絶体絶命の死地にあってなお、少年の瞳に諦めの色はなかった。
先端がななめにカットされたパイプ状の槍でもって敵を失血死に至らしめるモンスター、血抜きうさぎ。その日受けたのはこの血抜きうさぎを一匹討伐するだけの依頼だった。少年、アーキルたち二人でも充分にこなせる依頼のはずだったのだが、情報が間違っていたのか、仲間が集まってきたのか、彼らは今、三匹の血抜きうさぎに囲まれている。剣士であるカラムは先程突き飛ばされて体を強く打ち、失神してしまっている。前衛のいなくなった後衛の末路はおおむね悲惨なものだ。現に、今まさに一匹の血抜きうさぎが一歩を踏み出し、二人の獲物に駆けよろうとしている。アーキルはカラムを自身の背後に庇うようにしゃがみ込み、詠唱を始める。きっと自身は間にあわないだろう。それでもカラム、この人だけは。シールドを展開さえできれば他の冒険者に見つけてもらえるだろう。血抜きうさぎたちも興味をなくし、姿を消してゆくかもしれない。そんな小さな希望を打ち砕かんと、今、後ろ脚に力を込めて跳躍する。アーキルは詠唱を止めない。一文字でも、一秒でも、多く、長く。たとえその槍の切っ先が自身の頭を刺しつらぬこうとしていようとも。いや、だからこそ。目前に迫る死に対しアーキルは一歩も退かず、そして。血抜きうさぎが横とびに吹き飛んでいった。
「は?」
思わず言葉を失ったアーキルの前に一人の女が立っていた。後ろ姿なのでよく分からないが、革でまとめた軽装。大ぶりのナイフにソードブレイカーの二本構え。スカウト職だろうか。
「逃げ、」
「詠唱、続けて」
斥候であるスカウトでは血抜きうさぎ三匹を相手取ることは難しい。ソーサラーであるアーキルの援護も、この急場ではうまくいかないだろう。逃走を促がそうとしたアーキルに、簡潔な声が告げる。
なおも困惑から抜き出せずにいるアーキルをよそに、警戒態勢に入った残り二匹の血抜きうさぎが行動を開始した。突進と跳躍の合わせ技で襲いかかってきた二匹の隙間をするりと抜けて、まずは一匹。着地とともに槍を突きさそうとしていた個体のむき出しののどをかき切る。次に、突進の姿勢から起き上がった個体の前に一瞬で滑り込むと、突き出された槍をソードブレイカーで弾きとばし、心なしかきょとんとしたような顔をしたその首元を切りさいた。瞬く間に二匹を倒したかと思うと、少し離れた位置で、どうっと何かが倒れる音がした。アーキルがそちらに目をやると、そこにはのどに突きささった槍から、放物線状に血を吹き出しながら倒れている、最後の血抜きうさぎの姿があった。
「君、こういう時は詠唱は続けた方がいいよ」
周囲を警戒しながら乱入者の女は続ける。
「シールド魔法でしょう?あれがあると助けに入る側もやりやすくなる」
「あ……、す、すみませ……。!」
自分の未熟さを恥じるアーキルに、当座の危険はないと判断したのか、女が歩みよってくる。その瞬間、アーキルは我知らず、背後のカラムを庇う姿勢をとっていた。自身の行動に驚いたのか、少年は最前に放とうとした言葉をより動揺した様子で繰り返す。
「あの、その、本当にすみません、助けていただいたのに、こんな……、」
必死に謝罪を続けながらも姿勢を崩さない少年を前に、女は踏み出そうとした足を止め、両手を肩のあたりまで掲げる。びくり、とアーキルの体が大きく緊張した。
「いや、こっちこそ悪かったよ。無遠慮に近づいたりして。ただちょっと取り分の話がしたくてさ」
「取り分?」
思わぬ言葉だったのか、アーキルの瞳がぽかんと丸くなる。
「そう、もとは君たちの依頼だろう、これ。横取りしちゃって悪いなと思って」
「取り分だなんて……」
思い詰めたような声だった。
「取り分だなんてもらえません。全て貴方に権利がある。あのままだと僕たちは死んでいました。受け取る資格はない。ただ、もし情けをかけてくれるなら、どうか彼を助けてください!街の治療院まで運んでくれるだけでもいいんです。お礼だって、僕にできることならなんでもします!」
「いいよ」
「えっ」
