本映像はFSSが製作・管理する映像資料です。無断での複製、転載、配信等は固く禁止されています。なおこのテープは連邦政府議会の承認があるまで部外秘とし、無編集の記録は極秘とする
月面都市フォン・ブラウン。アナハイム・エレクトロニクス(AE)社の広大な本社ビルの一角、余剰資材の査定や旧式機体のデータアーカイブを管轄する第四運用部門の応接室には、重厚な革張りのソファが置かれていた。
テーブルを挟んで向かい合うのは、AE社で40年近く旧ジオン系兵器の解体・解析事業に携わってきたベテラン査定官、カルロス・ヴァスケス技術次長(61歳)である。グレーの髪を綺麗に撫で付けた老人は、こちらの提示した取材許可証を一瞥すると、口元に笑みを浮かべて煙草に火をつけた。
「デラーズ・フリートですか?久しぶりに聞いた。さすが天下のFSS、連邦の情報規制も関係ないとは、恐れ入る」
ヴァスケスは煙を紫煙へと変え、天井に向けて吐き出した。こちらの質問には直接答えず、まず相手の力量を確かめるような探る目つきを見せる。しかし、話が「茨の園」に及ぶと、彼は満足そうに深く頷いた。
「確かに茨の園は我々、AE社が接収した。当時の情報についてもある程度は持っている。ただ、あんたらには言うまでも無いだろうが、残しちゃいけない物がある」
老査定官は悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。彼が何を指しているのか──GPシリーズをはじめとする軍の暗部──を察し、こちらが小さく頷くだけに留めると、彼は手元のタブレットに視線を落とした。
「そこに関しては、我々も触れません。今回の調査対象はこちらです」
画面に映し出されたMS-21Cのシルエットを見つめながら、ヴァスケスは顎を擦った。彼の表情が、政治的な交渉人の顔から、一人の古い技術者の顔へと切り替わる。
「……ふむ、今回の調査対象はこちらですか。なるほど、ネオジオンの残党も使ってますからね」
ヴァスケスはタブレットをこちらへ滑らせた。画面には、大戦末期の破棄ザクの胸部骨格と、ガトル戦闘機の大型プロペラント・タンクが組み合わされていく、詳細な接収当時の構造解析図が展開されていた。
「当時の資料をお見せしますよ。ただね、それよりももっと良い人を紹介しますよ」
一枚の名刺、そこに書かれたのは胡散臭い解体屋の名前。
「そこに当時デラーズ・フリートの工作艦で実際にザクの胴体にガトルのタンクを溶接していた老整備兵がいるんです。紙の上の設計図を見るより、彼に直接話を聞いた方が、生のドラッツェという機体がよく分かりますよ」
MS-21Cドラッツェは、宇宙世紀0083年に確認されたジオン公国軍残党、いわゆるデラーズ・フリートが運用した宇宙戦用MSである。
本機は通常のMSとは大きく異なり、ザク系MSの上半身と、宇宙戦闘機ガトルに由来すると推定される推進機構を組み合わせた簡易構造を特徴とする。
脚部を完全に廃した特異な外観から、当初は「試作機」あるいは「現地改修機」とする説も存在したが、複数の残存機体から共通した構造が確認されているため、一定規模の計画的生産が行われたものと考えられている。
本機の設計思想は、従来型MSの戦闘能力を追求するものではなく、
「宇宙空間において必要最低限の戦闘能力と高い加速性能を、既存部品のみで確保する」
ことにあったと推測される。
カルロス技術次長の紹介を受け、取材班が向かったのは、フォン・ブラウン市の最新街区から外れた旧区画──コロニーの外郭近くに位置する、一見すれば廃墟と見間違うような古びた工場併設の住居だった。
錆びついた扉の奥から現れた老エンジニアは、差し出された取材費の封筒を受け取ると、中身を手際よく確かめてから作業着の胸ポケットへ突っ込んだ。その指先には、長年の溶接作業で染みついたオイルと金属粉の痕が深く刻まれている。
【インタビュー映像】【FSS音響・映像アーカイブ:0089-NA24】取材対象:匿名希望
「確かにわしもあそこにいたよ。当時閣下がここに生産設備を作ると言い出したとき、頭を抱えた1人じゃ。なんせただの放棄されたコロニーの残骸だからな」
老人はパイプ椅子に深く腰掛け、吐き出す息と一緒に苦笑いを漏らした。
「それでも軍人なら上司の言うことは絶対。何とかしてそれらしい物を作る必要があった。大規模な予算があるわけでもない、とにかく最初は廃材を使ってそれらしく見える物を作ることから始めるわけさ」
当時、暗黒海域の「茨の園」と呼ばれた拠点は、兵器工場と呼ぶにはあまりにも凄惨な環境だったという。
「何とかMSのメンテナンスの目処がたった頃には、よしならこれを使って連邦に対抗する機体を作るぞ。勘弁しろよ、あのハゲと思わんかったやつはおらんよ」
連邦軍の軍施設や、我々FSSのような調査機関にとっても、「モビルスーツの整備環境」といえば相応の設備が前提となる。だが、老人が語る当時の環境は、その前提すら存在しない世界だった。
「おまえさん、モビルスーツを作るのに何がいると思う? わかりやすいところからいこうか。まずは最低でも20メートル規模の機体を複数設置できる敷地、そいつらをいじるための足場、作業員の固定のために重力がないと始まらん。そして電力……これでようやく『メンテナンス』ができるんだ」
どれも当然、連邦の施設にも、FSSにも当たり前にある前提、しかし彼らにはそれすらなかったことが伝えられる。
「モビルスーツのジェネレーターを使って発電機を作る。次は重力ブロックを作るためにコロニーの一部を動かす。廃材を加工して足場を組み上げただけの施設で、一体何ができると思う? ……『パーツ設計システムが起動した』と歓声が上がってる環境で、何ができる? わしらは新規のMSフレームの一つも組めんのだぞ」
──当時のデラーズ・フリート上層部は、現場のそうした悲惨な限界状況を正しく認識していたのだろうか?
