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【インタビュー映像】【FSS音響・映像アーカイブ:0089-BW4】取材対象:匿名希望
古びたモビルスーツドック、何体ものMSが物言わぬ巨人達が見下ろす中、彼は口を開いた。
「いいか、覚えておけ。アナハイム・エレクトロニクスってのは企業じゃない。巨大な魔物だ。社内にどれだけの派閥があるか、もう上層部の人間ですら誰も把握しきれちゃいないのさ」
男は吐き出すような溜息をつき、火のついたタバコを指で挟んだ。
「一番わかりやすいのは月面の対立だな。フォン・ブラウンとグラナダだ。元連邦と元ジオン、見境なく呑み込んで肥大化していったんだから当然の歪みさ」
男は紫煙を深く吐き出し、見上げるほど巨大なMSの脚部へと視線を移した。無数の配線が剥き出しになった装甲板は、まるで継ぎ接ぎだらけの歴史そのものだ。
「だが、地獄はそこからだ。連邦系は元軍人、官僚派、エンジニア、営業畑の4つに割れている。一方のグラナダはジオニック、MIP、ツィマッド、ほかにも消滅した中小企業の残党派閥が蠢いていて、その下にさらに営業やエンジニアの派閥がぶら下がってる」
男の指先から、ポロリと灰が落ちた。暗がりで不気味に沈黙を守る巨人たちの姿は、その体内にいくつもの矛盾と執念を抱え込んだ怪物のようにも見えた。
「おまけにアースノイド中心の政治屋どもや、木星や火星の資源開発を最優先に叫ぶ連中までいる始末だ。その下に子派閥があり、孫派閥がある。考えるだけでも恐ろしいだろ? 互いに手を組むこともあれば、裏で足を引っ張り合うこともある。ま、泥棒市みたいなもんだ」
男はドックの天井を見上げ、暗闇に佇む赤いモビルスーツのシルエットを指差し、鼻で笑った。
「ドミンゴ……いや、今は『マラサイ』と呼ばれているあいつは、まさにその醜い利権争いの典型例さ」
「……マラサイが、ですか?」
「そうだ。あの『リック・ディアス』ってテスト機は非常に優秀だった。色々と問題は抱えていたがね。だが、あんな高価な機体をそのまま量産できるわけがない。そこで、あのデータを元に『もうひとつの本命量産機』を再設計しようと動き出したのがグラナダのジオニック系の連中だ」
男は顎で、ドックの隅に佇む半完成状態の機体を指し示した。その無骨で力の入った曲面装甲は、かつてのジオン系MSが持っていた異形の遺伝子を色濃く残している。
「リック・ディアスとマラサイのフォルムを見比べてみろ。どこが主導権を握って開発したか一目瞭然だろ? 上層部のお偉方の了承は取れていたからな、予算はぶんどり放題で、開発はトントン拍子に進んだ」
そこで男は煙草の煙を吐き出し、苦々しい顔をした。
「で、問題が発生した。営業畑の元ジオニック派閥が、ティターンズに情報を漏らしちまったんだ。ハイザックで味をしめてたからな、上客に『いいモノがありますよ』と匂わせたのさ」
機体を組み上げる工具の乾いた金属音が、まるで男の言葉に合いの手を入れるように遠くでカンカンと響いている。
「そうなるともう、現場のエンジニアなんて置いてけぼりだ。話は政治と金の領域へ突っ走る。あっという間にティターンズへの『無償譲渡』が決まった。その代わり、グラナダを中心としたジオン系派閥はティターンズと強い太いパイプを手に入れたってわけさ」
「じゃあ、エゥーゴの主力機はどうなったんです?」
「それを見て黙っていなかったのが、連邦系のAEだ。マラサイがエゥーゴの正式採用から外れたのを見るや否や、地球の連邦系AEがすぐさまカラバやエゥーゴ上層部と接触した。そこから一気にラインを立ち上げて完成させたのが『ネモ』だ」
「……なかなか笑えるだろ? これだけのドタバタ劇を、たったひとつの会社が社内政治で引き起こしてるんだからな」
男は灰皿に煙草を押し付け、不敵な笑みを浮かべた。
「だがな……政治は腐ってても、モビルスーツ自体は各派閥の意地とプライドをかけて作られてる。意地がある分、どいつもこいつも傑作ばかりだ」
