「カードゲームなんて興味なかったのに、いつの間にか夜の女王なんて呼ばれてるんだけど!?」 作:四大神が見てる
「青坂さん、ようこそカード部へ! 歓迎するわ!」
「ど、どうも……」
そして放課後。
おっかなびっくり部室を訪れた私を、石垣先輩は諸手を上げて歓迎してくれた。
もとは文芸部の準備室だったという小さな部屋にはデスクが置かれ、数人分のパイプ椅子が並べられている。
石垣先輩を筆頭に、部員は二名。もう一人は、先輩の後ろで縮こまっている女子生徒だ。
意外である。てっきり他の部員は男子生徒だと思ったのだが。
私がきょろきょろしていると、それをどう受け取ったのか、先輩は恥ずかしそうに手をパタパタさせて照れ笑いした。
「うふふ、ごめんなさいね、小さい部屋で。潰される前のカード部はもっと大きい教室だったそうなんだけど、今はこのぐらいが精いっぱいで……」
「い、いえ。……その、もう一人の部員も女子なんですね……?」
「そうなのよ。ほら、吉良冴姫(きら・さき)さん、挨拶して」
先輩に背中を押されて前に押し出されてくる女の子。前髪を伸ばして目元を隠している陰気な感じの女子は、ぺこりと頭を下げて自己紹介を始めた。
「エエトゴショウカイニアズカリマシタキラサキデスゥ……。オ、オナジイチネンセイデスノデコンゴトモヨロシク……」
聞き取り辛い早口でまくし立てると、ぴゅっと先輩の背中に再び隠れてしまう吉良さん。恥ずかしがり屋さんらしい。先輩は苦笑しながら、彼女のフォローに入った。
「ごめんね、吉良さんちょっとシャイな子なの。でもカードゲームは好きみたいで、自分から申し込んでくれたのよ。カード部部員第一号! ね」
「ははあ、なるほど……。他の部員は?」
私が問いかけると、先輩はちょっと明後日に視線を向けて頬をかいた。
「あと一人はその、籍だけ置いてる幽霊部員というか……実力はあるんだけど不真面目っていうか……と、とにかく、これで青坂さんが入ってくれれば合計四人! 以上がカード部のメンバーです!」
ふんす、と胸を張る先輩に、私は率直に一言。
「……部員少なすぎません?」
「げうふ」
「というか、男子がもっといると思ったんですけど……いくらでもいるでしょ、カードで遊んでる男子なんて。そいつら誘えばいいじゃないですか、どうして女子だけなんです? 別に女子部を作ろうって訳じゃないですよね?」
そもそも世の中カードカードといっても、真面目にやってるのは男子が殆どだ。大会とか見ても、受賞者は軒並み男子だし、プロだって8割は男子だと聞く。
見た所、先輩が性別に拘りがあるタイプには見えないし、私なんぞに拘らなくても男子を誘えば簡単に部員が集まったのではないか?
