宇宙世紀0087年、結成間もないエゥーゴの財務と物資は、破滅的なまでに逼迫していた。
裏でアナハイム・エレクトロニクス(AE)社が資金や技術を援助していたとはいえ、表向きは地球連邦軍の非合法反乱組織に過ぎない。地球圏の圧倒的なインフラと補給網を独占するティターンズに対し、エゥーゴが動かせる補給線は月面の限られた暗黒ドックと、ごく一部の協力者による細い密輸ルートのみであった。
当時のエゥーゴの主力機は、旧式化したジムII(RGM-79R)。
対するティターンズは、最新鋭の試作機や、連邦の豊富な予算で大量生産されるハイザック(RMS-106)を前線へ次々と投入していた。機体性能の格差は明白であり、パイロットの腕だけで埋めるにはあまりにも残酷な物量差が存在したのである。
次世代の主力機となるガンダリウムγ(ガンマ)製モビルスーツ「リック・ディアス」の開発と量産は急ピッチで進められていたが、それが前線部隊に行き渡るまでには決定的な「空白の時間」が存在した。
その絶望的な戦力差を埋めるため、現場の整備兵たちに下された命令はシンプルかつ過酷なものだった。
「動くものは何でも使え。敵から奪った機体なら、なお良い」
捕獲されたティターンズのハイザックは、喉から手が出るほど欲しい貴重な戦力だった。しかし、いざ手に入れてみると、それは現場の技術者たちを深く落胆させる機体でもあった。
連邦の最新規格で組まれた頑丈なフレームと優れた機密性を持つ反面、内部のジェネレーター出力は悲惨なほど余裕がない。ビーム・ライフルとビーム・サーベルを同時に使えないという致命的な欠陥は、連邦の机上の空論が生んだ産物だった。
「カタログスペックを気にする余裕なんてエゥーゴにはない」
ビーム兵器へのこだわりをあっさりと捨て去ったのは、かつて一年戦争の地獄を生き延びたジオン系のエンジニアたちだった。彼らはハイザックの出力限界を逆手に取り、ビーム回路を完全にオミット。余ったジェネレーター出力をすべて推力とレスポンスの向上へバイパス接続した。
ビーム・ライフルを捨て、ザクマシンガン120ミリ装甲貫通弾仕様や試作型クレイバズーカを握らせ、背中に不格好な増設ブースターを溶接した「高機動・実体弾特化型ハイザック」。
それは、正規の軍隊からは見向きもされない異様な姿だったが、リック・ディアスが届くまでの暗闇の戦域において、エゥーゴのパイロットたちに与えられた仮初の最新鋭機になった。
作業灯がひとつ吊るされた暗がりの中、男は油の匂いが染みついた作業着の袖で汗を拭い、目の前に鎮座する不格好な機体を見上げた。
【インタビュー映像】【FSS音響・映像アーカイブ:0092-NA28】取材対象 :匿名希望
AE社エンジニア 元公国軍技術士官
40代後半──旧ジオン公国軍の技術者として一年戦争の地獄を生き延び、アナハイム・エレクトロニクス(AE)社で「リック・ディアス」の開発チームに名を連ねたベテランエンジニアである。
彼は工具を握り直すと、隣に立つ若きインタビュアーへ視線を向けず、無骨なスラスターノズルを撫でながら口を開いた。
「いいか、ハイザックの一番の長所を教えてやる。……それはな、連邦の規格で作られたあのフレームそのものだ。見かけこそジオンのザクだが、中身は完全に連邦系のモビルスーツなんだよ、あいつは」
男の声には、連邦の設計技術に対する冷徹な評価と、自らの出自であるジオンへの自嘲が交じっていた。
「ガンダムや無数のジムから得られた実戦データをベースに、正統進化を重ねてきた機体なんだ。……いいか、この機体の価値は、あのクソみたいなビーム・ライフルでもビーム・サーベルでもない。パイロットの無茶な操作にどこまでも素直に従う、完成度の高いシャーシ(骨組み)なんだよ」
男はノズルをコツンとレンチで叩いた。
「それをだ。上層部の連中が無理やりビーム兵器を積み込んだおかげで、とっさにサーベルを抜こうとしたら出力が落ちて機能停止(エンスト)を起こす、救いようのない欠陥機に成り下がったのさ。……こいつを連邦から鹵獲したときのエピソードを知ってるか?」
男は小さく鼻で笑った。
