「カードゲームなんて興味なかったのに、いつの間にか夜の女王なんて呼ばれてるんだけど!?」 作:四大神が見てる
世の中はカードで回っている。
お金も、政治も、友情も。
だから町を歩けば当然のように、そういった光景に遭遇する。
「僕の“バイキング・ヒーロー”のダイレクトトレジャー! これで僕の勝ちだ!」
「うわああ、負けたー!」
軽くランニングに走っていると、公園の一角で年下の子供達がトレーダーに励んでいた。
海賊帽を被ったモンスターが右手のフックで対戦相手に一撃を加えると、ジャラララ、と多数のピンクの宝石……ジェムが飛び散る。
それによって規定額が達成されたのだろう。プー、というブザーと共に勝利者が宣告され、立体映像が消えていく。
戦えばそこに勝者と敗者が生まれる。ふんす、と小鼻を膨らませて勝ち誇る勝者に、敗者はおとなしくガマグチデバイスからポイントを支払い、しおしおと肩を落として去っていった。
リアルトレーダーかあ。あの年頃から始めているとは、なかなかやる。
私が感心しながら眺めていると、勝者の少年は次の対戦相手を探しているのか、きょろきょろと公園を見渡し……私と目があった。
あ、やべ。
「そこのお姉さん! 僕は猿渡一太、僕とトレーダーしようよ!」
「私は青坂瑠璃、悪いけど今はジョギング中だから無理」
「えー? いいじゃんちょっとぐらい」
お断りの文句に唇を尖らせる少年。
いや、見ればわかるでしょ。私は半そで短パンのランニングウェアで、うっすら汗をかいているわけ。ガマグチデバイスは持ってない……訳じゃないけど、どう見てもトレーダーする恰好じゃないでしょう?
「ごめんね。でもそういう事だから、他の相手を探してほしいな」
「ちぇっ、はーい」
思ったよりも聞き分け良く、少年は対戦相手を求めて走り去った。ジャングルジムで遊んでいる友達の方に走っていった彼の背中から視線を切り、再びランニングに戻る。ポニーテイルを風になびかせて、脚を回すピッチを上げる。
そう、カードゲームなんて私の柄じゃない。
札を相手に頭を悩ませているより、体を動かすのがずっと好きだ。
ひたすら走っていると、悩みも何もかも飛んで行って、まっさらな気持ちになる。それが気持ちいい。
なのだが……。
「今日は人が多いね」
いつもは人が少ないランニングコース。しかし今日に限って、道の横でカードゲームに励んでいる人が多い。
一戸建ての庭では暇な専業主婦と訪問販売員が勝負に興じ。
小さな事務所の窓からは商社マン同士が商談をかけて勝負に励み。
レストランの屋外テラスではカップルらしき男女がイチャイチャしながら一勝負している。
仕事も恋も、行く末はカード次第。
私はそんな当たり前の光景にちょっとうんざりして、コースを変更して住宅街を迂回した。
いつもは通らない、川べりの裏道を進む。
「やれやれ、あんなにカードしたいものかな」
たったった、と風通しの悪い道を走る。表と違って、こっちには人影が殆ど見当たらない。立ち並ぶ安アパートも、やっているのか分からない事務所も、シンと静まり返っている。
このあたりは、5年ぐらい前の大災害の影響がまだ残っているせいか、ちょっと陰鬱であまり人が寄り付かない。少し見渡せば、傾いたガードレールや、川に転がる大岩、封鎖されたまま放置されているひん曲がった橋など、当時の名残を見出す事が出来る。
それらが見えた所で、決して愉快な気分にはならないのだけども。
「……ん?」
と、そこで私は、シャッターが下りたままの事務所、その駐車場にキラリと光るものを見つけてかけよった。
「これは……」
それは、一枚のカードだった。裏側を向けていて絵柄は見えないが、間違いない。
ものによっては数十万の資材価値があるそれが無造作に落ちていて、私は反射的に周囲を見渡した。
「ここの人の……じゃ、ないよね」
シャッターが下りた事務所は、もはや無人になってから数年近い。ちらりと割れた窓から見える室内も荒れ果てたままで、最近人が出入りしたような形跡はない。
私はもう一度周囲を見渡して、カードを拾い上げた。
