FSS ARCHIVES   作:鈴見悠晴

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第五話 ゲルググ ”エルピス”

空気清浄機の低い作動音と、遠くのプレス機が刻む微かな振動が、狭い室内を静かに満たしていた。

コロニーの片隅に位置する古びた工場の事務室。雑然と書類が積み上げられたパイプ椅子の対面で、初老の技術者は温和な笑みを浮かべ、薄い紙コップのお茶を一口すすった。作業着の袖から覗く手首には、長年油に塗れてきた職人特有のしわが深く刻まれている。

 

「あの頃……ジオン末期のモビルスーツ開発というのは、お世辞にも効率的とは言えませんでしたよ。とにかく複数のプロジェクトが、支離滅裂なまでに同時並行で進んでいましたからね」

 

彼は懐かしむような、どこか呆れたような視線を明かり取りの小窓へと向けた。

 

「ギャンやゲルググの主力争いだけじゃない。ペズン計画に、キマイラ隊主導のヒュドラ、リック・ドムの改修、はてはビグロのような大型モビルアーマーから、胡散臭いニュータイプ用の専用兵器まで……」

 

彼はふっと息を吐き、指を折り折り数え上げるのをやめた。

 

「最初からもう少し開発ラインを絞っていれば、戦局も……いや、せめて現場の混乱だけでも、もう少しマシになっていたとは思いますよ」

 

自嘲気味に肩をすくめるその姿には、凄惨な大戦を生き抜いてきた者特有の脱力感と、どこか親しみやすいお人好しさが同居していた。

 

「……っと、これは最後まで前線に残り続けた、しがない一技術者のたわごとですよ。聞き流してください。当時、学閥や成果のある優秀な連中はみんないち早くヒュドラのプロジェクトか、グリプスへ引き抜かれていきましたからね。取り残された我々なんて、体よく放り出された除け者みたいなものですよ」

 

そこまで言うと、彼は机の脇に置かれた一冊の古いデータフォルダに視線を落とした。そこに映し出されているのは、かつて彼らが組み上げたであろう、無骨な機体の初期図面だ。彼の眼差しに、技術者としてのわずかな誇りと熱が宿る。

 

「ですが……そんな除け者たちのチームにとっては、これが最高傑作と言えるのかもしれませんね」

 

彼は少し胸を張り、昔を思い出して少し得意げな笑みを浮かべた。

 

「なにしろ、とにかくパイロットに、あの若い彼女に生きて帰ってほしかった。それ一心でしたからね。彼女を生きて帰せた。それで十分でしょう」

 

「ゲルググキャノン――C型の仕様をベースにしてね、とにかく装甲を限界まで厚く補強したんです。コックピット周りや、ジェネレーター、他にもいろいろ。それに、仲間内のエンジニアのつてを頼って、なんとか耐ビーム塗料を少し手に入れてね……まあ、戦場のビーム兵器に対しては気休め程度にしかならなかったかもしれませんが、塗らないよりはマシでしょう? さらにマリーン……F型のプロペラントタンクをそのまま接続して、推力と戦闘継続時間を強引に確保した。機動性と航続距離、そして生存性。パイロットが死なないための工夫なら、思いつく限り全部詰め込んだんですよ」

 

当時の苦心が思い出されるのか、彼の言葉にはどこか熱が籠もっていた。しかし次の瞬間、彼はモニターの画像を次のページへと送り、ふっとその熱を冷ますように溜め息をついた。

 

「……ただ、私たちがこの機体に直接携わったのは一年戦争の終わりまでです。ご覧になればお分かりでしょう? あちこちのフレームや装甲が、明らかに後年、大規模な改修を受けて書き換えられていますよ。これほどの改装、我々の手には余ります。私たちは彼女をあの戦場からは帰せても、故郷には帰してあげられなかった」

 

聞き手が「あの名前は…機体の正式名称か、開発コードネームか何かですか?」と問いかけると、彼は困ったように目尻のシワを深め、首を横に振った。

 

「コードネームですか? いやいや、そんな大それたものじゃありませんよ。司令部から与えられたのは無機質な型式番号だけです」

 

彼は少しだけ言葉を切り、冷めかけたお茶に視線を落とした。事務室の換気扇が、カタカタと小さく音を立てる。

 