「特に『高機動型マラサイ』と『ネモのカスタム機』。この2機はちょっと抜けてる。あいつらの現場での評価を知ってるか?」
「特にマラサイなんてな……整備性は最悪でコストも馬鹿高かったが、機体としての評価は別格だった。後年の『袖付き』の連中が、時代遅れになったはずのあいつを未だに主力級として大事に引っ張り出して使ってるのが何よりの証拠さ」
男はドックに横たわる機体のフレームを小突くと、ポケットからペンライトを取り出し、剥き出しになった装甲の内側を照らし出した。
「なんでこの2機がそこまで化けたのか……現場のメカニックとパイロットが言葉を揃えて『脱帽した』って技術の裏側だ」
「まず、高機動型マラサイだ。あいつの本質はな、『アポジモーターの多点配置によるベクトル制御』と、『ジェネレーター直結型のプロセッサ応答性』にある」
男はライトの光を肩部のスラスターノズル群に向けた。
「ハイザックの最大の弱点は、出力不足と運動性の悪さだった。ビーム兵器とサーベルの併用すらできなかったからな。だがマラサイは高出力ジェネレーターを積んだ上で、全身に3次元スラスター・ベーン(推力偏向板)を緻密に配置した」
ライトの光に照らされたノズルは焦げ付きが見え、使われてきた跡が見える。
「特に高機動仕様の『R型』は、メインスラスターの背圧を逃がさず、パイロットのペダル踏み込みと同時にアクティブ・バランサー(AMBAC)と全周のアポジモーターが同調して一瞬で機首を振る」
「普通、高機動機ってのは急加速時に強い『Gの溜まり』が起きて旋回にタイムラグができる。だが、マラサイは操縦桿(スティック)の微妙な入力に対して、メインコンピューターが即座にインバース・キネマティクス(逆運動学)計算を行って全スラスターの出力を個別に微調整するんだ」
男は自分の頭をコンコンと叩いて見せた。
「要するに、パイロットが『右へ蹴りたい』と思った瞬間には、もう機体が右へ滑ってる。とっさの連射や回避運動において、このスロットル・レスポンスの無遅延性は神がかっていた。さらに、ジオニック系の系譜を感じさせるエネルギー・パック(Eパック)のマルチ・チャネル供給機構だ。ビーム・ライフルのドライブ回路へ伝送するCAP(コンデンサー)の充放電サイクルが異常に早いため、熱暴走を起こさずに高威力のビームを連射(バースト射撃)できた。……ただし、だ。この過密すぎる高出力回路と3次元配管のせいで、整備時にメイン・ハーネスを一系統外すだけで半日潰れるっていう最悪のメンテナンス性を誇ったがな。だからこそ『選ばれたエースの高級機』にとどまったのさ」
ライトの光を消して、狭い通路をひたすら歩く。
「一方で、ネモだ。一見すると地味で、カタログスペックの推力重量比やジェネレーター出力じゃマラサイに一歩譲る。だが、ネモが真に恐ろしいのは『モジュール型ムーバブル・フレーム』の完成度と、『オープン・アーキテクチャ思想』にあった」
男は高いセキュリティに守られた扉に自分のカードを突き刺す。
「マラサイが『専用設計の精密機械』なら、ネモは『汎用拡張ポートの塊』だ。ネモのメイン骨格(フレーム)は、ジムIIの生産ラインを流用しながらも、内部構造にはリック・ディアスで培われたガンダリウムγ(ガンマ)の応力分散構造が組み込まれている。つまり、外装や背部パックにどれだけ重い兵装をぶら下げても、フレーム自体が歪まない余裕(マージン)が桁違いに広いんだ」
マラサイが保存されていた古臭いMSドックとは違う。どちらかといえば博物館をほうふつとする見た目のMSドックだった。
「特にネモ・キャノンに代表されるカスタム機だ。肩部と腰部に設置されたマルチ・ハードポイントには、AE社標準のBUS(データバス)伝送規格が通っている。これにより、バックパックにキャノン砲や高機動ブースターを『ボルトオン(後付け)』で装着するだけで、機体制御OSが自動で追加重量のモーメント(慣性モーメント)を再計算し、火器管制システム(FCS)とリンクさせる。普通、砲撃パックを後付けしたら機体バランスが崩れて照準がブレるか、OSの書き換えに数日かかる。だがネモは、現場の整備兵がパーツをレンチで固定してコネクターを挿せば、10分後にはキャノン仕様として出撃できた」
