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月面都市フォン・ブラウン。アナハイム・エレクトロニクス(AE)社の広大な開発地区の最外縁、かつて旧式の推進器実験に使われていた古い実験棟の一角に、「第7開発局」のオフィスはある。
クレーンの金属音が遠く響く薄暗い通路を抜け、油と焦げた電子基板の臭いが漂う部屋に入ると、そこには最新のホログラム端末ではなく、油にまみれた紙の設計図や古びたペーパーウェイトが散乱していた。
「私のところまで取材に来られるとは、知り合いから聞いてはいましたが、熱心な方達ですね」
応対してくれたのは、現役のエンジニアであるヴァルター・グローピウス氏だ。だらしなく胸元を緩めた作業着の胸ポケットからは、旧ツィマッド社のマークが刻まれた万年筆が覗いている。
かつてツィマッド社でヅダやドムの高出力熱核エンジン開発に携わっていた技術者たちが集うこの部門は、社内で通称“エンジン屋”と呼ばれている。
「……もっとも、“エンジン屋”なんてのは今やただの別称ですよ」
ヴァルター氏は自嘲気味に鼻で笑い、マグカップのぬるくなったコーヒーを口に含んだ。
「本物のエンジン専門部隊なら、ロケットや高高度戦闘機、それどころか民生用の推進プラント向けに引っ張りだこで、本社ビルの上層階に綺麗なお部屋をもらってますよ。ここに追いやられているのは、MS開発しか脳のない不器用な連中だけだ」
AE社の本流――旧ジオニック系やアナハイム生抜きのラインからは完全に外れた第7開発局。採算が合わないようなニッチな案件や、社内政治の弾き飛ばし先として「面倒な仕事は第七にやらせておけ」と押しつけられるのが日常茶飯事だという。
「まあ、我々も生き残るために必死ですからね。予算の穴埋めのためなら、表に出せないような仕事……例えば、地球に落ち延びたジオン残党の私設修理や、素性の怪しい民間軍事会社(PMC)からのグレーなパーツ改修依頼なんかも、背に腹は代えられずに引き受けていますがね」
ヴィクター氏が腰掛けた椅子が軋みを上げる。
「それで、私に何を聞きたいので?」
「はい。当時のジオンMS”ドム”についてお伺いできればと」
「私にですか?私はエンジンにもフレームにも、ましてやホバー機構にも携わってませんよ」
インタビュアーがタブレットを操作して、いくつかの資料を映し出す。
「今回お伺いしたいのは、こちらについてです」
「ははぁ、これはこれは…」
スクリーン上に映っていたのは、左手にバズーカ、右手にハルバード、そして明らかに改造されている拡散ビームが見て取れる。
かすれた古い、ドムの写真だった。
MS-09 ドム (DOM)
地球降下作戦以降、ジオン公国軍の主力を担っていた「MS-06J ザクII(陸戦型)」は、二足歩行による陸上移動速度の遅さが深刻な課題だった。
広大な地上戦線における移動効率の悪さと、地球連邦軍の航空戦力・長距離砲撃に対する脆さを克服するため、「単体で自力高速移動が可能な重装甲・高火力の陸戦用MS」が求められた。
ヅダがジオニックのザクに後れを取って以降、MS開発に力を入れていたツィマッドは自社の強みである推進系技術に目をつけ熱核ジェットエンジンを脚部および腰部スカート内に内蔵し、地表を滑空する「ホバー走行(地表効果利用)」コンセプトを確立。
地球降下作戦中盤から量産体制へと移行した。
オデッサ作戦前後からアフリカ・東欧・アジア各戦線へ順次配備。連邦軍の主力戦車61式戦車や戦闘機部隊を圧倒し、ジオン地上軍の防衛線を支える中核として機能。
一年戦争後半の地上戦において、MS-09ドムは「ジオン公国軍が生み出した最高の傑作重陸戦用MS」とされている。
「ヴァルター氏に伺うのであれば、本来ギャンのシールドミサイルであるべきかもしれませんが、それはまたの機会にさせていただき、今回はこのドムの試作型ハルバードと突入型フラッシュジャマーについて聞かせていただければ」
ヴィクター氏は少し照れたように恥ずかしげに頭頂部をかきながら、口を開く。
「うーん、どこから話しましょうか?当時のツィマッドがMSのノウハウをどうやって貯めたかはご存じですか?」
「確か、ザクをライセンス契約で作成された」