少年の覚悟に返事一つで答えると、女は合財袋から折りたたまれた木の板を取り出した。それをぱたぱたと開きながら女は口を開く。
「取り分とかお礼とかはまあ、おいといて。とりあえずうちの酒場に来るといいよ。着くころにはヒーラーの一人か二人はヒマしてるだろうし。ただまあ、そこの彼には死体と相のりになってもらうことになるけど」
開いた板は組み立て式の荷車になっていたらしい。ぽいぽいと血抜きうさぎたちの死体を放り込むと端に寄せる。そこに板をもう一枚挟み込み、人一人が入れそうなスペースを作る。
「これで大丈夫だと思うけど。彼に触っても、というか、そっちに行っても大丈夫?」
「は、はい、もちろんです!」
そう問われてはじめて、アーキルは自身がまだ警戒態勢を解いていなかったことに気がついた。荷車に設けられた隔離スペースにカラムの体がそっと横たえられる。未だ目を覚まさない彼への不安を振り払うようにかぶりを振って、女へと頭を下げる。
「本当になにからなにまでありがとうございます。あの、僕はアーキルと申します。彼の名前はカラム。その、すみません。何もできなくて。このご恩は必ずお返しします……!」
「あー、いいよいいよ。大した手間じゃないし。あたしはジーナ。好きに呼んでよ」
森を抜ける道中は、先ほどまでの死闘が嘘だったかのように平穏なものだった。モンスターが出るといっても、すねこそぎラットなどの小動物くらいのもので、ジーナが柄に紐のついたナイフで仕留めては荷車に追加していた。その間、舗装されていない道であるにも関わらず、荷車が揺れないよう気を払われていることに気づき、アーキルは己の裂けたローブを握りしめる。少年の無力感と共に森を抜ける。空を赤く夕焼けが照らしていた。
森から街に入ってしばらく歩いた路地裏。そこにその店はあった。ジーナのついたよ、の声に顔を上げると扉の上には点灯式の突き出し看板。流麗な飾り文字で「魔女の安楽椅子亭」と書いてあった。
「荷車は裏からじゃないと入らないからさ」
とジーナがカラムを横抱きにする。
「先にヒーラーに見せよう。扉を開けてもらえる?」
「は、はい。それくらいなら」
何度も握られてきたのであろう鈍い輝きを放つ取手を体重をかけて押す。まだ日の沈みきる前の時間にも関わらず、店内は薄暗く、酒とたばこ。そしてどこか薬草のようなにおいが漂っていた。
「よっと。ブルーノのじいさん、いるか?」
「いねえなあ。なんせこのブルーノ様はまだまだイカしたおじさまだもんだからよお」
「いるな。仕事だ」
入り口すぐの小階段を降りながらジーナが呼びかけると、テーブルの一つから酔いのまわった声が返ってくる。その声のあまりの陽気さにアーキルはついジーナに問いかける。
「あの、本当にあの方に?だいぶお酒を召しているようなのですが」
「だあいじょうぶだよ坊っちゃん!おれぁ、こんくらいの酔いなんざ屁でもねえさ!」
耳に届いていたらしく、陽気な声がジーナより先に返ってくる。そして、へへっとどこか下卑たような笑いが続いた。
「それで?いくら出せるんだい坊ちゃん。このブルーノ様の腕は高いぜぇ」
老骨が少年をおもちゃにできたのは一瞬のことだった。パシッ、とさほど大きくはない、けれど店の雰囲気を一手に集めるような音が響く。カウンターの内側、巻き毛をシニョンに結い上げ、華美ではあるが上品に収まったドレスに身を包んだ人物がいた。その手には黒いレースの扇子が閉じた状態で収まっている。先ほどの音は、扇子を手に打ちつけたものだろう。
「それで?いつ払ってくれるのかしらブルーノ。あんたのツケは相当よぉ」
意趣返しのようなセリフが放たれる。女主人と思われたその口から発せられたのは、穏やかなバリトンボイスだった。
「い、いや、そりゃマダム。そいつぁこの坊ちゃんから頂戴して、それをあんたにお支払いするって寸法よ。な、あんたにとっても悪かない話だろ?な、な?」
「それじゃあツケから天引きしてあげるから、早く診てあげなさいな。ぼったくったり、手を抜いたりしたら分かっておいででしょうね。』
「分かったよ……」