「連邦の新兵がな、サーベルでの格闘中に焦ってライフルを撃とうとして、そのままエンストだ。笑い話にもならん」
パイロットが何か言いかけたのを察し、男はそれを手で制した。
「『実弾じゃ威力が足りない』なんて言う奴がいるか? 冗談じゃない。そんな寝言を吐く奴は、一度実際に実弾が飛び交う戦場の中に放り込んでやればいいんだ。頭の上を大口径の銃弾が飛び交い、目の前で爆炎が上がれば、どんなベテランだろうと足が止まる。それは人間としての本能的な恐怖だ」
暗闇の中で、男の瞳が鋭い光を宿す。
「それに、バズーカは直撃すれば最新の装甲だろうと致命傷になる。マシンガンだって当たり所が悪ければ、一発でお陀仏だ。……カタログスペックの数値を眺めながら『これを導入しよう』なんて机上の空論をほざいている上層部のエリートどもには、口が裂けても分からんだろうがね」
彼は胸のバイパス配線を指で弾いた。
「実際の戦場で選ばれるのは、何があっても壊れない信頼できるフレームと機動性、そして引き金を引けば確実に弾丸を吐き出す武器だけさ。だから俺は、ビーム・ライフルへのエネルギー供給を完全にカットして、すべて推進力に回した。……一応、これで最高速度は10%向上している」
「近接戦用のビーム・サーベルは最低限維持してある。携行兵装はクレイ・バズーカとマシンガンだ。どちらもまだ試作段階だが、あの欠陥ライフルよりは遥かにマシな仕事をしてくれたはずだ」
男は工具箱にレンチを投げ入れ、金属特有の重い音を響かせた。そして、作業着のポケットから煙草を取り出すと、最後に向かい合うインタビュアーの顔をまじまじと見つめた。
「……まあ、こんな無茶な改造をしておきながら、この機体の最高速度を限界まで引き出して見せたパイロットは、今のところ一人しか知らんがね」
「誰かって? さあね、それは言えんな。……ただ、あの男は自分の機体を真っ赤に染めていたよ」
【インタビュー映像】【FSS音響・映像アーカイブ:0091-NA84】取材対象 :元ティターンズ パイロットエリック・ハーグリーブス氏
応接室のテーブル越しに向かい合う男の顔には、右頬から首元にかけて走る古い火傷の痕があった。元ティターンズ少尉、現在は民間軍事会社(PMC)の契約パイロットとして各戦域を転々とする、四十代半ばの男だ。
彼は安物の煙草を唇にくわえ、マッチの火を点けると、FSSの取材班が提示した「赤い高機動型ハイザック」の写真をジッと見つめた。
「……当時の俺は、連邦の中じゃ『優秀なパイロット』って判定を受けて、ティターンズへ移籍した。そりゃあ嬉しかったさ。いわば出世街道、エリート街道に乗ったってな。黒い制服に袖を通した時は浮かれてたよ、間違いなく。……まあ、今思えばただの若気の至りだ。それだけで許されるような真似をしてきたわけじゃないがね」
男は紫煙を深く吐き出し、遠い目をしながら過去の記憶を手繰り寄せる。
「当初、ティターンズの主力MSはハイザックだった。エゥーゴとやり合うこともあったが、当時はまだ制空権を巡る小競り合い程度でね。基本的なお相手はジオンの残党兵どもさ。出てくるのは精々リック・ドムかゲルググがいいところ。MSの性能差は圧倒的だったし、何より連中は補給すらまともに受けていない。こっちがハナから有利だったんだ」
男は苦笑いを浮かべ、首を振った。
「そういう意味じゃ、あの頃の俺たちで『戦いの緊張感』なんて持ってた奴は少なかったな。『ジオンの残党に身の程を教えてやる』くらいの感覚だ。言うなれば、狩りに行くようなもんだったのさ」
だが、彼の表情から笑みが消え、声のトーンが一気に低くなった。
「……だが、エゥーゴが本格的に乗り出してきてからは一気に世界が変わった。相手がジムIIのうちはまだ問題なかったよ。問題は……同じハイザックだ。同じ土俵で戦うってのが、どれほど恐ろしいかと思い知らされた」
男はテーブルの写真を太い指で突いた。
「アンタらの言うこの写真の機体とも戦ったよ。……パイロットとしての圧倒的な実力差を思い知らされた」
──何が違ったのですか? 武装ですか、それとも機体性能ですか?