一体なぜなのか。その答えは、すぐに先輩の口から聞く事が出来た。
「ええと……その……学校からの条件でね? その、男子厳禁って……」
「は?」
「その、先生たちは、前のカード部が男子ばっかり集まって、つるんで悪い事してた、っていう認識みたいでね。同じことになったらいけないから、男子は駄目って……」
そんなアホな。今時男女差別とか時代遅れも甚だしい。
一応、言いたい事は分かる。同い年の男子って集まるとすーぐしょーもない事に熱意を向けるし……前のカード部も、噂に聞くと大会とかにもほとんど参加せず、もっぱら男子の溜まり場になってたという話だ。同じ事になるのを先生方も嫌がったのだろう。
とはいえ、さっきも言ったが基本的にカードは男子の方が熱心だ。女子部というだけで、ある種のハンデを背負うようなものである、部としては本末転倒だ。
「ま、事情はわかりました。だから私に執着してたんですね……でも行っておきますけど、私本当に大したことないですからね? 戦力として当てにしないでくださいよ」
「またまたご冗談をー。さっき私を倒した時のプレイングがあれば問題ないわよ。遠慮しちゃって」
「エッブチョウニカッタンデスカアオサカサン!? アッアッスイマセンキュウニコエアゲテスイマセンスイマセン……」
いやあれは本当に偶然だったというか……なんだったんだろうね、ほんと。自分で自分にしっくりこないというか……とにかく、アレを当てにされても本当に困るんだってば。
その後は入部届けをしぶしぶ、しぶしーぶかきあげ提出し、初日という事で軽くおしゃべりしてから、私は帰路についたのであった。
家についたころには、すっかり日は傾いていた。カード部で話し込んだ時間が思ったよりも長かったらしい。
しかしながら明日からはもっと遅くなる事は間違いない。なんでも近いうちに大会があるらしく、それに備えて練習試合に打ち込まなければならないそうだ。市井でやっている交流戦にも参加するとの事。
これから忙しくなりそうである、しょぼん。
「あーあ……しょうがないけど、気楽な帰宅部もこれまでか。バイトの時間、ちょっと減らさないとなー……」
クローゼットの前で溜息をつきながら制服のボタンを緩める。
私としてはそんなガチにやりたくはないのだが。なんか疲れるし。それに最近は妙に調子がいいが、もともと体が強い方ではない。季節の変わり目とかで体調を崩して、迷惑をかける事にならなければいいのだが……。
「ま、なるようになれ、か」
ぼやきつつ、クローゼットの扉を開く。
途端、ぼよんとした手応えと共に、何かが飛び出してきた。
「?」
狭いクローゼットの空間からはみ出しているピンクの毛玉のようなものに首を傾げる。こんなもの、押し込んだ覚えはないのだけれど。
「……ぬいぐるみ?」
よっこいせ、と引っ張り出してみると、それは1m近いサイズのある巨大な縫い包みだった。懐かしいな、確かに昔はこういうの好きだったけど……なんでクローゼットの中に?
首を傾げながら、中を覗き込む。
暗闇の中。クローゼットの内壁にかけられた小さな姿見に私の姿が映る。
鏡の中の私は、口の端を小さく吊り上げて微笑している。私らしくもなく、色っぽく、蠱惑的に。
「え……?」
暗転。
◆◆
夜の繁華街。
様々な格好の男女が華やかな格好に身を包み、それぞれの自由を謳歌する時間。
その雑踏に紛れる一人の少女。
瑠璃である。
普段はポニーテイルにしている髪を解いてゆるいウェーブにし、黒と青のゴシックロリータ風の衣装に身を包み、手には大きな縫い包み。頭にはレースの帽子、脚は黒光りする革の編み上げブーツと、アニメのコスプレ会場でもなかなか見ないような気合の入った着飾りぶりだ。
活動的な昼間の雰囲気はすっかり鳴りを潜め、まるで夜の蝶の如き彼女の美貌に目を奪われる男は多いものの、気後れしているのか今晩は彼女を呼び止める声はなかなかかからない。
「ふふふ……」
瑠璃は気にした様子もなく艶やかに微笑むと、川を流れる鯉のように雑踏を縫うように歩を進める。どうやら今晩の目的地は最初から決まっているようだ。
やがて、彼女はとある店の前で足を止めた。
『カードバー フォルネウス』。
ネオンの輝きもけばけばしいその店の看板に一度だけ視線を向けて、瑠璃はそっと入口の扉を押し開いた。
「失礼しますわ」