疑問を口にすると、老人は鼻で笑った。
「してるわけがない。あんたらの企業でもそうだろ。上層部が現場を正しく理解してるか? 連中の認識なんて、それこそ余裕がないくらいなもんだよ」
──では、その絶望的な極限状況下で作られた「ドラッツェ」が、今なおネオ・ジオンの残党組織で運用され続けている理由は何なのか。そこまで時代を超えて評価される、優秀な要素とは何だったのだろうか。
「そんなもんは単純だ。まずシンプルな構造。足がないということは、維持管理で最もめんどくさい脚部駆動部分を見る必要がない。タンクとノズル、この二つを見るだけでいいんだからな」
老人は大きな身振りを交えて手元を指し示した。
「それに手に入れるのも簡単だ。今の宇宙にはMSの残骸が大量に転がってる。ジャンク屋をのぞいてみろ、破棄されたMSくらい簡単に手に入る。ノズルだのタンクだのは民生品でもいいものが手に入るからな。……俺たちの最低限の設備でも生産可能、これがデカい。おそらくこの思想と基本的な設計は、今後も続くだろうさ」
そこまで語ると、老人は手元の工具を弄びながら、こちらの目をまっすぐに見つめ返してきた。その瞳には、単なる敗残兵のそれとは異なる異様な光が宿っていた。
「……いいか、デラーズ・フリートをただのジオン残党と一緒にするなよ。多くのジオン残党は惰性で残っているだけだ。具体的な目標もなく、連邦に頭を下げることもできない。ただただ、かつて掲げた旗を捨てられない連中さ。だがな、あの集団はアクシズやネオ・ジオンのように、しっかりとした旗印と地盤があったわけでもない。親衛隊が中心になりながらも、それ以外の勢力からの参加者が大半だった。……それだけのカリスマがあの閣下とガトーにあったと思うか?」
老人は首を横に振った。
「違う。奴らには『目標に向かって行動し、計画し、実行する力』があった。だからこそ、ジオン軍の残党の多くが協力したのさ。……シーマ艦隊が協力したのも、そのためさ」
──シーマ艦隊についてもお知り合いなのですか?
「もちろん。あの当時の仕事の中で一番やりやすかったのは、シーマ艦隊との仕事だろうね。シーマ・ガラハウは間違いなく女傑さ。あの人の乗っていたゲルググ(マリーネ)は、何度か見させてもらったよ」
老人はポケットから煙草を取り出し、年季の入ったライターで火をつけた。立ち上る煙が、うす暗い部屋の照明を白く霞ませていく。
こちらの提示した最後の資料を目にした途端、彼の老いた瞳の奥に、冷ややかな刃のような光が宿った。
「──ではこちらも?」
「……ああ、成程。アンタらはこいつについても知りたかったわけだ。そりゃあ、こんだけの依頼料を払うわけだなぁ」
老人は短くなった煙草を唇にくわえたまま、皮肉めいた笑みを浮かべて図面を指で突いた。その声のトーンは先ほどまでの思い出話とは打って変わり、静かな低音へと沈み込む。
「ああ、見たぜ。いじってもいる。確か型番は『CF型』と聞いてる。キャノンをベースに無茶苦茶な改造さ。無理やりしかし手間をかけて、エンジニアの腕はよくないが……まぁ、応えてやりたくなるいい仕事だったよ」
彼は煙を吐き出し、遠い記憶の底を探るように天井を仰いだ。
「確か何だったか、呼ばれ方があったな。ええと、エラ……いや、エイ……違うな」
──『エリプス』。
「そう、それだ。『エリプス』。……アンタらはこいつがどこに行ったのかを知りたいんだろ。それを交渉の手札にしたいわけだ」
部屋の中に重苦しい静寂が落ちる。老人はゆっくりと首を振ると、低くかすれた声で核心を口にした。
「こいつはシーマのつてで、AE(アナハイム)社のほうに行ったぜ。だから、あの最後の決戦には参加していない」
老人の指先が、図面上のアナハイム側の秘密シリアルナンバーと思われる箇所を軽く叩く。
「こいつの身柄を抑えるか、あるいはこいつがAEを頼った決定的な証拠を見つけられれば……少なくとも、あの巨大企業の幹部の首が一つくらいは飛ぶさ」
連邦軍の暗部、そして軍需産業の巨頭アナハイム・エレクトロニクスが背後で繋がっていたという揺るぎない痕跡。それこそが、FSSが巨額の予算を投じてまでこの廃墟の老人にたどり着いた本当の理由だった。
老人は煙草を灰皿に押し付け、深く椅子に背を預けた。
「……ただ、それ以上は知らない。わしから言えることも、もう何もないよ」
彼は自嘲気味に口元を歪め、己の油にまみれた手を見つめた。
「今の俺は惰性で生きてる。あの戦争で死に損ねて、ここで機械の死骸を刻むだけのロクデナシだ。……だがね、あの高みの見物を決め込んでいる天上人どもの首が飛ぶのを見るのは、実に面白い。せいぜい頑張ってくれよ」
インタビューの終わりを告げるように、老人は背を向け、再び工具を手に取った。薄暗い工場内に、金属が擦れ合う冷たい音だけが響き渡っていた。
次回以降のストーリーに関して
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エルピス 掘り下げ
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アッザム・フォートレス
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ディレクターの憂鬱
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ギャン・パラディン
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ガッシャ