「まぁ……今となっては、あの名前自体が一種の呪いなのかもしれませんがね」

静かな声だった。だが、その言葉には重い歴史の余韻が籠もっていた。

 

「エルピス――『希望』です。私たちは影で、この機体をそう呼んでいました」

 

 

【戦場記録映像】

[FIELD ENGAGEMENT LOG]

RECORDING DEVICE: MS-06 ZAKU II - MONOEYE CAMERADATE / LOCATION: U.C.0079.12.31 / SPACE FORTRESS A BAOA QU

TARGET: MS-14 ELPIS GELGOOG - COMBAT FOOTAGE

 

 

ノイズ混じりのメインカメラ映像には、光と熱の地獄絵図が映し出されていた。

宇宙世紀0079年12月31日。宇宙要塞ア・バオア・クーを取り巻く暗黒の宙域は、散発するビームの閃光と膨れ上がる爆炎によって、四方八方から歪に照らされていた。戦場はすでに陣形など意味をなさない乱戦へと激化している。

 

その混迷の宙域の一角に、異様な連携を見せる4機の小隊が存在していた。

 

中央に陣取る1機のモビルスーツ。それを護るように、2機のリック・ドムが巨躯を滑らせて全方位へジャイアント・バズを叩き込み、1機のザクIIが泥臭くマシンガンを撒き散らして接近する敵を牽制している。3機の熟練機甲兵は、必死の様相でその「1機」を庇い続けていた。

 

中央にいるのは、異様な容貌をした機体だ。ゲルググキャノンのC型装備をベースにしながらも、胸部や膝部には無骨で過剰なまでの追加装甲が溶接されている。塗装はまばらで、粗雑に塗り重ねられた耐ビーム塗料が、周囲の爆閃を鈍く反射していた。さらに腰部には、本来ならシーマ艦隊などのマリーン(F型)で運用されるはずの長大なプロペラントタンクが無理やり接続されている。

 

あまりにも歪で不恰好なその姿は、現場のエンジニアたちが「なんとしてでもパイロットを生きて還す」という一念だけで組み上げた歪な執念の塊だった。

 

「嬢ちゃん。落ち着いてな。深呼吸だ――ライフルもキャノンも、ちゃんと冷却しながら撃てばいい。嬢ちゃんの射撃精度なら、焦らなくたって問題なく当たるはずだ」

 

ザクのコックピットの中で、ベテランパイロットはザラついた回線を通じて優しく語りかけた。通信の向こう側から聞こえるのは、荒い息遣いと、過酷なGに耐える若い女性の小さく震える声だ。

彼の言葉にいくらか落ち着きを取り戻したのか、歪なゲルググキャノン――『エルピス』の単眼(モノアイ)が光を増した。

 

次の瞬間、肩部に増設されたビーム・キャノン砲と、右腕のビーム・ライフルが、完璧な交互射撃を開始した。

 

ズドン、ズドン――。

 

暗闇を切り裂く高出力の光束。宙域を急迫していた連邦軍のジムが、回避行動を起こす間もなく次々と胴体を撃ち抜かれ、内部から弾け飛んで爆炎へと変わっていく。

恐ろしいほどの射撃精度だった。

 

パイロットの直感か、それとも類まれな空間把握能力か。彼女の視界には、もはや戦場の全方位が見えているかのようだった。前方のみならず、背後から接近する機影、障害物の陰から忍び寄る敵、足元をすり抜けようとする機体――360度全方向からの脅威に対し、エルピスはまるで予測していたかのように正確な偏差射撃を繰り出していく。敵を捕捉してからトリガーを引くまでのタイムラグが皆無に近い。メインモニターに表示される射撃命中率は、優に80%を超えていた。

 

だが、その圧倒的な戦果は、当然ながら連邦軍の警戒を引き寄せることとなった。

 

「チッ、派手にやりすぎたな! 連邦の群れが寄ってくるぞ!」

 

ザクのモニターに、接近する複数の赤点(ホスタイル)が警告音とともに点滅する。数機のジムを伴い、遠方から射撃を繰り出してきたボールの編隊だ。ザクはスラスターを全開にして滑り込み、死角から迫っていたボールの胴体を力任せに蹴り飛ばした。爆発するボールの破片を盾にしながら、ベテランは叫ぶ。

 