重い扉を潜って中に入ると、まず立ち込めるのはむわっとした煙草の煙。真っ暗な店内の中に、点々と配置された照明の光が煙で灰色に曇りながら煌めき、その明かりに照らされてガラの悪い客の顔が浮かび上がっている。奥にあるバーカウンターだけが山中のコンビニのように光で満たされていて、グラスを磨いているマスターが一瞬だけ瑠璃に視線を向けると、短く言いつけた。
「……未成年には何も出さんよ」
「ええ、結構ですことよ」
遠回しに帰れ、という言葉に笑顔で答えて、瑠璃は堂々と店の中に進む。真っ暗な足元に転がる空き瓶やグラスを器用に避けて、奥へ。
当然のように訝しむ客らの視線をものともせず、彼女は店の最奥、隅のテーブルでたむろしている不良たちの前で足を止めた。
罅割れた黒檀の机に、擦り切れて色あせたソファ。場末の酒場に相応しく荒れ果てた家具に、一人の女子が寛いでいる。肌の露出も激しいパンクファッション、千切れたジャケットにストライプのタンクトップ、ビリビリに敗れたダメージジーンズ、履き古したスニーカーには穴が開いている。
だが特徴的なのはその髪色だ。この暗闇の中でも煌めくウルフカットのブロンドヘアー……赤みを帯びた金色は染めたのではなく地毛特有のもの。見れば、強調するように覗く肌色も日本人とは思えぬほど白い。
目はこの暗闇にも拘わらずサングラスをかけていて見えないが、きっと碧いのだろう。
彼女の名前は檜ヶ谷虎子(ひがや・とらこ)。これでも生まれも育ちも日本育ちのれっきとして日本人である。どうやらそれぞれ両親の血筋に外国人がいて、そこからの血筋という話だ。
そして、カード部最後の部員でもある。
彼女はテーブルの上のオレンジジュースのグラスをくい、と煽ると、ぷはあ、とこれ見よがしに息を吐く。乱暴にグラスを戻して、そこでようやく、首を瑠璃に向ける。
「で、お前何? オレに何の用事な訳?」
「貴女がタイガーピアースですね?」
質問に質問で返す、というよりは、相手の言葉を無視して分かり切った確認の言葉。柔らかな微笑を浮かべたままの瑠璃の発言はすなわち、挑発である。
にぃ、と虎子が口元を歪め、八重歯を見せつけるように笑った。
「ああそうさ、オレが泣く子も黙る血塗れ虎徹、タイガーピアースさ。そういうてめえは見ねえ顔だな?」
「少し前からこのあたりで楽しませて頂いておりますのよ。今日は貴女の話を聞いて、是非に、と思いまして」
「あぁん?」
ソファの上で前かがみになり、膝に両手をあてて前傾姿勢を取る虎子。猛獣が威嚇するようなその仕草を全く意に会した様子もなく、瑠璃は穏やかに話を進めた。一方的に。
「ええ。私立函庭学園の伝統と名誉あるカード部に所属しておられると聞きまして。いかほどの実力の持ち主か、私、気になってしまいまして。こうして脚を運ばせて頂いた次第ですわ」
「はっ。伝統と名誉あるカード部ねえ……そういう皮肉は嫌いじゃないぜ。そういや、メガネのパイセンが言ってたな。新しい部員が入ったって。さてはテメーの事だな? 概ね、あのパイセンに泣きつかれてオレを部に連れてこようって魂胆かよ! くだらねえ!」
吐き捨てる言葉とは裏腹に、虎子の口元には親し気な笑みが浮かんでいる。少なくとも、彼女は石垣を嫌ってはいないどころか、好意的にすら思ってはいる様だ。しかし……。
「やだね! 名前を貸すのは了承したが、活動に参加するとは約束してない。精々、お友達同士でぬるま湯みてーな遊びに浸ってればいいのさ! オレはそんなの御免だね」
「あらまあ、勝手に勘違いしないでくださいます? 見た目通り頭もよろしくないのですね」
「あ゙ぁん??」
ストレートに馬鹿にされて、虎子が顔をしかめる。そんな彼女に、瑠璃はデッキケースを見せつけて、カシャカシャ、と振った。
「カード部とか幽霊部員とかどうでもいい事です。私はただ、貴女と遊びたくてはるばる足を運んだのですわ。それで、どうです? 毎晩不貞腐れてこんな所でかまってちゃんをしてるお嬢さんは、初めての相手とゲームするのはお怖いですか?」
「てめぇ……上等だ……。いいぜ、いっちょ相手してやんよ……」
明らかな挑発と嘲弄に、虎子は名前の通り虎のように牙を剝いてソファから立ち上がる。
たちまち二人の間に立ち込める剣呑な空気……。
それを見て、バーのマスターが短く注意をした。
「リアルファイトはやめてくれよ」
「そんなだせー真似はしねえよ。おら、酔っ払いに煙吹きども! 試合するから場を開けやがれ!!」
「「レッツ・トレーダー!!」」