ブルーノはがっくりとうなだれると、観念したような面持ちでふところに手を差し入れる。抜き出した手には木札が握られており、その表面には遊色に光る文字とも紋様ともつかないものが描かれていた。ブルーノはその木札を自らの二の腕に押し当てると、うめき声とともに身ぶるいをした。そこにはもう、酔漢の面差しは残っていなかった。
「で、患者はどこだ?」
「こっちだよ、ブルーノ“先生“」
問答の間にジーナが用意したのか、カラムは布を敷いた長机の上に安置されていた。元々そこに座っていたであろう客たちが、つまみやグラスを手に脇にのいている。慣れた様子だった。揶揄のこもったジーナの呼びかけに閉口しながら、ブルーノは己の仕事道具を広げだす。慌てて駆けよろうとするアーキルにジーナが声をかける。
「大丈夫だよ。えーと、」
「アーキルです」
「そう、アーキル。ブルーノじいさんは性格は悪いが腕はいい。心配はいらないよ。彼もすぐ良くなる」
「診るまでは分からねえ!余計な気ィもたすな!」
「ね、大丈夫そうでしょう」
とはいえ心配か、と呟くやいなや、手品のような滑らかさでジーナはアーキルを長机の側のイスに座らせた。ちょうど、横たえられているカラムと治療をするブルーノが一望できる位置だった。
「じゃあ、あたしは荷車を運んでくるから。マダム、奥の部屋使うよ。あと、」
マダムと呼ばれた店主と二、三言葉を交わすと、ジーナは店の外へと出ていった。ジーナが席を辞してのちも、自分たちの輪を作りなおす者は少なく、多くの者がブルーノたちを肴に杯を傾けていた。
「け、散れ散れ!見物料取るぞ!マダム!こいつらの野次馬料もおれのツケに当ててくれよ!」
「そうねぇ、三人で一杯分ってところかしら」
「しけてやがる!ま、ないよかマシか。おい!そこのお前らもスカしてねえで見に来な!」
そう言い終わると、ブルーノは筆を取り出し、カラムの頭頂部から順に筆先を当てていく。その様子をアーキルは緊張の面持ちで見つめていた。血走った目が転がり落ちるのではないかという様相の彼に、そっとグラスが差し出される。マダムだった。
「そんなに張り詰めたらあなたまで倒れちゃうわよ。お茶でもいかが?」
私のおごり、とほほえむマダムに、ブルーノが、
「ストローつけてやんな」
と目線もよこさずに言う。マダムも気にしない様子で
「あら、ごめんなさいね。はい、どうぞ」
とグラスにストローを差した。恐る恐る口をつけたストローからは、柑橘類とハーブの風味がした。一度のどを通すと、体が渇きを思い出したような心地になり、一気に半分ほど飲み干していた。急いで飲んだせいで咽せる背をマダムの大きな手のひらがゆっくりとさする。
「飲めてよかった」
と優しくこぼすマダムに礼を言い、ブルーノに容態を尋ねる。
「大したこたねえよ。ただの気絶してるだけだ。頭ん中も骨も内臓もどうってこたねえ。ただ、深いところまで落ちて、戻ってくるのに時間がかかってるだけだ」
「深いところまでって……」
不安気に呟くアーキルを見て、ブルーノは溜息をつく。
「極度の疲労ってのもあるかもな。お前さんらを見るにろくな生活ができてるようには思えねえぜ」
何かを言い募ろうとした少年の口からは、どんな言葉も出てくることは叶わず、ただ、はくはくと口を開閉させるのみで終わった。本格的にうなだれてしまった少年を心配そうに見やると、マダムはブルーノに咎めるような視線を向ける。
「分かってるよ……!すぐやるって!深みから戻ってこられないなら、それを手助けしてやればいい」
ブルーノは仕事道具の中から数種類の植物を選びとると、幾度かに分けてすりつぶした。何らかの法則に従ってすり潰されたそこに、瓶詰めにされた液体を注ぎ、混ぜ合わせる。出来あがったものに筆を着け、カラムの額と胸に滑らせる。全体的な色味は異なっているが、遊色を纏ったそれは、先ほどの木札と似た紋様を描き出していた。
「よし、と。さて、次はお前さんだ」
筆を手に持ったまま、ブルーノはアーキルに空の手を差し出す。アーキルはばつの悪そうな顔をしながら、裂けたローブの下、焼けただれた右腕をあらわにした。