「訓練通りに行くぞ、お前ら! 嬢ちゃんは所定のポイントまで即座に後退! ブラド、ウィリアン、20秒だ! 連邦の足止めをするぞ、わかってるな!」

 

「了解!」

 

「任せとけ、隊長!」

 

2機のリックドムがバズーカとスプレッド・ビームを交互に放ち、強烈な弾幕を形成する。その隙に、ゲルググキャノンは背部スラスターを吹かし、急ピッチで後方へと距離を取り始めた。

 

しかし、連邦もさるもの。猛烈な弾幕のわずかな隙間を縫うようにして、1機のジムが鋭い機動で突破してきた。リックドムの射線をかいくぐり、後退中のゲルググキャノンへと一気に間合いを詰める。ビーム・サーベルが抜刀され、その光刃がエルピスを切り裂こうと迫る。

 

追いつけない――ザクのパイロットが歯噛みした、その時だった。

 

エルピスの腰部に取り付けられたF型特有の増設プロペラントタンクから、大量の推進剤がメインスラスターへと強制充填された。

 

ドォン! とコックピットを揺らすほどの爆発的な加速。

 

ゲルググキャノンは重厚な見た目からは到底想像もつかない凄まじい推進力を発揮し、一瞬にしてジムとの距離を引き離した。強烈なGの負荷を振り切りながら、引き離されたジムに対してエルピスの肩部キャノン砲が旋回する。

 

「あんのじゃじゃ馬! まだ冷却のクールタイム中だろうが!」

ザクのパイロットは思わず叫んだ。

 

案の定、キャノン砲の砲身からは限界を超えた熱気が赤く漏れ出していた。だが、エルピスは躊躇することなくトリガーを引き、間合いを詰めていたジムの胸部をゼロ距離同然の射撃で吹き飛ばした。

 

自身へ迫っていた決定的な危機を排除してくれたこと自体は、喉から手が出るほどありがたい。ありがたいのだが――これでまた無理な射撃を行い、敵陣の真っ只中で機体がオーバーヒートを起こして動けなくなっては元も子もないのだ。

 

「あの頑固おやじ(エンジニア)どもに無事に返すって約束したんだ……頼むから無茶すんな!」

 

ベテランの心配をよそに、エルピスの覚醒は留まることを知らなかった。

 

過熱する砲身を騙し騙し使いながら、その射撃精度は落ちるどころか、戦闘が深まるにつれてさらに異常な高まりを見せていく。一発、また一発。放たれる光条は一ミリの狂いもなく連邦軍機のコックピットやジェネレーターを穿ち、もはや「百発百中」の領域へと達していた。

 

それは単に小隊を護るための射撃にとどまらなかった。

 

数百メートル離れた場所で苦戦していた味方のザクを救い、要塞の装甲にしがみついていた敵の密集地帯を完璧な偏差で一掃し、宙域全体の戦況すら塗り替えるほどの圧倒的な援護射撃となっていく。

 

凄まじい精度で繰り出される精緻な砲撃。それを見た周囲のジオン残存部隊は、恐怖と歓喜が交錯するような衝撃を受けていた。

 

ザクのパイロットはすぐさま広域通信のスイッチを押し入れ、周囲一帯へ向けて無差別に暗号通信を叫んだ。

 

「総員聴け! ゲルググキャノン――『エルピス』を中心に防御陣形を形成しろ! あの機体の射撃を殺すな! 死にたくなきゃとっとと動け!!」

 

ベテランの怒号に応えるかのように、傷ついたザクやドム、果ては航行不能に近い旧式機までもが、吸い寄せられるようにエルピスの周りへと集まり始めた。彼らは自らの機体を盾とし、迫りくる連邦の波を押し返すべく肉の壁を形成していく。

 

幾重にも重なる味方の防衛網の中央。

 

ジェネレーターと冷却系が悲鳴を上げ、機体各部から白煙を吹き出し、オーバーヒート寸前になりながらも――歪な決戦仕様のゲルググキャノンは、絶え間なく暗黒の宇宙へと「希望」の光を撃ち放ち続けていた。

 

――これが、後年「エルピス」と呼ばれる機体について残された、最も古い戦闘記録である。

 

 

【インタビュー映像】【FSS音響・映像アーカイブ:0088-NA09】取材対象:匿名希望(元連邦軍 MS部隊所属/ ティターンズ脱退後は民間軍事会社に所属)

