルと火薬、吐瀉物の入り混じった匂いだ」
「だが、黄から青に変わった瞬間――ハッチが吹き飛び、眩しい光とともに敵陣のど真ん中に放り出される。目の前にはパニックを起こした敵の背中だ。恐怖は一瞬で殺意と快感に変わったね。作戦自体は、恐ろしいほどの成功だった」
【FSS音響・映像アーカイブ:0085-NA07】
取材対象:匿名希望(元公国軍 技術士官)
薄暗く煙草の煙が燻る場すえの酒場。
取材班の向かいに座っているのは、だらしなく肥えた腹、無精ひげとくたびれた衣服に身を包んだ男――『デサント』の設計を担当した元・技術士官の男だ。
「酒飲んでいいかい。ここはあんたのおごりだろ」
すでに酔っ払っているのではないかと思うほど顔を赤くした男の問いに、無言で手を向けて了承の意を示す。
聞かずともその姿をみれば今どんな生活をしているかがうかがえる。
ただ、グラスを持つ手はタコや豆がつぶれて、それでもその手を酷使してきた分厚い職人の手だった。
「しかし、あんたらの会社もよくやるね。あんなの今更調べたって何の役にもたたんだろうに」
「あの戦争の知識を集積し、のちの時代につなぐ。それが我々の使命ですので」
「そうかい。まぁ酒の分だけ答えるよ。で何が知りたい」
「ではまず、なぜあのようなものを作ったのですか?」
深く椅子に腰かけて、思い出しながら語る。
「あら、たしか参謀部のほうからの指令だ。結果として求められた出来だったぜ。つぎはぎだがな、求められたスペックを出すことだけを考えた。デザインは醜悪、安全性はカツカツ、開発コードネーム『デサント』。俺らのチームが生んだどうしようもないMSさ」
男は一気にグラスを干すと、テーブルに叩きつけるように置いた。
「いいか、あの機体には民間用の農業用トラクターの部品も使われた。すべての装備がその場しのぎのツギハギだ」
男はグラスの底に残った氷をカランと鳴らし、灰皿に煙草を押し付けながら、テーブルに図面を広げるようにジェスチャーした。
「要するにだ、『MSを消耗したくない、だが目の前の頑丈な陣地を今すぐ突破したい』っていう上層部のええかっこしいの身勝手なワガママだよ。余っていた旧式のザクI(MS-05)に、捨て値の増加装甲と、使い捨てのロケットブースターを直付けした。中の歩兵の乗り心地? 知るかよ。死なずに現場まで届きさえすればそれで合格だったんだ」
図面の一部、背面の部分を拡大し、何点か指差す。
「まず、背中のコンテナを押し出す推進力だ。ザクIのジェネレーターじゃあんな巨大な鉄箱を担いで走る出力なんてねえよ。だから、本気で走る数秒間だけの『使い捨て』にした」
「使い捨て、ですか?」
「ああ。戦艦の姿勢制御用に使われていたロケットエンジンの廃品を流用し、コンテナの底部にボルト止めしたんだ。制御系? そんな洒落たものはねえ。点火したら最後、燃料が燃え尽きるまで一方向に加速し続けるだけのただの『爆薬の束』だ。方向転換なんて考慮しちゃいない。使い終わったら、爆破ボルトでボキッとフレームごと切り離して捨てちまう。まさに文字通りの『使い捨て』よ」
インタビュアーに質問を挟ませる余地すら与えず、喋り続ける。
「正面からの弾幕をどう防ぐかって? そりゃあ最新のルナ・チタニウム合金の装甲板なんて回ってこないさ。だから、北アフリカ戦線で撃破されたマゼラ・アタックの砲塔装甲や、そこらの工場のスクラップ鉄板を何枚も溶接して重ね合わせたのさ」
「かなりの重量になりそうですが」
「重けりゃ前傾姿勢で突っ込めばいいのさ。ただの鉄板の塊だからな、対戦車ライフルの直撃を受ければベコベコに凹むし、貫通はしねえが衝撃で中のパイロットの脳みそが揺さぶられる。だけど、敵のトーチカからの20mm機関銃の雨を真正面から受け止める『動く盾』としては十分だった。ボロボロになった盾を毎出撃ごとに剥がして、また新しい鉄板を引っペがして溶接し直す。俺たちの仕事は毎日が鉄工所のおっさんだったよ」
酔いが回るほどの量でも時間でもないが、まるで酔っ払いのように語る。
恐ろしいほどの眼光と、熱量。
彼は今あの頃を、ジオンの軍服に身を包んでいた時間を生きていた。
「一番の力技は、あの歩兵を押し込んだコンテナそのものだ。ただの箱じゃ歩兵が乗っかってるだけの棺桶だろ? だから、展開時の自衛用に、コンテナの左右と背後に対空機関銃を無理やり取り付けた」
「コンテナの中から撃てるようにしたのですか?」
「そうだ、歩兵展開時にコンテナから弾をばらまき、展開の補助を行う!!」
熱量は収まる事なくエスカレートしていく。
「そして極めつけが、あの旧ザクに持たせた『4連装ハンドミサイルポッド』だ」
男はグラスを指で軽く叩き、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「長距離の精密射撃? そんなの求めてねえ。敵のトーチカの銃眼や、目の前に立ち塞がる61式戦車の装甲を、一瞬のすれ違いざまに文字通り『叩き潰す』ためだけの暴力装置だ。航空機のロケット弾ポッドを無理やり手持ちサイズに改造し、トリガーを引けば4発の小型ミサイルが同時に、あるいは連続して火を噴く。照準器なんてロクなもんじゃない。敵の真ん前を通り過ぎるそのコンマ数秒の間に、目の前の障害物に向けてぶっ放すだけの『一発勝負の割り箸鉄砲』よ」
「でもな、これぐらいばかげた兵器は意外と効果的なんだよ。あまりにもバカすぎて、対策なんてしないからな」
高笑いする男に取材班は、最後の質問を投げかける。
「それほどの戦果を挙げながら、なぜ『デサント』はわずか数回の運用で消えたのですか?」
酒場の男は自嘲気味に笑い、手持ち無沙汰そうに煙草に火をつけた。
「決まってんだろ。連邦がジムを投入し始めたからだよ」
「……ジム、ですか」
「ああ。動きの遅いトーチカや61式戦車相手なら、あの力押しも通じた。だがな、ビーム兵器を持った高機動なモビルスーツ相手に、コンテナなんて重りを背負って直線にしか動けない旧ザクが遭遇してみろ。ただの巨大な的にすぎねえ」
連邦士官とハンスの証言にも同じような内容があった。
『バーネット:我々にジムが配備されてからは、あの手の強襲は二度と成功しませんでした。射路の決まっている巨大な標的など、ビームスプレーガンで十分でしたから』
『ハンス:2回目の出撃の時だった。歩兵を降ろした後、身軽になったはずの我が隊のザクIが、現れたジムに一瞬で胸を撃ち抜かれて爆発した。俺たちの小隊も半分が溶けたよ……』
男は煙草の煙を吐き出しながら、低く呟いた。
「戦場のルールが変わっちまったんだよ。泥臭い現場の工夫や、旧式機の使い潰しなんて通用しない、MS同士の機動戦の時代が来た。あのコンテナも、ザクIの骨組みも、用済みになって打ち捨てられたのさ」
男はグラスを指で弄び、最後にてめえの職人としての手をじっと見つめた。
「……まあ、俺が設計したあの不格好な箱も、あのクソみたいな仕事も、死んで行った将兵も、あんたらの記録に残るなら、少しは意味があったのかもしれんがね」