「そう、それでMSのノウハウを貯めた。でも武装についてはザクが使える武装をツィマッドから出そうとしていたからそれなりに知見があった。面白かったですよ当時は、エンジニアは横のつながりが強くてね。武装を改造していろんなことをやろうって。中にはOSにまで手を出す連中までいましたよ」
どこか懐かしむような雰囲気。マグカップの中のコーヒーを飲む彼に先を促す。
「最初は拡散ビームからですよ。あんなぴかぴか光るだけの物いらないだろって文句。私たちのチームからしても困ったもんですよ。なんせほんとは使えるはずのビーム兵器が使えないんだから」
「エンジン出力が足りなかったわけですよね」
「そう。ほんとはゴッグの腹部メガ粒子キャノンの要領でビーム兵器が使えるはずだった。それがホバー機構のためにおじゃんです」
「改良が求められたわけですね」
「フラッシュ、EMCジャマー、実弾兵装や、グフのヒートロッドをもとにした電磁ネット。いろいろ試しましたが、どれもいまいち。結果として寒冷地仕様なんてオミットされましたから」
「しかし、一部とはいえこのフラッシュジャマーが搭載されたわけですよね。何があったのですが」
「試作型対MSセンサ用チャフスモーク。我々は
[PRINCIPALITY OF ZEON - FIELD TEST LOG]
RECORDING DEVICE: MS-09 (CARLO ROSSI CUSTOM) FRONT CAMERA
DATE: U.C.0079.11.02 / NORTH AFRICA FRONT
TARGET: RGM-79 "GM" SQUAD
乾いた砂塵が舞うアフリカの平原。3機の連邦軍「ジム」が視界を警戒しながら、低姿勢で前進してくる。 そこへ、地表を揺らす重低音のホバー音とともに、1機のドムが突進する。
ブシューッ――――!
ドムの胸部ノズルから、墨を流したような漆黒の煙幕――AMSTSが扇状に吐き出され、
バシュッ
と怪しい光が放たれた。
次の瞬間、連邦軍ジム小隊のメインモニターが狂い乱れた。 複数センサーの合成処理を行っていたOSのCG補正システムが崩壊。コックピットのメインモニターが砂嵐と警告文字(HARDWARE ERROR: CG-COMPENSATION FAILED)で埋め尽くされる。
「な、なんだ!? 画面が狂った!」 「敵襲だ!とにかく撃て!!」
パニックに陥った連邦の隊長機が、手探りでビームスプレーガンを連続掃射する。
ズババババッ!
ピンク色のビーム光が、黒煙を切り裂いてドムの胸部へ直撃した。
――しかし
発射されたビームは、煙幕内に充填された微細な金属粉末と熱吸収塗料によって激しく拡散・減衰されていた。本来ならドムの装甲を貫通するはずのエネルギーは「ただの熱圧力」へと変貌し、ドムのぶ厚い重装甲の表面塗料をドロドロに溶かし、焦げ付かせる程度にとどまった。
CG補正を切ったぼやけたアナログ画面の中、一切の減速なしで黒煙を突き抜けてくる巨体。 ドムの右手に握られた試作ハルバードの刃が、外付けのケーブルから高電流を受けて真っ赤に白熱していた。
ズサァッ!
長柄のリーチを活かし、ジムのビームサーベルの間合いの「はるか外側」から振り下ろされたハルバードが一閃。 ホバーの時速200キロを超える運動エネルギーがそのまま刃に乗せられ、棒立ち状態のジムの右腕とビームスプレーガンを、肩の装甲ごと容易く叩き切った。
ドムはそのまま旋回し、シールドすら掲げられない2機目のジムのコクピットへ、ハルバードの柄先(柄頭のスパイク)を突き立ててダイレクトに貫通。 さらに反転の勢いを殺さず、巨大な装甲の質量で3機目のジムへ体当たりを見舞い、転倒・踏みつぶした。
わずか数十秒。連邦の主力MS3機は、反撃の糸口すら掴めぬまま沈黙した。
[戦闘映像終了]
「AMSTSですか?」
「ええ。連邦のMSは機体各所の複数カメラとセンサーから得た情報を、高度なOSでリアルタイム処理して鮮明なCG映像をパイロットに見せていた。だがAMSTSは、微細な金属粉末と熱吸収塗料の粒子を噴射して、そこにフラッシュをあてる。するとセンサが金属の熱源を感知する。CG補正システムを内部からパニックに陥れ、存在しない大量のデコイを生み出すんです」
「なるほど……」
「補正機能を強制オフにしないと、画面がいるはずのないドムや謎の黒い影で埋め尽くされますからね。だが、補正を切った画面というのは、ぼやけたただのアナログ光学映像だ。普段から優秀なOSのCG補正に甘えていた連邦のひよっこどもには、それだけで十分な致命傷になった。もちろんジオン側のも同じくCG補正を切りますが、ジオンはモノアイだ。光学映像の精度が違う。まるで眼鏡をはずして、そうですね視力0.3ぐらいの世界で戦わされる事にはなりますが」