 

――ニュータイプ? フン、反吐が出るな。

世間じゃあいつらを「人類の革新」だの「平和への架け橋」だのと持ち上げる奴がいるがね、実際に宇宙でアレと命を削り合った人間からすれば笑い話にもならん。あれはただの怪物だ。人間の姿をした、理解不能な兵器だよ。

 

……そう確信した最初の記憶かい? ア・バオア・クーだ。0079年12月31日。俺はジムの操縦桿を握って、Nフィールドの地獄にいた。

 

あの日、俺たちの小隊はジオンの防衛線を突き崩すべく突入した。前方にいたのは、ツギハギだらけの不格好なゲルググキャノン1機と、それを庇う数機のザクとドム。正直、勝ち目しかないと思ったよ。型落ちの機体と、無駄に装甲を太らせた重鈍なブツだ。死に体の一年生兵か、残党の悪あがきにしか見えなかった。

 

だが……一瞬で間違いだと理解させられた。

 

動きが、おかしいんだ。人間の反応速度じゃ説明がつかない。

通常、モビルスーツが射撃に移るときは「敵を視界に捉え、ロックオンし、偏差を計算してトリガーを引く」という手順を踏む。どんなベテランでも数ミリ秒のタメができる。だが、あの機体――後で『エルピス』なんてお大層な名前で呼ばれてたと知ったが――あいつにはそれが一切ない。

 

カメラが向く前に、ビームが飛んでくるんだ。

 

俺の右翼を飛んでいた同僚のジムが、死角である真上から撃ち抜かれた。エルピスは前方のガンキャノンと撃ち合っていた最中だぞ? モノアイすらこちらを向いていない。なのに、背中に背負ったキャノン砲がぐにりと歪な角度で旋回したかと思えば、まるで「そこにジムが来ることを最初から知っていた」みたいに、未来の空間へ置きざまのビームを放った。同僚は回避行動を起こす暇もなく、コックピットをピンポイントで穿たれて爆発した。

 

ロックオンのアラートすら鳴らなかった。回避の機動を取った瞬間に、その回避先の空間にすでに光条が置かれている。百発百中? そんな生易しいもんじゃない。こちらの思考を読んでいる……いや、こちらの『未来』をあらかじめ見て、そこに弾を置いておいているような感覚だ。

さらに気味が悪いのは、その異様な精緻さと、泥臭いまでの執念の支離滅裂さだ。

 

機体は途中で白煙を吹き上げていた。明らかにオーバーヒートを起こしている。スラスターからは無理な噴射で火花が散り、装甲の耐ビーム塗料は焼け焦げてドロドロだった。普通なら操縦不能か、パイロットがショック死していてもおかしくない過酷なGと熱負荷だ。

 

「中に乗っているのは本当に人間なのか?」

 

背筋が凍りついたよ。どれだけ弾幕を張っても、こちらの狙いすました一撃は紙一重でかわされ、代わりにこちらの急所だけが正確無比に撃ち抜かれていく。恐怖で叫び出しそうだった。戦術も、訓練で叩き込まれたセオリーも、あいつの前では一切意味をなさなかったんだからな。

 

……俺が生き残れたのは、完全に運だ。残弾が尽きたのか、奴を庇うようにザクの壁が分厚く展開され、俺たちの隊が壊滅したタイミングで全機後退していった。あのまま交戦が続いていたら、俺も間違いなくあいつの「未来予測」の犠牲になっていた。

 

あの日から数年後、デラーズ・フリートの騒乱が起きた。観艦式を吹き飛ばされたあの時、俺の胸に去来したのは冷たい確信と猛烈な恐怖だったよ。地球に住む俺たちをいつでも上空から見下ろし、あの『エルピス』のような常軌を逸した怪物や兵器を平然と生み出しては解き放ってくる……スペースノイドという存在そのものが、俺たちアースノイドにとっての底知れない脅威なんだとね。

 

だから俺はティターンズに入った。

 

あんな人知を超えた異能や、過激な思想を抱いたアースノイドへの害毒――スペースノイドどもを野放しにしておけば、俺たちは永遠に奴らの気まぐれと狂気に怯えて殺され続ける。力による徹底的な管理と排除という『対策』を講じない限り、俺たちに平穏なんて訪れないんだよ。

 

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