「どうせ別の傷をてめえで焼いたんだろ。こういうアホがいやがるから俺たちの仕事はいつまでたってもなくなりゃしねえ」
ブルーノのぼやきが耳に痛かった。自身では最善だと思った行為がカラムの動揺を呼び常ならばとらないであろう不覚を彼に取らせたのだ。強い内省に陥ろうとしたアーキルの傷口に、ペとりと筆先が触れる。痛みに叫び出しそうになったアーキルだったが、肝心のその痛みが来ない。するすると筆を滑らせながらブルーノがにやりと笑う。いたずらが成功した子どものような、おおよそ大人のしてよい顔ではなかった。筆先を払いとともに傷口から放し、ブルーノは筆の水気を懐紙に吸わせながら笑う。
「そのまぬけ面が一番おもしれえんだよなあ」
マダムが口元に扇子を当て、そっと首をそらす。その見下げ果てるような視線にブルーノは慌てて口を動かす。
「俺の治療はすぐ効くってわけじゃあねえが、その分予後がいいって評判なんだ。そっちの坊ちゃんも今日中には目が覚めるだろうし、お前さんの火傷だって明日の今頃には痕も残っちゃいないだろうよ。なにがあったか知らねえが、ちょっとした休みができたって思やいい。な、こんなもんでいいだろ、マダム。ツケのこたぁ、どうぞよしなに……」
「ま、いいでしょう。あとで念書を書いてあげる」
「ありがてえ……」
「あ、あの!」
とんとん拍子で進んでいく展開にアーキルは立ち上がり、必死になって口を挟んだ。店内中の視線がアーキルに向けられ、思わず座りなおしてうつむく。もう一度、口を開いた。
「あの、どうしてここまでしてくださるんですか?ジーナさんだってそうです。なにか、なにかお礼をさせてください……!お代だって……!」
「そりゃぁお前さん」
ブルーノが哀れむような目をしたかと思うと耐えきれなくなったように笑いだす。
「ここのマダムは根っからのお人よしだからな!お前さんたちがババア二人組だったとしてもおんなじようにしたろうぜ!運が良かったと思って諦めるんだな!」
あだっ、ととうとう扇子の一撃にみ見舞われたブルーノをよそに、マダムはアーキルの前にかがみ込むレースで覆われた胸元が近づき、男性だと分かっていてなお、アーキルは目のやり場に困ってしまった。
「いいのよ。世の中は助け合いだもの。私もたくさんの人に助けられてきたわ。恩を返せた人も、返せなかった人もいる。今回あなたが助けられたと感じるなら、どうか受け取ってちょうだい。そして、次はあなたが他の誰かを助けてあげて。そうやって巡っていくことが、私は一番嬉しいわ」
伏した目とその声は慈愛に満ち、その言葉が本心からくるものだと告げていた。店内が「まったくこれだから」と呆れと親しみに満ちた雰囲気を漂わせている。ガチャリと店の奥から扉の開く音が聞こえ、
「おっと、お人よしがもう一人帰ってきたぜ」
とブルーノがはやし立てる。
「なんの話?」
水を向けられたジーナはカートを押しながら問う。二段になったカートからは、うっすらとした血の臭いと、ふんわりと食欲を刺激する温かな香気が漂っていた。
「なんでもねえよ。それよか今日はなんだ?一仕事終えたからにゃ腹にも褒美をくれてやらなけりゃってもんよ」
「シチューだよ。払える金があるならね。ツケ減らしたはしからまた溜めてるんじゃ世話ないよ。マダム、鍋カウンターに運ぶよ」
ジーナがカートの下段から取り出した寸胴鍋には精緻な魔法陣が大小様々びっしりと描かれている。子ども二人で囲んでやっとというサイズのそれを、ジーナはこともなげに一人でカウンターの内側へと運んでいく。アーキルがあっけにとられて見ていると、
「ああこれ?なんか小難しい理屈で火の通りをすごくよくしたりできる鍋だよ。魔導アツアツ鍋、とか呼んでたかな。とにかく、これがあれば短い時間で肉にも野菜にも火の通ったシチューができるんだ。便利だよね」
そんなことが聞きたかったわけではなかったのだが、アーキルの体もまた、そんなことを聞きたいわけではないと示していた。ぐう、とその腹を盛大に鳴らすことによって。