ネモを中心に様々な装備が並んでいる。
キャノンやビームランス、ライフルやガトリング、その他さまざまブースターやコンテナ、ありとあらゆるものがそろっている。
「さらには、FMS(フレキシブル・マニュピレーター・システム)の制御ソフトウェアが素直だから、他機のジャンクパーツや旧式機(ジムIIやハイザック)の兵装すらエラーを起こさずに認識・ドライブできる。『現場で壊れても、転がってるパーツで100%の性能に戻せる』――戦場という極限状態において、これ以上の戦術的優位性はないだろ?」
現在の扱いがいかに対照的か、それでもその技術はいまだに続いている。
「操縦者の反射神経と一体化し、一瞬の隙を突いて敵を仕留める『高機動型マラサイ』の攻勢戦術。どんな戦況変化にも兵装換装で即応し、共食い整備で何度でも戦場に蘇る『ネモ』の可動率と対応力。設計思想は真逆だが、どちらも『宇宙世紀0087年の戦争』という極限状態が弾き出した、AE社技術者の執念の結晶なんだよ」
【インタビュー映像】【FSS音響・映像アーカイブ:0098-SD4】
取材対象:パイロット (元ティターンズ)
「――マラサイとアレを一緒にしてもらっちゃ困るよ」
ドックの片隅、スポットライトのような作業灯の下で、男は愛機の脚部装甲を撫でながら、差し出されたマイクに向かって薄く笑った。
装甲のあちこちには、度重なる実戦と修復が刻んだ不揃いな溶接痕や補修跡が残っている。だが、その無骨なシルエットには、長年の死線を潜り抜けてきた機体だけが持つ独特の凄みが宿っていた。
「R型はメンテナンス性が悪いなんて話もあるがね。あれは整備側が話を盛ってるのさ。……まあ、あいつらの泣き言も解からんでもないがね」
男はポケットからタバコを取り出し、火はつけずに口に咥えた。
「要はな、あれはそれだけチューニングの幅が広いのさ。手早くやれば、他のMSと大して変わらない時間でそれなりの形になる。ただ、やれることが多い。可動部のクリアランスからアポジモーターの噴射圧、アクチュエーターの応答速度まで、こだわればこだわるほど設定項目が出てくる。……だから時間がかかる。あいつはな、こちらがかけた手間に裏切ることなく、どこまでも正確に応えてくれるMSなんだよ」
男は背後の愛機を見上げる。
かつてティターンズのベテランたちが絶賛し、後年の熟練兵たちにも愛され続けた「高機動型」の朱い機体だ。
「速射性の高いビームライフルと、圧倒的な運動性能。操縦桿(ステッキ)をミリ単位で倒した瞬間に機首が振れる、あのダイレクトな感覚……一度あれを味わっちまったら、他の機体には乗れなくなる」
インタビュアーが「今の時代、最新鋭機や可変MSの方が生存率は高いのでは?」と問いかけると、男はフッと鼻で笑い、首を振った。
「もちろん、今の最新鋭機に比べると物足りない部分はあるよ。スペックの数字だけで言えば、時代遅れと言われても仕方がない。でもね、車好きが新しいものばかりを求めないように、俺もあの機体が良いのさ」
男は咥えていたタバコを指で挟み、愛機の不気味に静まり返るモノアイを見つめた。その声から冗談めかしたトーンが消え、静かな決意が宿る。
「これは俺の持論だがね。命を懸けるなら、自分の過失であるべきだ。オートで何でもやってくれる最新OSなんていう、誤作動や誤反応を起こしかねない代物に自分の命を預ける気にはなれんよ。あいつは操作した通りにしか動かない。ミスをすればそのまま死に直結する。……言い訳を許さないんだ」
【インタビュー映像】【FSS音響・映像アーカイブ:0094-BA13】
取材対象:レオン・クランバッハ(元AE社 MS設計部主任技師)
「君、家を買うときどうやって買った?」