取材班の問いかけに、男はゆっくりと首を横に振る。
「何が違ったか、か。……そうだな、確かに武装も違った。あいつらはビームを捨ててマシンガンとバズーカを抱えてた。だが、本質はそこじゃない。なんというか……基本的な『戦い方に対する考え方』からして違ったような気がするよ」
男の目が、当時の恐怖を思い出したかのようにかすかに泳ぐ。
「俺たちは『ビーム・ライフルを狙って確実に命中させる』よう徹底的に訓練される。だが、あちらさんは違った。とにかく弾をバラ撒いて、力ずくで戦場の主導権を握りにくるんだ。そして、一度握った主導権を絶対に逃さない」
男は空中で手振りしながら、当時の回避運動を再現してみせた。
「驚いたのは機体の挙動だ。普通は『回避』をしてから『射撃』に移る。だが、あの赤塗りのハイザックは違った。回避行動の真っ最中にも容赦なく銃撃を続けてくるんだよ。射撃と回避の切り替えがない。完全に『一つの行動』として成立してやがった。そして、決めるときは一瞬だ」
男は煙草の吸い殻を灰皿に押し付けた。
「こちらの3機編成が一瞬で半壊した。だらしなく背を向けて逃げ去る俺たちを、連中は追ってこなかった。あえて見逃したんだよ。……なにせ、当時の俺たちがあそこにいたこと自体、連邦の公表できない『暗部』の任務だったからな。全面戦争の引き金にするわけにはいかなかったのさ。……何をしてたかって? さあね、それは墓まで持っていくさ」
男は背もたれに深々と身体を預け、冷え切ったコーヒーに口をつけた。
「思い知らされたよ。連邦のエリート気取りだった俺が、本当の『戦いの恐怖』ってやつをさ」
【機動戦士ガンダム グリプス戦役期 戦場記録映像データ】
データID: TR-0087-0419-LOG
記録媒体: 地球連邦軍(ティターンズ所属)RMS-106 ハイザック3号機 メインカメラ・FCS統合映像
交戦宙域: サイド4「ムーア」残骸海域外縁
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ノイズの走るデジタルモニター画面。視界の中央には、照準システム(FCS)が弾き出した赤い予測照準線(リードライン)が展開されている。
画面左上には残弾数「BEAM RIFLE: 06/08」。右下には小隊機(1号機・2号機)のデータリンク・シグナルが点滅している。
暗黒空間の破片の隙間から、一筋の赤い影が飛び出す。
FCSの自動追尾機能が即座に起動し、目標をロックオンする緑色のターゲット枠が拡大する。
《TARGET LOCK: UNKNOWN MS》
「……ハイザック? なんだあの塗装は、赤いのか――」
パイロットの焦ったような声がインカム越しに拾われる。照準補正が完了し、ビーム・ライフルの発射カウントダウンが表示される。
目標がビーム・ライフルを構えていないことがFCSの形状分析で判明。相手の右腕に握られているのは、旧式の実体弾火器「M-120A1 120mmザク・マシンガン」。
《WARNING: NO BEAM EMISSION DETECTED》
「ビームじゃない? 何を考えて……」
赤色のハイザックが背部スラスターを一斉噴射。画面上の速度メーターが跳ね上がり、連邦軍の正規スペックを10%以上オーバーした異常な加速度を示す。
《WARNING: APPROACH SPEED EXCEEDS THRESHOLD (118%)》
自機のFCSが予想旋回軌道を描き直すが、相手の急激な制動によりターゲット枠が大きくブレる。画面内の光学補正が追いつかず、敵機の輪郭がブレて残像を描く。
敵機が斜め前方へ回避旋回(スラスター噴射)を開始。
通常であれば射撃姿勢を取れない強烈なGがかかる旋回挙動の最中、敵機の右腕が微動だにせず固定される。
マズルフラッシュ(砲口初閃)。
敵機は「回避」と「射撃」を一切分けず、完全なひとつの連続動線として120mm実体弾を連射(フルオート)で放ってくる。
スパパーン!と高音の金属衝撃音がスピーカーを揺らす。
自機のメインカメラレンズ(視界)の左上が大きく歪み、画面の三分の一が砂嵐のノイズで埋まる。FCSの補正線が乱高下し、視界を塞ぐようにエラーアラートが赤く点滅する。
《SYSTEM ERROR: SENSOR DENSITY DROP - 42%》
《OPTICAL CORRECTION FAILED》
「視界が壊された! 射撃をやめろ、回避――」
画面の残された右半分に、猛烈な勢いで接近する赤い巨体が映り込む。
こちらのFCSが『回避』の選択肢を生成する前に、敵機はすでにこちらのデッドスペース(死角)へと回り込んでいた。
敵機の左腕が大きく振り上げられる。握られているのは、鈍く光るキャノン砲身――試作型クレイ・バズーカ。
照準器を通した狙いではない。すれ違いざまのコンマ数秒、敵機のマニピュレーターが自機の胸部コクピットブロックへ直接砲身を突きつけるような、超至近距離からの射撃体勢。
画面全体が目もくらむような白光で塗りつぶされる。
ドゴォン!という重厚な爆発音とともに、メインカメラの映像出力信号が途絶。
《CRITICAL DAMAGE: COCKPIT BLOCK PENETRATED》
《SIGNAL LOST》
画面が完全に漆黒のカラーバーへと切り替わり、低く規則的なノイズ音だけが残された。
アンケートを追加してみました。
参考までに回答いただければ嬉しいです。
一応上から順にある程度設定がある順番ですね
エルピスが一話分ぐらい、アッザムは3話ぐらいの構成で考えてたんですけど、まだ一話も終わってない。
ギャンはある程度のアイデアだけ、ガッシャはまぁ書きたいなと思ってるぐらいです。
なんにせよ23日の分が最後で、そこからは少し充電期間に入ろうかなと思っています。
アンケートの結果を見て考えようとは思っていますが、アッザムか、エルピスがもう少しに詰まったら、更新したいと思います。
次回以降のストーリーに関して
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エルピス 掘り下げ
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アッザム・フォートレス
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ディレクターの憂鬱
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ギャン・パラディン
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ガッシャ