「死にかけたんだ。腹も減るよ。っと、その前に。マダム、鍋頼んでいい?」
まかせなさあい、と歌うような声とともに、マダムがカウンターへと戻っていく。マダムと入れ違いにカウンターから出てきたジーナは、アーキルをカートまで呼びよせた。すると、
「はいこれ。討伐証の耳。あと毛皮。あと左前足。あと尻尾。肉はシチューにしてもまだ余ったから今くんせいにしてる。君たちが帰る頃にはいい塩梅なんじゃないかな」
と有無を言わさぬ勢いで袋ごとに分けられた素材を押しつけてきた。その表情はどこか得意げだ。
「名前にパーティ構成。討伐対象まで絞れていれば、どんな依頼を受けたかなんて安楽椅子の上にいても分かっちゃうんだよ。酒場の主人ってそういうものだからね」
ちら、とマダムを見やるその視線につられてアーキルもカウンターに目を向けると、数個のおたまと皿が宙を舞い、シチューを注いでは客の手に収まっていく様が見えた。「魔女の安楽椅子亭」の名の通り、マダムもまた魔法使いの系譜だったようだ。
「じゃあ、あのシチューって」
「そう。さっきの血抜きうさぎだよ。うさぎ肉のシチュー」
「い、いただけません……!」
「抵抗がある?殺されかけたといっても肉に罪はないし、おいしいよ?」
そうではなく、とアーキルは弱りきった声を出す。
「ここまで充分よくしていただきました。これ以上はいただけません。それに、討伐には失敗しているんです。嘘の報告をすることになってしまう」
手のひらで目元を覆い、黙り込んでしまったアーキルにジーナは怪訝そうな表情を浮かべる。少し考え、合点がいった様子で口を開く。
「ああ、知らないのか。よくある手なんだよ。モンスターが思ってたより強かったり、多かったりしたって時に、近くを通りかかった冒険者を一時的にパーティに加えるんだ」
それで、と続ける。
「そのあとは交渉次第だね。一時加入したメンバーとどこで折り合いをつけるか。それにしたって、討伐証になる部位は最低限の権利だよ」
だよねえ、と近くでジョッキを傾けていた女性に向かって首をかしげれば、
「あーやるやる。でも討伐証はさすがに取んないよ」
とほろ酔い混じりの声が返ってくる。
「君はいらないと言うけど、私は一体分は受け取って欲しいと思ってる。三体全部なんて外聞も悪いしね。それでも差し出そうとしているのは一番傷の多かったものだよ。だめかな?」
一番傷の多かったもの。それは買い取りに出せば安く値のつけられるものだろう。しかし、ジーナは血抜きうさぎたちを一撃で仕留めていた。ならば、その傷をつけたのは。
「切り傷と焦げあと。君たちの成果だ。堂々と受け取りなよ」
運が良かったと思ってさ、と続く言葉についにアーキルの唇から笑いがこぼれた。しばらく肩を揺らしたのちに出てきた彼の顔は、どこかすっきりしたような表情をしていた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます。“運が良かったと思って”」
突然態度の変わったアーキルに動じることなく、ジーナは、
「よかった。交渉成立だ」
と口の端を持ち上げる。
「でもお礼はさせてくださいね。命を救ってもらったんです。何年かかってもお返しします」
これだけは譲れないとばかりに頑なな姿勢を見せるアーキルに、ジーナは面倒くさそうな表情を浮かべる。
「なんか、聞かなかったの?マダムのいい感じのセリフ。それでいいよそれで。それじゃ足りないなら、たまに飯でも食べにきて金落としてくれればいいし」
「そういうわけにはいきません!」
と言い募るアーキルをしっしっと手で払い、
「早くシチュー食べてきなよ。あたしは表にこれ出してくるから」
と折りたたまれた看板を手に店の外へと出ていく。
暗くなってきた外気に身を晒し、一息つくと看板の下部を開いて街路に立てる。はめ込みの黒板には「本日、うさぎのシチューあり〼」と書かれていた。突き出し看板の魔法灯にも灯を入れ、「魔女の安楽椅子亭」は本格的な営業時間を迎えた。騒がしさを増していくであろう店内。そこで眠る少年が目を覚ますのは、そう遠くないことだろう。