古びた研究室の窓辺で、博士は自嘲気味な笑みを浮かべながらコーヒーカップを傾けた。
壁のホログラム・モニターには、肩部に無骨なビーム・キャノン・パックをボルトオン装着した緑色のモビルスーツ――『ネモ・キャノン』のCADデータが青く光っている。
「モデルハウスで『これを買います』なんてやらないだろ? 敷地面積を見て、間取りを考えて、家具を置く。実際に使ってみて、家具の位置を変える。そうしてどうしても無理なら新しいものへ……最初の引っ越しなんて分からないことだらけだ。そんな状況で、いきなり高級路線に行くか?」
「……それが、当時のエゥーゴの状況だったと」
「そうさ。明日どうなるかも分からない組織に、最初から特定の戦局にしか使えない特注の注文住宅を持たせる猶予なんてなかった。だから私は、ネモという『素直で頑丈な土地(フレーム)』を用意した。家具……つまり拡張パーツの配置換え(換装)だけで、現場のあらゆる要求に応えられるようにね」
博士は遠い目をして、当時の激動の時代を振り返る。
「だが……私が読み違えたのは、MSの性能向上がここまで加速することだったよ」
「加速、ですか」
「可変MS(TMA)なんてのはナンセンスだ。特に正規軍にはね。ドダイやSFS(サブフライトシステム)をしっかりと生産・配備し、各局面に最適化された機体を運用するべきなんだ。……だが現実はどうだ? 恐ろしい速度で機体は大型化し、大火力化し、装甲はぶ厚くなった。まさか、ネモに載せたあのビーム・キャノンすら火力不足と言われる時代が来るなんて思いもしなかったよ」
博士は大きく息を吐き、首を振った。
「だから、第4世代……メガ粒子砲を全身に纏うような怪物がのさばる時代、あそこがネモのコンセプトの限界だったな。まあ、第3世代の後半には、ネモなんて戦場からほとんど姿を消していたがね」
「しかし博士、現場……特に補給の乏しい前線や後方部隊では、ネモ・カスタムは今なお高い評価を得ていますよ」
「キャノン兵装、高機動ブースター、格闘用増加装甲……拡張性の高さと素直な操縦性は、新兵やある程度経験を積んできた中堅パイロットの生き残る糧にはなったと思うよ。私自身、現場の兵士の声を聞く機会なんてほとんどなかったが……補給の少ないエリアで今も細々と使われているらしいじゃないか。なら、私のやったことは『悪くはなかった』んだろうな」
博士は立ち上がり、モニターのネモのグラフィックにそっと手を触れた。そのシルエットは、華々しいヒーロー機のような派手さはないが、どんな過酷な現場にも耐えうる圧倒的な「優しさ」に満ちていた。
「FSWS(フルアーマー)構想やジーラインから始まるこの『汎用素体+ボルトオン拡張』という思想はね、いつか本当に強力で、完璧な汎用機が生まれたときに必ずまた普及する。時代の先へ行き過ぎただけなんだよ」
「……その未来を、また見たいとは思われませんか?」
インタビュアーの問いに、博士は小さく肩をすくめ、今日一番の穏やかな笑顔を見せた。
「残念なのは、私が生きているうちにそれを見ることはなさそうということかな。……だがね、いいのさ。あの泥臭い緑の機体が、どこかの戦場で誰かの命を一日でも長く繋いでくれたのなら、技術者としてそれ以上の幸福はないよ」
次回以降のストーリーに関して
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エルピス 掘り下げ
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アッザム・フォートレス
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ディレクターの憂鬱
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ギャン・パラディン
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ガッシャ