「風か何かで飛んできたのかな……」
落とし物であればシリアルコード登録で分かる筈。そう思いつつ、私は翻して絵柄を確認した。
そこには、可愛らしくもどこか不気味な、着飾った西洋人形のようなモンスターが描かれている。
『ふふ。また会えたわね、瑠璃』
「あ、れ?」
いつもの貧血だろうか。
くらり、と視界が傾いて。
それからの事はよく覚えていない。
◆◆
夜の繁華街。
ホテルの入口近くの物陰で酒を片手に談笑していた男がふと、通りを行く人影に目をとどめた。
「お、おい、あれ」
「珍しい恰好の奴がいるな」
男達の好色な視線をものともせず、繁華街の暗がりを歩く少女がいる。
赤と黒のゴスロリファッション。ロングスカートに、レースのヴェールまで被った気合の入った格好は、否応でも人の目を引く。それが、子供ほどもある巨大な兎の縫い包みを抱えていれば猶更の事だ。
さらに言えば、派手なゴスロリファッションが目をひくが顔立ちも普通に整っている。ヴェールの下で、切れ長の瞳がネオンの光を受けて怪しげな輝きを宿していた。
瑠璃である。
しかし、今の彼女は昼間の活動的な様子とは一片して、暗い夜のような冷たい雰囲気を宿している。まるで絵本の中から飛び出してきた令嬢のようにしずしずと繁華街の汚らしい歩道を歩く彼女の周囲で、ひそひそと男達が言葉を交わす。
「なかなか可愛いじゃん」
「そっかあ? ちょっと格好がガチすぎて引くわー」
「いよっし、俺、ちょっと声をかけてくる」
少女を好き勝手に品評していた男達の中から、一人が意を決して前にでた。
染めた金髪の髪に前を開いたスーツ姿のホスト風の男は、わざとらしく明るい声で少女に語り掛けた。
「よぅ、嬢ちゃん。俺といいことしない?」
「…………いいこと?」
「そうそう、楽しい事、気持ちいい事。俺と一緒に忘れられない夜を過ごそうぜ」
歯の浮くような安っぽい誘いに、ふっ、と小さく少女が口元を歪ませる。
嘲笑。
しかしそれは、巨大な縫い包みの影に隠れて、男には見えなかった。
「いいわ。お兄さん。でもせっかくだから、これで決めない?」
「これ?」
きょとんとする男に、少女が縫い包みの中から小さなケースを取り出した。
デッキケース。
カシャカシャと音を立てるそれを見て、男の顔に納得が浮かんだ。
「いいね……そういうのは嫌いじゃない」
「貴方が勝ったら、何でも、好きなだけつきあって上げる。それでどうかしら」
「俺が負けた時は?」
「あら。殿方が負けた時の事をイチイチ気にするのかしら?」
少女の挑発ともいえる言葉に、男は作ったものとは違う、心からの好戦的な笑みを浮かべる。
「……言ったな?」
「あらまあ、怖い怖い。では、同意という事でよろしいわね」
自らもデッキケースを取り出す男に、同意とみた少女は小さく路地裏を指さした。
「では、あちらで遊びましょう? ここはちょっと、人の目が多くて恥ずかしいわ。私、まだ初心者なの。みっともない所を見られてしまったら、恥ずかしくて外を歩けないわ」
「いいぜ。意外と綺麗なんだよ、このあたりの路地裏」
二人連れ添って、ホテルの裏路地に消えていく男と少女。
男の仲間達は「がんばれよー」「振られても落ち込むんじゃねーぞ」等と囃し立てながら二人を見送った。
◆◆
ホテルの路地裏。
言葉通り、意外と片付いていて塵一つ落ちていない裏通りは、ともすればタバコやガムが落ちている表通りよりも綺麗かもしれない。
通りの喧騒も今は遠く、ざわざわと遠い騒めきが潮騒のように聞こえてくるだけだ。
「じゃあ、ルールは基本で行こうか。ガマグチデバイスは?」
「一応、それぐらいは」
「んじゃあ、試合申請といこうか」
二人が申し合わせてデバイスを操作すると、それに合わせて上空から何か小さなドローンが飛んできた。
ゲームの進行を行うジャッジメントドローンである。滞空するドローンの下部にあるプロジェクターから、路地裏に緑色に透き通るボードが投影される。
ただの立体映像ではなく、触れる事の出来るこのボードが、カードのプレイエリアとなる。
「「レッツ、トレーダー!」」