インタビューを進める中で、取材班はドムの右手に握られた巨大な長柄武器――試作ハルバードに話題を向けた。 刃の基部からは無骨な動力ケーブルが剥き出しで伸び、機体の肘ウェポンラックへと不格好に接続されているのが写真からも見て取れる。
「ヴァルター氏、このハルバードもあなた方の関与したものなのですか?」
「ええ。ドムの標準武装であるヒート・サーベルは、使い切り……つまり使い捨てだったでしょう?」
「発熱体が焼き切れたら投げ捨てる仕様ですね」
「連邦のジムが持っているビームサーベルのリーチと切断力が脅威だった。時速200キロを超えるホバー走行で敵とすれ違いざまに斬り結ぶ際、ヒート・ソードじゃ、刀身が届く前にこっちが斬られるか、腕ごと持っていかれるリスクがあったんです」
ヴァルター氏は苦笑混じりに煙草に火をつけた。
「だから作ったんです。『使い捨てず、ジムのビームサーベルの届かない間合いの外から、ホバーの運動エネルギーごと叩き潰す長柄武器』をね」
【インタビュー映像】
【FSS音響・映像アーカイブ:0085-NA08】取材対象:カルロ・ロッシ(元公国軍大尉 / 現・民間輸送船 艦長)
かつてアフリカ戦線でこの実験機を駆っていた元ジオン公国軍大尉、カルロ・ロッシのインタビュー映像へ移る。 現在は民間輸送船の船長を務めるカルロは、酒焼けした太い声で当時の生々しい記憶を語り始めた。
「ヴァルターの爺さんは理屈ばかり並べただろ? だがな、あの戦場でドムに乗っていた俺の視点から言わせてもらえば……あの瞬間、俺は『あぁ、ここで死んだ』と本気で覚悟したよ」
カルロは太い腕を組み、遠い目をして笑った。
「連邦のジムと出くわしてAMSTSを焚いたところまでは計画通りだった。だが、連邦の隊長機が勘で撃ってきたビームスプレーガンの閃光が、視界一面を真っ白に染めたんだ。ドムの胸部に直撃音が響いて、コックピットの中まで塗料が焼ける強烈な焦げ臭さが充満した。『終わった』と思って、思わず目を瞑って歯を食いしばったさ」
しかし、爆発は起きなかった。
「目を開けると、コックピットの警告アラームは鳴っていたが、機体は死んでいなかった。ホバーの推進力も死んでいない。胸の装甲が見たこともないくらいドロドロに溶けてドロドロの鉄くずみたいになっていたが、内部のフレームやパイロットルームまでは届いていなかったんだよ。ビームの威力が、あの黒煙の中で完全に殺されていたんだ」
カルロは拳を握り締め、力強く頷いた。
「『生きている!』と分かった瞬間の脳汁の出方は凄まじかったね。死の恐怖がそのまま狂暴な殺意にひっくり返った。手元には、ジムのサーベルよりはるかに長いハルバードがある。相手は画面がボヤけてオドオドしている。あとはもう、ホバーの勢いに任せて敵をぶち殺すだけだった。あの泥縄の武器と不格好なスモークのおかげで、俺はこうして生きて酒を飲めているのさ」
映像を見切ったヴァルター氏は淡々と語った。
「……連邦のOSが優秀であればあるほど、その補正機能を逆手に取ったAMSTSは刺さった。文字通り、ジムを『目隠しされた木偶』に変えてハルバードで叩き潰したんです」
「それほどの戦果を挙げながら、なぜ広まらなかったのですか?」
ヴァルター氏は煙草に火をつけ、静かに煙を吐き出した。
「理由は単純な事です。戦場が宇宙へ移ったこと、そして連邦が本格的な高出力ビームライフルを標準化し始めたからです。
「本格的なビームライフル、ですか」
「ええ。スモーク程度で減衰できるのは、威力の低いビームスプレーガンまでだったんです。ゲルググや高出力化した連邦機が放つ本物のビームの前には、いくら粒子を撒いたところで貫通される。おまけに無重力の宇宙空間じゃ、スモークなんて基礎研究も始まってない」
ヴァルター氏は自嘲気味に笑い、手元のアナハイムのロゴが入った資料を見つめた。
「だが、無駄ではなかった。『敵の光学・電子センサーとOS補正を同時に機能不全へ追い込む』というコンセプトと、ビームの拡散データ。それらは巡り巡って、のちの時代における各種ビーム・攪乱幕やECM兵器、そしてMSのステルス技術の基礎データとして、しっかり残っていますから」